クソガキ魔王様に連れ去られてしまった!(仮)

@masatsunetsu

序章

ふと目が覚めた。

風を切る音。高く響く蹄の音。

どうやら僕は馬に乗っているらしい。

それも誰かに抱きかかえられている。

...何故僕は馬に乗っている?何処に向かっている?

駆ける馬に揺らされながら考えても、何もわからない。

意識が朦朧としてここ最近の出来事が全く思い出せない。

目を開けると辺り一面闇の世界。

ただ空を見上げると雲に隠れた月が薄らと光を照らしているだけだ。


目が暗闇に慣れた頃、冷たい風に当てられ頭も冴えてきた。

ただそれでも記憶が曖昧だ。

眼下に広がっていたのは石畳が敷かれた長い一本道。

周りには鬱蒼と生い茂る木々。

奥には小さく古城の様なものが見える。

「う...ここは...?」

ようやく今の状況を飲み込みつつある頭でそんな言葉を溢した。

すると僕を抱えている男が手綱を握りながら顔を覗き込んできた。

「おう、目ぇ覚ましちゃったか。ゴメンよ、けどまぁもうすぐ着くからもう少し我慢してくれ」

と言いながら笑いかけてきた。

眼が合った。

また頭がぼんやりしたかと思えば、少しずつ記憶が戻ってきた。

「お...父...さん」

そうだ。この人は僕の父だ。父の顔を見て安心したのか少し楽になった。

風で雲が流れ、隠れていた月がその姿を露わにした。

一切の欠けも無い、美しい満月。

ただ、いつもは優しく大地を照らしていたそれは、異様な存在感を放っていた。

ーーー月が、赫い。

まるで、血で塗りつぶされた真珠の様に不気味で、美しい。

そんな不気味な月を呆然としながら見つめていると、満月の中に不自然なヒトガタをみつけた。

否、みつけてしまった。みつかってしまった。


それは少女の姿をしていた。

だがその少女はヒトの形をしているものの、明らかに人間ではないと理解できた。

それは、巨大な蝙蝠の様な翼を羽ばたかせながら、赫い月を背にして浮遊していた。

そして、赫く燃えるその月にも勝るとも劣らない美しさと禍々しさを、その少女は放っていた。


踝に届いてしまうほどに長く、絹のようになめらかな黒い髪。

その間から生える2本の角。

黒を基調とした刺々しい鎧ドレス。

その小さな体躯には不釣り合いな、死神を連想してしまうような大きな鎌を持っていた。


何より目を惹かれたのは恐ろしい程に整った顔立ちだろう。

その美しくも禍々しい姿とは裏腹に慈愛に満ちた微笑をたたえながらこちらに笑いかけてきた。

瞬間、体が強ばり指一つ動かせなくなった。

先程、あの少女の姿を見て死神を連想しまったが、

否、あれは僕にとっての死神なのだと直感で理解できた。

「うっ...あ...」

そう理解した瞬間、僕は無意識に呻いていた。

「どうした?辛いか?すまねぇがもう少し辛抱してくれ」

と父が諭すように言った。

「し、死神だ!!あの死神が僕を殺そうとしてる!!」

僕は彼女を指差し叫んだ。

「死神?ははっ、そんなの何処にもいないじゃあないか!

それより今晩は満月が綺麗だなぁ。まるで磨き上げられた金貨みたいだ。辺りが明るくて助かるよ」


...おかしい。父にはあの死神が見えないのか?あんなに目立つところに彼女がいるのに気づかないと言う方が無理な話だろう。

それに月が磨き上げられた金貨みたい、だって?

あの満月は今にも血を噴き出しそうな程真っ赤じゃあないか。

こんなこと絶対にありえない。

僕の理性が恐怖で塗り潰されていく。

「お父さんは見えないの?!あの真っ赤な満月と真っ黒な死神を!!」

「死神とは失礼な。あんな低俗なものどもと一緒にしないで欲しいな!」

僕が恐怖に耐えかね叫んだ直後、

ついさっきまで月を背にして浮遊していたはずの死神が、すぐ隣で呟いた。

「私は地獄一帯を支配してる魔王様だよ!

何度も言うけど死神と一緒にしないでくれる?」

ーーー魔王。

地獄の最高支配者。

あらゆる災厄を統べる帝王。

そんな化け物が何故僕の隣で少女面して怒っている?

...そう、少女だ。

こんな少女が魔王だって?

冗談にも程度がある。

だが、これほどまでの異様なものを見てしまった以上、冗談として飲み込む程の余裕はなかった。

「お父さん!!そこに!!僕の隣に!!死神...魔王がいる!!殺されるッ!!」

「あはは、またどうしたんだい?お前が指してるそれはただの荷物だよ。何処にも死神も魔王もいないじゃないか!だからなんの心配もないよ」

本当に見えてない?

僕はこんなにもハッキリと見えるし、声も聞こえているというのに...

「ああ、彼に私は認識出来ないよ。用が無いからね。私は君に用があるんだ」

また自称魔王の少女が喋り始めた。

やはり僕にはハッキリとその声は聞こえたが父は一切動じない。本当に聞こえないのだ。

...そんな事より、僕が心の中で思った事を平然と読まれている...?

こいつ、人間の心を読めるのか...?!

「その通り!大正解!だからいちいち声に出して言わなくても私には全部分かっちゃうよ。

そうだ、それと君、殺されるって言ってたけど私、別に君を殺すために来たわけじゃないよ」

殺しに来たわけじゃない、だって?

そんなの信じられるわけがない。

あんな大鎌を持って僕の方をじっと観察していたくせに。

それに僕に用っていうのは一体何なんだ?

「あーゴメンゴメン!この鎌持ち歩くの昔っからの癖なんだ。仕事の都合で長い間握ってたから無意識に実体化させちゃうんだよ。

邪魔なら消すよ!」

そう言うとフッと大鎌が消えた。

「さて。本題に入ろうか。急で悪いんだが、君には地獄に来てもらう。まあ理由は状況が状況で時間がないからあっちに行ったら話すよ」

...は?

何を言っているんだ?

地獄に行く?僕が?僕が何をしたと言うんだ?

「絶対に嫌だ!絶対に地獄なんて行きたくない!」

僕は咄嗟に叫んでしまった。

「うおっ!本当にどうしたんだ!さっきから変だぞ!急に大声出したりして!...もしかして何か重い病気なのか?しょうがねぇ、少し飛ばすぞ!」

父はそう言って馬の腹を蹴ってスピードを上げた。

「うーん、まあ確かに急にそんなこと言われてはい行きますとはなんないよねぇ〜。仕方ない、少し事情を話すしかないか。」

一方自称魔王の少女はそう言うとパチン、と指を鳴らした。

その瞬間、辺りの景色が変わった。

緑色の空。青く燃える山。下から上へ流れる水。そして地面一面に広がる美しい花。花。花。

花々の蜜の甘ったるい匂いが鼻をつく。

ここが何処なのか、何故か直感で理解できた。

此処はーーー地獄だ。

人がいつか辿り着く終着点。

魂を浄化し、現世へ送り出す魂の始発点。

何故か僕にはとても懐かしく感じられた。

だが僕はまだ馬の上で父に抱きかかえられている。

それにやはり父は一切の動揺も無い。

この風景も、この花々の匂いも、父には届いていないのか...?

「ああ、これも私の能力でね、君の一部の感覚だけを地獄に飛ばしたんだ。実際に地獄に来てるわけじゃ無いから安心して。

ってかよくこの風景見て地獄だと分かったねぇ!人間が想像してる地獄ってもっとゴツゴツしてて燃え盛ってるでしょ!

...ん〜、まぁ君は特別だからね。本能で分かっちゃうのかな。」

「ーーーさて、本題に入ろうか。」

目まぐるしい展開の早さに混乱している僕を尻目にその少女は真面目な口調で語り始めた。

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