第二百五十一話 やっぱりシメたんだ

 密輸団を捕縛した【菫の庭園】一行は、当初の予定からは大幅に遅れたものの、オアシスの町シャプーシュに到着した。

 

 フェンタキアから交易路を出発すれば最初の、東から来た場合は最後のオアシスを中心に成立した町。そのシャプーシュはフェンタキア施政下にあり、本国防衛の東の要として、予期されるハイランド襲来の備えに余念が無い。

 

 幾重にも補強された強固なバリケードから兵士達が飛び出し、瞬く間に一行を包囲した。事情を説明するオルトに対して責任者らしき兵士は非常に高圧的で、フェンタキアから同行して来た兵士長も口添えをする様子は無い。

 

 兵士達が向けて来るのは、あからさまに迷惑そうな視線。ネーナ達が連れて来た密輸団も奴隷も、兵士達から見ればシャプーシュの防衛に寄与せず、留置や保護に貴重なリソースを奪う存在でしかないのだ。

 

 言葉にせずとも厄介者扱いをされているのはわかる。扱いに対する不満をグッと飲み込み、一行はシャプーシュへの入場を果たしたのだった。

 

 

 

 既に避難が完了したのか、市街を闊歩かっぽするのはフェンタキア兵ばかり。主のいない酒場や食堂には、待機時間で馬鹿騒ぎをする傭兵の姿が見られる。

 

 拘束した密輸団などを沿岸警備隊コーストガードの拠点で引き渡すと、【菫の庭園】の面々はカフェテラスに上がり込み、日陰のテーブル席で一息ついた。

 

 曲刀シャムシールと革鎧で武装した兵士が数名、険しい表情で往来を駆けて行く。それを見て思い出したのか、ネーナは憤懣やるかたない様子で入場時のシャプーシュ守備兵の態度を非難した。

 

「全く、失礼です!」

「まあまあ。あんなもんだって」

 

 プリプリと怒るネーナを、レナが宥める。いつもなら一緒に怒っていても良さそうなレナの意外な反応に、ネーナは少し冷静になる。

 

 物言いたげな表情で察したのか、レナは苦笑した。

 

「いやまあ、腹は立つけど。そんなんザラにあるから」

 

 ね、と同意を求めれば、スミスもエイミーも頷いた。勇者パーティーにいた頃の経験を話しているのだと、ネーナは理解する。

 

「トウヤはそのような事に反応しませんでした。当時怒っていたのは、大概レナでしたね」

「だってさあ、一生懸命頑張って誰かを助けても、『そんな事より早く魔王や四天王を倒せ』とか言われるんだよ? イラッと来るじゃん」

 

 苦い記憶を思い起こし、レナが顔を顰める。やっぱり怒っていたんだなと、ネーナは思った。

 

 魔王軍と戦う事こそが存在意義だった勇者パーティー。そのメンバーが背負っていた重圧は、部外者には想像もつかないものだ。

 

 ネーナとて勇者トウヤの足跡を追うという大義はあるが、それだけに縛られてはいない。冒険者になり、魔術を習得し、医学や薬学を修め、今こうして『剣聖』マルセロとの戦いに向かっているのは全て自身の選択である。

 

「まあフェンタキアの王様が、あたしら菫の庭園をマルセロにぶつけたい意図は感じるけど。それでも今はオルトやフェスタが交渉してくれるから、向こうの都合を押しつけられて使い倒される事も無いし。気楽なもんだよ」

 

 レナは笑うが、比較対象となる過去の経験が余りにも過酷である。ネーナは複雑な心境で聞いていた。

 

「それにさ。ネーナがこんなに怒ってるのを、魔王様オルトが気づかない訳ないでしょ。間違いなくあの兵士達、シメられてるから」

 

 オルトはこの場にはいない。沿岸警備隊コーストガードの拠点で、捕縛した密輸団の勾留と奴隷として拘束されていた人々の保護について協議を行っている為だ。

 

 沿岸警備隊は砂漠地域を管轄するフェンタキアの警察組織であり、現在は戦時体制の一環として軍の指揮下に入っていた。それ故に通常業務に割ける人員が残っておらず、密輸団などの引き渡しに応じられる状況ではなかった。

 

「あの堅物兵士長が引き返すのは駄目だって言うから、こっちに来たんだけどね」

 

 密輸団を捕縛した際、一度フェンタキアに戻る案も検討された。それに強く難色を示したのは、同行する兵士長であった。彼等はただの案内役ではなく、【菫の庭園】に対するお目付役、督戦隊なのだと仲間達も気づいている。

 

 それを踏まえてもシャプーシュに来たメリットはこちらにあると、フェスタが言う。

 

「そう悪い話でもないわよ。沿岸警備隊が機能していないなら、賊や奴隷の取り扱いについて、こちらの要望を通せる余地があるから」

「あー、そういう事か」

 

 レナが納得した声を上げる。

 

 平時であれば、沿岸警備隊は規定に沿って粛々と処理をする事だろう。その場合ファラを陥れた番頭が十分に追及されず、ファラを虐げた家族の商会まで手が伸びないかもしれない。

 

 しかし今の状態であれば、番頭を『通商都市』アイルトンの当局へ引き渡す事も、密輸団が奴隷として連れていた人々を手厚く保護する事も可能なのだ。

 

態々わざわざ私達と別行動にしたのだから、オルトは色々とする気だと思うの。戻って来るのを待ちましょう」

 

 オルトが合流し次第、シャプーシュを出発する事になる。それまでしっかり休んでおくのも大事な仕事だ。

 

 ネーナは人数分のカップをテーブルに並べると、腰に提げたヤカンに手を伸ばした。

 

 

 

「――ここニいたのカ。探したゾ」

 

 

 

 特徴的なイントネーション。肩に長柄の朱い槍を担いだ巨漢が、ドカドカとテラスに上がってくる。

 

「シュヤリさん」

 

 ネーナが名を呼ぶと、男はニカッと笑った。その後ろには細身の男と美しい黒髪の女が続いている。

 

 シュヤリの姿を見るや、レナに言い寄ろうとしていた傭兵が舌打ちをした。

 

「……何だよ、テメェらの連れかよ」

「俺達の連れでなくともやめておけ。その連中、【菫の庭園】だぞ」

『はあああッ!?』

 

 シュヤリに代わって細身の男が応えれば、テラスにいた傭兵達が目を剥いて仰け反る。

 

「マジかよ『牧羊犬シープドッグ』!?」

「嘘をつく理由が無い。『刃壊者ソードブレイカー』もじきにやって来るぞ」

『うわあああっ!!』

 

『牧羊犬』の返事に、すっかり出来上がって上機嫌だった傭兵達は情けない悲鳴を上げた。蜘蛛の子を散らすようにテラスから逃げ出し、往来を走る兵士にぶつかりながら路地に消えて行く。

 

 ネーナ達に近づく三人は、フェンタキアから同行している傭兵であった。顔合わせの際にお互いの紹介は済ませてある。

 

 シュヤリとは本名ではなく、担いでいる朱い槍に由来するものだ。大陸東方サンライズの一部地域において、朱い槍は剛の者の証なのだと、シュヤリは得意気に語っていた。

 

 あまり西方の共通語が得意ではなく、コンビを組む相方の男が通訳に入る事も多い。その相方も本名でなく、『牧羊犬シープドッグ』と名乗った。

 

 強力な単体戦力のシュヤリと違い、『牧羊犬』は戦場で部隊を率いて真価を発揮する。巧みに味方の配置を修正して敵に隙を見せない様が、見る者に羊の群れを統率する牧羊犬を想起させるのだという。

 

 三人目は白い肌に美しい黒髪、物静かなシズカという女性。見た目の印象に反して、彼女も腕利きの傭兵である。何とシズカは、シュヤリの妻であった。

 

 二人は結婚を機に傭兵を引退し、故郷の東方に帰る途中であった。シュヤリと組む機会が多かった『牧羊犬』も観光がてらについて行くつもりが、砂漠の交易路の閉鎖によりフェンタキアで足止めされていたのだ。

 

うちの魔王様オルト、どんだけ恐れられてんのよ」

 

 レナの言葉に仲間達が苦笑する。

 

 冒険者がそうであるように、傭兵達も耳が早い。無知ゆえに喧嘩を売ってはいけない相手を見誤るようでは、命が幾つあっても足りないのだ。

 

 傭兵達の中では、『刃壊者』オルト・ヘーネスは傭兵ギルド支部に単身で殴り込みをかけ、無傷で帰って来るイカれた男だとの共通認識が出来上がっていた。

 

 殴り込みの部分は事実と異なるのだが、訂正する者がおらず話に尾ひれが追加され続け、早くも都市伝説の様相を呈していたのである。

 

 

 

「――感謝すル、【菫の庭園】」

 

 席に座るなり、シュヤリは頭をテーブルにぶつける程に身を屈めて礼を述べた。その隣でシズカも頭を下げる。

 

 困惑するネーナ達に、『牧羊犬』が言葉足らずな相方の意図を解説する。

 

「お前達が捕縛した密輸団が引き連れていた奴隷の中に、シュヤリやシズカと同郷の者がいたんだ」

 

 運悪く『剣聖』マルセロがハイランドを陥落させたタイミングで交易路を通過しており、同行していた商隊と共に捕らわれたてしまったのだという。

 

「『刃壊者』が密輸団と無関係な者の保護と解放についても交渉してくれてる。無事にとは行かんが、故郷に帰してやれそうだ」

「それは何よりです」

 

 ネーナは素直に礼を受けた。賊に襲われた以上、財産を奪われ心身に傷を負う事は避けられない。それでも故郷に生きて帰れる事を、傭兵のシュヤリ達は肯定的に捉えていた。

 

「あたしらより、お手柄は密輸団を見つけたエイミーだからね」

「えっ!? そんなことないよ〜」

 

 急に話を振られたエイミーが恥ずかしがり、笑いが広がる。

 

「『牧羊犬』さん達は、出発の準備は宜しいのですか?」

「ああ、用事は済ませた」

 

 ネーナが尋ねると、三人は揃って肯きを返した。

 

 開いている店も無く物品の調達は出来ない。【菫の庭園】と別行動していたのは、シャプーシュの傭兵の中でも信用が置ける者に頼み事をしていたのだという。

 

「傭兵さんに、ですか?」

「正直、今のフェンタキア軍と沿岸警備隊には信用が置けないからな」

 

 密輸団の身柄の扱いは勿論、密輸団から解放された者の保護もあまり当てには出来ない。そこをシュヤリ達は、顔見知りの傭兵に依頼として任せたのである。

 

「問題は無い。金は先払いで依頼主が『刃壊者』だから、裏切る命知らずもいない。フェンタキアとの傭兵契約は、敵が来なきゃ大した金にならんし拘束も緩い」

 

 現在シャプーシュにいる傭兵達は、フェンタキアのギルド支部か当地の出張所で依頼を受けた者だ。

 

 報酬は拘束期間による基本給と、戦闘が発生した場合の歩合給の二本立て。ハイランドが攻めて来ない限り、町で暇を潰して基本給のみを受け取る事になる。

 

 時間は余っている。報酬だって多い方がいい。一部のさとい傭兵達は、【菫の庭園】の登場で自分達の出番は無いかもしれないと悟っている。そこに、小遣い稼ぎには堅い依頼が新たに提示されたのだ。

 

お前達菫の庭園が『剣聖』を倒すならば、何も問題は無い。そうだろう?」

 

 前線基地たるシャプーシュの守備隊増強に加えて、傭兵も送り込んで備える程の相手。それを倒し得る者に敵対しようとは、誰も考えない。

 

「……お兄様の事ですから、他にも手は打っているでしょうけれど」

 

 ネーナは呟く。

 

 シャプーシュの市街に、とある路地へといざなう符丁が存在する事には気づいていた。知らない者には何もわからないが、知っている者は見逃さない。日常生活のすぐ側に潜む深い闇は、砂漠のオアシスにも手を伸ばしていた。

 

 恐らくは『借り一つ』になるだろうが、この状況でオルトが使わない理由が無い。

 

 

 

「――済まない、遅くなった」

 

 

 

 待ち人の声。見ればオルトが、顔色の悪い兵士をぞろぞろと引き連れて来る所であった。

 

 フェンタキアから同行してきた者だけでなく、シャプーシュ入場時に【菫の庭園】を包囲した守備隊員、責任者、さらには守備隊の指揮官らしき他の兵士とは違う装いの者もいる。

 

 先刻から兵士達が走っていたのはこれだったのかと、漸くネーナは腑に落ちた。

 

「やっぱりシメたんだ」

 

 レナの言葉は、仲間達の胸の内を代弁していた。

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