第二百二十一話 甘えるにも、程があります

 親切な商隊キャラバンとは、次の町で別れた。

 

「ロルフェス侯爵領は公国の北側だからね。流れて商売をする我々には合わないんだよ」

 

 商隊長は苦笑した。ネーナ達と侯爵領まで同行する事になった老人、バスティアンも渋い表情をしただけで否定しなかった。

 

 トリンシック公国、そして森を挟んだ東側に存在するアルテナ帝国。両国の北部には閉鎖的、かつ余所者や亜人に対して排他的な風土がある。

 

 他の地域へ持っていけば売れる特産品がある訳でもなく、その北はかつての騎士団領。人族の生息領域ではない。

 

 商人として多面的に見て、侯爵領まで足を運ぶメリットは薄いと考えたのだった。商隊は運んで来た品を今いる町で売り、仕入れをして引き返すのだと言う。

 

「ご縁があれば、その時は是非取り引きをお願いしますよ」

 

 気の良い商人達との出会いは、面白くない事が続いて少しすさんでいた【菫の庭園】の面々を前向きにさせた。

 

 駅馬車を運行する商会に赴き故障などを伝えた後、ネーナ達は自費で馬車をチャーターしたのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 馬車が領都ハリステアスに到着すると、バスティアンは深々と頭を下げた。

 

「皆様には何と礼を申し上げたら良いのか。手当てして頂いただけでなく、馬車に同乗まで――」

「あー、いいからいいから。急いでるんでしょ、早く行きなよ」

 

 長くなりそうな口上をさえぎり、レナが苦笑する。追い払うように手をヒラヒラ振ると、バスティアンはもう一度頭を下げた。

 

「必ず、お礼に参りますので!」

 

 足早に立ち去る老人を見送り、フェスタが呟く。

 

「――私達の宿や滞在予定、伝えてないわよね?」

『あははは……』

 

 仲間達は乾いた笑いを漏らした。別に礼を望んでいる訳ではないが、あの少々無鉄砲な老人が町の宿をしらみ潰しに探す様子は、容易に想像できた。

 

「まあ、それはいいんじゃない? あたしらは緊急依頼スクランブル完了って事で」

 

 そう言いつつレナは、ハリステアス市街を見回し首を傾げる。

 

「うーん……前に来た時と、あんまり変わらないかなあ」

「勇者パーティーの時と比べて、ですか?」

「うん」

 

 ネーナの問いに、短く肯定で答えた。

 

 レナが前回に訪れたのは、まだ魔王が健在だった頃。当時は北から押し寄せる魔王軍を、騎士団領が防壁となって食い止めていた。その騎士団領が陥落した事で、現在の侯爵領は最前線になっている。

 

 とはいえ魔王を失った魔王軍は、長く大規模な軍事行動を起こしていない。事実上の休戦状態となっており、レナが見る限りは以前のような悲壮感は無い。

 

 仮にも領都、人通りはある。だが町の外から来たと思しき者が、殆ど見当たらない。町の規模は小さくても、レナにはシルファリオの方がずっと賑やかだと思えた。

 

「観光という雰囲気でも無いし、宿を決めましょうか」

 

 周囲から向けられる、あまり歓迎されているとは思えない視線を気にして、フェスタが提案する。

 

 異物や不審者を見るような目を不躾に向けられ、しかも一定の距離を取って、決して近づこうとはしない。商隊が侯爵領に入らず引き返したのもわかるというものだ。

 

 この領都には冒険者ギルドの支部も無く、町についての情報も得られない。一行は宿を取り、早々に目的を果たす事にした。

 

 

 

 宿の看板を下げた建物を見つけて入っていく。

 

「ごめんください」

 

 窓から差し込む光に、薄っすらとほこりが舞い上がる。ネーナはハンカチを取り出し、口に当てた。

 

 食堂風の一階には客も従業員もいない。それどころか宿の中に、人の気配が感じられない。

 

 ネーナは、ごめんくださいと再度呼びかける。暫し待つも、反応は無い。

 

 首を傾げながら宿を出た【菫の庭園】一行に、不穏な言葉が投げかけられる。

 

 

 

「――客かと思ったら盗人かい」

 

 

 

 声の聞こえた方向を見れば、宿屋の隣の雑貨屋の前に、数名の中年女性が集まっていた。彼女達が先刻から同じ場所で、【菫の庭園】一行をうかがっていたのをネーナは覚えている。

 

「出迎えもせず盗人呼ばわりとは、随分な接客じゃないの。中は埃だらけで、客どころか従業員だっていやしない。やる気が無いなら、看板外しときなよ」

「……生意気な女だね」

 

 レナが言い返すと、エプロン姿の痩せた女が舌打ちをした。

 

「これでも都会育ちだからさ、田舎のジョークってわかんないの。あたしらを盗人って言ったの、本気じゃないよね?」

 

 レナの目は笑っていない。スラムで育った幼少期には悪い事もしたと本人が言っており、盗人呼ばわりもあながち間違ってはいない。だが仲間達も、この場面で茶化したりはしなかった。

 

「ちょっとレナ――」

「テルミナさん」

 

 何か言おうとするテルミナを、ネーナが制する。

 

 ハリステアスまで一行が来たのは、侯爵夫人となったスージーに会うというテルミナの目的の為だ。

 

 外部からの旅行者であり、エルフのテルミナとハーフエルフのエイミーがいる【菫の庭園】は、ロルフェス侯爵領では面倒に巻き込まれやすい。

 

 ひとまずレナをなだめてこの場を収め、自分がパーティーを離脱して仲間達を領都から帰そう。彼女はそうしてトラブルを回避しようと考えた。

 

 ネーナはそれを察した上で、テルミナのやり方が悪手だと判断したのだった。

 

「何だいあんた達、うちの旦那は衛士隊員だよ。突き出されたいのかい?」

 

 女性達の一人が、恫喝とも取れる発言をする。ネーナは即座に、毅然と言葉を返す。

 

「その場合、冒険者ギルド本部からトリンシック公国政府を通じて、不当な扱いに抗議をする形になりますよ。ご主人が衛士隊でどのような御立場か存じませんが、ただで済むとは思わないで下さいね」

 

 証拠が無くとも、魔術で証言を得たり真偽判定する事は可能なのだと付け加える。

 

 領都の往来で旅行者がこのように絡まれるとなれば、最早余所者嫌いの嫌がらせの域を超えている。周囲には野次馬も出てきたが、ネーナ達に言いがかりをつける者を咎める様子も無い。

 

 こうなるまでには何度もの『成功体験』があった筈で、そんな無法は通らないと知らしめる必要があるのだ。今後町を訪れる者の為にも、面倒でもしっかり対処しなければならなかった。

 

 実際、レナとネーナが怯まず言い返した事で、女性達は勝手が違うような戸惑いを見せている。大方、不当に高い宿代を請求したり、周囲の店の品をぼったくり価格で買わせる気だったのだろうというのがネーナの推測であった。

 

「……いけ好かない連中だと思えば、冒険者かい」

 

 女性達の一人が吐き捨てるように言う。

 

「冒険者だ勇者だって、何の役にも立たなかったじゃないか。お呼びじゃないから、さっさとこの町から出てお行きよ」

 

 恐らくは魔王軍の侵攻によって、騎士団領やベネット要塞が陥落した事を言っているのだろう。ネーナがそう考える間にも、女性に同調する声が上がる。

 

「金ばかり取りやがってよう」

「今だって侯爵領を守ってるのは、騎士団や領軍じゃないか」

「……僕のお父さんとお母さんは、勇者がもっと早く来てくれたら死ななかったんだ」

 

 最後の少年の恨み節に、思い当たる節のあったレナとテルミナがハッとする。

 

 

 

「――甘えるにも、程があります」

 

 

 

 二人をよそに、ネーナは少年の言葉をバッサリと切り捨てた。

 

「冒険者が嫌いでも、勇者様やそのお仲間が嫌いでも、お好きになさい。けれど、知りもしない事での侮辱や中傷は見逃せません」

 

 女性達を鋭く見据える。

 

「勇者様や冒険者が何の役にも立たなかった、ですか? 貴女は彼等が戦っている所を見たのですか?」

「…………」

「騎士や兵士と共に、どれだけの冒険者が戦死したかご存じないのですか? 今も生活に支障をきたす重い障害に苦しむ者が、どれだけいると思っているのですか?」

 

 次に野次馬の男性達を睨む。

 

「貴方は報酬も受け取らずに働くのですか? 普段から俸禄を得ている軍人と違い、冒険者が依頼に応じた時に報酬を得るのは当然でしょう」

 

「平時に侯爵領を守るのは、公国や侯爵領の常備軍に決まっているではありませんか。緊急時を除いて、冒険者が国防に参加する仕組みなどありません。少しは学んで物を言って下さい」

 

 ネーナと目が合い、少年がたじろぐ。

 

「な、なんだよ……」

「勇者様とそのお仲間は休む間もなく、眠る間も、食事や傷を癒やす時間さえ惜しんで戦い続けましたよ。亡くなるその時まで」

 

 当然、少年の下に駆けつける前後も。そう告げるネーナは、自分の声が常になく冷たい事を自覚していた。

 

「そんなの当たり前だろ、勇者なんだから……」

「当たり前ではありません」

「えっ」

 

 驚いたのは少年だけでなく、女性達や野次馬も同様であった。

 

「勇者トウヤ様は、異世界で平和に暮らしていた、戦いを知らぬ普通の人間です。無理矢理この世界に喚ばれ、剣を持たされ、戦う事と勇者たる事を強いられた方です」

 

 トウヤが召喚されたのは、今の少年と然程変わらない年齢としの頃。家族と引き離され戦いに明け暮れ、元の世界に戻る事無く命を散らした。

 

「それでもトウヤ様は、心無い中傷をする貴方がたを守る為に、不満の一つも言わず剣を振るい続けたそうです。貴方がたが恐怖で震えている間も、安全な場所で筋違いな不満を漏らす間にもです」

 

 ネーナは少年から外した視線を、女性達に向ける。

 

「貴女がたがすべきは真面目に働き、皆でこのような少年に亡き両親の分も愛情を注ぎ、前を向けるよう育てる事ではないのですか?」

 

 女性達は気まずそうに目を逸らした。ネーナが野次馬を見回す。

 

「それを何ですか。自分達の代わりに戦った者を少年に率先して罵り、旅行者を陥れて小金を稼ごうなどと。これは余所者も何も関係ありません。人の心根の話です」

 

 その場が静まり返る。ネーナに反感を持つ者もいたが、誰も言い返す事が出来なかった。

 

 

 

 ネーナが大きく息を吐き出す。すると野次馬の間から、見覚えのある老人が現れた。

 

「何の騒ぎだ。こちらのお嬢様がたは、侯爵家の客人だぞ」

 

 バスティアンの言葉で、女性達と野次馬が慌てふためく。あっという間に蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、【菫の庭園】一行とバスティアンだけが残された。

 

「お迎えが遅くなりまして、申し訳ございません。何とか用を済ます事が出来、急いで戻ったのですがこのような事に……」

 

 苦笑する仲間達を代表し、フェスタが応える。

 

「気にしないで下さい。侯爵家の方だったとは思いませんでしたけれど、私達も侯爵夫人にお会いするのが目的でしたから、丁度良かったです」

 

 安堵の空気の中、バスティアンだけは微妙な表情になった。

 

「そうでしたか……」

 

 何か悩むような様子の後、恐る恐るといった感じで口を開く。

 

 

 

「ちなみに……どちらの奥様にご用でしょうか?」

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