寝室の窓からの訪問者が堕天使だった時の終幕
@Norio_
寝室の窓からの訪問者
残業が四日間続いた。
社会人一年目、ズタボロになった身体をベッドに沈めた。目を瞑れば一瞬のうちに眠れそうなくらい疲れているのにどうしても眠ることが出来ない。
ふと、窓の方に目をやった。朝開けたカーテンが閉まっていなかったけど、布団から起き上がり、閉めに行くと思うと気が引けたのでほうっておく事にした。
月が見える。
今夜は三日月と半月の間。満月でもなく新月でもない。おまけに完璧な三日月でも半月でも無い、平凡な月。
その時。
突然、視界が遮られるような、場面が変わったような、例えるならすやり霞のようなそんなぼやに包まれた。
ベランダに男の影が見えた。その影が窓をすり抜けてベッドの淵の横に立った頃には影でなくその姿がはっきりとくっきりと見えるようになった。
金縛りのように ――なった事はないけれど―― 体が動かなくなって、声も何も発せなくなった。
それでも怖さは感じなかった。ゆっくり呼吸を整えていくうちにだんだん体の緊張が解けていって声も出せる様になった。
「...誰ですか?」起き上がり、三白眼気味の目に問いかけた。
「僕が見えるんですね?!」男は何故か食い気味に興奮した様子でそう返した。
「ええ...はっきりと。」
男は嬉しそうに笑って、そして言った。 「僕は... 堕天使なんです」と。
私は至って冷静だった。仕事でミスした時より全然、冷静だった。それはそうだと私は思った。五階のベランダに人が登れるわけが無いし、ガラスを通り過ぎる能力が人間にあるはずがない。
男は私が驚かないことに不服そうな表情を浮かべ、今度は自己紹介を始めた。
「僕の名前は るい 。」「歳を数えるのは三十年程前にやめたんだ。だってキリがないから。」「多分、百二十代くらいかな。」
そう言いながら、ベッドの縁に腰掛けて座った。
「ねえ...人間で言うと何歳なの?」るいは私の質問に首を傾げて、わからない。と、そう返した。
しかし、見る限りは二十三の私より若い。高校生と言われればそう見えるし、二十歳と言われればそう見える。ただ、二十五と言われれば疑ってしまう。そんな見た目だった。
「僕の紹介は終わり。」生物としての種類と名前と歳。たった三つだけの自己紹介が終わった。
そして続けて、私の方に近づきながら言った。「次は君の番だよ。」
「私?」ここで私は少し驚いた。堕天使というから心が読めるとか相手の事がわかるとか。それとも何らかの理由があって私を尋ねてきたのか。なんにせよ私の事は知っていると思っていた。
「そうだよ。早く教えて?」急かすように一段と私に近づいてきた。
「うん...名前は、
ただの社会人の 風間 京 でしかないから。
「...終わり?」明らかにるいの眉毛は下がっている。
ネガティブな私を少し心配してくれているのが表情から受け取れた。私が自己紹介が終わった事を伝えると小さく頷いて、今度はるいが話し出した。
「大事な話なんだ...」唐突にそう言って、今までとは違う少し暗い様子でゆっくりと話しを始めた。
「僕は...天国を追い出された。悪い事をした罰として。」その悪い事とは何なのか興味が湧いたが聞かない事にした。
「僕は堕天使だから、人には見えない。それは悲しい事だよ。」「僕が沢山の人を知っていてもその沢山の人はたった一人の僕を知らない。」「でも一つだけ、この世界に人間のフリをして存在できる方法がある。」「その方法には僕のことが見える君が必要なんだ。」私の目を見て話していたその目線が下に落ち、沈黙が続いた。
「どんな方法なの...?」沈黙を破ったのは私だった。
「僕に愛を教えてほしいんだ。」小さな声でそう言った。私はその意味がわからなくてるいの目を見つめた。
「僕は人の愛し方を知らない。」「だから、君が教えて欲しい。」「神が僕に言ったんだ。人の正しい愛し方を知る目的なら人間のフリをさせてあげる。と。」るいの言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
つまり、私がるいに愛を教えている間、人間のフリを出来るという事なのか。じゃあ、るいが愛し方を知れたらどうなるのか、私はるいに尋ねた。
「そしたら、僕は天国に戻れる。」「君が手伝ってくれるというなら、僕は変わりに君を癒す役割をするよ。」そう言い、お願い。と頭を下げた。
「.....わかった。」そう返事をしたけど、私は不安だった。
るいは人間のフリを出来る変わりに、愛し方を知ったら天国に帰ってしまう。今のるいにとってそれが最善でもっとも幸せな選択だとしても誰かを愛した後の、るいには悲しい選択になってしまう気がした。天国に戻れるというのは愛した人と別れる。という事だから。
「ほんとに??」
「...ほんとに。」
「...ありがとう!!」るいはガバッとおい被さるように私に抱きついた。
少しして、るいが離れた。私は幸せそうに笑う、るいを真っ直ぐ見た。すると、また、目の前がぼやに包まれた。るいの笑顔がぼやけて消えていく。ただただ、悲しくて寂しくて胸がぐっと締め付けられた。
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