第3話 コニー
周囲にミスリル鋼線を張り巡らせたキャンプ地。そのすぐ側に間違いなく『いる』
その感覚が
プレッシャーが
ますます大きくなる。
いつの間にか、ざわついていた森は静かになっていた。
「ココココココっ」
「‥‥‥‥大丈夫だよ、コニー」
ガタガタと震えるコニーをレイルは宥める。それから間もなくして、レイルとミリアはある生物がこちらを見ていることに気がつく。
(‥‥あれが森の主か?)
その生物の見た目は鹿のようだった。
半透明の虹色に光る角が二本生え、闇夜にボンヤリと朧げに光る二本の尾が揺らめいている。
敵意は感じない。
というよりもレイル自身は臨戦態勢に入ろうとするも、闘争心そのものを削り取られているような、闘争や逃走といった行動する思考が抜き取られているような感覚があった。
(なんだ?)
目の前にいるのは間違いなく生物である。しかし相対して湧き上がってくる感情は、広大な海の真ん中に一人いるような自分の存在の小ささだった。
それは弱い、強いではなく、ただただ神聖だった。森の主は木々に巻き付けられたミスリル鋼線に気づいていたのか、レイル達から視線を外して周囲を見渡し、木に当て布をしているのを確認すると、身体を反転させ闇からフッと消えた。
(‥‥‥‥行ったのか?)
それから少しして、ようやく周囲は元の空気に戻る。
「‥‥あれが森の主ですか?」
ミリアが会話を再開させる。
「おそらく」
レイルは再び焚き木に火をつけると、再びパチパチと焚き木が音を鳴らしながら、暖かさと穏やかな火の光が戻ってくる。
そもそもこの原初の森は遠い昔、戦争があった頃から今の形を維持しているという話がある。しかしこの森には貴重な資源が豊富にあり、当然なにかしらの生物が乱獲されたり、大量に木が切り倒される可能性も十分にあった。
それでも尚、この環境を維持し、未踏地域に指定されているのは強力な森の主がいるからだという。
(じいちゃんの話と違う‥‥)
そしてレイルは話に聞いた森の主と、実際に見た森の主との特徴の違いに疑問を抱いていた。
「‥‥明日の早朝、湖に向かい、ミリアの必要なものを回収次第、王都に戻ろうと思う」
「え、何故そこまでしてくれるんですか?」
「たぶんウチのギルドにミリアの話を聞きたい奴らが一杯いるのと、確認したいことがあるんだ」
「はあ、ちなみにギルドとは?」
「んー、簡単にいうと農業に特化した人達の集まりとか、狩りに特化した人の集まりなんだけど、僕らのギルドは手広くやってる」
「地上にはそんな集まりがあるんですね」
二人は他にもお互いのことを話し合っていると、途中コニーの頭からまたキノコが生えて来たので、レイルはそのキノコを使って夕飯を作り、夜は更けていくのだった。
◯◯◯
翌日の早朝、一行は川の上流、湖を目指していた。
ところが。
「おかしい」
「コニ?」
「どうゆうことでしょう?」
川の上流に向かうもいつまで経っても湖には辿り着けない。辺りには深い霧が立ち込めており、昨日とはまるで別の場所のようだった。
「この形の岩には見覚えがある」
ミリアと出会う前にレイルがコニーと魚を獲った場所である。つまり上流へ向かっているのに、いつのまにか同じ場所をループしている。
「そんな」
「‥‥今度は逆に下流へ向かってみよう」
「‥‥はい」
「コ!」
すると今度は深い霧が徐々に晴れていき、風景が変わっていくのだった。
「‥‥森の主の仕業でしょうか?」
「うん、たぶん。湖にいくのは暫くあきらめた方がいい。無理に通ろうとすると森の主と戦うことにもなりかねない」
強引に通るにせよ、主と戦うにせよ仲間の力が必要だった。
「一旦森を出ようミリア、次に来る時は時間の間隔を空けて、それでも通れないなら僕の仲間の力が必要になる」
「‥‥はい」
ミリアは凄く残念そうな顔をしたが、今はどうにもならない。
◯◯◯
それから一行は当初レイルとコニーが半日かけて周囲を観察したり、植物を採集して進んだ森の道のりを、日暮れ前に8時間ほどで抜けることができた。
日が暮れ始め、コニーの頭からまたキノコが生えてきたタイミングでテントを貼り、レイルはキノコを取るのをミリアにやらせてみるのだった。
「ただ引っ張ってもダメなんだ、マイコニドにとって頭に生えてくるキノコは出来物みたいなものだから、抜き方が悪いと痛いし、菌糸が残るとストレスになったりする」
「は、はい!」
「左手で生えてるキノコの根本を優しく絞り出すように。右手で生えてるキノコをゆっくり回転させながら引き抜くイメージで」
「はい!」
一本二本とミリアは抜いていくも。
「ゴッ!ニッ!」
コニーの反応からして、人をうつ伏せにした状態で、強めの指圧をしている時のような声を出しているので、たぶん何かが違う気がする。
「ちょっと一回やらせて」
レイルは手本として慣れた手つきで一本抜いてみる ‥‥すると。
「コッッッッ!」
ミリアとの抜き方のギャップからか、一本抜いただけでコニーの体は痙攣した。
「ちょっとコレ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫」
コニーは力が抜けたようにクタァとしていたが、レイルはスルーした。
ウインドノア 千路理 @kuroot2018
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