奇術師と魔術士~オラクルドグマ~

あさひ

第1話 伝説の奇術ショー

 煌びやかなどではない

そして質素で慎ましい会場で一人、理屈のわからない奇跡を起こす。

 客の大半は酒に夢中で目すら向けない

そんな個人経営の奇術バーで

黙々と手を動かす男が少女に微笑みかけた。

「おっ! お嬢さんは一人かい?」

 よくわからないのか少女は首を傾げている。

「スピーク、わかる?」

 ふるふると首を左右に揺らした後

真っ直ぐに見据える純粋な青と雷の様な髪色は

まるで芸術を見ている錯覚を呼んだ。

「グットな奇術をルックだから・・・・・・ うーん・・・・・・」

 悩みながら言葉を探る男に少女は裾を掴み催促する。

「ユアショー! モアープリーズ!」

「おおっ! じゃあ見せちゃおうかな?」

 辿々しいがしっかりとした可愛らしい声が片隅に響き渡っていく

それはまさしく天使の笛の様だった。

 しかし少女の身なりは奇術バーよりも汚れており

周りからは勝手に入った子供が物乞いしている程度の認識だ。

 そんなことはお構いなしに

男は少女の両手を出させ布を被せる。

「ワン! ツー! はい!」

 布から出てきたのはコインと鍵だった。

「お嬢さん、今日から俺の弟子にならないかい?」

 不思議そうな顔で再び、首を傾げる。

「えっと・・・・・・ ユ-エンミーファミリア?」

 目を見開いたあと、少女は涙を含みつつある瞳で

コクコクと頷きニコッと笑った。

「イエス! ダディ!」

「ああ! よろしくな!」

 これが伝説と天才が邂逅した一部始終である。


 パソコンの前で寝落ちしている学生は

ゆっくりとキーボードから顔を持ち上げる。

 ヨダレを右横に置いていたあぶら取り紙で拭うと

左の冷めきったハンバーガーを睨む。

「さすがに腹壊すかな?」

 苦渋の決断でそれを電子レンジへ運ぼうとするが

チャイムがタイミングを見計らったのではと思うほど

軽快に呼んでいる。

「まさかっ! 悪魔かっ!」

 聞こえていたのかわからないがドアを蹴る音が

追加された。

「締め切りって今日な訳がない! 信じたい!」

「聞こえてんぞ! アツ!」

 扉とキッチンを挟んでいるのに会話が成立している状況は

安いアパートの運命であり、元ヤン編集者との戦いの記録でもある。

「コンビニで弁当買ってきたぞ! 開けろ!」

「気が利くのは良いが・・・・・・」

 ハッキリ言うと葛藤が殴り合っている。

「出た瞬間にヘッドロックか? ボディか?」

「早くしろ! レンチンしたての唐揚げ弁当だ!」

 おろしポン酢のかかったニンニク醤油の味が広がる唐揚げに

ホカホカの白飯に梅干し、そして付け合わせはナポリタンとポテサラだろう。

 ヨダレが口の中で洪水するのが先か

扉を開けるのが先かは柔らかな感触が伝う頃に理解する。

 実りの良い胸部と豪腕が天国と地獄を醸し出させる

複雑な感情を刷り込むそれは感想を言うなど自殺行為そのものだ。

「今日も素敵ですね・・・・・・ 誠心まこさん・・・・・・」

「元気そうだな? 仮病の篤人あつとっ!」

 頭の中を逡巡する言い訳に生存ルートがあるのかと

何周も日本記録更新したが

あるわけないという諦念に至る。

「すみません! それより弁当を頂けますか!」

「ほう? それより?」

「あっ! 違うんすよ! 誠心さんが買って来てくれた愛情を!」

「言い訳すんな!」

 首が一瞬で固定されると生存本能なのかは知らないが

弱点に手が伸びていき、緩む。

「ひゃっ!」

「さすがっすね! 誠心さんは後ろも・・・・・・」

 赤くなった鬼姫は瞳に殺意を込めて言葉を吐露する。

「俺のお尻はそこらの地蔵の頭じゃねえよな?」

「そっそうですね!」

「わかってんじゃねえか! だったらなんでなぞったんだろうな?」

「それは愛してるからに決まってるっすよ!」

「つまりあれか? お前は体が目的か?」

「いえ! 弁当っす!」  

 その後の記憶などあるわけがない

今あるのはお腹の痛みと誠心さんとの同棲かんずめである。

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