第二百三十五話 お前は、天才じゃない

「ギルド長、囲まれると面倒ですから建物の入り口まで下がりましょう」

「え、ええ」

 

 フェスタがヒンギスとホランを促し、戦闘の妨げにならない場所に避難する。

 

 剣を手に押し寄せる帝国騎士の一団を前に、エイミーは傍らのオルトを見上げた。

 

「お兄さん、いっぱい人が来るよ?」

「ギルド長を捕まえるとか言ってたな。あまり騒がれると、ネーナやレナの邪魔になるんだよなあ」

 

 ネーナ達は研究所の奥で、ガルフの処置に集中していた。いかにも困った様子でオルトが応える。軽い調子で話す二人に気負いは見られない。

 

 エイミーが頬を膨らませてギュスターヴを指差す。

 

「あと、あの人はお兄さんをさつがいするって言ってた!」

「それは嫌だな。仕方ない、少し痛い目を見てもらうか」

 

 オルトは肩を竦めた。

 

「やっつけていい?」

「死なない程度にな」

「はーい!」

『ガウッ!』

 

 元気良く返事をし、エイミーが精霊熊に飛び乗る。精霊熊が大きく息を吸い込むのを見て、フェスタはヒンギス達に指示を飛ばす。

 

「ギルド長、ホランさんも耳を塞いで下さい」

『えっ』

「急いで」

 

 ヒンギス達があたふたと耳を塞ぐのと、精霊熊の咆哮は同時だった。

 

『ガアアアアアウッ!!』

『ひいいッ!』

 

 一部の騎士が悲鳴をあげ、恐慌状態に陥る。残った騎士も間断なく飛来する矢に足を撃ち抜かれ、或いは地面から伸びる土柱に弾き飛ばされ、瞬く間に戦闘不能となった。

 

 ホランは耳を押さえたまま、ペタンと尻餅をついた。

 

「おおっ!?」

 

 出番の無いオルトが目を丸くする。精霊弓が力を取り戻した事も精霊熊を友とした事も聞いてはいたが、直接見るのはこれが初めてだったのだ。

 

「熊、凄いな。エイミーの弓も相当に力を増してる」

「エヘヘ」

『ガウガウ』

 

 エイミーとガウは照れながら、起き上がろうとする騎士を跳ね飛ばして回る。一方でヒンギスは、自分の見通しの甘さを悔やんでいた。

 

「ここで帝国が力押しするとは、予想出来なかったわ……」

「敗けた事の無い者は、引き際を知らないのさ。そこまで織り込んで予想するのは難しいし、少々の想定外に対処するのは俺達護衛の仕事だ」

 

 そんなものだと、オルトが慰める。弓を引く手を休めず、エイミーは首を傾げた。

 

「でもこの人たち、さっきネーナに吹き飛ばされてたよ?」

 

 あれは負けじゃないのかという、至極もっともな指摘。聞いていた騎士達の顔が引きつる。

 

「負けたとは思ってないだろうな。アルテナ帝国はここ何十年も圧倒的な国力と戦力、それと諜報力を盾に、周辺国や地域の民に理不尽を強いてきた。勝って全てを黙らせてきたし、それ以外の結果を知らない。だからこんな状況でも、自分達が負けるとは露ほども考えていない」

 

 だから帝国はカリタスに手を出せるし、こうして破滅に向かって全力疾走している。オルトの論には説得力があり、ヒンギスも納得せざるを得なかった。

 

「お兄さん」

「ああ」

 

 エイミーの警告に応え、オルトがユラリと動く。

 

「ぐうっ!?」

 

 苦悶の声と共に、黒装束の男がフェスタ達の前に現れる。男の背には二本の矢が刺さっていた。

 

「暗部――騎士団と同じ皇帝直下か。こうなれば一部の暴走では済まされないな」

 

 言いながらオルトは、鞘がついたままのスタインベルガーを振り回す。吹き飛ばされた男が、何人かの騎士を巻き込んで爆散した。

 

「見えてるよっ」

『ガウッ!』

 

 爆死したのとは別の黒装束が四人、エイミーの速射に射抜かれて姿を現す。視界を遮るように、ヒンギス達の前に土壁がせり上がる。

 

 壁の向こうで大きな爆発が起こり、続いて地響きが伝わってきた。ヒンギスも否応なしに事態を理解させられる。

 

「今のは……」

「研究所の資料にあった、魔導爆弾でしょうね」

 

 油断なくサーベルを構え、フェスタが答えた。

 

 魔導爆弾とは、人間の体内で魔力暴走を引き起こして大爆発させる技術だ。【菫の庭園】一行は『災厄の大蛇グローツラング』のラボで目の当たりにしているが、それ以前にも思い当たる案件に関わりがあった。

 

 シルファリオでトラブルを起こして留置されていた【七面鳥の尾ターキーズ・テイル】のメンバーが、同じフロアの仲間達を巻き込んで爆死した件である。

 

 人体の原型を留めずに爆散する為、検証は困難。だが、シルファリオの検案書に記されていた奴隷紋と、帝国の研究所でガルフが施されかけていた自我の再構築を組み合わせれば十分に可能だ。

 

 災厄の大蛇の技術は帝国から流出した、もしくは両者が協力関係にあるとの説が、俄然真実味を帯びてくる。証拠を残したくない工作員や暗殺者に使うにはうってつけなのだ。

 

 フェスタの思考は、男の雄叫びによって断ち切られる。

 

「おおおおおっ!!」

「――悪くない攻撃、だ」

 

 ギュスターヴの気合のこもる一撃を躱したオルトは、僅かに眉を顰めた。距離を取る為の牽制に惑わされず、相手が更に鋭く踏み込んで来たからだ。

 

 それをいなして反撃に転じるも、予期していたかの如くギュスターヴに止められる。オルトは大きく後退し、漸く剣から鞘を外した。

 

「帝国が所持する聖剣、『ホーリネクサス』か」

 

 オルトの言を肯定するように、ギュスターヴは眩く輝く剣を掲げた。

 

「古の勇者に由来し、帝国最強の剣士にのみ使用を許される聖剣。首切りの醜い剣スタインベルガーとは格が違う」

 

 ――リィン――

 

 辺りに鈴のような音が響く。

 

「使い手も同様。同じ『五剣』に数えられたからとて、多少名を上げた程度の冒険者風情が調子に乗るものではない」

 

 ――リィィィィ――

「ガルルルル」

 

 スタインベルガーは赤く明滅して不快感を表明し、エイミーは唸り声を上げてギュスターヴを威嚇する。オルトは苦笑交じりに二人をなだめる。

 

「落ち着け。『五剣』なんて酔っ払いの戯言たわごとに、お前達まで振り回されてどうする」

 

 評価を気にしていると暗に揶揄されたギュスターヴが、顔をしかめた。誰もが評価対象を直接見ておらず、正当な評価軸も無い。『五剣』の話題など酒のさかなでしかないし、それでいい。オルトに言わせればそれだけの事だ。

 

「だが自らの剣を称えるのに、俺の相棒を貶す必要はあるのか? こいつの凄さが理解出来ないようなら、帝国騎士の程度が知れるな」

 

 オルトは剣を一薙ぎし、黒みがかった剣身に問いかける。

 

「お前はどうだ。聖剣とは打ち合いたくないか? 好きなように言わせておくか?」

 

 ――リィン! リィン! ――

 

 明滅を早めてスタインベルガーが抗議する。オルトは微笑んだ。

 

「だったら、やる事は一つ――」

「くッ!?」

 

 剣の魔力が干渉し合い、不快な音が響き渡る。一気に距離を詰めたオルトの斬撃を、ギュスターヴは聖剣で受け止めた。

 

「――勝って証明するんだ、俺達の価値を」

 

 右の袈裟での切り下ろし、続く左袈裟をも聖剣が防ぐ。フェイントに反応せず、ギュスターヴはオルトに突き込む。

 

 その一撃を、オルトは叩き落とした。

 

「なッ!?」

 

 ギュスターヴの目が驚愕で見開かれる。その視界の端に、オルトが切り上げる刃を捉える。

 

「うおおおおッ!!」

 

 ギュスターヴが絶叫と共に後退し、次の瞬間にはその身体のあった空間を、が切り裂いていた。

 

 オルトは追撃し、大上段から剣を振り下ろす。ギュスターヴは途中までそれに反応しなかったが、突然慌てた様子を見せ、大きく後退した。

 

 それ以上追う事をせず、オルトは剣を持った右手をダランと下ろす。

 

 

 

「――はあッ、ハアッ」

 

 ギュスターヴは荒い呼吸を繰り返し、滝のような汗を流していた。そんな中でもオルトから決して目を離さない。

 

 帝国騎士達は、二人の様子を呆然と眺めていた。

 

「嘘だろ、副団長が……」

 

 ある騎士の呟きが、辺りに溶けていく。それに応える者はいなかったが、騎士達の共通の思いであった。

 

 皇帝直下、アルテナ帝国の最精鋭。帝国騎士団インペリアルナイツのトップを務めるのは皇帝本人か、それに連なる者と定められている。老いた皇帝に代わる現在の団長は、第二皇子だ。

 

 その下の副団長は二人で、片方は経験豊かな団長補佐。そしてもう片方は、騎士団のエース格。フリオ・ギュスターヴは若くして騎士団最強、もっと言えば傭兵ギルドや帝国軍兵士まで含めた帝国最強の剣士と見なされていた。

 

 オルト・ヘーネスを評価していなかった訳ではない。だからこそのギュスターヴ派遣であり、帝国上層部も騎士団も、当のギュスターヴも『刃壊者ソードブレイカー』打倒を微塵も疑っていなかった。

 

 騎士達は目の前の光景も、自分達の状況も受け入れられずにいた。騎士達は魔術師の少女ネーナに吹き飛ばされ、精霊術士の弓使いエイミーには蹴散らされ、頼みの副団長は冒険者に圧倒されている。

 

 誰もがこれは夢であって欲しいと願っていた。

 

 

 

「――やはりな」

 

 オルトはフウッと息を吐いた。

 

「敵の弱体化。それに加えて、敵の攻撃がわかっているようだ」

「っ!?」

 

 ギュスターヴがピクッと反応する。その動きが、オルトの言を肯定していた。

 

 オルトは相手の動きに違和感を持っていた。

 

 ほぼ防戦一方のギュスターヴが、オルトのフェイントに全く惑わされずカウンターを入れてきた。高速コンビネーションで視線を上下に振り回した後の一撃をも回避した。

 

 大上段から振り下ろす牽制攻撃に、始めは対処の素振りを見せなかった。しかしオルトが急所狙いに切り替えると、ギュスターヴは慌てて後退した。それにより、疑念は確信へと変わった。

 

 自身の体調は把握しているし、剣速や体捌きが鈍ればすぐにわかる。弱体化デバフを察知出来ない筈は無いのだ。

 

「聖剣の能力か、自身のスキルかはどうでもいい。全て含めて実力なのだから。それを含めて言わせて貰うが――お前は、天才じゃない」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 全く予想外な一言に、ギュスターヴは間抜けな声を返した。

 

「お前は『天才ジーニアス』と呼ばれているらしいが、俺はお前よりずっと強い帝国出身の剣士と戦った事がある」

 

 オルトは事実を淡々と述べる。

 

「そいつは一度見た俺の攻撃に、二度目以降は対処してきた。俺は常に新たな攻撃を織り交ぜ、奴に主導権を渡さないように立ち回るしかなかった。こうして俺が生きていられるのは、幸運と仲間達のおかげでしかない」

 

 ギュスターヴは能力をもって尚、オルトに一撃を入れるビジョンが見えない。オルトの中で副騎士団長は、『あの男』との比較に値しなかった。

 

 明るいグリーンに輝くスタインベルガーを両手で持ち、構える。

 

「そいつは『剣聖』マルセロ。業腹だが『天才』の名に相応しいのは奴だけだ。お前じゃないぞ、フリオ・ギュスターヴ」

 

 オルトにはもう、勝ち筋が見えていた。いつも通りの行動誘導は出来ずとも、能動的に相手の行動を強制する事は出来る。所謂いわゆる『嵌め殺し』である。

 

 ギィンと剣同士がぶつかり合う。受け止めなければ致命傷となる攻撃、ギュスターヴは対処せざるを得ない。

 

「正直、そっちから俺の殺害を言い出してくれて助かった。流石に俺から言うのは、うちの子達の教育に悪くてな」

「なんだ、とっ」

 

 処刑剣を何度も聖剣に叩きつける。ギュスターヴはジリジリと後退していく。

 

 まともに返事も出来ないが、ギュスターヴは理解していた。相手オルトは自分が言った事を、そっくりやり返そうとしているのだと。

 

 ギュスターヴが敗れれば騎士団は総崩れ、帝国に後は無くなる。だがそれよりも、オルトが今狙っている事の方が、ギュスターヴには恐ろしかった。

 

 ――リィィィィン! ――

 

 スタインベルガーが再び赤く輝く。高まる圧力に、ギュスターヴは必死に抗う。

 

「くうううッ!」

 

 ギュスターヴの耳朶じだを、ミシリという小さな音が打った。それは決して聞こえてはならない、絶望の音であった。

 

 三十六合め、遂にその時が訪れる。

 

 

 

 バギッ。

 

 

 

 鈍い音と共に、聖剣の真っ白な剣身に無数のひびが走った。ギュスターヴが悲鳴を上げる。

 

「ああっ! あああああッ!!」

 

 罅から光が溢れ出し、形を保てなくなった剣がバラバラと崩れ落ちる。

 

 数瞬の後。聖剣だったものは輝きを失い、呆然とひざまずくギュスターヴの前で、鉄屑の小山と化していた。

 

 一部始終を目撃したヒンギスは、地面に座り込んで口をパクパクさせている。

 

 その横で同じく座り込むホランが、言葉を絞り出した。

 

 

 

「――ギルド長。あの人オルト、聖剣壊しちゃいましたよ」

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