三話 青シャツに白衣を羽織って、オレンジ色の自転車のカゴにデブ猫を乗せながら
死後の世界を立証する術はないが、幽霊や悪霊は実在する。だからこそ霊能力者という
(春がどんどん短くなってる気がするなぁ)
優太は青シャツに白衣を羽織りオレンジ色の自転車を運転していた。自転車カゴにはブランケットを敷いてありデブ猫――ドブ――が背中を丸めて眠っている。たまに擦れ違う通行人からすれば優太はいささか不審人物であり、実際に何度か二度見や三度見を喰らっている。
(貯金があったら車買ってもいいんだけど電車とか自転車で済むからなぁ)
運転免許は取得しているが自動車は持っていない。そこまで必要性を感じないが、一流霊能力者どころか半人前と揶揄されており貯蓄もままならない優太にはどっちみち手が届かない。そういう事情もあり優太の移動手段は公共交通機関、徒歩または自転車に限定されるのだが、今回は自転車だった。ちなみに目的地まで五キロメートルほどだ。
(薄給でも仕事は変えたくはないけどね)
優太は霊能力者という仕事が好きだ。好きなことを仕事にできるなら稼ぎはそこそこで構わないというのが優太の仕事観だった。
ガタン、と車体が揺れる。整備された道路だが小さな段差があったらしい。優太は慣れたものだったが、
「みゃあッ‼」
自転車カゴから抗議の声が上がった。ドブである。ブランケットに包まれながら恨めしそうに睨みつけてくる。
「ごめんて。でも、乗せるならカゴしかないから。それに、少しは揺れるよ」
正論を展開した。しかし、その道理をドブは受け入れなかった。
「みゃあッ‼」
威嚇するような低い声。しかも、両目でじぃっと優太を見続けている。
(そんな滅茶苦茶な。でも、こういう身勝手なとこも憎めないんだよな)
それに『ドブに同行してもらっている』とも言える状況だ。それは優太の霊力とその性質に起因するのだが、そういった事情とは関係なしに猫の我儘くらい叶えてやれなくてどうするんだという感情も優太を引き下がらせた。
「揺れないようにする」
「みゃあ」
ドブが満足気に一鳴きしてから背中を丸めた。不覚にもその仕草は可愛らしい。
不公平だ、優太は思った。
鳴きながら背中を丸めるだけで可愛いのだ。ドブが人間ならば年齢的に間違いなくおっさんなのだが、人間のおっさんでここまで可愛らしく背中を丸めることできる者はいない。
(太ってても可愛くて、ぶさいくでもぶさ可愛いなんて言われるんだから、猫ってすごいよなぁ。僕なんてモテ期もなかったのに)
そんな思考に耽っているとまたしても小さな段差に乗り上げてしまう。
「みゃあッ‼」
「いや、今のはごめん」
避難めいた目で見つめられる。ドブは自分には甘いが優太には厳しい。しかし、いずれにしても気を散漫にしたまま運転するのは駄目だ。せめて気が散らない範囲で仕事のことを考えよう。
(依頼人は三十代女性。中学生の娘の様子がおかしくて、霊に憑りつかれてるかどうか調べるのが今回の仕事か)
妖怪か、はたまた怨霊か。実はあまり知られていないが多様化しつつある現代社会に呼応するように、一部の妖怪や霊たちも変化しつつある。
(どっちにしても、苦しませないで済めばいいんだけど)
取り憑かれている人間だけでなく霊たちも、だ。人であれ霊であれ苦しんでいる姿を見るのは嫌だ。そんな人々や霊たちに手を差し伸べるのは好きだ。
優太は自転車を漕ぎ進めた。目的地に到着したのはそれから三十分のことだった。
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