何を信じるかは人の勝手である

白川津 中々

 五年ぶりくらいに大学の知人から会えないかとの連絡がありこれ絶対勧誘とかだろうと思ってノコノコ呼び出しに応じてみたら案の定であった。


「でさ、さっそくなんだけど、この本買わない? 今なら先生直筆の金言録も付いて3千円なんだけど」


「へぇ。(そういう商売にしては)随分良心的な値段だね」


「そうなんだよ! これ本当に感動するから! なんだろう。生きる意味が分かるって感じがする!」


「ふぅん」


 知人がそう言って推奨する本のタイトルはガス欠の国というものだった。聞くところによる、天然ガスで覆われた国に住む少年が旅に出て様々な知見を得ながら成長していくという内容だそうだ。ベタな展開である。王道は嫌いじゃないが、あまりそそられないのはマルチめいているからだろうか、はたまたさすがにベタ過ぎるからだろうか定かではない。


「その話の中にこんな一節があるんだよ。少年はこれまで見てきたものが全てであったが、ガスの国を抜けた先にあるのは信じられない光景であり、それは、かつて信じてきたものを破壊するのに十分な威力を持っていたのだった……いい文章だろう? これって、現実世界にもいえるなって俺思うんだよね」


「そうだね。知らない事を知るのは大事だね」


「そうそう! やっぱり! カボス君は分かってる人間だって思ってたんだ!」


 カボス君とは俺のあだ名であるがそんな事はどうでもいい。それよりも、分かってる人間ってなんだ。


「でもまぁ、本は買わないかな。俺、基本的に純文学しか読まないし」


「ちょっと! さっき知らない事を知るのは大事だねっていってたばかりじゃん!」


「言ったけれども俺がそうするとは限らないんだよ。なんかもう、いろんな情報を頭に入れるの疲れちゃうんだ。君もないかい? 新しいゲームや漫画が全然分からなくて、結局古い作品ばかり繰り返して消費しちゃうって現象」


「あぁ~~あるある。現代病だよね。でも大丈夫。この本は本当に面白いから。絶対損はさせないからさ」


「いやぁ……なんか疲れちゃうから……もうボロボロだから俺……」


「そんな事言わずに……本買って、一緒にグラビア撮影会行こうよ。購入者は千五百円で見学できるんだ」


「本買ったのに更に金とるのか……それって完全に搾取……うん? グラビア?」


「そうそうグラビア。先生Nカップだからすっごいよ!」


「ちょっと待て。先生って女なのか?」


「そうだよ? 二十三歳Nカップ。しかも美人」


「おま……そういう事は早く言えよ! え? 本いくらだって? 三千円? 買う買う! 買うよ!」


「ブルーレイ買うと握手券も付いてくるけど……」


「馬鹿お前そんなん買うに決まってんじゃねぇかありがとう!」



 こうして俺は三千円の金言録付きの小説と五千円握手券付きブルーレイを購入したのだった。さらにグラビア撮影の千五百円も出すし、その後に開かれるお疲れ様会の参加費一万円も当然出席する予定だ。いやはや。やはりおっぱいは尊い。どれだけ怪し気な集まりでも、おっぱいがあるだけで途端に参加したくなる。多分、これが危険なカルト宗教でも俺は迷うことなく入信していたであろう。今なら知人が気に入っていたフレーズの意味が分かる。


「これまで見てきたものが全てであったが、ガスの国を抜けた先にあるのは信じられない光景であり、それは、かつて信じてきたものを破壊するのに十分な威力を持っていたのだった」



 確かにNカップはかつて信じてきたものを破壊するのに十分な威力を持つおっぱいである。


 いやはや、罪な存在だよおっぱいは。

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