七話 理想と現実と


「眷属の数が多いわね」

「みゃあ」



 麻衣と合流した優太は他の眷属の捜索と浄霊を始めた。二時間で三体を成仏させた二人はほのかの学校に戻ることにした。その隣をドブが尻尾を振りながら歩いている。今は憑依を発動していない。


 ドブが麻衣を見上げながら『とてとて』という擬音が似合いそうな足取りで隣を歩いている。不覚にもその姿は、可愛いらしい。



「みゃあ?」



 優太の視線を察知したドブと目があった。小馬鹿にしたような生意気なつらだった。



(僕には、いつもそういう顔するね)



 そんな素振りにも愛嬌を感じる自分は随分毒されているが、たまには喉を鳴らしながら無邪気に擦り寄る様子も見てみたい。



「ほのかちゃんを入れたら四名。それだけ食欲旺盛ってことだよね? 相当強いかもしれない」



 頭を仕事に引き戻す。眷属にされた雪女のうち二名は念話を望まなかった。自分の死を受け入れ始めた家族の邪魔をしたくないとのこと。そう考える浮遊霊もいるのだ。一名は対面して別れを済ませている。



「そうね。私は負けないけど、ユウは逃げて」

『……わかった」



 逃げると約束しなければならない。そんな自分に軽く失望しつつも状況を整理する。



「全員眷属にされてからあまり時間が経ってなかったよね?」



 雪女は、眷属を生み出した直後に捕食するわけではない。妖気が馴染み変質して雪女として妖力が増す、そんな頃合いを見計らうのだ。今回については成り立ての眷属が多いことからを食べ終えたばかりである可能性が高い。


 そもそも、悪趣味な発想だ。


 同族を食うなど心の底から信じられない。とは言え、人肉嗜食カニバリズムという概念が存在する以上は人間も似たようなものかもしれない。いや、これは余計な思考である。



「本命を見つけられる?」

「大丈夫だと思う。全員に共通する妖気の残り香があった。匂いが一番強かったのはほのかちゃんだった。最後に会ったんだと思う」



 香りが共通するということは今回の黒幕は『美玲』とやらで間違いない。



「いつも思うけど、索敵すごいわね」



 麻衣の発言には嬉しさ半分、虚しさ半分といったところ。麻衣の言う通り索敵だけならドブに憑依した優太は一流と言っても差し支えない。事実、ほのか以外の眷属を三体発見している。



「僕はすごくないよ。すごいのはドブだ」

「みゃあ‼ みゃあ‼ みゃあ‼」



 急に自己主張が凄まじい。『そうだ‼ 僕が凄いんだ‼ 僕のおかげだぞ‼』とでも訴えているのか。自分本位かつ気まぐれ。これこそ優太自慢の愛猫あいびょう、ドブである。



「ドブちゃんの力っていうのはわかるけど、受け入れられてるユウもすごいと思う。姉さんが憑依を試したけど、拒まれたのは知ってるでしょう?」

「それは……知ってるけど」


 

 憑依の可能性は幅広い。例えば、犬に憑依すれば索敵能力が跳ね上がる。鳥類ならば上空から霊術を展開することも可能となる。しかし、実際に行使する術者は皆無に等しく、憑依は実用的でない霊術に分類されている。


 

 それは、成功しないからだ。



 というのも、憑依される側が抵抗した場合に、ほぼ確実に解除されてしまうからだ。熟練の霊能力者の憑依でも、抵抗を受ければ人間はおろか小動物相手でも食い下がるのは難しい。想像してみればいい。自分の肉体を自分以外の何者かが操ろうとしている時に無抵抗でいられるだろうか。


 

 不可能である。

 不快感を覚えて抗うのが、道理だ。



 肉体を他者に委ねる違和感と嫌悪感は、生物である以上避けられない。そして、その感情に従って憑依先が抗うと、憑依が失敗するという結果を生む。



(霊能力者が失敗する霊術を重宝するわけがないもんな。僕もドブ以外に憑依したら、抵抗されて解除されるし)


 

 裏を返せば、こうも言える。ドブが肉体を明け渡す違和感と嫌悪感を享受しているからこそ、優太は憑依を行使できるのだ。



 優太が憑依の才能に富んでいるわけではないのだ。では、なぜドブは拒まないのか?



(それが、わからないんだよなぁ。ドブしか知らないし確かめようがないから)


 

 確実なのは優太への信頼がなければ肉体を預ける気にはならないはず。


 

 そんな推察から導き出される不明瞭な信頼の上に憑依は成り立っていると言ってよい。しかし、そうやって三年近く行動を共にしてきたドブのことを優太は信頼しており、また感謝していた。



(まともな攻撃霊術を使えない僕には霊能力者としての価値がない。でも、憑依があれば話が変わってくる。そういう意味だと僕が霊能力者でいられるのはドブのおかげだ。本当に感謝してもしきれないよ)



「ドブはすごいよ。いつもありがとうね」

「みゃあ‼」


 

 ドブが自慢げに胸を張る。まったく、こういうところが可愛らしい。ところで、どう考えても人語を理解している。



「確かに、ドブちゃんはすごいわ」

「みゃあ〜〜‼︎」



 ドブが麻衣に歩み寄った。麻衣が屈んで手を伸ばすと嬉しそうに頭を差し出して愛撫を催促する。優太にはそんな甘え方を滅多にしないのに。残念ながら、少しだけ憎たらしくなる時もある。



「でも、ドブちゃんに信頼してもらってるユウもすごいと思う。私はね」



 そう言われると、嬉しくはある。



「それは……うん。でも、そんなふうに甘えたりしないよ。噛み付いたり馬鹿にしたりはするけど」


「なにをしてもいいって安心してるからじゃない? 憑依できるのもユウを一番信頼してるからよ」


「みゃあ〜」


「なるほど」



 そうだとしたら、嬉しいが。



「みゃあ〜ぉ〜」



 それにしても、いつまで撫でてもらうつもりなのだろうか。麻衣にすりすり。すりすりすりすり。



 なるほど。

 そろそろ、ほのかの元に向かおう。



「先に行って、ほのかちゃんと話しててもいいかな? ちょっと気になって」


「憑依して行く? その方がほのかちゃんは喜びそうね。ドブちゃんはそれでいい?」


「…………」



 ドブがじぃっと優太を見た。



「ドブ、駄目かな?」

「…………」



 そっぽ向かれて、



「ドブ様。どうかお願いできませんか?」

「みゃあ‼︎」



 ドブがご満悦な表情で振り返る。頼み方の問題らしい。さすがの気分屋だ。こういうところもドブらしくて、可愛らしい。拒否されたら生身で行こうと考えたが、拒まれることはなかった。ドブへの憑依に成功する。魂の抜けた優太の体がぐらついたが、麻衣が霊気を纏わせた鎖鎌で支えてくれる。



『ありがとう。そういえば、麻衣ちゃん霊符れいふ持ってる?』


「あるけど?」


『借りていいかな。使った分はちゃんと返すから?』


「いいけど使う?」


『僕も普段は使わないけど、雪女と対面した時に他にも眷属がいたら霊符に封印するのもありかなって』



 霊符の使い方は様々だが主たる使い道は『封印』または『術式強化』。強化といっても制約があり労力もかかる。今回優太が使用するのは『封印』だ。


 雪女になって日が浅い眷属の妖力は微々たるもので、霊符に封印するのは難しくない。



(雪女と遭遇したら僕は逃げるしかない。でも、近くに眷属がいたら霊符で封印すれば『同族喰らい』を未然に防げるかもしれないし、眷属を連れて逃げることもできる)



 要は優太が持ち運べる、眷属用避難シェルターとして活用できると考えたのだ。我ながら悪くないアイデアである。



「負けないけど?」

『うん。それはわかってる。でも、念のため準備しておきたいなって』



 麻衣を信頼することと、万全の体制を整えることは、また違う話だ。



「わかった。そういう性格だよね。対象に触れないと使えないけど、両手には数珠があるから継ぎ足してターバンみたいに頭に巻く?」

『……そうだね。お願い』



 左右前足に数珠を付けて、左前脚根元にゴムバンドをはめて、額にターバンのごとく霊符を巻いたデブ猫。それでいて、小馬鹿にしたようドブの顔。



『可愛くて生意気な山賊って感じだな』


 

 

 何気なく言ったのだが、麻衣も同感だったらしく、



「わかるかも……ふふっ」



 優太(ドブ)の頭を撫でながら口元にうっすらと穏やかな笑みを浮かべた。



(ちょ……頭撫でられるの恥ずかしいんだけど。ていうか、麻衣ちゃんがそんなふうに笑うの久しぶりに見た気がする)



 麻衣は優しい性格だが、滅多に笑わない。大人の女性に近づきつつある麻衣の不意打ちの微笑に図らずしも照れてしまう。



(中学生にこっちが照れるなよ⁉︎ いや、麻衣ちゃんは美人だけどさ)



 頭を優しく撫でられたことも優太の恥じらいを後押ししたようだ。



『と、と……とりあえず行くね。霊符ありがとう。それと僕の体も、その……運んでくれてありがとう』

「……? 今更、どうしたの? まあいいけど。あとで追いつくわ」

「みゃあ」



 そんなやりとりのあと、優太は学校へ走った。四足走行しつつ気分を落ち着けていく。



(さて…………仕事しよう。学校に行くんだ。ほのかちゃんにせめてちゃんとした別れの機会を作ってあげるんだ)



 妖怪や浮遊霊に安らかな最期をもたらしたい。それは優太の霊能力者としての信念の一つだ。しかし、優太がそれを望むのとは対照的に、私利私欲のままに行動する者達もいるわけで。



 その頃、ほのかは――


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