四話 共同除霊


 畳が敷き詰められた六畳の部屋。壁には猫をえがいた水墨画が掛けてあるのだが女子中学生らしい飾り気が存在しない。強いて言えば、部屋の隅に並んでいる四匹のぬいぐるみくらいだろうか。クマとブタとライオンと小さなサルだ。シリーズでも、有名キャラクターでもなく、あいらしさのベクトルも違う。


 そんな空間の中央には足が短い机が一つ。それを隔てて麻衣と優太は正座しながら向かい合っていた。優太は少し緊張していた。



(織成家に来るとさすがに緊張する)



 姓から推測される通り、優太は四大名家である織成家と無関係ではない。その肉体には織成の血が流れている。にもかかわらず、優太には秘伝たる霊装術はおろかまともな攻撃霊術を扱えない。


 それは霊装術のようなと不運によるところが大きいのだが事実として攻撃霊術を使えない。そんな半端者を霊能力者として名乗らせては四大名家の沽券にかかわる。一方で霊能力者に強烈な憧れを抱いていた優太は諦めきれなかった。



 そういった思惑と意思の対立があり優太は半ば織成家に楯突くような形で独立することを選択した。それゆえに織成家の人間は一人の例外を除き、優太を歓迎しないし快く思っていない。そして、その例外が麻衣である。



 そんな麻衣と対面していても、織成家にいるということに優太は多少の居心地の悪さを感じずにはいられなかった。



「みゃあ」



 そんな優太をお構いなしに、ドブが幸せそうに一鳴き。当然のごとく麻衣の膝を陣取っている。



「みゃあ〜ぉ〜」



 その大胆わがままボディを惜しげもなく見せつけながら、ほぼ仰向け。『お前はおっさんか⁉』と突っ込みたくなるような体勢で右手をぺろぺろ。



(こうして見ると、本当になぁ。悪く言えば、デブだ。食事量はちゃんと計算してるのに)



 ドブが食事を旨そうに食べる姿はとても愛らしいのだが、健康を損なっては元も子もない。改めて、気をつけさせなければ。



「右手の数珠似合ってるね」

「みゃあ〜」



 重たいドブを乗せた正座は苦しいはずなのに麻衣の佇まいは美しい。正座が美しい人間を優太は尊敬する。というよりも、正座を含めて姿勢が綺麗な人物に敬意を抱いている。


 姿勢にはその人物の人生観や考え方が反映されると優太は個人的に考えている。そして、麻衣を見るたびに自分の考えは真に近いと確信する。胸を張り前を見据えながら背筋を伸ばす麻衣。そんな彼女には目前の壁に堂々と立ち向かって乗り越える、そういう強さがある。優太は背筋を伸ばして、麻衣と向かい合った。



「今日呼んだのは手を借りたいからよ」

「みゃあ」



 麻衣が前置きなしに告げる。ありがたい。仕事の話は端的であるほどいい。



「具体的には?」


「みゃあ」


「とある一家からの仕事。元々は四人家族で両親と息子一人と七歳の娘一人だった。それで、娘が一週間前に事故で亡くなったらしいんだけどいろんな場所で『その子を見た』って証言する人がいるみたい。すごく優しくて利口な子らしいわ。成仏できていないなら、ちゃんと終わらせてほしいって」


「みゃあ」



 なるほど。依頼主は霊感が強くないのだろう。周りにいる霊感の強い人間には亡くなった少女が見えるわけだ。ところで、いつもみたくドブがうるさいのだが麻衣が頭を撫ではじめると『みゃあ〜』とご満悦な表情で甘えながら大人しくなった。そういうドブの自分本位なところは優太の目には不思議と可愛く映る。



「その女の子を見つければいいってこと?」

「できるでしょ?」

「うん。大丈夫」



 特定の妖怪や霊魂を見つけ出すのは容易ではない。霊嗅覚、霊視力、霊聴力のいずれかを活用しなければならない。そういう意味では、ドブに憑依した優太は霊嗅覚に秀でているので、探索に向いている。戦闘力の低い優太が霊能力者として生計を立てられるのも、その特性によるところが大きい。



 むしろ、それがなければ織成家に貸し出せる能力など、ない。

 だが、少しだけ妙だ。



「内容はわかったけど、見つけて成仏させるだけの依頼だよね? 難易度低くない? なのに、織成家で引き受けたの?」



 織成家でなくても難しくない除霊。にもかかわらず優太まで絡めたのはなぜだろう?



(僕としては、共同除霊にしてもらって助かってる。そういう依頼も最近は少しずつ増えてきてるし)



 共同除霊となると当然ながら依頼料が分散される。費用対効果の観点からすれば単独除霊の方が効率的だ。手取りが少なくても仕事が欲しい優太にはありがたい話なのだが。



「言っとくけど、ほどこしとかじゃないから」

「いや、そこは疑ってないよ」



 麻衣曰く共同除霊は全て『対等な霊能力者同士の取引』という認識で実施しているとのこと。



 本当にそうなのだろうか?

 で自分に気を回しているのではないだろうか?


 そう捉えていた時期もあるが今は違う。仮にそうだとしても、優太は仕事に手を抜かないし、断らないが。



「少し気になる事があるの」

「気になること?」



 女の子の浮遊霊の目撃情報がある。

 そして、気になることとなると、真っ先に連想されるのは――



(なるほど。今はまだなんとも言えない、と。だけど、もしかすると……)



 優太は自分なりに想像力を働かせた。しかし、先入観を持ちすぎるのもよくない。



「まずは周りの人がその子を見たって言う場所まで行くんだよね?」

「そうよ」



 麻衣がドブの左前足を優しく持ち上げる。右前足の数珠とは色違いの茶色の数珠を嵌めて、左前足の根元に白いゴムバンドのようなものを装着した。



「みゃあ?」

「それは?」

「共鳴石で作った数珠とGPSを埋め込んだバンドなんだけど、付けても平気?」

「みゃあ‼」

「珍しいね」



 共鳴石。数十年前に活躍した霊具だ。特殊な霊術を込めた石を二つに割るのだが、片方に新たな霊力を注入するともう片方が割れる。二人組で除霊にあたる際に互いの危機を知らせるのに用いられてきた。しかし、携帯電話が台頭したため現代ではあまり見られない。



「今回は使い道があると思う。ユウが危険を感じたら使えばいい」



 麻衣は優太のことを「ユウ」とそう呼んでいる。



「わかった。ありがとう」

「みゃあ」



 なされるがままに道具を装着されたドブは嬉しそうだったのだが、麻衣に膝から下ろされた瞬間に目を見開いた。もっと構ってもらえると思ったのかもしれない。『そんな殺生なッ⁉』という顔をしていたが、麻衣は構わず立ち上がる。


 その腹いせなのか、ドブが優太の元へ走り掌に噛みつき、ぶんぶんと頭を振り始めた。



(こらこら。八つ当たりしないの。僕の掌食べたって美味しくないでしょ? マイペースというか呑気だなぁ……)


 

 ドブのいつも通り感は見ていてほっとする。しかし、不足の事態イレギュラーはいつ起こるかわからない。だからこそ、用心に越したことはない。優太はそんなことを考えながら立ち上がり、麻衣の部屋をあとにした。



 結果的に、優太の予想は的中する。どれだけ対策を施しても予想のつかない出来事は往々にして発生する。そして、そんな時に不条理を押し付けられる者が必ず存在する。


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