第二百三十二話 ネーナの『お願い』

 ――我は命じるコマンド 来たれ時空の門コール・ザ・ゲート―― 

 

 

 

「ここは研究所ではありません! 騎士団の施設です!」

 

 ネーナの詠唱が響く中、騎士は必死に訴える。オルトは研究所を背に布陣する騎士達を見て、鼻で笑った。

 

「騎士団員が入れない騎士団施設だと? 話にならんな」

 

 ネーナが両手を掲げると、研究所の上空に縦長の発光体が現出する。

 

  

 

 ――あめの怒りは大地を焦がし――

 

 

 

「ギルドは全面戦争をする気ですか!?」

「仕掛けてきたのはアルテナ帝国の方だ。約定を違え、騎士団に俺達を妨害させているのもな」

 

 オルトと帝国騎士の主張は全くの平行線で、交わる余地は無い。

 

 

 

 ――おごりと虚飾にまみれし都を灰燼かいじんす――

 

 

 

「問答はこれで終わりだ。さっさと退避した方がいいぞ」

 

 時間稼ぎには付き合わないと、既にオルトは宣言している。騎士団を追い払うように手を振りながら、内心ではネーナの詠唱がいつもより長い事を気にしていた。

 

 スミスの指導か本人の才能か、或いはその両方か。ネーナは多くの魔術を詠唱無しで行使出来る。だが高難度、高出力の術や『時空の門』には詠唱が必要だ。

 

 長い詠唱は正しい術の行使に繋がるだけでなく、暴発を防ぐ安全装置でもある。一方、長文を一字一句間違えない精度と集中力を要求され、隙が大きく、大魔術だと敵にも読まれる等デメリットが多い。

 

 オルトもネーナの術の威力を察し、研究所のシールドを破壊するのには過剰なのではないかと不安を抱いていた。

 

 視界の端では同じ事を考えたのか、フェスタがオルトの顔を窺っている。仲間達の心配を知ってか知らずか、ネーナはさらに一節、詠唱を追加。

 

 

 

 ――輝ける門よ我等を阻む障壁を打ち破れ――

 

 

 

「退避勧告はした。選択の結果は自身で受け止めろ」

 

 事ここに至っては是非もないと、オルトは剣を抜く。

 

 切っ先の無い『処刑人の剣エクスキューショナーズ・ソード』を目の当たりにした帝国騎士達の顔に、侮蔑の色が浮かぶ。

 

 直後、ネーナの魔力が膨れ上がった。

 

「あっ」

 

 スミスが声を上げ、急遽結界を構築する。オルトは顔を顰める。

 

「致し方ない、総員攻撃開始!」

 

 号令で騎士団が前進を始め、ネーナをクロスボウの矢と魔術が襲う。だがそれらは全て、スミスの障壁に跳ね返された。

 

 ネーナは両手を振り下ろす。

 

 

 

星幽降臨アストラル・フォール!!』

 

 

 

 降下を開始した発光体がシールドに衝突し、轟音と閃光が周囲を埋め尽くす。僅かに遅れて到達した衝撃が、結界の外の騎士達を馬ごと吹き飛ばしていく。

 

「ちょっとスミス、大丈夫?」

「割と本気で結界を維持しています」

 

 応えるスミスは普段通りのようだが、その頬に一筋の汗が流れたのを、レナは見逃さなかった。

 

 ドーム状のシールドに沿って雷光が駆け抜ける。頭が痛くなるような甲高い音は、必死で堪えるシールドの悲鳴のようだ。

 

 一度大きく地面が揺れ、音も止む。暫しの後に視界が晴れると、【菫の庭園】一行の足下と研究所を除く地面は大きく抉られ、巨大なクレーターが出来ていた。

 

「わあ……」

 

 エイミーが驚きで目を見開く。クレーターの底にも外側にも、吹き飛ばされた騎士達がバラバラと倒れている。

 

「ネーナ、魔力を込めすぎです」

「はい……」

 

 ネーナは叱責を素直に受けた。下手をすれば研究所を中心とした広大な森が消失していたのだ。ただ原因はわかっており、スミスも多くは言わずに済ませた。

 

「スミスは研究所の中へ。代わりにエイミーが残ってくれ。戻りが遅ければ後から追う」

 

 オルトはネーナの消費魔力を考慮し、外に残るメンバーを入れ替える。

 

 レナを先頭として仲間達が研究所の門を抜けると、オルトは肩や首を回した。吹き飛ばされた騎士の内、重傷者から手当てを始める。

 

「エイミーは片っ端から拘束してくれ。精霊熊も出来るか?」

「出来るよ!」

『ガウッ!』

「じゃあ二人で頼む」

 

 いい返事をしたエイミー達は、精霊術を駆使して騎士達を地面に拘束していく。

 

「やってくれたな……オルト・ヘーネス」

「ん?」

 

 オルトが声のした方を見れば、始めに言葉を交わした若い騎士が立ち上がっていた。

 

 サーコートはボロボロだが、その下の鎧と腰の剣からは強い魔力が感じられる。フラついてはいても他の騎士ほどはダメージを受けていないようであった。

 

「このような事をして、ただで済むと思っているのか?」

「済まないだろうな、お前達帝国は」

「……何だと?」

 

 本気で理解出来ていない様子の騎士を見て、オルトは溜息をつく。

 

 これまでアルテナ帝国は、自国民も他国も自慢の軍事力で抑え込んできた。特に当代の皇帝の数十年の治世は、常に自分達が有利な立場で無理を通すのが常であった。

 

 故に現状を正しく認識する事が出来ない。一時的に譲ったとしても、帝都守備隊と東西南北四つの方面軍を合わせた帝国軍、それに帝国騎士団を加えた巨大戦力の武威により敵は膝を屈すると信じている。

 

 そう仕向けたのは、スミスやギルド長のヒンギスなのであるが。

 

 トリンシック公国と惑いの森に対する抑えとして西部方面軍は動けない。南部の反乱軍には帝国領土の二割を奪われ、勢いを増した北部のドワーフと東部の少数民族にも国境を越えて深く侵入されている。

 

 冒険者ギルドが情報局を押さえている為、帝国の諜報力と工作能力は半減している。外務省経由では前線の情報も入らない。

 

 帝都でいくら待とうと、帝国の援軍が到着する事は無いのだ。帝国に恨みはあれど恩義など無い周辺国は、決して手を差し伸べず静観するのみ。

 

「言った所でわからないだろうな。たまには痛い思いもした方がいいって事だ、『天才ジーニアス』フリオ・ギュスターヴ」

「うわッ!?」

 

 オルトが言い終えると騎士の足下が緩み、バランスを崩して尻餅をつく。そのまま騎士は、地面に拘束されてしまった。

 

 見ればエイミーと精霊熊が、オルトに向かって右手の親指を立てて突き出している。オルトもニヤリと笑って親指を立てた。

 

 アルテナ帝国騎士団に二人いる副団長の一人、フリオ・ギュスターヴ。天才と呼ばれる若き騎士の正体を、オルトは知っていた。

 

 本来はオルトがここで食い止める予定だったが、ネーナが吹き飛ばしてしまった為にやる事が無くなったのである。

 

 やれやれと呟きながら、オルトは重傷者の手当てに戻るのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「フェスタ」

 

 研究所の敷地に侵入した所で、ミアが呼びかける。

 

 返事をせず、何事かとフェスタは振り返った。仲間達の視線もミアに集まる。

 

「ここまで連れてきてくれて、皆には本当に感謝してる。ガルフの事は覚悟出来てる。もしも無理なら……」

「ええ」

 

 フェスタは表情を変えずに短く応え、再び前を向いた。

 

 ミアの声は最後、震えていた。

 

 一行が研究所に来た最大の目的は、ガルフの救出だ。フェスタだけでなく他の仲間も、ガルフとミアがお互い憎からず思っている事に薄々感づいている。

 

 そのミアが、もしもガルフの状態が手遅れであったならば、一思いに殺して欲しいと願ったのである。彼女の心中は察するに余りあった。

 

 人道的な扱いなど期待出来ない。研究所に送られるとは、そういう事だ。帝国軍に所属し、研究所についての知識もあるミアは、ここまで危険を冒して来てくれた友人達に過剰な期待を背負わせてはならないと考えていたのだ。

 

「……オルトの事だから、大分強引に突き進んだんでしょうね」

「ええ。ギルド長も帝国上層部に相当な圧力をかけましたし、これ以上早くは難しかったと思います」

 

 誰に言うともないフェスタの呟きに、スミスが応える。さもありなんと、ネーナも納得する。

 

 帝都支部の人員とギルド長一行の間の溝も、帝国に対してギルド長が強硬な対応を続けている事がより深めているのだろうと、容易に想像出来る。しかしそれが無ければ、ミアとショットを救い出せなかったかもしれない。

 

「ガルフは頑強な体に、戦士としてそれなりの実力があります。私もオルトも、すぐに彼がどうにかなる可能性は低いと考えました」

 

 故にオルトは強行スケジュールを押してガルフを探し続けたのだと、スミスはミアに告げた。

 

「最後まで諦めずに行きましょう。私達は、貴女にそんな顔させる為に来た訳じゃないのよ、ミア」

「そういう事。オルトやスミスや、イリーナやギルド長、その他皆が稼いでくれた時間を無駄には出来ないよ」

 

 フェスタに続いて口を開いたレナが、建物の扉の前で立ち止まる。胸の前に光球を生み出し、それを叩きつける。

 

「うらああッッ!!」

 

 鋼鉄の分厚い扉を吹き飛ばし、レナは何事も無かったように屋内に踏み込む。仲間達もそれに続く。

 

 大音量の警報と共に、通路の照明が赤く点滅する。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。シールド並びに正面ゲートを破壊し、不審者五名が侵入。警備員は急行せよ。正面ゲートより侵入者あり、警備員は急行せよ』

「まあそうか、シールドで終わりって事は無いよね」

 

 館内放送を聞き、レナがポキポキと指を鳴らす。通路の奥から無数の音が迫ってくる。

 

「コントロールルームを探して! そこを制圧しないと進めないわ!」

「オッケー!」

 

 ミアの指示で走り出したレナは、次々と警備員を無力化する。敵は人間だけでなく、ネーナの記憶に似た二足歩行や四足、六足のゴーレムも交じっていた。

 

「ゴーレムは『方舟』の警備のものとよく似ています」

「改良型かな、こっちのが動きがいいよ」

 

 応えながら、レナがゴーレムを破壊する。

 

 ネーナは気絶した警備員を拘束し、その内の三人にヤカンの水をかけた。

 

「ブハッ!?」

「お目覚めですか? 私達はコントロールルームに行きたいのです。案内をお願いしたいのですが」

 

 起きぬけに突然言われた警備員は怒り出す。

 

「ふざけるな! 誰がそんな事を――」

「そうですか、残念です」

 

 然程残念でもなさそうな声で相手の言葉を遮り、ネーナは至近距離で雷撃を食らわせた。悲鳴を上げる間もなく倒れた仲間を見て、他の警備員が震え上がる。

 

「脈が止まった方が、雷を受けて蘇生したという論文がありまして。強すぎても弱すぎても駄目らしいのですが、中々一般の方に協力をお願いする事は出来ないのです。こちらは研究所ですよね?」

 

 ネーナがニッコリ笑うと、顔面蒼白な警備員達が揃って案内を申し出た。

 

「……オルトに似てきた?」

「オルトとレナが半々かしらね」

 

 ミアは顔を顰め、フェスタは困り顔で笑う。レナは素知らぬ顔で口笛を吹いた。

 

 

 

 首尾よくコントロールルームを占拠すると、ネーナは再び『お願い』をして研究区画への案内役を確保する。

 

 コントロールルームにスミスが残った事により、道中の危険は格段に減った。

 

『この先に障害は無いようです』

 

 館内放送でスミスの声が響く。

 

 地下三階に下りたネーナ達は、他の場所とは比較にならない程原住民なセキュリティを解除しながら進んでいく。設置された様々な形状や大きさの水槽、カプセルを一つ一つ覗き込む。

 

 そしてミアは、透明の大きな横置きカプセルの前で立ち止まった。

 

「ガルフ……」

 

 頬がこけ、肌は土気色だが、眠るように横たわっているのは、間違いなくガルフであった。

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