第二百三十八話 こういうの、福袋って言うんだっけ

 ネーナとエイミー、スミス、レナの四人は、研究所の一室に集まっていた。

 

 四人が囲むテーブルの上には、七点の魔道具が広げられている。【屠竜の炎刃】のマヌエルから貰った魔法の皮袋と、その中身だ。

 

 これまで中身をあらためる時間も無かった為、ガルフの処置が一段落したこのタイミングで見る事にしたのだった。

 

「そう言えば、年始に額面以上の商品を袋詰めして販売するラッキーバッグ福袋というものがありましたね。サンライズ東方の文化だそうですが」

 

 スミスが蘊蓄うんちくを披露すると、レナは目を細めて魔道具を品定めするかの如く顔を近づける。

 

「触っただけで呪われるとか、そういう物は無さそう。っていうか、袋から出す時にスミスが触れてるんだけどさ」

 

 言いながらレナは、魔道具の中からナックルダスターを手に取った。その穴に人差し指を引っ掛け、クルクルと回してみせる。

 

 ナックルダスターとは手の指を穴に通して握り込み、拳による打撃力を高める武具だ。形状は様々だが、レナが手にした物は金属らしき硬質な棒の上に、指を通す為の四つの輪が乗ったものであった。

 

「それは『KOファーム』という名の魔道具です。『拳神ガッツ』と称された古代の拳闘士、パインストーンが愛用していた品だそうです」

「へえ」

 

 スミスの解説に、レナは気が無さそうに応えた。両手に武具を装着し、座ったまま軽く右拳を突き出してみる。

 

 ヒュッ、と拳が空気を切り裂く。

 

「……へえ?」

 

 思いもよらない感触に興味が湧いたのか、レナが立ち上がった。

 

「えーっと。肘を左脇から離さない、心構えだっけ」

 

 軽く腰を落として両肘を絞り込む。

 

「そんでもって。やや内角を狙って抉り込むようにして――」

 

 ――パンッ。

 

 部屋に破裂音が響いた。あまりにも速い拳が空気の壁を叩いたように。

 

「はわっ!」

「パンチが見えなかった!」

 

 ネーナとエイミーが驚きを露わにする。レナがフフンと鼻を鳴らす。

 

「なんかこれ、いい感じじゃない?」

 

 気を良くして左右のジャブからショートアッパーのコンビネーションを披露する。連続して空気を裂く音が部屋に響く。

 

「これならオルトに勝てるかも!」

 

 オルトの姿をイメージするように、レナは眼前を見据えてファイティングポーズを取った。ネーナは口許くちもとに手を当てる。

 

 レナがタタンとフットワークでリズムを刻み始める。

 

「はわっ、私にもお兄様の姿が見えてきました!」

「いくよっ」

 

 ウィービングで的を絞らせず、ジャブで牽制しながらダッキングで剣をかい潜り、レバーにショートフックを叩き込む。イメージのオルトが苦悶の表情を浮かべて後退する。

 

 反撃の一閃をスウェーバックでかわして、レナは鋭くオルトの懐に踏み込んだ。

 

「幻の右ストレート! いけるいける!」

 

 絶対逃さないと、レナがオルトの腰に両手を回す。

 

「密着されたら剣じゃ何も出来ないでしょ! 今日こそあたしが勝つ!!」

 

 勝ち誇るレナに、ネーナが警告する。

 

「クリンチは悪手です! その距離のお兄様には――」

 

 

 

「――食らえフラッシングギャラクシアン10cmの爆だnあ痛あ゛ッッ!?」

 

 

 

 フィニッシュブローを放とうとしたレナは、突然叫び声を上げ、額を押さえてしゃがみ込んだ。

 

「爆弾がデコピンに負けちゃったよ……」

「イメージなのに凄く痛そうです」

 

 エイミーとネーナが肩を竦める。スミスは苦笑した。

 

「何度も体験してますからね。ところで次、行っていいですか?」

「あ、ごめん」

 

 レナはナックルダスターを外してテーブルに置き、額をさすった。

 

 

 

 次にレナが手を出したのは、三メートル程の長さの棒である。

 

「この棒は何なの?」

「それは『十フィート棒』です」

 

 厚い書物をパラパラとめくりながら、スミスが答える。

 

「言ってしまえば、魔術で強化した丈夫な棒です」

「何に使うの?」

「棒で出来る事なら何にでも。使用者の発想次第ですね」

「ええ……」

 

 エイミーとネーナが挙手をした。

 

「ぶきになるよ!」

「洗濯物を干せます! つっかえ棒にもなります!」

「魔術が付与された棒でなくてもいいでしょ。っていうかこれ、しなりがありすぎてこんにも物干し竿にもつっかえ棒にもならないし」

 

 レナが投げやりに突っ込み、端を持つ手首の返しだけで棒をしならせる。

 

「そのしなりを利して、『棒高跳び』という跳躍法も編み出されましたよ」

「誰よ、こんなもの作ったのは?」

「召喚勇者の一人だそうです。棒高跳びを編み出したのも同じ人物です」

「……マジ?」

 

 スミスの返事に、他の三人が目を丸くした。

 

「マジです。元々はスカウトやシーフがいなかったり、いても未熟なパーティーがダンジョンや屋内を探索する際、罠を探知するのに使う用途で作られたものだそうです」

「ないわー……」

 

 レナは顔をしかめて、テーブルに棒を置いた。

 

「それが勇者自ら実演販売した事で、駆け出しの冒険者を中心に人気を博したようですよ。一見安価そうな価格設定に加えて、棒の先端に取り付けるフックや鏡や刃先などのアタッチメントをセットにしたり、同じ棒をもう一本おまけする販売手法でお得感があったのだとか」

「ツッコミ所が多すぎるわ!」

 

 レナから言わせれば、まずスカウトやシーフのいないパーティーが探索をするというシチュエーションがおかしいのだ。未熟だというなら実力に沿った場所を探索すべきだという指摘には、ネーナも同感であった。

 

「大体、ダンジョンや屋内で三メートル超の棒を持ち歩けば普通に邪魔でしょ。それにこの棒は、離れた場所で罠を発動させて安全を確保するものじゃないの? 広範囲を巻き込む罠に対しては全く意味無いよ」

 

 例えば室内の天井が落ちる罠、水やガスが室内に満ちる罠、一本道の通路で巨大な球が迫る罠など、三メートル程度の距離があってもどうにもならない罠は、いくらでもある。

 

「これは外れだねえ」

「こっちは『知恵の輪ウィズダム・リング』ですね。魔力が感じられますけれど……」

 

 レナに代わって、今度はネーナが繋がったままの知恵の輪をつまみ上げた。

 

「それは拘束用の魔道具です。繋がった状態で投げつければ、対象者一人を永続的に拘束し続けます。古竜でさえ逃れる事はかなわないと言われています」

「すごいです!」

 

 ネーナの賞賛に、スミスは曖昧な笑みで応える。

 

「ただ、使用者が対象者の知力を上回る場合にしか発動しません。かつて実証の為に古竜エンシェントドラゴンに挑んだ研究チームが全滅しました」

「命知らずってレベルじゃないわ」

 

 レナが言うまでもなく、無謀な挑戦である。竜種は高い知能を持つ個体が多い。動物的本能に従う幼竜や成竜ならばいざ知らず、千年の時を越えて生きる古竜は人智の及ぶ存在ではないのだ。

 

「おじいちゃん、これって誰でもつかえるの?」

「ええ」

 

 スミスが頷くと、エイミーがネーナに向かって手を伸ばす。

 

「ネーナそれ貸して〜」

「? どうぞ」

「ガウちゃんおいで〜」

 

 知恵の輪を借り受け、精霊熊を喚び出す。

 

「ガウちゃん、これ試してみていい?」

『ガウッ』

 

 精霊熊は同意し、ドンと来いと言わんばかりに両手を上げて立った。エイミーも立ち上がり、振りかぶって知恵の輪を投げつける。

 

「えいっ」

 

 知恵の輪は精霊熊の腹に当たり、カランと音を立てて床に落ちる。何事も起きずに、エイミーとガウが揃って首を傾げた。

 

 ネーナが呟く。

 

「エイミーよりガウさんの方がお利口でした……」

『グプププ』

「あーっ、ガウちゃん笑ってる! ひどい!」

 

 喧嘩を始める一人と一頭をよそに、レナは腕輪を指差した。

 

「スミス、これは?」

「使い捨ての回避アイテムですね。割とよく発見される品ですが、完全回避とは言わないまでも高性能です。発動すれば砕けます」

うち菫の庭園なら誰が持っても良さそうね」

 

 回復職でありながら前衛をこなすレナ、状況により後衛の守りと前衛を入れ替わるフェスタ、他に完全な後衛タイプの三人も【菫の庭園】にはいる。先の二つと比べて、有用なアイテムと言えた。

 

「後はほうきと本と、魔道具が全部入ってた袋だけど……」

「ネーナは魔法の袋マジックバッグを持っていませんね。使ってはどうです?」

 

 スミスに勧められ、ネーナはレナを見た。レナは自分には不要だと手を振る。

 

「あたしもエイミーも持ってるから。使ってないけど」

「大事なものを入れるのには向きませんからね」

「うん」

 

 ネーナにも二人の言わんとする所はわかる。

 

 魔法の袋は非常に便利だ。内部が付与魔術で拡張されていたり、重量軽減が施されていたり、異空間に接続されているものもある。非力な者でも大量の荷を収納して持ち運ぶ事が出来る。

 

 だが内部空間にアクセスするには魔法的な手段が必要で、それは外的要因で遮断されたり、無効になる可能性がある。そうなれば中の荷を取り出す事が出来なくなるのだ。

 

 だからレナもスミスも、持ち運びが難しいもの以外は身に着けるか、通常の袋やポーチに入れている。加えてスミスは、自力でアクセス出来る空間を利用していた。

 

「袋はお兄様もフェスタも持っていないので、相談してみます。残りの二点は……」

「箒は、乗って空を飛べます」

『えっ!?』

 

 ネーナとレナ、喧嘩をしていたエイミーまでも振り向き、声が揃う。妙な食いつきにスミスは苦笑した。

 

「そんなに良いものではありませんよ。まず一人乗りですし、魔力消費が大きくコントロールも非常に難しい。とても実用とは言えませんね」

『ええ……』

 

 三人があからさまにガッカリする。

 

「最後の本は、禁書です」

「だろうね。大衆向けの娯楽小説みたいな安っぽい装丁で、サイズも小さいのにすんごい禍々しい魔力を帯びてるもんね」

 

 気を取り直したレナが、本の収められた頑丈なケースをチョンと突く。ネーナはそのタイトルを読み上げた。

 

「『BADEND QUEST』、ですか……」

 

 表紙は歴史書や魔導書、聖典のようなハードカバーではない。冒険者が遺跡より発掘したとされているが、保存状態が良かったのか傷みも見られない。

 

 この本に関しては、あまり多くの事はわかっていないのだと、スミスは告げた。

 

 ネーナが首を傾げる。

 

「それなのに禁書指定されているのですか?」

「ええ。この本を調べていた研究者が立て続けに二人、忽然こつぜんと姿を消したのですよ」

 

 一人目は解析を依頼された老研究者。本を調べ始めた翌日に失踪したという。

 

 部屋には荒らされた形跡も無く、飲みかけのカップやスープの入った鍋など、突然人だけが消えたような生活感があったとの捜査記録が残されている。一人暮らしの為に目撃証言は無い。

 

 二人目は老研究者の弟子。度々老研究者の下を訪れており、失踪の容疑者でもあった。

 

 彼は師の研究を引き継ぎ、師と同じように姿を消した。だが彼は妻帯者であり、その妻が失踪の瞬間を目撃していた。

 

「『十四へ行けGo to 14』という言葉を残して、妻の目の前から文字通りに消え失せたそうです」

「うわっ」

 

 レナが慌てて本から手を引く。

 

「トラップ・ブックなのでしょうか?」

 

 ネーナの問いに、スミスは頭を振った。

 

「わかりません。罠書かもしれないし、魔術書かもしれない。事実としてこの書に関与した研究者が消え、検証も出来ない。だから禁書指定されたのです」

「どうしてそのようなものが……」

 

 本来ならば、然るべき場所で厳重に保管されている筈。それを【屠竜の炎刃】が入手し、今はネーナ達の目の前にある。

 

 首を傾げるネーナに、スミスとレナが応える。

 

「マヌエルさんは、自身が使う武具以外には興味の無いタイプでしょうし」

「このラインナップを見る限り、テルミナに言われて適当に詰めて持って来た感じだよね」

 

 マヌエル・ガスコバーニは優れた戦士であり、間違いなく好漢である。だが面識のあるネーナ達は、少し抜けている印象を持っていた。

 

 通常ならばそれも魅力となるのだろうが、その部分で色々と思う所のある【菫の庭園】の面々は、渋い顔をするしかない。

 

「この本の管理はネーナに任せます。賢者の塔や『学術都市』アーカイブの禁書庫に託すもよし、自分で解析するもよし。後で専用収納空間プライベート・セキュアの術を教えますから、他の魔道具と一緒に入れておいても問題ないでしょう」

「お預かりします」

 

 ネーナが魔法の袋に魔道具を仕舞っていく。今は禁書の扱いについて考えている余裕は無かった。

 

 ブラスナックルだけはレナが気に入り、メンバー全員の了承を取り付けて所持する事となった。

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