第二百四十六話 二つ名がついてしまいました
「帰ってきました!」
「ただいまー!」
『ガウッ!』
ネーナとエイミーが両手を上げ、精霊熊のガウも立ち上がった。旅行者がギョッとした顔で近くを通り過ぎる。
離れていた三ヶ月ほどの間に、シルファリオは更なる発展を遂げていた。
完成した馬車のターミナルでは、荷捌きと乗客の乗り降りで賑わっている。街道を挟んだ旧市街の反対側には、短期滞在客向けの宿泊施設や娯楽施設が営業を始めていた。
「ネーナさん、お帰りなさい!」
「あっ、ノノさん! お仕事ですか? ご苦労様です!」
快活な少女が駆け寄り、挨拶を交わす。
急速な発展を続ける町の玄関口において、ギルドのシルファリオ支部は、治安維持の補助や来訪者への案内を業務として冒険者を派遣していた。
町と支部が共同で出す依頼であり、時間当たりの報酬も悪くない。何よりもこの依頼を受注出来るのは、支部が認める優良な冒険者のみ。それは町の住民達にも周知されていて、買い物に補助がつくなど独自の特典もある。
コミュニケーションが必須な為、敬遠する冒険者も少なくない。しかし新たな評価軸を立てた事で、戦闘能力以外の部分にもスポットが当たりステータスを得られるようになった。革新的な試みであったが、現状では成功している。
ノノが首から提げる冒険者証を見て、ネーナは笑みを浮かべた。
「ノノさん、Cランク昇格ですね!」
「えへへ、気づいてくれましたか」
決して早くはないが、成人と同時に冒険者登録をしたノノは順調に昇格している。同郷の友人達と組んだパーティーもバランスが良く、支部からの評価は悪くない。
「実家に仕送り出来る額も増えましたし、生活も大分楽になりました。もう少しお金が貯まったら、皆で広いお家に引っ越そうって言ってるんです」
冒険者のランクは収入に直結する。最低のEからA、最高位のSまで全六段階の内、DとEは研修中か重大な過失に対する降格処分の意味合いが強い。
Cランクで真面目に依頼をこなしていれば、まず食いっぱぐれる事は無い。貯蓄も出来る。多くの冒険者の現実的な目標はCランクへの昇格であり、その維持なのだ。
ノノは尊敬の眼差しをネーナに向け、両拳を握りしめる。
「【菫の庭園】の皆さん、今回も大活躍だったと聞きました。 私もネーナさんを目標に頑張ります!」
一見すれば町娘のような格好だが、ノノは背中に長めの杖を背負っている。パーティーでは魔術師を務めているのだ。
厳密にはネーナの役割は魔術師に留まらない。それでもノノは、同年代にして高ランクパーティーに所属するネーナのようになりたいと願っていた。
「ノノ、ちょっと手伝って!」
「ごめんなさい、ドロシーに呼ばれたので失礼します!」
ペコリとお辞儀をし、ノノは助けを求める仲間の下へと走り去る。
それを見送るネーナの肩を、オルトがポンと叩いた。
「お兄様」
「ネーナを目標に、追いかけてくる者も出てきたな。負けてられないぞ?」
「はい!」
嬉しさと多少の面映さを感じながら、ネーナは元気に応えたのだった。
◆◆◆◆◆
「皆さんお帰りなさい。お疲れ様でした」
支部長室ではエルーシャが一行を出迎え、深々と頭を下げた。
「まだ帝国やカリタスで頑張ってくれている者もいるが、エルーシャ達のサポートには本当に助けられた。有難う」
オルトも同じように頭を下げる。エルーシャは微笑む。
「皆さんの外套、良くお似合いですよ」
シルファリオ帰還の報告と冒険者ギルドの所有である馬車の返却をする為、【菫の庭園】一行はギルド支部に顔を出した。エルーシャが把握している情報を聞くのも目的の一つである。
「ギルド長は【屠竜の炎刃】と合流して帝国騎士団の追撃を退け、無事にウラカン支部に到着したそうです。ガルフさんは意識は戻っていないものの容態に変化は無く、治療を継続しています」
「良かったです……」
ネーナが安堵の溜息を漏らす。
「カリタスは復旧作業が続いています。新たな瘴気や敵の存在は確認されていません。治安の悪化もありません」
ウラカンもカリタスも、今後段階を踏んで出向中の職員や冒険者の入れ替えが行われる。そう遠くない内に全員が拠点に戻れるだろうと、エルーシャは見通しを述べた。
「アルテナ帝国ですが。帝城を含む帝都の中心部が完全に封鎖されて無人となっています。帝国西部に向けて住民の避難が始まり、首都機能移転も検討されているそうです」
堪え難く除去出来ない悪臭と、一時的な視力低下や強い痺れなどの悪影響を及ぼすガスが帝城から流出し、地面や建物、あらゆるものに浸透したと聞き、ネーナの目が泳ぐ。
オルトとフェスタは、うんうんと頷き合う。
「ネーナの『アレ』か」
「間違いなく『アレ』よね」
ネーナが謁見の間に投げた
「『アレ』を拡散させたネーナさんの噂が広まり、『
「はうっ!?」
帝城『
ネーナが顔を
「格好良いじゃん、『帝城陥とし』」
「二つ名がついてしまいました……」
「オルトなんて、今度は魔王様だもんね」
その一言にエルーシャが食いつく。
「オルトさんが魔王ならば、征服して貰った方がいいじゃないですか。どの国にも属していない土地は沢山ありますし、建国しましょうよ魔王国。それともどこか乗っ取りますか? 全力でサポートしますよ? 一声かければ皆飛んで来ますよ?」
「冒険者ギルド支部長の発言としてどうなんだよ。報告を続けてくれ」
前のめりなエルーシャが
「えっと……帝国は各国に冒険者ギルドと【菫の庭園】に対する非難を、ギルドに対しては抗議を行っていますが、殆ど相手にされていません」
「これまでの事があるし、急に被害者ぶられてもね。勝負あったかな」
フェスタの言う通り、帝国は完全に死に体となっている。
東部、北部、南部の戦闘は圧倒的不利のまま停戦状態。これは北部のドワーフ族、東部の少数民族、南部の反乱軍、そして冒険者ギルドの四者が揃って帝国との交渉の席につくべく、意見を集約する作業に入っている為だ。
「帝国は統制が取れていませんが、実は四者連合も足並みが揃っていません」
「原因は南部ですか?」
スミスが尋ねると、エルーシャは肯きを返した。
「仰る通りです。反乱の成功が見えて、内部で主導権争いが始まってしまいました」
オルトとスミスは帝国南部を北上し、その実態を目にしている。北部や東部の長年に渡る粘り強い抵抗とは違い、南部は一つのきっかけで爆発的に盛り上がった反乱だ。
反乱軍の司令部は帝国に滅ぼされた国の軍人や武器商人、野盗の首領など雑多な人員で構成され、それぞれが利益を主張し牽制し合っている。
「今のままでは、分裂も時間の問題でしょうね」
「カリタスの隣がそれじゃ困るんだがなあ」
オルトは溜息をつく。
「俺達に出来る事は無いがな」
南部での気がかりと言えば、スタインベルガーの元の所有者である剣士ベルガーの末裔達の安否のみ。それも元冒険者のヒーロ・ニムスが請け負っている。
帝国領内から地下迷宮コスワースに降りる通路は潰してある為、そこからカリタスに侵入される心配も無い。外部にあるもう一つの降り口は『惑いの森』の中、人間嫌いのエルフ達の里の近く。追い払われるのがオチだ。
「それとテルミナさんから、エイミーさんに言伝がありますね」
「テルミナお姉さん?」
ずっと黙っていたエイミーが首を傾げた。テルミナはギルド長一行に合流してウラカンにいると、先刻エルーシャが告げている。
「はい。『惑いの森でエイミーのお母さんのお姉さんを拾った。シルファリオに連れて行く』だそうです」
女性陣は一度、テルミナと共にエルフの里にも立ち寄っていた。その後ウラカンに向かう途中、テルミナは再び森を抜けたのだろうと察する。
「エイミー、何の事かわかる?」
「うん」
フェスタに尋ねられ、エイミーは頷いた。
「エルフの人たちの村にね、お母さんそっくりな人がいたの。たぶんその人だと思う」
「エルーシャ、他に伝言はある?」
申し訳なさそうにエルーシャが頭を振る。
「エイミーは、その方に会うのは平気ですか?」
ネーナの気遣いに、エイミーはしっかりと頷いて応えた。
ハーフエルフのエイミーに対して、惑いの森のエルフ達はお世辞にも好意的とは言えなかった。しかし母の姉だというそのエルフ女性から何かされた訳でもないのだ。
「あの村にはもう行きたくないけど……お母さんのお姉さんには会ってみたい。お母さんのこと、聞いてみたい」
「そうですか」
エイミーが意思表示をした以上、ネーナに否やは無い。エイミーの事情を知るテルミナが連れて行く判断をしたからには、それだけの理由がある筈だった。
「――じゃあ、さっさと終わらせて帰って来ないとな」
オルトがエイミーの頭をクシャクシャと撫で回す。帝国北東部のウラカンからシルファリオまで、馬車なら半月以上の道程になる。会えるのはマルセロ討伐を終えてからだ。
「エルーシャ、俺達は二日後にシルファリオを発つ。何かあれば今の内に言っておいてくれ」
オルトの通告に、エルーシャは僅かに肩を揺らす。言葉にはしなかったが、マルセロ討伐に向かうのは明らかだ。
思う事はある。しかしエルーシャは、表情を変えずに頭を下げた。
「いえ、お手間を取らせるような事はありません。皆さんのお帰りをお待ちしております」
◆◆◆◆◆
支部長室を出たネーナ達が階段を下りていく。一階ホールの喧騒が近づいてくる。
日帰りの依頼を終えた冒険者達が帰還する時間と重なり、ホールは騒然としていた。四つあるカウンターの窓口ではチーフのジェシカも対応しているが、受付を待つ冒険者が数名並んでいる。
新しい依頼書がボードに貼り出される朝も受付は忙しく、前日の集計に追われる事務もバタバタしている。しかし夕方は依頼報酬で大金を扱う経理も、素材や依頼達成の証拠品を鑑定する資材部も総動員されるのだ。
さながら戦場と化したバックヤードに恐縮しながら、ネーナは事務職員の女性にお菓子の差し入れを渡す。女性が顔を綻ばせ、他の職員達も笑顔を見せた。こういった間食は、職員達の楽しみの一つであった。
少し遅れて、今度は黄色い歓声がホールの一角から上がる。Aランクパーティー【
「皆、お帰り。今度は聖剣を叩き壊したって?」
リチャードがオルトに歩み寄り、にこやかに右手を差し出す。オルトはバツの悪そうな顔で握り返した。
「それを言うために待ってたのか? 暇過ぎるだろ」
「いやいや、そろそろ僕等も次の仕事に出るからね。少し身体を動かそうと思って修練場に来たのさ」
またも背後で取り巻きの女性達から歓声が上げ、リチャードはチラリと後ろを見る。
「たまには一緒に稽古でもどうかと思ってね」
「お前なあ……」
意図を察したオルトは文句を言いかけるが、グッと飲み込んで修練場へと歩き出した。リチャードも後を追う。
「先に帰っててくれ」
「お兄様の応援の方が大事です」
「うんうん」
ネーナとエイミーの返事に苦笑するオルトに、リチャードが並びかけた。
「僕から誘っておいて何だけど、いいのかい?」
「いいさ、一つ貸しだ」
ぞろぞろとついて来るギャラリーには聞こえない程の声で、オルトが言う。
「――俺に万が一の事があったら、後を頼まなきゃならないからな」
思わずリチャードは立ち止まった。以前に自分が言った台詞だと気がついたのだ。
追いついたサファイアが、怪訝そうに声をかける。
「どうした、リチャード?」
「……いや。何でもないよ」
リチャードは頭を振った。
【菫の庭園】がこれから死闘に赴く事を、リチャードは知っている。先を歩くオルトの背中には、強い覚悟と決意が滲んでいた。
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