四話 きっかけがあったはずなのだ
「それは……非通知で電話が来て『篠崎さくらを助けたければ来い』って」
「そういうことでしたか」
さくらを乗っ取って心愛を呼び出して、轢き殺される瞬間を撮影しようとしたのか?
さくらがその写真を見れば恐怖に悶絶するのは間違いなしだ。狐憑きの流行にも則っている。思えば左手にスマートフォンを持っていた。
「そういえばココア飲んでくださいね」
ベンチの上には未開封のココアが置かれていた。
「あ……ありがとうございます」
心愛がプルタブに指を掛けたのだが開かない。緊張のせいで力が入らないのか。
「少しお借りします」
優太は左手でプルタブを開けてから缶を返した。
「すみません……ありがとうございます」
「いえいえ」
さて、情報は出揃った。ちなみに優太の中で答えは決まっていた。狐憑きに苦しめられているさくらと友人を心配する優しい心愛。
当然、助ける。
狐憑きは除霊が難しい妖怪として知られており、仕事を渋る霊能力者も存在するが放置すればさくらも周囲の人間も危ない。
「さくらさんは今かなり危険な状況だと思われます。すぐにでも除霊したほうがいいです。ただ、そう単純な話ではなくて……」
「どういうことですか?」
「狐憑きにはいくつか厄介な点があるんです。まず狐憑きは妖気を抑え込むことに長けていて、それをされると妖気が周囲に漏れず発見するのが困難になります。要は見つけにくいってことです」
「はい……」
口にしてから少し反省する。これは狐憑が見つけにくいという話であって、今回は狐憑きがさくらの肉体を操るために妖気を発していたため発見することができた。つまり除霊そのものにはあまり関係のない話だ。
「すいません。今のはあまり重要ではありませんでした。狐憑きは使い魔のような存在を使役するのですがそれにより宿主の肉体または心がひどく傷つけられてしまう可能性があるんです」
「そ、それは……止めてほしいです。なんとかなりませんか?」
狐憑きを除霊する場合は最悪宿主の死も覚悟しろなどと言われる。勿論、そのような筋書きはお断りだ。
「対策を立てます。そのためにも、僕は事務所に連絡をするのとあと相談したい人がいるので連絡を取ろうと思います」
「そうなんですね。わかりました」
「それと学校にも協力してもらう必要が出てきそうです。そうなると除霊という形で引き受けざるを得ないんですが……」
「……はい?」
ココアが不思議そうに首を傾げる。秒で済む除霊なら料金を請求するまでもないと思ったが、狐憑き相手なら時間も労力もかかるのでボランティアで引き受けるわけにはいかない。除霊を行うのは翌朝になる可能性もあり、その間は他の仕事も引き受けられない。
「桃原さんのご両親とも話をさせてもらえますか? こういう言い方をするのは好きじゃないですけど、今回は依頼料を請求することになります」
除霊は奉仕活動ではない。さくらに取り憑いた狐憑きの除霊料を心愛に請求するのは筋違いな気もするが、今回の依頼人は心愛以外には考えられない。法外な金額を請求することはないが、女子高生には決して安くない金額なのだ。
「わかりました‼ それでさくらちゃんが助かるなら」
心愛はすぐに頷いた。その様子はとても清々しい。友達のためなら金など惜しくない。そういう意思表示に見えた。心愛にとってさくらは大切な友人とのことだが、それはお互い様だったに違いない。そんな絆を見せられると俄然やる気になる。
「わかりました。もし必要ならさくらさんを助けるために桃原さんからご両親にも話してもらえたら助かります」
「はい‼」
「ところで、もう一つ聞いていいですか?」
「はい」
「狐憑に取り憑かれる人は、普段の生活で強いストレスを抱えてることが多いんです。例えば、虐待とか家庭が崩壊してるからストレスが溜まって、そういう柵から逃れたくて狐憑きに騙されて憑りつかれるとか。さくらさんはそういうストレスを抱えてそうですか?」
「いえ、そんなことは…………」
心愛が驚きに目を見開いた。予想外の質問だったようだ。そうなると、きっかけは突発的なストレスだろうか。あるいは、一人でなにかを抱えていたのか?
「秋ごろから様子がおかしくなったと言ってましたね? その頃になにかありました?」
「えっと、そんな話も聞いたこと……ありません。なにかあったら話してくれたかもしれませんけど」
心愛が少し悲しそうに呟いた。悩みを打ち明けてもらえなかった可能性があると思い至ったのだろう。信頼している相手だからこそ話せることと、逆に話せないこともある。なので心愛が落ち込む必要はない。しかし、優太がそれを言ったところで気休めにしかならない。
(念のため、篠崎さくらの身辺調査を依頼しとくか)
なにか事情がありそうだ。要確認事項として頭の片隅にメモを残しつつ、心愛の両親に事情を説明するためにも、心愛の自宅に向かうことにした。
その時、やけに生温い突風が二人の間を吹き抜けていった。
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