第3話 天音
「俺のこと殺してくれよ」
物騒な話を持ちかけてきた神谷。
「またその話ですか?」
ニヤニヤ笑って、私のイエスという言葉を待っている。
「殺しませんよ」
はっきりとそう言って豆の補充を始めた。
「チッ、つまんねーの」
舌打ちをし、いじけて、またコーヒーを飲む。
私たちは何度この流れを繰り返したのだろう。
「どうしてそんなこと私に頼むんですかね、全く」
横目で神谷を見て、ため息混じりにそう言った。
「フハッ、そんなの決まってんだろ、それはお前が」
そこでドアベルが鳴った。
神谷は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ちわーっす!」
「天音くん!とてもいいタイミングですよ〜」
カウンターを出てニコニコ笑顔で天音くんの方へ向かう。
「あっ神谷さん来てたんすね!お久しぶりっす」
「よお」
カウンターに座ったままクルリと振り返る。
肘をつきながら、ひらひらと手を振っていた。
「丁度注文しようと思ってたところだったんですよ、よく分かりましたね」
「へへっ、なんとなく今日かなって!」
人差し指で鼻を擦り、歯を出して大きく笑った天音くん。
「流石です、では奥にお願いします」
「っす。」
天音に手渡された紙にサインをして、控えを貰う。
豆の袋を車から降ろして台車に乗せ、私の横を通り過ぎて行った。
「あ、そうそう黒崎さん!」
「なんでしょうか?」
台車の1番上に乗せられた他より小さめの袋を手渡される。
「これ新商品っす!黒崎さんの好みに合うか分からないけどお試しってことで!よかったら!」
天音くんは笑顔で右手の親指を立てた。
そして豆が貯蔵されている倉庫へ消えて行った。
「ありがとうございます、使って見ますね」
受け取った小さな袋からはとてもいい匂いがしていた。
*
天音くん。
私のカフェにコーヒー豆を卸している店のアルバイト。
真面目で優しくてとてもいい子。
若くて、とにかく元気。
ツンツンした茶髪にピアスをしている。
*
「相変わらず元気だな」
奥を覗きながら口笛を吹いた。
「この豆、なかなかいい香りです。試しに入れてみましょうかね」
「俺も飲む、」
「天音も飲んでけよ〜〜」
倉庫の方に向かって大声を出す神谷、少し遅れて返事をした天音くん。
カフェの中がいつもと違う香りでいっぱいになる頃、天音くんは倉庫から戻ってきた。
「早速っすね!あ、お邪魔します」
端に座る神谷から2つ席を空けて、私の前に座った。
「もうすぐです」
「っす」
人数分のカップを用意していると、神谷が天音にすり寄って1つ席を詰めた。
「なあなあ」
「どうしたんすか?」
「外の看板見た?」
「あ!見たっす!」
「ビワのゼリー、お前も興味あるよな!」
「っす!」
「よっしゃ、」
「つーことで黒崎!」
「はい?」
「ビワのゼリーも2つ頼む!」
「どうしたんですか、いつもは頼まないくせに」
「べ、別にいいじゃねぇか」
ジトッとした私の眼差しを避けるように一瞬目が泳いだ神谷。
全くくだらない。
「新作っすよね!黒崎さん!」
「天音くんもビワお好きですか?」
「好きっす!」
「待て待て、"も"ってなんだよ!俺は一言も…」
「まさか神谷がビワを好きだとは意外でした。別に天音くんを巻き込まなくても素直にそう言ったらいいのに」
「俺は別に!」
「はいはい。ちょっと待ってて下さいね今準備します」
「先にこちらを」
2人の前にコーヒーを置いた。
「おぉ」
「いい香りっすね!」
神谷と天音くんが顔を見合わせていた。
なんて微笑ましい光景。これが好きなのだ。
「どうぞ」
「いただきます!」
*
冷蔵庫を開けてビワのゼリーを2つ取り出す。
ひっくり返して、丸い容器から平らな容器に移した。
キラキラしていて、甘い匂いがする。
2人に出すと、2人の目もキラキラしていた。
なんだか全て可愛かった。
Kの話 紫村 秋 @simura999
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