三話 四大名家
霊魂及び悪霊、それらを除霊するのが霊能力者なのだがその中でも飛び抜けた実力と影響力を持った勢力がある。
四大名家の
(織成家に来るのは久しぶりだ。ちゃんとした要件でもなければ
午前七時すぎ。仕事のために織成家を訪れた優太は修練場で直立していた。中肉――と呼ぶにはふくよかだが――中背で地味ながらも優しげな顔立ち。その瞳が見つめるのは一人の少女。端的に言えば非常に美しい少女だった。
腰まで伸びた黒髪は艶やかに輝き、その顔立ちは精巧な人形のように整っている。長くしなやかな肢体は息を呑むほど美しい。黒いスポーツウェアに身を包み、腰には日本刀を帯刀し、その鞘には鎖鎌が巻き付いていた。
優太は少女をよく知っていた。彼女は
麻衣の表情は鋭い。その鋭利な眼光で見つめる先には妙齢の男。織成家でも有数の実力者である。
「麻衣様。ご覚悟ッ‼︎」
裂帛の叫び。そして、次の瞬間だった。男の肩甲骨から全長二十五メートルほどの巨大な二本の
織成家に伝わる秘伝の霊術――
(霊装術が強いのはわかってるけど、この人自体が強い)
構え、佇まい、霊力の練り上げ方。
そこから漂う強者の香り。自分にはない霊能力者としての武力。言い換えるなら純粋な強さ。
優太はまともな攻撃霊術が使えない。ドブに憑依すれば最低限の攻め手はあるがその火力は高が知れている。優太が半人前と揶揄される所以である。
だからこそ、優太は強さを心の底から尊敬する。同時に妬ましくもある。だが、羨む時間が勿体ないということもわかっている。
少し感傷的になった優太を他所に麻衣は、
「
呟いて、抜剣。同時に鞘に巻き付いていた鎖鎌が真っ直ぐに張り詰める。それはさながら日本刀に鎖鎌の全長を付け足した長刀のような有様。鎖鎌を伸ばした状態で霊力でコーティングしながら固定して、文字通り一本の長刀に仕立て上げたのだ。
麻衣が刀を振るう。刀身(鎖部分)が黒腕を断ち切った。
(車より硬度のある霊装術を切るのか。相変わらずなんて攻撃力なんだ)
霊装術は大きく二つに分類される。攻守を兼ね備えた強大や黒腕を形成するやり方と、持ち前の武器を霊力でコーティングして強化する手法。その優劣は術者次第。麻衣は後者であり同時に戦闘功者でもあった。
「くっ」
黒腕の使い手が狼狽える。その間に、長刀のごとく振り抜かれた鎖鎌が本来の柔軟性を取り戻して、刃が男の首に肉薄して――表皮に触れる寸前で静止する。
「ぐっ……参りました」
男が両手を上げて黒腕を解除すると、鎖鎌が麻衣の手元に戻った。麻衣は霊力でコーティングした武器を自由自在に操ることができるのだ。
(相手も一流なのに、こんな簡単に……このレベルの手合わせが当たり前に行われてるなんて、信じられない)
さすがは四大名家。霊能業界で最も影響力を持つ血筋の一つ。麻衣を見ると実力差を痛感して少しだけ辛くなる。自分は霊能力者として弱すぎる。その現実を改めて突きつけられる。
しかし、今さら悲嘆しても仕方がない。
加えて、麻衣が現在の境地に至ったのは凄まじい苦悩と努力の末だ。ゆえに、羨ましくはあるが純粋に尊敬している。稽古を終えた麻衣が相手に一礼したのちに、優太に歩み寄ってきた。
「早くない? 時間まで三十分あるけど?」
その端正な顔を顰めながら麻衣が一言。
「ごめん。思ったよりも早く着いたから。事情を話したら入れてもらえて、見学させてもらったんだ」
「……別にいいけど。着替えるから部屋で待ってて」
「わかった。ところで、いつ見ても凄い練度だね」
麻衣は一瞬だけ目を見開いたが、顔を顰めて呟いた。
「……すごくない。私の場合は助けてくれた人がいただけ」
つっけんどんな言い草。しかし、優太は彼女が心優しい努力家だと知っている。逆に麻衣は優太の
優太は麻衣の部屋の前で正座していた。部屋で待つように言われたが外で待機することを選択したのだ。
「みゃあ」
先程まで中庭で遊んでいたドブも戻ってきており隣で丸くなっている。麻衣は朝の鍛錬を終えてから入浴に向かったのでそれまで待つことにする。待ち合わせ時間よりも早く到着した自分に文句などあるはずもない。
「みゃあ」
ドブが尻尾をふりながら優太を見上げる。
「やけに嬉しそうだね?」
「みゃあ‼︎」
実際嬉しいのだろう。ドブは麻衣を好いており、彼女の膝を自分の特等席だと考えている節がある。女性とまともに手を繋いだこともない優太にはわからないが、
(女の子の膝って、そんなにいいのか?)
そんなことを考えてしまった。
まさに、その時だった。
「部屋で待っててよかったのに」
「…………ッ‼」
黒と紺を基調としたセーラー服姿の麻衣が現れたのは。卓越した霊術を扱うので忘れてしまいそうになるが麻衣は中学三年生だ。同時に普段なら学校に向かう時間でもある。
「なんでそんな驚くの?」
「いや、考え事をしてて」
別に麻衣の膝の柔らかさを妄想したしたわけではないのだが少し気まずい優太であった。
「ならいいけど。でも部屋で待っとけば?」
「……うん。そうなんだけど、さすがに異性の部屋で一人で待つのは気が引けて。麻衣ちゃんもいい気はしないかな、と」
控えめに発言してみたものの、
「気にしないから。次は
麻衣が不満げに腕を組む。そんな所作ですら、美しく見えるのが不思議だ。
「わかった。次は部屋で待ってるよ」
「前もそう言って外で待ってた。嫌なら嫌って言えば?」
麻衣の目つきが剣呑な色を帯びていく。攻撃的な態度に見えるが、優太は麻衣のこういう変な遠慮をしない物言いが好きだった。包み隠さず本音を語ってくれる人間の方が接していて心地良いし優太との相性も良い。
「いや、本当に嫌とかじゃないんだ。ただ、どうしても緊張するというか気が引けて。それで、不愉快にさせてるのはごめん」
「…………それなら良いけど、ごめんて思ってるなら行動で示してよ」
不満げに一言。しかし、その申し出は優太にとってむしろありがたかった。
「勿論。というより丁度良かった。こないだ除霊でアドバイスをもらったお礼をしたかったんだ。どこか行きたい場所ない? 麻衣ちゃんが休みの時にでもどうかな?」
優太の返答に、麻衣がスケジュール帳を取り出してページを捲る。
「日曜日は空いてはいるけど?」
「じゃあ、お礼させてもらえない?」
「別に、いいけど」
「みゃあ」
「行きたい場所とかやりたいことがあったら考えてて」
「わかった」
「みゃあ」
麻衣がスケジュール帳に予定を書き込んでいく。普段から顔を顰めていることが多いが昔から大抵の頼みは聞いてくれる。
麻衣との付き合いは長く、優太にとって遠縁でもある。難しい顔やとっつきにくい言動も、彼女の境遇を知る優太には気にならない。優太の中で麻衣はいじっぱりな頑張り屋というイメージが定着しており、妹のような存在でもある。
しかし、成人に近づくに連れて魅力を増していく彼女の佇まいに異性としての魅力を全く感じてないと言えば、困ったことに嘘になってしまう。
「……なに? じっと見て」
「いや、なんでもないんだ」
顰め面の麻衣に、優太は笑みを返した。
「とりあえず入って。話すから」
「うん」
「みゃあ〜」
上機嫌なドブが真っ先に入室する。優太もそれに続いて部屋の中に入ったのだった。
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