三話 友達が憑りつかれてるかもしれない


「詳しく聞かせてもらえますか?」


「はい。私、その……話すのが、得意じゃなくて…………ごちゃごちゃするかも……しれないですけど、いいですか?」



 心愛が不安げに瞳を揺らす。どう見ても怯えている。本当に対話が苦手らしい。そういう仕草を腹立たしく感じる人間もいるらしいが、優太はそうは思わない。



「勿論です」



 心愛が安堵したようにほっと息を吐いた。その仕草は見ていて可愛らしい。



「私、小さい時から人と話すのが苦手で……知らない人と話そうとすると変な汗が出てきて、体が震えてしまうんです。そんなだから小学校でも友達ができなくて、それで、ぬいぐるみが好きだったから、自分で作ったりもしてて…………学校で上手く話せなかった時とかはキーホルダーにしてたぬいぐるみに話しかけたりしてたんです」



 それほど緊張してしまうと大変だろうに。ところで、何気なく言ったがぬいぐるみを自作できるのは凄い。



「そこを、男子に見られて『気持ち悪い』って言われて、他の男子にもそれでからかわれるようになって、もっと苦手になって……」


「子供は自分の言動が影響を及ぼす影響を深く考えずに行動しますからね。気を遣ってるわけじゃないですが、僕は気持ち悪くないと思いますよ」



 心愛が嬉しそうにはにかむ。なるほど。極度のあがり症だが内面は素直で可愛い。この様子なら『好きだからいじめていた』男子もいたかもしれない。



「ありがとうございます。でも、一人だけ仲良くしてくれた女の子がいたんです。私は経験ないですけど好きな人の話とかもして」



 その子が狐憑に取り憑かれた友達だろうか。そんな予想を立てながら耳を傾けていたが、違った。



「だけど、その子の好きな男子から告白されてしまって、付き合うとか全然考えてなかったですけど、どうしていいかわからなくてその子に相談したんです。そしたら『なんで私の気持ち知ってるのにすぐ断らないの? 普通協力するよね?』って凄く怒らせてしまったんです。それからその子とは疎遠になったんですけど、それから変な噂をされるようになって」


「噂、ですか?」


「友達の男を狙うぶりっ子だって。教室でも女子から嫌味を言われて、元々男子と話すのは苦手でしたけど、女子と話すのも苦手になって、やっぱり友達ができなくて……」


 

 自分本位な感情やつまらない見栄を優先して他人を振り回す。そういう人種とは関わりたくないと優太は思う。そして、そんな連中が実際に心優しい人間を振り回しているという話を聞くのは面白くない。


 心愛が辛そうに笑っている。それは誤魔化しの笑み。そんな笑顔を見るのは、ちっとも面白くない。



「告白されたって言いましたけど、別に付き合ったわけでもないんですよね? だったら桃原さんが悪いわけじゃないと思うんですが」


「はい。でも、私はすぐに断らなきゃいけなかったんです」



 腑に落ちないが、今更悪者探しをするつもりはない。


 ところで、狐憑に取り憑かれた友達の話はまだかと思ったが、本人が口下手だと公言しており優太もそれで構わないと言った手前てまえ、続けてもらう。



「えっと、それで中学でも友達ができなかったので、高校は少し離れた学校にしたんです。距離が離れてれば中学の噂とか関係ないと思って。でも、やっぱり初めて話す人とは上手く話せなくて友達はできませんでした。それで、夏休み前くらいになった時に、一人でぼおっとしてたらさくらちゃんが話しかけてくれたんです」


「取り憑かれたかもしれない人物ですか?」


「はい。篠崎さくらちゃんです」



 ついに本題か。デリケートな話題なのでできるだけ言葉を選ぶ。



「どんな人物なんですか?」 


「明るくて、優しいです。友達も多くて人気があって、私が初めて話した時も、私のペースでいいよって言ってくれて、すごく嬉しくて、話しかけてくれた日は上手く喋れなかったですけえど、それから少しずつ仲良くなってお喋りするようになって一緒に出かけたりするようになったんです‼」



 心愛が嬉しそうに話すのを見て優太は口元を緩めた。人と話すのが苦手だと言っていたそれを感じさせないくらいに力説している。心愛にとってさくらがどれだけ大切な存在だったのかがわかる。


 友達や家族や恋人のことを純粋に嬉しそうに語る人間は嫌いではない。むしろ、好感が持てる。



「素敵な方だったんですね」


「そうなんです‼ 本当に優しくて、一生懸命で部活も頑張ってて、お料理も得意で私に料理を教えるねって言ってくれたから、私もぬいぐるみの作り方を教えるねって約束して、それで――」



 それまで心愛は楽しそうに話していたが、ふと笑顔に影が差し込んだ。



「でも、その………秋くらいから、さくらちゃん少し様子がおかしかったです。なにを話しても反応がないっていうか、ぼんやりするようになって、尋ねても『なんでもない』って言うんです。それだけじゃなくて、しばらくしたら別人みたいに怖い顔をして『気持ち悪い』とか『近寄るな』とか言うようになって、SNSで友達の悪口を書くようになって、学校でも取り付く島がなくて、面と向かって『死ねば?』って言われました」


「…………ッ⁉」



 それはさすがに酷い。だが、狐憑きの仕業ならば説明がつく。



「でも、さくらちゃんがなんの理由もなくそんなこと言うはずないんです。きっと理由があったんです。でも、さくらちゃんに拒絶された時に頭が真っ白になって、それから話しかけるのが怖くなって、メッセージは無視されて着信拒否もされて、前みたいに一緒にいられなくなって…………」


「恨んでないんですか?」


「さくらちゃんを? どうしてですか?」


「あ、いや……すいません。今のは気にしないでください。さくらさんを信じていて、力になってあげたいんですね?」


「はい。でも、私はなにもできなくて……」



 心愛の目に涙が光る。


 すごいな、優太は思った。暴言を吐かれたにもかかわらず心愛はさくらのことを信じている。友達に『死ねば?』と言われれば縁を切ったっておかしくない。二人の間には強固な絆があったのだ。


 優太は心愛にハンカチを手渡した。



「すみ、ま……せん………………」

「…………」

「みゃあ」



 ドブが優しい声で一鳴きした。優太は心愛に同情しつつも、これまでの話を吟味した。



「二つ聞いてもいいですか?」

「は、はい……」



 心愛の目元は赤い。



「『さくらさん』の様子がおかしくなったのは秋で、しばらくしてからさらに人が変わったということですよね? それはいつくらいのことですか?」


「えっと、冬くらいだと思います。いろいろ言われたのは冬休み前でした」



 前触れが秋で、本格的に人が変わったのはその三ヶ月後だ。スケジュール的にも狐憑きの仕業である可能性が濃厚になった。



「ありがとうございます。桃原さんの話を聞いて取り憑かれている可能性は高いと判断します。ですが、それと桃原さんが陸橋で襲われたことの関連性が見えてこないんですが?」


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