八話 純情の雪女①


 私は幸せだと思う。事故は不運だったけど、成仏する前に累君や家族とも話せるから。



 でも、なにを話せばいいんだろう。いよいよ『最期』という言葉に実感が湧いてきた。


 怖い。


 話すことも全然まとまらない。



 優太さんと一緒の時はまだ平気だった。だけど、一人になって不安が大きくなってきた。



『累君……私、どうしたら?』



 累君を見る。元気がなさそうだ。私が死んだことを悲しんでくれているのかも。元気でいてほしいとは思うけど、私のことを考えてくれてるなら少しだけ嬉しい気もする。



 私性格悪いなぁ。本当に好きなら元気でいてほしいって思えるはずなのに。そんなことを考えた時だった。



「累君、元気出して」



 累君に笑いかけるクラスメイトが一人。



(まどかちゃん……)



 名前は中溝まどかちゃん。明るい性格で女子グループの中心にいる女の子だった。私はあんまり絡んでないけど。


 まどかちゃんは累君を好きだった。私が累君を好きなことも知ってたけど『どっちが選ばれても文句なしだから!』と言って私より先に告白した。累君はそれを断って、私の告白を受け入れてくれた。



「ほのちゃんも、累君が元気なかったら辛いと思うよ」



 そう言って、累君の肩に触れる。累君は驚いたように顔を上げたけどまどかちゃんの手を振り解きはしなかった。その光景に、なぜか心がざわついてしまう。



(あ、あれ……なんで? 落ち込んでる累君をまどかちゃんが励ましてるだけなのに。なんで胸がモヤモヤするんだろう)



「ほのちゃんと仲良かったから、よくわかるの。ほのちゃん累君のことすごく好きだったから、累君には元気でいてほしいと思う。累君も辛いと思うけど、私で良かったらなんでも話してね」



 まどかちゃんが累君の右手に両手を重ねて、累君をじっと見る。



(これって、本当に励ましてるだけ?)



「まどかちゃん、またやってる。あからさますぎない?」


「毎日あんな感じだもんね? 水上君も最初は困ってたけど、なんかもう受け入れちゃってるし」


「もう少しで《いけそう》って言ってたしね」



 クラスメイトのそんな会話が耳に入った。

 いや、ちょっと待って。



 あからさま?

 受け入れてる?

 もう少しでいけそう?



 なに、それ?

 私、一週間前に死んだばかりなのに?



 まどかちゃん、累君にまた告白するつもりなの?


 累君も累君だ。

 私は最期にどんな言葉を伝えたらいいのか悩んでるのに、ひどすぎない?



 すごく、ものすごく、心がざわざわする。ただでさえ消えるのが怖かったのに、もっと嫌になってくる。未練が大きくなる。私は思わず考えてしまった。



 本当に、もう無理なのかな?



 優太さんは無理だって言った。もしも、可能性があるなら実は美鈴さんが本当に私を生き返らせる方法を知っていて、悪い雪女じゃない場合だけだ。



 でも、どうなんだろう?

 美鈴さんと会った時にはすごく優しく笑いかけてくれたし、騙してるような感じはしなかった。誰かに相談してみたほうが良いのかな?


 たとえば、今の状況をお母さんに……いや、駄目だ。だって、優太さんは家族の依頼で私を捜してた。


 


 そもそも、お母さんと話すためには優太さんの力を借りないといけない。美鈴さんのことを相談したらなんて言うかわからない。



 どうしたらいいんだろう?



 俯いて、途方に暮れた。

 そんな時だった。



『ここにおったか。心配したぞ?』



 美鈴さんの声がした。ぱっと顔を上げると白い小鳥が目の前に。



「美鈴さんですか?」

「そうじゃ」



 白い小鳥はなんなのだろう。どういう仕組みで美鈴さんの言葉を話してるんだろう。少し気になったけど、美鈴さんの声に不思議なくらい安心している自分がいた。



「子供たちの反応が消えてしまっての。霊能力者の仕業かもしれぬ。お主が無事がどうか気になっての。そういう手合いとは会っておらんか?」

「それは……その…………」



 優太さんのことかも。でも、正直に会ったって言っていいのかな。雪女が眷属を食べるって話してくれたのは優太さんだし、それを美鈴さんに正直に打ち明けるのは怖い。黙り込んだ私に美鈴さんが優しく言った。



「…………そうか。お主は会っておらんのだな。そうなると、妾と同じ雪女の仕業やもしれんな」



 美玲さんの穏やかな声を聞くとても大事にされてるって実感が湧く。なんでかな?



「えっと、どういう意味ですか?」

「同じ雪女でも毛色が違うのじゃ。眷属を我が子のように慈しむ雪女もおれば、眷属を喰らう酷い輩もおる」



 まさに、その話で頭を悩ませていた。でも、美鈴さんからそういう事情を話してくれたんだから、もしかしたらやっぱり美鈴さんは優しい雪女で、本当に私のことを思ってくれてるんじゃ?

 対話してると、そんなふうに思えてきた。



「ともかくお主が無事でよかった。霊能力者と雪女には用心するのだぞ。お主を失いたくない。お主が妾の元まで来ようものなら守ってみせる。じゃが、相手が霊能力者だったら妾の元に攻め込んでくるやもしれん。どちらがお主にとって安全か迷うところじゃな」



 私を食べることが目的なら自分の元へ来いと言うはずだ。それに、心の底から心配しているような声色に、警戒心がますます萎えていく。でも、優太さんも嘘を言ってる感じじゃなかった。どっちが正しいんだろう。



「あ、あの……聞いても良いですか?」

「どうした?」

「私は、その……美鈴さんにとって家族じゃないのに、なのにどうして会った時から優しくしてくれたんですか?」



 微妙な質問だと思った。でも、『私を食べるつもりだったんですか?』と聞いたわけじゃないし、答えで本音がわかると思った。美鈴さんが当たり前に答えた。



「何を言うておる? 困った者に手を差し伸べるのは当たり前じゃろう。それに、お主がどう思おうが家族と思っておるよ」

「……ッ。ありがとうございます」



 とても、とても優しい声。疑念が完璧に晴れていく。優太さんも美鈴さんの考えを聞いたらきっとわかってくれる。だったら、美鈴さんにはきちんと優太さんのことを話しておこう。生き返ることができるかどうかもその時に尋ねよう。



「あの、美鈴さん。もし、よかったら会ってお話がしたいです」


「そうか。妾もお主と話したいぞ。その小鳥が案内する。安心せい。守ってやる」


「はいッ‼ ありがとうございます」



 そうして、私は白い小鳥に導かれてその場を後にした。






 それは、ほのかの心の中の天秤が僅かに傾いた瞬間だった。優太の霊能力者としての信用よりも美鈴への信頼が上回ったのだ。そこには、まどかに起因する痴情とほのかの幼い嫉妬心が介在した。雪女の妖気に含まれる魅了の性質が使い魔白い小鳥を介して影響を及ぼした事実もあった。ほのかを一人にした優太のミスと言ってもよいのかもしれない。


 しかし、もはや事情など関係ない。事態は、終わりへと近づいていく。





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