人間になれた堕天使
チリチリと高音で鳴り響くアラームに起こされた。開きっぱなしのカーテンが眩しすぎる日光を遮らない。
鳴り続けるアラームを止めてベッドから体を起こすと、少しフラフラした。
ぼやけた視界が鏡の前で佇む昨日の男を写した。
「おはよう。」「僕、人間になれたみたいだ!」「ほら、見て京ちゃん!」
昨日の堕天使はまだ居て、夢ではなかったんだと、寝ぼけた頭で理解した。
「私から見たら昨夜も人間だった。」からからの声で、ベッドに登ってきて嬉しそうに笑う、るいにそう伝えた。
ベッドから降りてカーテンを閉めた。
「僕、もうその窓通れないよね」三白眼がじっと私に問いかけた。
「...試してみたら」カーテンをもう一度開けた。光が眩しくて眉間に皺がよる。
ゆっくり近づいて来る、るい。しばらく見ているとガンっと痛そうな音が聞こえた。
「...ふ、」
「僕、ぶつかったの初めてだ!」一時的に赤くなった額を撫でながら嬉しそうにそう言った。
「もう一回やってみたら?」少し面白くてふざけてそう言った。
それなのに、もう一度ぶつかろうとする、るいを服の襟を掴んで後ろに引っ張った。
「ばか...窓割れるよ」私より断然背も高くて襟を掴むのに腕を上げなきゃならないのに、子どもっぽくて可愛かった。
「るい、服買いに行こっか、今日。」休みの一日を買い物に使うのは惜しいがこの服だけじゃ生活できないだろう。
私は朝ごはんを、済ます為にリビングに向かった。るいは私の後ろを着きながら話し出した。
「僕、坂木るいって名前になったよ。」「歳は十七歳。来週から転校生としてこの近くの高校に通うんだって。」やはり私より全然年下だった。
私は少し不思議に思って問いかけた。「るい、戸籍は?」
「あるよ、ほら、保険証も。」人差し指が指す方は玄関だった。底には紙袋がひとつ置いてあった。
「...なにこれ。」紙袋の中身を見ると保険証や高校の制服、教科書、鞄。生活に必要な物が入っていた。
「朝起きたら、置いてあったんだ。」「神が届けてくれたんだ。戸籍もね。」「昨日の夜、また一人この世界に人間が増えたんだ。」「それが僕!」嬉しそうに保険証を手にしたるい。
「神様ってすごいね。」紙袋の奥に入っていた二つの分厚い本を手にしながら言った。
本の正体はるいの説明書だった。ひとつは、るいの好きな物などがぎっしり記入してあった。
そしてもうひとつは同じようだけど「好きな物」という項目しか書いていなかった。
「なんでふたつ?」単純な疑問を口にした。
私の右膝辺りに落ちていた紙を見た。この本はどちらか捨てていいとそこにそう書いてあった。
私はるいに有無を言わせず、片方の本をゴミ箱に捨てた。
「なんで、こっち何も書いてないよ。」「なんで何も書いてない方を残すの?」私の目を不思議そうに見てそう問いかけてきた。
「るいの情報はこれから私たちが見つけて書き込んでいけばいいでしょ。」もうひとつの本を選んだらるいはただのあやつり人形になるだけだった。るいに説明書なんか必要なかった。
私の答えを聞いて、嬉しそうな顔をすると勢いよく飛びついてきた。るいの背中をとんとんと二回程優しく叩いて、ゆっくり離した。
「朝ごはん、食べよう。」立ち上がってキッチンに向かうと、るいが何かをもって着いてきた。
「ソファに座ってたら?」
「これ、使ってもいい?」そう言って私に見せたのはスマートフォンだった。最新型の。
「それも紙袋に?」「ソファで座って、使ってみたらいいよ。」ソファまでの短い距離をスキップ気味に向かっていったるいを見て少し、癒された。
冷蔵庫から賞味期限ぎりぎりの卵を取り出して、レトルトのコンスープと特売だった食パンを用意した。
レタスも余っていた気がして、サンドウィッチを作ることにした。少し気分が良くて久しぶりに鼻歌を歌いながら料理を始めた。
先程からソファの辺りからシャッター音が聞こえてくる。るいに目をやると、手に持っているスマホは私の方を向いている。
「消しといてよ...」
「僕、スマホ初めて触ったもん。」「消し方わかんないな。」悪そうな笑みを浮かべて、まだ写真を撮るのをやめない。
後で内緒で消しといてやると思いを込めて全力で睨んだ姿さえ、シャッターを切られてしまった。
私の家に人がいる朝。誰かの為のパンまで焼いて、誰かに写真を撮られる。そして気分のいい朝。そんな朝が嬉しくて少し笑みが零れた。
寝室の窓からの訪問者が堕天使だった時の終幕 @Norio_
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