第二百四十話 そんな未来は欲しくありません

『ええっ!?』

 

 オルト以外、全員の声が揃った。【菫の庭園】メンバーだけでなく、ヒンギスとホランまでもだ。

 

 その事実にさらに驚いた面々が、お互い顔を見合わせて「聞いているか」「いや聞いてない」と頭を振り合う。

 

 オルトは溜息をついた。

 

「二日前、情報局で各地の密偵からの報告に紛れているのを見つけた。一緒にいた情報局の職員には固く口止めしてある。責めないでやってくれ」

 

 ネーナはショックを受けた。ここ暫くガルフの治療に注力してはいたが、オルトの様子がおかしければ見逃さない自信があった。しかし、今回は全く気づかなかったのだ。

 

「今、マルセロは『空中都市』ハイランドにいる」

「あそこね……」

 

 ギルド長のヒンギスが眉をひそめる。ホランやスミスも知っている風ではあったが、ネーナには聞き覚えが無かった。

 

「ハイランド、ですか?」

「およそ十年前にハイランド王国の建国を宣言しているけど、承認している国は殆ど無いわ。冒険者ギルドも承認していないし」

 

 ネーナの疑問に答えたのは、ヒンギスだった。ホランが続けて補足する。

 

「元冒険者のギャリック・トマソンが、野盗の根城になっていた遺跡を占拠したんです。そこに人が集まってきて街のていを成しました」

「元冒険者、ですか?」

 

 ネーナが首を傾げる。

 

 冒険者からの立身出世、それも一国一城の主となれば、吟遊詩人も捨てては置かない英雄譚だ。そのハイランド王国を、ギルドは承認していないという。ヒンギスやホランの反応を見れば、トマソンやハイランドに好意的な感情を持っていないのは明らかだ。

 

「ギャリック・トマソンは、ギルドから除名されたのよ。彼に関する情報は箝口令かんこうれいが敷かれているの。これから話す事は口外無用よ」

 

 ギルド長のヒンギスといえど、軽々に漏らせる内容ではない。だが『剣聖』マルセロが絡んでいるならばと、独断で開示する事にした。

 

 

 

 トマソンはメイス使いの戦士であった。Aランクパーティーに在籍していたものの、他のメンバーには実力で大きく水をあけられていた。

 

 仲間達は良心的で才能にも恵まれていたが、トマソン自身はAランク帯の依頼では完全にお荷物となっており、得物である立派なメイスは敵に当たらず、空振りを繰り返す有様だった。

 

 このままでは本人もパーティーメンバーも危険だと話し合いが持たれ、トマソンはパーティーを脱退して冒険者活動を継続する選択をした。

 

 ヒンギスが無表情に付け加える。

 

「寝取っていた、リーダーの恋人と一緒にね」

「はわっ!? で、でも」

 

 酷い話だが、色恋沙汰でのトラブルは男女混成のパーティーでは珍しくない。ギルドが介入する案件とは、ネーナには思えなかった。

 

「まだ先があるのよ。当然気まずいから、トマソンは拠点を変えたの。他の冒険者や、職員や、街の有力者の奥さんや恋人を引き連れて」

「そりゃ気まずいでしょうよ、どんだけ寝取ってんの」

 

 我慢出来ずにレナが突っ込む。

 

「私は営業部長時代に会った事があるけど、どこが良いやらサッパリだったわ。だけど事実として、やたらとモテる男だったのよ」

 

 ネーナも仲間達も沈黙している。トマソンは冒険者ギルド内に留まらず、街の多くの女性達とデキていたのだった。

 

「私は、駄目な男好きなギルド長なら靡くかもと思ってました」

「……失礼ね、そもそも言う程付き合った男はいないわよ」

 

 ヒンギスがホランを睨みつける。暗に駄目出しをされた過去の男の中には、前人事部長にして現在はカリタス支部長のモアテン・リベックも含まれている。お互いに気があるのは周知の事実だ。

 

 ホランは素知らぬ顔で話を引き継いだ。

 

「トマソンは新たな拠点でもやらかしています。他国への輿入こしいれが決まっている王女と、護衛の女性騎士とも情を通じたんです。その街の女性達を加えたハーレムと共に、駆け落ちしました」

「それで除名ですか」

 

 王女は王族、護衛騎士は恐らく貴族。間違いなく国際問題でコメントのしようもなく、ネーナはただ頷くしかない。苦虫を噛み潰したような表情のヒンギスは当時の営業部長で、事態の収拾に奔走したのだろう。

 

サンセット大陸西方に居場所が無くなったトマソンとその一行は、砂漠の交易路を通ってサンライズ東方を目指す途中で野盗の襲撃を受け、それを退けたそうです」

 

 ここで先程の「野盗の根城になっていた遺跡」に話が繋がるのだと、ネーナは気づいた。

 

「野盗の首領はもしかして――」

「はい、女性です。見事にトマソンにたらし込まれました。彼自身はともかく、ハーレムの女性達は優秀でして。追手も他の武装勢力もことごとく撃退し、方々ほうぼうから巧みに援助や寄付の金品を引き出して遺跡のコミュニティを成立させてしまいました」

 

 トマソンは首領の女性ごと野盗を取り込み、そのまま戦力に転化したのだった。ハーレムという形であっても人材が集まるのなら、王の器と言えるのかもしれない。しかしネーナには疑問も湧く。

 

「そのトマソンという方、魅了や精神支配系の術を使っていたのではありませんか?」

 

 予想された質問だったのか、ヒンギスが頷く。

 

「そう考えた者は沢山いたけど、痕跡が一切確認出来なかったの。信じ難いけど、どうしようもない女たらしって結論ね」

「ふわあ……」

 

 ハイランドについての基本情報は出たと見て、黙っていたオルトが口を開いた。

 

「ハイランドは交易路の危険を排除し、通行の対価をせしめる形で利益を得ていた。そこに『明日なき旅団』と名乗る新たな野盗の一団が現れ、急速に台頭してきた。『通商都市』アイルトンのダ・シルバ殿とチェルシーの話を覚えているか?」

「確か、交易路に野盗や山賊が出ていると」

 

 チェルシーが言っていたのは、それにより東からの海産物が品薄かつ高値になっているという話であった。その情勢不安が明日なき旅団とハイランドの抗争によるものならば、筋が通る。

 

「『明日なき旅団』はならず者や兵士崩れを糾合し、ハイランドを打倒した。そこにマルセロが加わっていたというのが、帝国軍の密偵からの報告だ」

 

 オルトが話し終えると、室内が静まり返った。その静寂をスミスが破る。

 

「……オルト。貴方は、マルセロの消息を掴む為に情報局を調べていたのですか?」

「可能性は高いと踏んでいた。帝国は極秘裏に『帝国勇者計画』を進め、ガルフを実験体にした。だったら当然、遥かに実験体として優れているマルセロに目をつけているだろう」

 

 その発想は無かったと、ネーナが息を呑む。

 

 帝国はコントロール不能なマルセロを勇者パーティーに押しつけ、国外に追い出した。だが彼の戦闘能力は魅力的だ。いつの日か実験体にする為、マルセロの消息を追うに違いないとオルトは考えていたのだ。

 

「マルセロは恐らく、以前とは比べ物にならない程強くなってる筈だ。前回の対戦中、俺が一度見せた剣技には対応していた。魔剣の力もさらに引き出せるようになっただろう」

 

 一旦言葉を切り、悔しそうに唇を噛み締める。

 

「俺一人では、勝ち目が無い」

 

 そしてスミスに向かい、深く頭を下げた。

 

「済まない、スミス。家族の下へ返してやりたかったが、もう少しだけ力を貸して欲しい」

 

 スミスは頭を振り、穏やかに微笑む。

 

「よく伝えてくれました、オルト。あの男を他人任せにして、自分だけのうのうと余生を過ごす事など出来ませんよ」

 

 オルトが仲間達を見回し、言葉を絞り出す。

 

「――次にマルセロと戦えば、前回のように全員無事で戻れる保証は無い。だが俺達の内の誰が死んだとしても、次は必ずマルセロを倒さなければならない。どんな犠牲を払ってもだ」

 

 その言葉に、ネーナは思わず背筋を伸ばした。

 

「俺は研究所の外にいる。ギルド長の話が始まる時には呼んでくれ」

 

 オルトが一人、部屋を出て行く。

 

 

 

 

 

「――二日間」

 

 ネーナがポツリと呟く。

 

「お兄様はマルセロの情報を抱えて、お一人で何を考えていたのでしょうか」

 

 自分では勝てないと、大切な仲間を守り切る事は出来ないと、そう言わせてしまった。碧い瞳から涙が溢れる。

 

「ネーナ……」

 

 エイミーは隣で、心配そうにネーナの手を握っている。

 

「私が余計な事を言った為に、今もお兄様を苦しめてしまっています」

 

 前回『災厄の大蛇グローツラング』の拠点を強襲した際、マルセロとの予想外の遭遇戦で仲間達が浮き足立つ中、オルトは一人で『剣聖』マルセロを迎え撃ち、追い詰めたものの逃走を許した。

 

 負傷していたセドリック達『真なる勇気』の面々を救助した事は、間違いだと思わない。だがあの場面でそれを言い出さなければ、オルトはマルセロを倒していたのではないか。ネーナはそう思ってしまう。

 

 加えてネーナは、逃亡後にマルセロが出した被害は自分のせいだと苦悩していた。

 

「あの時は、皆が同意したの。オルトだってそう。皆で決めた事をネーナが一人で悔いるのは間違いだし、傲慢よ」

 

 フェスタは、ネーナの言葉を否定した。続けてレナが、心底悔しそうに言う。

 

「そうね。あたしらが後悔すんのは、あそこで誰一人としてオルトの援護が出来なかった事。あいつが今『マルセロ程度の剣士だ』って言われてんのは、あたしらが揃って間抜けだったせいだからね」

 

 世界最強の剣士と目される男と、オルトは一歩も引かずに切り結んだ。最後にその『剣聖』マルセロは逃亡し、だから互角だと世間では言われる。本来ならば喜んでもいい。

 

 だがレナは、自分の不甲斐無さでオルトにそんな『汚名』を着せてしまったと思っていた。オルトこそが単独で最強の剣士と称えられるべきだと、仲間達は疑っていない。

 

「ですが、私達も同じてつは踏みません。前回が奇跡だとするならば、次は実力で生きて帰りましょう。マルセロを倒して」

 

 スミスの言葉に仲間達が頷き、ネーナは涙を拭う。

 

「……お兄様はいつでも、私達が健やかに暮らす未来を願ってくれています。でもきっと、そこにお兄様自身はいないんです。そんな未来は欲しくありません」

 

 レナとフェスタが苦笑する。

 

「あー、そりゃ業腹だねえ」

「そういう人だけど、反省して貰わないとね」

 

 すっかり気に入ったらしいブラスナックルを、レナはクルクルと指で回す。

 

「じゃじゃ馬や駄目な子扱いはどうかと思うけどさ。あたしが聖女でいなくていい場所なんて、他に無いからね。オルトにいなくなられちゃ困るんだわ」

「わたしもがんばる! お兄さんが一番だって、みんなに教えてあげるよ!」

 

 それまで黙っていたエイミーが右拳を突き上げる。前回はマルセロに対する恐怖で動けなかったエイミーも、心に期すものがあった。

 

 オルトがマルセロとの再戦に厳しい見通しを示した事により、【菫の庭園】の面々はかえってモチベーションを上げたのである。

 

 

 

 ネーナ達の様子を見届け、ヒンギスとホランは静かに席を立った。

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