十五話 これはそういう物語である
嫌なことは酒で忘れることができるらしい。ならば飲酒が禁止されている未成年はどんな方法で忘れるのが良いのだろう。
(馬鹿なこと考えてるなぁ)
優太はさくらが入院している病院の玄関に立っていた。さくらは念のため入院することになったのだ。
さくらの希望があり優太は病室に赴いて彼女の母親に狐憑きと事の顛末について説明した。その場には心愛も同席して、父親の不倫についてはさくら自ら説明した。
母親はショックを受けていたが、さくらを抱き締めながら涙ながらに謝っていた。篠崎家が向かう結末は不明瞭だが、さくらだけ苦しみを抱える状況は脱した。
それから、心愛のみが病室に残り三十分近く経過している。優太は待機を頼まれて、玄関の外で待っていた。
積もる話があるのだろう。狐憑きの件もそうだが、さくらは心愛に対して友情を超えた感情を抱いており、それを屋上で暴露されている。
「なに話してるのかな」
「みゃあ」
少なくとも、さくらがこれまで通りの生活を送るのは難しいだろう。家族の在り方が変わるし、さくらは学校でも孤立している。学校生活については妖怪の仕業だったとクラスに事情を説明すれば多少は改善するだろうがなかったことにはならない。
父親に不倫され、尊敬して止まない人物が他界して、身に覚えのない誹謗中傷を受けて、最愛の友人を守ろうとしたのに、その恋心が露見してしまった。
今回の件で誰よりも、健気に、一生懸命に、頑張ったのはさくらだ。そんな彼女が最も深い傷を負ったことがやりきれない。そんなことを考えていると、
「すいません。遅くなりました」
息を切らした心愛が登場した。
「桃原さん。その、大丈夫……でしたか?」
「みゃあ」
控えめに尋ねる。
「どんな話になるかわからなくて不安だったけど大丈夫でした。ありがとうございます。それに、不謹慎かもしれないけどさくらちゃんが全部話してくれて、頼ってもらえた気がして嬉しかったです」
「そうでしたか」
「みゃあ」
心愛が疲れた表情で、しかし、どこか吹っ切れたように笑った。
「正直、少し戸惑ってます。でも、ひとまず受け止めてから考えます。さくらちゃんが私にとって大事な友達だってことには変わりないから。今は色々あって疲れてると思うけど私が支えます」
「それがいいと思いますし、桃原さんならできますよ」
「みゃあ」
心愛が一緒ならさくらも心強いだろう。
「みゃあ」
「みゃあ」
「みゃあ」
ところで、先ほどからも薄々感じていたがドブがうるさい。
「ドブちょっと黙ってて」
「みゃあ」
「ドブちゃんもありがとうね」
「みゃあ〜」
心愛が腰を落としてドブの頭を撫でる。ドブは気持ちよさそうに喉を鳴らして尻尾をふりふりして、しばらくしたら満足したようで大人しくなった。別れを惜しんだのだろうか、あるいは心愛の膝が名残惜しいのかもしれない。
「もしも、クラスメイトに説明が必要だったら協力しますよ」
優太の提案に心愛は静かに頷いた。
「ありがとうございます。その時はぜひお願いします」
「桃原さん。これで除霊は完了しました。どんな形にせよ二人の幸せを願っています。それに、なによりも篠崎さんが無事でよかったですね」
「そうですね……本当に……、あの、本当に……ありがとうございました」
心愛は涙ぐんでいた。考えるべきことは多いが、今は純粋に友人の無事を噛み締めてほしい。
二人の関係を最悪の形で終わらせずに済んでよかった。そういうところも霊能力者のやりがいの一つだ。そして、ここから先は優太が関わるべきことではない。二人の未来に興味がないと言えば嘘になるがそれは霊能力者の仕事ではない。先も述べたように幸せを願うばかりである。
「僕は行きます。仕事じゃなくてもまた会えたらいいなって思います」
「ありがとうございます」
「それじゃあ」
「みゃあ」
優太は言い残して、ドブと一緒に病院をあとにした。
電動自転車で帰っている最中に、優太は強烈な眠気に襲われた。
「本気で、疲れた……」
餓鬼憑きを除霊して、狐憑きに遭遇して、徹夜して、戦闘して、見舞いに行った。さすがに睡魔に負けそうだ。
「ドブ、ちょっと休憩しよう」
「みゃあ」
自転車カゴで丸まっていたドブも、地面に降り立って背を伸ばす。休憩といっても一眠りするわけにもいかず、普段口にしないブラックコーヒーを最寄りの自販機で購入する。値段は高いが今回ばかりは仕方あるまい。
「いつ飲んでも苦くて美味しくないなぁ」
「みゃあ」
だが、目は覚める。そういう意味でブラックコーヒーは有能だ。寝ぼけた頭にカフェインを叩きこみながら一連の出来事を思い返す。
生前に虐待を受けたことで餓鬼憑きになった少女は藤崎親子の親子愛を妬み成仏できなかった。狐憑きはスマホを活用する手法で篠崎さくらを苦しめようとした。
現代社会において変貌しつつある人々の死因や未練、利便性の変化。それらは妖怪にも大きな影響を与えている。
狐憑きのスマートフォンよりもっと極端な例もある。たとえば、お
霊能力者はそういった機微にもアンテナを張り、適応していく必要があると優太は考える。それでこそ、救える命がある。魂があると思うのだ。だからこそ、現代の妖怪の特徴については人一倍勉強もしている。
(強い霊能力者なら力技で解決できるから、それも必要ないかもなぁ。かりに、僕にそういう力があっても問答無用で霊魂を破壊するような術者にはなりたくないけど。それにどう考えても事前に対策しとかないと除霊しにくい妖怪も増えてきてる。たとえば……)
思考に熱が入り始めたところで、
「みゃあ」
体を伸ばしていたドブが自転車カゴに乗り込んだ。
「速く帰りたいってこと?」
「みゃあ」
「そういえば、チュール買うって約束したもんね?」
「…………みゃ?」
「もしかして、忘れて――」
「みゃあッ‼ みゃあッ‼ みゃあッ‼」
これは完全に忘れていたな。ドブが喚きながら尻尾を振り回す。知らん顔で口笛を吹いてもいいのだが、後が怖いので止めておく。
「ドブが忘れてても、ちゃんと買うつもりだったよ」
ドブの丸い瞳がじいっと優太を見つめる。
「本当だってば。帰りに買おうか?」
「みゃあ〜」
満足したらしく、ドブがにんまりする。ドブのそういう食欲に忠実な反応を見るのは少し楽しい。
(ドブらしいなぁ)
結構な疲労はあるがドブのためだ。少しくらい無理しよう。優太は軽い笑みを浮かべてブラックコーヒーを飲み干した。近くにあったゴミ箱に空き缶を放り込むと自転車のハンドルを握る。
「それじゃ、帰ろうか」
「みゃあ‼」
電動自転車の車輪が回転を始める。ふわり、と気持ちの良い風を浴びながら優太とドブは帰途に着いたのだった。
これは半人前霊能力者と揶揄される織成優太と猫又のドブが織り成す物語である。現代の醜悪で、自分本位で、寂しがりで、嘘つきで、それでも愛すべき妖怪たちを救いながら、妖怪に関わる人々にも手を差し伸べる。
残酷で、それでも優しい、
そんな物語である。
一章――醜悪の狐憑き――完
※あとがき
ここまでお読みくださりありがとうございました。楽しんでいただけたでしょうか?
本作に関する今後の展開や更新ペースなどについては8/11の近況ノートにてお知らせさせていただきます。
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