第2話 奇跡と魔術

 いつもの表情なんて垣間見ない女性の顔を

編集長に刻んでいる

そんな誠心さんという状況が戦慄を覚えさせた。

「誠心さんが・・・・・・ 美人編集者?」

「ええ、優しくて器量ある誇りです」

 横目で見た暴力の化身は目が笑ってない

てかすげえ睨んでるよねと浮かんでいる。

「そっそう! いつも弁当とか持ってきてくれるんすよ!」

「ほう! 手作り弁当の噂は本当だったんですか!」

 手作りという言葉に心の中は

まさかの自分のブランドですかね

大手チェーンと同じ名前だったすよね

嫁にしたい美人編集者の第一位は会社を持ってるんすかと

疑問は雨の様に降り注いだ。

 ジンベエザメさえ飼えるほどの水槽に

後ろから人喰い鮫が侵入した後に

肩にキバが刺さってくる。

「私の大切な小説家様ですからね! ねえ、あなた?」

「ひゃっひゃい!」

 後ろから感じる殺意は

恐らく目の前の優しい瞳には

微笑ましい光景という形で映るだろう。

「ははっ! まるで夫婦のようだね?」

 これは良い作品が出来そうですなと呑気に

そんなセリフを言い放ちながら置いていく編集長は

飼育員か単なる脳天気か神のみぞ知る。

「なあ? お前は俺を有名にするよな?」

「なっなにをおっしゃいますやら誠心さん」

 棒読みも甚だしいが

機嫌が良いのだろう、頭に手は乗ってない。

 チャンスだなと呼び捨てを胸に

天性のコメディアンは死地に踏み込む。

「誠心・・・・・・ 愛し・・・・・・ グボァっ!」

「どうかしましたか? 具合が悪いなら家に行きましょ?」

 刹那の拳は見えてないのか

周りが心配で駆け寄ってきたが誠心さんに任せてしまう。

 そのキャラはなんのためなんだろうかと

脳内辞書を引いたがそんなライトノベルは存在しない。


 目の前に景色が映る頃には

見慣れたアパートの天井と美味しそうな匂いが漂う。

「うっうぅ・・・・・・」

「おっ! 起きたな? 一応だけど味は知っとかねえとバレちまうからな?」

 見たことない真珠の様な大皿に

黄色い目と赤い蛇の瞳が見えた。

「オムライス? 誠心さんが?」

「いらねえなら食うな!」

 なんで怒ったのかはわからないが

食べたいという感情がお腹の虫を騒がせた。

「ちっ! しゃあねえな!」

 自然に朝日を昇らせたのを

誠心さんは見た瞬間に

顔を紅潮させる。。

「そういうとこが可愛いのにな・・・・・・」

 ボソッと呟いた言葉なんて聞こえないくらいに

腹が減っていた。

 空腹は人を単純化させ、鬼神姫きじんひめ

恐れられた羅刹さえも近所の姉にする。

「くぅっ! うめえっ!」

「喉つまらせんなよ?」

 答えようと口を開くため、気管に米が進軍する。

「うっ!」

「まったくよぉ・・・・・・」

 水を汲んでいたらしく

ドンっとコップを置く。

 グイッと飲んだコップを置き、感謝を述べようと映ったのは

誠心さんがそれを常識が如く、ぐいっと飲む光景だ。

「え?」

「あぁ?」

 顔が赤いのに睨んでいたことが少し可愛かった

故にからかってみる。

「新婚ってこんな感じっすかね?」

「は? なっなにを言ってんだよ? 俺がお前のなわけがないでしょうが!」

 リズムの狂った東京弁ってサラサラ伝説ティーチャーっぽいかもと

そんな表情を違う解釈にした誠心さんは

腕で横向きに口を隠す。

「俺みたいなやつは悪魔なんだろ? 嫌いじゃねえのかよ?」

「殴られるのは嫌っすけど、悪魔の甘い言葉がこんなにうまいなら

いつでも大歓迎っす!」

 驚いた様に目の前を向き

真剣な表情でズイッと寄ってくる。

「どっどうしたっすか?」

「本当か? 俺でもいいのか?」

「まあ、暴力振るわずに女性らしく居たらっすけどね!」

「てめえもかよ・・・・・・」

 少し切なそうに呟いた言葉に心当たりがあった。

「もしかして編集長が取ったあの時の態度っすか?」

「なっ! 知ってたのか!」

「確かに、女性らしさがどうとかなんとかって言ってたっすね」

「あれは差別だろ?」

「違うんすよ? 誠心さんって照れでこんな感じじゃないっすか」

「ちっちげえよ!」

 ヤンキー特有の拳をおもむろに握り、目を見つめながら

大切に言葉を紡ぐ。

「誠心さんは優しいけど自分の昔があるから

演じているんですよね? 大丈夫ですよ」

「何がだ?」

「昔って直すために覚えてるだけで

今に生かせば昔は直したも同然なんです」

「でもよ! あいつらがいつ来るか・・・・・・」

「昔を引きずるのをやめればわかんないっすよ」

 頭を抱えながら頭を振る。

「わかったよ」

「ん?」

「なんでもねえよ!」

 溜め息交じりに立ち上がり、誠心さんは手をヒラヒラと部屋を出て行く。

「鍵はちゃんと閉めろよ?」

「どこ行くっすか?」

「過去を清算だ・・・・・・」

 嫌な予感がしたのは

前にたかっていた三人衆を見たことがあり

その男性二人と女性が誠心さんにスマホをちらつかせていた。

 しかし、ついて行くなんて言ったところではぐらかされ

いつもの居酒屋だろう。

「よし、バイクに乗ったな」

 跨がった青いバイクは軽快にいなな

走り出す。

 机の下から液晶のあるリモコンを

取り出し、設定を変えた。

 その操作で画面に速度のある青い点滅が浮かび

場所を追従する。

「これで場所がわかるな」

 手元の財布を確認し、机の下に貼り付けた

タンス貯金を何枚か入れて

スマホでタクシーに連絡すると出発した

時間は午後の二時だったと思う。


 前からの見えない圧力は肌を十分に冷やし

そして受ける側は目的地へと進む。

「ったく! あいつはあん時だけ・・・・・・」

 ヘルメットの中で温度が上がり

脳内が心地良い優しさに包まれる。

 まるで春の陽気を浴びるくらいに

優しくも強い熱を帯びていた

それは決意という武器を備えた騎乗兵が如く。

 色んな逡巡が終わる頃には

港近くの廃工場に着いていた。

「ここが今の根城だったな」

 ギィっとなる油くさい扉をゆっくり開き

中を確認する。

 その様子を監視カメラで数人の男と女性がニヤつきながら観察していた。

「これで姉さんは私達のもの・・・・・・」

 不気味に紅一点は呟き

後ろの得たいの知らぬ男はデバイスに目をやった。

「愚息はまだか?」


 タクシーを乗車するとバッグを確認する振りで

液晶を見ながら指示を運転手に伝えていく。

「お客さん? よくわかりますね」

「いえ、仕事場に急ぎなので・・・・・・」

「えっ? それを早く言って下さいよ!」

 急に裏道や路地を近道と

指示から場所を特定していたのか通っていく。

「廃工場に仕事かい?」

「廃工場?」

「ん? 違うのかい?」

 少し悩むと誠心さんが

たまに検索結果を睨んでいたのを

思い出す。

「ああ、廃工場の撮影が依頼にあったのを

見るのを忘れて急遽って感じですね」

「ほう、素材屋ってやつかい」

「そんなところですね」

 思い当たるのかふと曲を流し始める運転手に

答える。

「これってラードの新曲ですね?」

「やっぱそうか」

 満足そうで期待をぶつける様に

鏡越しに俺を見つめてきた。

「楽しみなんだよね」

「よかったです」

 実はラードという歌手は知り合いで

小説を曲にしたいと出版社に乗り込んできたことがあった。

 ギター片手に異世界を冒険するという

無茶な設定だが一部のファンからは

【音楽は自由だ】というファンレターが送られてくる。

 どうやらラードのいつか歌いたい曲の

イメージそのもので

ファンレターの言葉はライブの終わりに叫ぶキーワードらしい。

「新曲はどんなんだろうな?」

「聞いてからのお楽しみですよ」

 ふふんと鼻を鳴らし

ギアが上がる。

「そうと聞いちゃあな!」

 法定速度ギリギリなもう少しで危険運転の

境界で走り抜ける。

 あっという間に廃工場に着き

颯爽と拳を見せつけ走り去ったタクシーは英雄の凱旋前だ。

「あとで曲を作ってもらおう」

 その一言を呟き

開いていたドアから入っていく。


 鬼姫は異常に強く

軽く半分は伸している。

「ぐぅ・・・・・・」

 余裕のあった紅一点は

爪を噛みながら唸り続けた。

「なんでいかないの? 報酬はいらないの?」

「まあ、待て」

「最後に勝てれば良いけどね!」

 嫌みを吐き捨てられた黒装束の男は

まるで犬が喚いたぐらいにしか紅一点のことを認識してない。

 辟易したのを悟ったように

デバイスが震えると画面を確認した男をニヤつかせる。

「かかったぁ♪」

 先ほどとは雰囲気どころではなく

気配も膨れ上がった様子は

まるで捕食者が獲物を見つけたかのようだ。

「なっなんだ?」

 気配に耐えたのは鬼姫だけで

他は油まみれの床にへたり込む

中には排水でズボンを濡らす者も少なくない。

 そんな状況をわからないのか

普通にドアを開き、誠心に声を掛ける小説家が一人いた。

「おっおまえ! なんでだよ!」

「ああ、誠心さんのバイクに昨日っすけど

発信器を一つ」

「はあ? どんだけクソなんだよ・・・・・・」

「誠心さんは俺だけの編集者っすから!」

 言われた本人がたじろぎながら照れる様は意味がわからない。

「さすが誠心さんっすね」

「ちげえよ」

 その言葉にようやく口を挟んだのは

狂気を纏う黒い男だ。

「ああぁ! 待っていたぞぉ?」

 頭を傾げて知らないというアピールをするが

全くどうでもいいらしく

懐から投擲用のナイフを八本ほど装備した。

「あの時の続きだ! あひゃはゃひゃはゃっ!」

 リズムどころか音程の狂った笑い声で飛びかかる男は

空中で鮮やかなピエロへと瞬時に変身していく。

 誠心さんが咄嗟に首根っこを引き

ドアへと走らせる。

「にがさなぁい!」

 着地と隣の工場の扉を開くのが同時で

閉まったドアに激突音が響いた。

 音にちゃんと反応したのは二人だけで

追っ手はピエロのみだが

誠心さんが唐突に構え出した。

「お前は?」

 ゆっくりと振り返る青いマントは

小説家を見たときから誠心さんを見ていない。

「聞いてんのか?」

「・・・・・・」

 聞こえてないわけではなく

青いフードが認識しているのが篤人だけだからだ。

「アナタハ?」

 開いた手を向けられたのは篤人の方で

言葉は片言だ。

「えっと・・・・・・ 樹竪篤人ですが?」

「キジュ?」

「そうっす」

 腕を組みながら全身の毛が逆立ったようなジェスチャーをする小柄な青マント。

「寒いっすかね?」

 誠心さん対応口調の発言に横から小突かれる。

「てめえな・・・・・・ 礼儀がなってねえぞ?」

「そっすね! だからその脇を突くのはやめてもらっても?」

 その様子に嫉妬したのかむぅーっとポーズをした後に

フンっと手を組みながらそっぽを向く。

 後ろの音は増しているのに扉は吹っ飛ばない状況で

それはあまりに場違いだ。

「とりあえず逃げるぞ!」

 手を引かれ横を通るが

青マントが気になった。

「君も逃げた方がいいよ?」

「ナニヲイッテル」

「へ?」

 篤人の手を握り誠心さんから引き剥がすそれは

柔らかでそれは女性の感触だった。

「君は女性なの?」

「は? うんなわけが・・・・・・」

 引き剥がされた手で片方を触る。

「嘘だろ?」

 こんなか弱い女性を置いていこうとした自分に反省しだすが

そのタイミングでドアが破裂音と共に破損する。

「みつけたぁ!」

 ニタニタとピエロが舌なめずりを見せつけながら

機械を窺っていた。

「おいっ! 逃げんぞ!」

 強く引いたはずだがビクともしない青いマントに

意味がわからなかった。

「ワタシハマモル!」

 マントの中から無数のトランプが乱舞し

煌めき出す。

「イッツ! ショウタイム!」

 高らかな宣言でトランプは様々な形になった。

「お前は奇術師トリックオラクル!」

 ギョッと見開きながらしっかりとした口調に戻ったピエロは

標的を変更し始める。

「ドミネイトスタート!」

奇術師ペテン風情が!」

 怒り狂ったピエロは忌々しそうに吐き捨てながら

マントの女性に全て投擲した。

 トランプの中で刀剣になったものが

見事に全てはじき返すと

ライフル銃になったトランプが火縄銃の戦略で

放たれる。

 見事に打ち抜かれながらも不思議なブレイクダンスで

くねりながら弾丸を受けきる。

「いたいなぁ!」

 再び狂い始めるとブツブツと唱え始め

途切れるごとに地面から黒いミニピエロが生えては床が歪む。

「夢見てんのか?」

「とりあえず誠心さんはバイクで逃げて下さい!」

「は? 何いってんだ?」

「勘っすよ」

 その言葉を聞いた瞬間に誠心さんは

バイクに走る。

「イクゾ!」

「なんか知らないんだけど?」

「アツトハケセルハズ!」

 頭にふと浮かんだのは

放蕩なくせにたまに家でくつろいでいる職業不詳な

ひげ面なスーツ男。

 まるで詐欺師かと思わんばかりの

風貌にどうしたらいいかよく母に尋ねた。

【あの人は世界を救いながら笑顔を届ける奇術師なのよ?】

 その男は笑いながら奇跡を一つだけ

教えてくれたことがある。

魔術不能マジックドミネイトっ!」

 篤人の目が光り、全てを飲み込んだ。

「なっ! 貴様は使えないはず!」

 一掃された黒い全てが幻だったと言わんばかりに

歪んだタイルすら戻っていた。

「すげえ! 父さんって意外にすげえのかな?」

 冗談交じりで放った言葉に対して

当然のように返事をぶつけてきた。

「アツシハサイキョウノダディ!」

 一度だけ金髪の少女を家で預かったことを

記憶の片隅から引っ張り出す。

 その少女はポーカーが強すぎるどころか

運が良すぎて足下にも及ばないレベルだった。

 そして片言で「アツト」と目前にいる少女の声で

俺を呼んでいた。

「まさかアマンダ?」

「ハイ! コーリングマイネームサンクス!」

 ピエロはその名前に戦慄したのか震えながら

奥に戻ろうとしている。

「オワラセテカラ!」

 そう言い放ち手を翳すとトランプ達が

巨大な煌めく槍となりピエロの細い肉体の真ん中を

音も無く貫いた。

 黒い塵に変わっていくピエロは

槍の先端から気配を惜しげもなく放出した。

 全てが終わったのか

夕日だった工場が真っ暗に変化していく。

 意味もわからぬまま柔らかな手に引き回され

外の空気をようやく浴びる。

「おっ! 迷ったのか?」

 バイクの前で後ろの少女を睨みながら

手を振る誠心さん。

「ドッキリってんなら早く言っといてくれりゃ良いのによ~」

「ドッキリ?」

「ああ、奇術師協会ってやつの宣伝動画なんだろ?」

 後ろの少女を見やるが

よく見るとスラッと長身でフランスに居る美女の様な

佇まいという方の感想に持ってかれた。

「その娘もすげえよな!」

「なにがっすか?」

「身長を演技で変えれるなんてな!」

「そうなんすか?」

「ん? あっ! それより奇術師協会を取材して書いて欲しいってよ」

「取材して書く? いきなり過ぎないっすか?」

 まあ、いいじゃねえかと

豪快にバイクの後ろへと呼び込む誠心さん。

「じゃあね! アマ・・・・・・ 奇術師の人!」

 マントの少女も口が笑っていながら手を振っていた。


 暗い中で男女がアパートに戻るのは

そういう仲にしか見えないのかコンビニに行こうとするおばさんが

ニタニタしていた。

「なんだ? 気持ち悪い幽霊か?」

「噂好きの加藤さんっすね」

「知り合いか?」

「いや、面倒くさいんで世間話ぐらいっすね」

 聞こえていたのか植垣越しに大きな溜め息が聞こえたが

聞こえないふりで

部屋に戻るとご飯がそのままで冷えていた。

「おっおう・・・・・・ マジですぐなんだな・・・・・・」

「そっすね」

 素っ気なく返した言葉に

モジモジしながら辺りを探し、パソコンを指さす。

「だったら今日は寝かせねえからな・・・・・・」

「朝まで頑張るっす!」

「ばっばか・・・・・・! 近所迷惑だろ?」

 小声で諭され、今の時間を確認する。

【深夜二時だ】 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 奇術師と魔術士~オラクルドグマ~ あさひ @osakabehime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ