八話 篠崎さくらにまつわる話


 心愛の自宅を訪れた優太は、彼女の母親に除霊の流れや料金の説明を行った。心愛の母親は快く受け入れて協力的な反応を見せた。



(この親にしてこの子ありかな。それに仲が良いんだろうなぁ。僕の家とは違って)



 優太はソファで心愛と向かい合っている。ちなみにドブは完全に目が覚めたようでリビングを我が物顔で歩き回っている。



「そういえば、さくらちゃんはおばあちゃんと仲良しでした。名前は明子さんです」



 心愛が言った。



「明子さんですか?」


「とても優しい人だって聞きました。さくらちゃんは明子さんのところにご飯を作りに行ったり温泉に行ったり週末には出かけたりしてたみたいです。さくらちゃんて明るくてしっかりしてるんですけど明子さんの話になると子供みたいに顔をくしゃってして笑うんです。本当に大好きなんだなってわかるんです」



 心愛が懐かしむように笑う。



「明子さんに直接会ったことは?」


「いえ、ないです。でも、私は明子さんのおかげでさくらちゃんと仲良くなれたようなところもあって。だから、感謝しています」



 面識のない人物のおかげ?

 よくわからない。



「どういうことですか?」


「えっと、さくらちゃんと初めて話したのが一年生の夏休み前で何度か話すうちに明子さんの話になったんです。その時のさくらちゃんが嬉しそうだったから言ったんです。『大好きなんだね。素敵な人なんだろうなぁ』って。あとから聞いたんですけど、私がそう言ったのがさくらちゃんには新鮮だったみたいで』


「……?」



 今のやりとりのどこか新鮮なのか。



「えっと、好きで明子さんと一緒にいるのに周りから『年長者にも優しくてえらいね』みたいに言われるのが嫌だったみたいです。好きで一緒にいるのに『えらいね』って言われて気分が悪いって」


「なるほど。そういうことですね」


「はい。私は思ったことを言っただけですけど、それがさくらちゃんにとっては嬉しくて、だから私のことを『特別だ』って言ってくれました。それで仲良くなれたなら、それって明子さんのおかげだと思うんです」



 物事の捉え方は人それぞれだ。優太の考えでは明子の存在はきっかけにすぎず、心愛の純粋さがさくらを惹き付けたのだと思う。しかし、さくらにとって明子が大切な存在であったことは疑いようがない。



「明子さんにも話を聞きたいですね」

「……そうですね」



 そんなやりとりをしていると携帯が鳴った。さくらの身辺調査を依頼しておいた分の結果連絡だった。メッセージにPDFファイルが添付されている。それを展開した優太は衝撃を受けた。



「明子さん亡くなってます。去年の秋らしいですね」


「そ、そんな…………」



 心愛は知らなかったようだが、ここで一つの可能性が浮上する。狐憑きは明子を喪ったさくらに付け込んだのでは?


 『明子に会わせてやる』とでも嘯いたのかもしれない。とても悪趣味であり許しがたいが一つだけ安心した。乗っ取られている間に裸体をアップしたり売春を行ったような書き込みはないらしい。



「ちなみに篠崎さんのご両親がどんな方々だったかご存じでしたか?」



 ファイルに明記されていたが尋ねておく。



「さくらちゃん両親の話はあまりしてくれなくて。家族の話になったら明子さんのことは話してくれたんですけど…………」



 明るく優しいさくらが両親のことを語らなかった。それで不仲だったと断定するのは邪推が過ぎるが、その推察を裏付ける結果が添付書類には記されていた。



「父親が不倫してて母親はそれに気づいてないみたいです」


「…………え?」


「例えばですが、父親の不貞をさくらさんが知ってしまって母親がそれを知らないとしたら娘は苦しいですよね。父親の行為を許せないけど、父親を慕う母親に話したらどうなるか。黙っているのは母親を裏切るような気がして辛い。でも、話したら家庭が崩れるかもしれない。娘に不倫を知られた父親がどんな行動を取るのかは想像つかないですし」


「そう、ですね…………」



 慢性的なストレス要因としては十分だろう。不倫は最低の行為だと優太は思う。自分が結婚するという未来をうまく想像することはできないが、生涯のパートナーを裏切るような真似はしたくない。そして、最大のストレスは心から尊敬する明子の死。



「さくらさんに憑いてると見て間違いないと思います。でも、条件が整わないと除霊は難しい。とはいえ放置はできないので徹夜で警戒します」


「え……て、徹夜ですか?」


「はい。これは桃原さんが気にすることじゃないですよ。そうするのがベストだと僕が判断しただけですから。それに桃原さんにはお願いしたいこともありますし」


「お願い、ですか?」


「はい。まずは篠崎さくらさんの住所を教えてください。近くで見張らせてもらいます。それと、心苦しいとは思うのですが今日の陸橋の出来事について篠崎さんを非難するようなメッセージを送ってくれませんか?」


「……なッ⁉ どうしてですか⁉」



 心愛が眉を顰めた。友達を非難しろと言われた際の真っ当な反応である。



「意図があります。狐憑きは人間を痛めつけるに執着する妖怪です。そんな狐憑きに『まだこの宿主は楽しめる』と思わせたいんです。狐憑きは『こいつは壊れていい』と判断したら過激な行動で宿主を潰します。篠崎さんはそう思われてもおかしくない状態です。桃原さんから辛辣なメッセージを受け取ったらショックを受けるでしょうが、その反応を誘発することでまだ楽しめると思わせたいのです。それは結果的にさくらさんを救うことになります」


「……言いたいことはわかりました。でも」


「大丈夫。翌朝には決着を付けます」



 優太は言い切った。そうだ。遅くても翌朝には除霊できる。状況が整うからだ。そのためにも今夜を乗り切るのだ。



「……わかりました」



 心愛の返事に優太は力強く頷いた。その時、優太の携帯が新たなメッセージを受信した。差出人の名前は『織成おりなし麻衣まい』。優太が狐憑きの除霊について前もって相談していた相手である。


 さて、これにて除霊を行うために必要な欠片ピースが全て揃った。

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