十一話 ところで、あなたも眷属なの?


 新たに接近する妖気。その正体は二体目の白狐はくこだった。



(くそッ‼ 二体目か⁉)



 二体が左右から襲い掛かる。優太が結歩で上方に逃げ込むと、その真下で二体が交錯する。あと一秒遅れていたらられていた。その事実に肝が冷える。一方で二体は悔しそうに優太を見上げていた。



『小賢しいッ‼』



 四足だった白狐が縮小して代わりに二枚の翼を生やして、霊長類のごとく流麗な軌道で優太に襲い掛かった。



(くそッ……‼ なんでもありか⁉)



 舌を巻くが、呑気に呆けているわけにもいかない。結歩で高度を上げて地表から十メートルほどの高さまで上り、的を絞らせぬよう右斜め前方へ。結界を踏み外せば地面にまっしぐらという緊張感の中でミスの許されない逃避行。高度に比例して、落下への恐怖心も大きくなる。結歩は得意霊術だが空中戦の経験はない。それらの要素は優太の平常心を確実に蝕んでいた。



(落ち着けッ‼ 落ち着けよッ‼ 戦っても勝てないのはいつも通りだろうがッ‼)



 奥歯を噛み締めて自分に言い聞かせる。こちらは直線的な軌道しか取れない代わりに急激な方向転換が可能。美鈴は曲線的な軌道も可能だが停止や加速の切り替えが難しいと思われる。


 白狐が攻め手を変えた。一匹が優太の背後にピッタリついて、もう一体は後方に追走するような形だ。で優太を動かしてで仕留めるつもりか。

 一体目が急加速して背後から優太に襲いかかる。



『くッ……‼』



 結界の淵に両前足をひっかけて今度は斜め下方へ全力で降下して再び結歩。結界に着地してすかさず上方へ。上下に揺さぶりながら、二体目の進路に結界を置き、衝突させることを試みる。見事食い止めることに成功して二体目の勢いを奪ったが、一体目が追い縋ってくる。


 高低差と左右への揺さぶりで多少なら翻弄できる。だが、跳躍した瞬間に二体目に突っ込まれたら、被弾は時間の問題だ。



(このままじゃジリ貧だッ‼)



 冷や汗が滲み出して体毛にへばりつき、気持ち悪い。優太は必死に四肢を動かして逃亡を継続する。決して、闇雲に逃げているわけではない。



(大丈夫ッ‼ 大丈夫だッ‼ 近づいてる。もう少しッ‼ もう少しだけ逃げきれッ‼)



 自分自身に檄を飛ばす。勝算はあった。最初からそれだけを目的に立ち回っており計画通りに運んでいる実感もあった。しかし、優太が策を講じたように美鈴もまた一計を案じていた。もうすぐ、山を抜ける。



『霊能力者よ。気づいておるか。本体が追いつくぞ?』

『…………ッ⁉』



 確かに大きな妖気が近づいてくる。白狐に意識を向けさせて、本体の接近を悟られないようにしたというわけか。



(雪女の中でも強い部類のはずなのに、したたかで頭も切れる。霊能力者が一番嫌がるタイプの妖怪だよッ‼)



 敵ながら感心する。だが、鼻孔に触れる嗅ぎ慣れた霊力の香りが強くなったことで、勝利を確信した。それは麻衣の霊気であり、つまり麻衣が迫っているあかし。優太の勝算とはすなわち麻衣であり、美玲から逃亡しつつその香りを目指していたのだ。そして、優太は山を抜けた。




『麻衣ちゃんッ‼』

「ユウッ‼」



 刀を握った麻衣を視認して四肢に力を込める。麻衣も優太に気づいた。共有したい情報も多いのだが、今ではない。


 自分のやるべきことに専念しよう。優太のやるべきことは即ち、ほのかが消滅する前に安全な場所へ運ぶことだ。せめて最期の望みだけでも叶えてあげたい。


 白狐の始末も麻衣に任せる。優太は麻衣とすれ違いざまに、



『先に行くからッ‼』



 告げて、そのまま駆け抜けた。









 刀を横薙ぎに一閃。白狐の一体を日本刀で分断し、鎖鎌でもう一体の首を刎ねた。


『先に行くからッ!!』


 優太が発した言葉に、おおよそ事態を把握する。




(霊符が発動してた。ほのかちゃんを守ったのね。時間がなさそうだったのは、ほのかちゃんが無事じゃないから?)



 その推察は的を射ていた。そして、それはあとから確認すればよいことであり、引き留めてまで今すぐ把握する必要はない。



(本命はどこ?)



 その答えが前方に出現する。青い着物を着た見目麗しい雪女だった。攻撃を受けた形跡があるが、それでもその外見は同性の自分でさえ目を奪われるほどに美しい。優太には彼女の容姿がどう見えたのだろう。いや、それは余計なことだ。



 負傷しているのは優太が降雷を使ったからか。ほのかを救出するために使用したと推察された。



『なんじゃ貴様は? 猫又はどうした?』

「答える義理はないわ」



 麻衣は雪女を冷めた目で見つめた。


 

(確かに、ユウじゃ太刀打ちできない。でも、だからって馬鹿みたいに高い数珠を使ってまで、ほのかちゃんの救出にこだわる必要なんてないのに)



 普通の霊能力者なら妖怪一体を助けることにそこまで執着しない。除霊料金は受け取れるのだし、我が身を大事にして眷属なぞ放り出してなりふり構わず逃げるだろう。



(ドブちゃんを危険に晒さないために使ったのかもしれないけど、ユウのそういう妖怪のことを考えすぎるところと『こうする』って決めたら頑固なところはどうにかならないかしら…………嫌いじゃないけど)



 雪女が不愉快そうに麻衣を睨む。



『無礼な輩が多すぎるようじゃ』

「敬意を払う必要がないからよ。ところで、あなたも眷属なの?」

『貴様妾を愚弄するかッ‼』



 雪女が激昂する。その様子を麻衣は、やはり冷めた目で見ていた。



 敬意を抱きたくなる妖怪。

 手助けしたくなる妖怪。

 見ていて痛ましい妖怪。


 そういう妖怪には真摯に向き会いたい。しかし、美玲はそれに該当しない。そんな相手を敬いたいとは思わない。



『小娘がッ‼』



 美玲の怒号が飛び、左右から巨大な二体の白狐が出現する。その採寸は乗用車ほど。全身が氷で覆われており、巨大な氷を削り出して作った狐と呼ぶにふさわしい外見だ。ちなみに、先ほど瞬殺した羽を生やした白狐とは妖気の密度が桁違いだ。なるほど、雑魚ではない。



『この生意気な小娘を殺せッ‼』

『グルウッ……‼』



 白狐はくこが地面をパキパキと凍り付かせながら迫り、麻衣を噛み殺すべく大口を開けた。目にも止まらぬ速さだった。


 咄嗟に刀を正中に構える。直後に重たい衝撃を浴びてたまらず後方に下がる。麻衣は顔を顰めて白狐と美鈴を見比べた――


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