第二百三十一話 即刻道を開けろ
「一番乗りです!」
他の三人を置き去りにして、ネーナがオルトに向けての急降下を敢行する。
「あーっ!」
出し抜かれたエイミーが、じたばたしながら抗議の声を上げる。
だがエイミーも、やすやすとネーナを行かせはしない。
――風の精霊さん! ネーナをあっちにやって! ――
「あわわわ、流されてます!」
「悪はほろびるのだー!」
せめてもの抵抗で横風を浴びせ、ネーナの着地点をオルトから遠ざける。ネーナも対処は可能だったが、エイミー達三人の落下制御に専念し、甘んじて流された。
「むーっ!」
直接オルトに抱き止めて貰おうとした野望を阻まれ、ネーナが不満顔で着地する。それでもめげずに全力疾走し、オルトの胸に飛び込んだ。
「ただいま戻りました!」
「何やってんだよ」
満面の笑みで抱き着くネーナを、苦笑しながらオルトは受け止める。
「おかえり、ネーナ。少し痩せたか。ちゃんとメシ食ってたのか?」
「色々あって不摂生気味です」
エヘヘと誤魔化し笑いをして、ネーナは他の三人を地面に下ろす。そしてオルトの腰の、見慣れない剣に目をやった。
「お兄様、その剣が?」
「ああ、新しい相棒だ。気のいいやつだから仲良くしてやってくれ」
交信した際にスミスから聞いていたが、ネーナ達が見るのは初めてだ。
「宜しくお願いします」
――リィン――
ネーナの挨拶に応えるように、剣が鈴の音を発する。
「はわっ、お返事しました!?」
驚くネーナを見て、オルトがしてやったりと笑みを浮かべた。
「せんしゅ交代だよ!」
「仕方ありませんね」
先を越されて悔しそうなエイミーにオルトを譲り、ネーナは辺りを見回す。
フェスタと抱き合って再会を喜ぶミアは表情も明るく、見る限り外傷は残っていない。神官のクロスやギルド支部の医師達が尽力してくれたのだと安堵する。
イリーナも変わりない様子で、レナと話している。
声をかけようとミア達に近寄るネーナを、オルトが制止する。
「まずは帝都支部に行こう。往来で立ち止まれば迷惑になる。戻って早々済まないが、伝えたい事もあるんだ」
ネーナ達は帝都市民の注目を集めている事に気づき、慌てて歩き始めた。
「スミスが話したと思うが、俺達は必ずしも歓迎されていないんだ」
一言断りを入れてから、オルトが帝都支部の扉を開ける。
ホールに足を踏み入れて、ネーナは納得した。中にいた支部の冒険者と職員の半数近くは、オルトと共に入って来たネーナ達に、お世辞にも好意的とは言えない視線を向けたからだ。
ネーナ達四人は、それを気にする風もなく受付カウンターに向かう。
「失礼致します。シルファリオ支部所属Aランクパーティー【菫の庭園】、ネーナ・ヘーネス、レナ、エイミー、フェスタ、以上四名、先に来ている二名と合流します。宜しくお願い致します」
冒険者証を提示してギルド職員に名乗ると、オルトの下へ戻って奥に進んだ。
「お帰りなさい」
入室した部屋ではスミスだけでなくギルド長のヒンギス、秘書のホラン、【路傍の石】や【明けの一番鶏】のメンバーにも迎えられる。
オルトが他者に先んじて切り出す。
「先に言わせてくれ。情報局を調べ倒して、ガルフの居場所が判明した。アルテナ帝国軍の研究所の施設、その一つだ」
室内にいる者達が息を呑んだ。
「強行軍になるがこれから向かう。昨日まで護衛と称して俺達に付き纏い、情報局での捜査の邪魔をしていた帝国騎士が今日はいなかったんだ」
「先回りして証拠隠滅を図っている可能性があるのね?」
ヒンギスはオルトの言わんとする所を察した。
情報局と研究所の捜査について、知り得た情報の如何に関係なく帝国皇帝の責任を問わないという条件で、冒険者ギルドの立ち入りが黙認されている。
しかし情報局の捜査の段階から、帝国側はあの手この手で妨害や捜査遅延を試みてきた。その帝国にとって研究所は、情報局以上に部外者に晒したくない施設の筈だった。
悪しき前例の『帝国勇者計画』。冒険者ギルドの管理地域であるカリタス地下の『迷宮都市』コスワースからも、
表向きは捜査の黙認を約した帝国上層部も、どうにかしてオルト達を阻止したいと考えていて当然である。
「ネーナ達は――」
「勿論、行きます」
ネーナはオルトの言葉を遮り、捜査への同行を主張した。
長距離移動の疲労は、確かにある。オルトが四人を
軍の研究所であるから、以前に見た
「休むのは後でも出来るわ」
「水くさいなあ」
「わたしも行くよ!」
フェスタ、レナ、エイミーもやる気を見せる。友人を救い出せるかもしれない機会なのだ。
「わかった。正直に言って助かる」
オルトはあっさり同行を認めた。問答の時間すら惜しんでいるのだと、四人は気を引き締める。
「私は支部に残るわ。ミアをお願い」
「任せて」
イリーナにフェスタが応える。冒険者でありながら軍の密偵でもあったミアは、帝国に土地勘があり軍の施設の知識もある。連れて行かない選択は無い。ミア本人も、是が非でも同行させて貰うつもりであった。
「他に優先される事は?」
「無いわ。研究所へ行って頂戴」
オルトに問われ、ヒンギスは即断する。
「ギルド長を頼む」
残る者に声をかけ、オルトが部屋を出る。ネーナ達も足早に、その背中を追いかける。
程なくして、帝都支部を数騎の騎馬が飛び出して行った。
◆◆◆◆◆
「……速いな」
左隣を見ながらオルトが言う。そこにはエイミーとネーナを乗せ、悠々と馬に並走する白熊がいた。
「ガウちゃんはもっと速く走れるよ!」
『ガウッ!』
自慢げなエイミーに、精霊熊が応える。
帝都を出た【菫の庭園】一行は、郊外の森林を目指している。皇帝の印章が入った通行証を提示すれば、大門はすんなり通過を認められた。
始めはネーナもエイミーも馬に同乗していたが、街道に出た所で精霊熊を披露したのである。驚いたオルトの顔を見て、二人はご満悦だった。
「早くは着けそうだが、帝国騎士団に先回りされたのが痛いな」
舌打ち交じりにオルトが言うと、スミスが
「仕方ありませんよ。ギルド長の護衛に人を残せば、自由に動かせる者はいませんでしたから」
帝都支部がアウェーである以上、オルトが捜査に出ればスミスや他の者がヒンギスの護衛につく必要が出る。ギルド長の警護は最優先事項だ。帝城や騎士団に見張りを割ける程、人員に余裕は無かった。
「つかさあ、帝都支部が酷くない?」
歯に衣着せぬレナの発言は、ネーナの思いでもある。あの雰囲気で帝都支部の人員を動かすのは難しい。そうでなければ、【禿鷲の眼】の救出はもっと早かっただろう。
「そう言ってやるなよ。ここに来て帝都住民の生活にも影響が出ているようだし、住民にはその原因が冒険者ギルドと認識されているから気まずいんだろう。気持ちはわからんでもない」
「どう見ても逆恨みでしょ……」
レナは不満を隠さない。大体ギルドはきっかけに過ぎず、そのタイミングで起きた南部の反乱も、激化した北部と東部の国境紛争も長年に渡る帝国の拡大政策と統治の失敗によるものだ。
確かに帝国が冒険者ギルドと険悪な状況になったのは、帝都支部のギルドメンバーにとって不運ではある。帝都の知人や友人との関係も難しくなっただろう。
だが攻撃を受けたのはギルドの方だ。ヴァレーゼ支部や北セレスタ支部、ドリアノン支部がそうだったように、事が起きれば貧乏くじと諦め、支部総出で対処に当たるしかない。
決して帝国内のギルドメンバーを軽んじてはいないが、彼等への配慮を全面に押し出して帝国への対応を骨抜きにすれば、舐められて何度でも同じ事が起きる。割りを食うのはギルドメンバーだ。
故にギルドはその実力と、手出しをすれば容赦しないという強い意思を示さなければならない。今まさに冒険者ギルドの動向を、各国は注視しているのだ。
「ギルド長がリスクを承知で帝都支部を拠点にしているのは、情報局と研究所を捜査する為です。その後も帝国側に軸足を置き続ける者には、それなりの対応をしますよ」
スミスの補足を聞いたレナは、それ以上何も言わなかった。最も帝都住民から恨みを向けられているであろうオルトが気にしていない風だからだ。
アルテナ帝国の構造から、帝都に近い住民ほど帝国への帰属意識が高く、侵略国家の恩恵を享受している。支部のメンバーとて例外ではない。当のオルトはそれだけの事だと考えていた。
「帝国騎士団がどこにいるのか、気になるわね」
フェスタが呟く。ガルフの状態が不明である以上、一刻も早く発見したい。帝国騎士団はどこにいても邪魔な存在だが、研究所に立て籠もられると非常に厄介だ。
フェスタの馬に同乗したミアが、自身の見解を述べる。
「多分だけど、騎士団は研究所には入ってないと思う。軍務省管轄の帝国軍と皇帝直下の帝国騎士団は、水と油みたいに仲が悪いの。軍の一部門である研究所に騎士団がいきなり行っても、中には入れないわ」
「こんな状況でも?」
「ええ」
ミア達【禿鷲の眼】は、冒険者を隠れ蓑に軍の密偵として活動してきた。現在研究所に向かっている一行の中では、最も帝国の事情に通じていると言っていい。その言葉は説得力を伴っていた。
「この先に、人がいっぱいいるよ」
エイミーが仲間達に警告を飛ばす。
「帝国騎士団だろうな」
「どうしますか?」
スミスの問いに、オルトは思案する。
「問答無用で押し通る訳には行かない」
「じゃ、一声かけてから押し通るのね?」
レナの言い草に、オルトは顔を
「身も蓋もないけど……その通りだ」
仲間達がクスクスと笑う。が、続くオルトの言葉に気を引き締める。
「情報局にはガルフの状態がわかるような資料は無かった」
チラリとミアを窺う。
「ショットの事を思えば楽観出来る要素は無い。研究所に引き渡されたのなら尚更だ。相手の時間稼ぎには付き合えない」
ガルフを引き取った研究所に、何らかの思惑があるのは明らかだ。帝国勇者計画のみならず、研究所では多くの非人道的な研究が為されているのだ。
それらの研究を全面的には否定出来ないと、ネーナは思う。国を守るのは綺麗事だけではないし、軍事を見据えた研究から多くの発明発見が医療や生活に転用されているからだ。
だが、友人が意に反して巻き込まれているのであれば、断じて受け入れられない。エイミーの後ろで、拳を強く握る。
前方が明るくなる。
「騎士団がいるけど、研究所自体も不可視のシールドで囲まれているわ。随時改良が重ねられて、今では竜種のブレスも防げるという噂よ」
噂止まりなのは、これまでに研究所が襲撃された事が無く、真価を発揮する機会も無かったのだとミアが付け加えた。
「ネーナ」
「はい」
ネーナがオルトの呼びかけに応じる。
「やってみるか?」
「壊していいんですか?」
「失敗したら、ちょっと恥ずかしいけどな」
シールドを破壊出来るかと問われている。スミスではなく、自分に。考えるまでもなく、ネーナは頷いた。
「やります」
「じゃあそれで行こう」
オルトが微笑む。
「まずこちらから、騎士団に退くよう伝える。その後シールドを破壊して突入。俺とスミスは残って外を制圧。エイミー、その熊も戦れるんだろ?」
「うん!」
『ガウッ!』
エイミーと共に精霊熊も応え、オルトは目を丸くした。
居並ぶ帝国騎士を前に、オルト達は馬を止める。
「我々は――」
「お前達が誰であろうと構わない。俺達は帝国皇帝から研究所の調査を認められている。即刻道を開けろ。時間稼ぎに付き合う気は無いぞ」
先頭の若い騎士の言葉を遮り、オルトが告げる
その隣で、精霊熊に乗ったネーナは詠唱を開始した。
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