第7話 エピローグ

『総員準備はいいか』

 続々と戦闘準備を整えるイグニスの隊員たち、その中に大砲型と刀型を携えた二人の男――平木啓吾と相原秀である。

 あの夜、式波理凰と吸血鬼の戦闘の音が聞こえなくなったのと同時に、目覚めた秀は正気を取り戻していた。

 どうやら彼の予想は正しかったようだ、ということはあの黒の剣士は吸血鬼に勝利したのだ。

 目覚めたばかりで状況が呑み込めていない、秀を尻目に歓喜を全身で表す。

 勝利をともに喜びたい、この感謝を直接伝えたい。

 さっきまで音のしていた方向に、二人で向かい、大剣を背負った青年の姿を探した。

 だがいくら森の中を探しても式波理凰は見つからなかった。そこにあったのは彼がどれだけ壮絶な戦いの末に勝利を掴み取ったかという証だけだった。

 その後他の拠点の隊員たちが、自分たちの拠点と通信が繋がらないことを不審に思い、援軍を寄越し、無事に自分と啓吾は保護されたのであった。無論その部隊の人たちに式波理凰の捜索をお願いしたのだが、式波理凰の尻尾を掴むことはできなかった。

 結局捜索は打ち切られ、自分たちはそのままその部隊預かりとなり、現在その拠点に接近する敵の迎撃に向かうところである。

 皆続々と準備を整えている中、一人息の荒い人物が一人。

「く、くうっ」

 相原秀であった、胸を押さえ苦しそうにしている。

「秀……戦闘が始まる前に」

「分かってるよ」

 そういって秀は懐から何かを取り出す。

 取り出したのは小さなアンプル、透き通った中身に注がれているのは真紅の液体、秀はそれを一気に飲み干す。

「うう、まずっ」

「……やっぱりもっと野菜食べないとダメかな」

「いや、あんま関係ないと思う、多分何食べても血は血だ」

 そう秀が飲み干したのは啓吾の血だった。

 秀は確かに吸血鬼の呪縛から解放された、精神だけ。その肉体は強靭な肉体を持った吸血鬼のままだった。

 それだけならよかったのだが、その代償か秀は定期的に血を呑まないと生きていけない体となってしまった。日常生活には大きな支障はないものの、吸血鬼と知られたら何をされるか分からない。

――彼の与えてくれた勝利の未来で、二人で大きな秘密を抱えながら生きていくことになった。



 暗い森の中を駆けまわる魔獣の群れ、こちらの頭数よりもはるかに多く、各々が対処しても脇を抜けてくるディスィーストが多数いる――だがしかし抜けていったディスィーストを、空を切り裂く光が一匹残らず撃ち抜く。

 啓吾の神装が白煙を吐いた。そして次に来た敵も一匹残らずに打ち殺す。

 抜けてきたの敵の排除が終わると、次は味方の援護、一番近くにいた秀に飛びかかろうとした小さな狼型の敵を撃ち抜く。

「サンキュー!」

 秀は自らの前方の敵を切り伏せる。

 秀は吸血鬼なので無暗に怪我をすると、すぐに治癒するため、無暗に怪我をさせるわけにはいかない。

 いざとなったら彼を守れるのは自分だけかもしれない、だから僕は強くならなくちゃいけない。

 その決意が何かを変えたのか、向かってくるディスィーストを片っ端から撃ち落としていく。そこに敵を目の前にして震えていたあの頃の自分はもういない。

 啓吾と秀の活躍もあってか、ディスィーストの群れはほぼ壊滅、全員が相当するのに時間はかからなかった。

 勝利は目前、分かっていても、否が応でも全員気が緩んでしまう――そんな部隊を嘲笑うかのように、浮遊する何かが咆哮する。

それは大きく翼を広げて空を駆ける翼竜――ワイバーンがこちらに向かってきた。

 あの時のような震えはない、あの時はだめだが今度こそ。

 先手必勝、奴の頭部を狙って光線を発射する。

 狙い通り頭部に直撃する、頭部が爆発し夜空に重なるように黒煙が発生する。

 しかし黒煙の中から巨大な口が現れた。倒しきれてない。次に狙うは翼で、これも直撃する。

 ワイバーンは体勢を崩し、そのまま墜落してくる。

 よし――心の中で倒した歓喜に浸ったのは一瞬、急降下するあの巨体を回避する術がないことに気が付いた。

 ワイバーンはもうすぐそこに迫っている――刹那、空に向かって跳ぶ影が一つ――あの時と同じように。

 その影が鈍い光を放つ大剣を振るった、次の瞬間、ワイバーンが文字通り木っ端みじんになる。

 あの時と同じように月が空にいた。そしてあの時と同じように大きな剣を背負った影がワイバーンと重なった。

 その影は夜の森の中に消えていく。啓吾と秀はその影を黙って見送った。

 この場にいる全員何が起こっているか分からずに困惑する、啓吾と秀を除いて。




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Thanatos / fate of blood 未結式 @shikimiyu

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