第二百二十話 旅は道連れ、と言うでしょう?

「あたしには正直、ボニータとクライファートが何を考えたのかはわかんないよ」

 

 ネーナはレナの話を耳で拾いつつ、馬車の外をボンヤリと眺めている。

 

「ボニータは役者の娘で、本人も元々は役者志望だし、社交的な演技をしてたのかもね。クライファートは女と見れば見境無くて、手近な所にちょっかい出しただけだった気もするけど」

 

 フェスタが差し出した水筒を受け取り、レナは礼を述べて喉を潤した。

  

「あの二人だけじゃない。あたしも、エイミーも、勇者パーティーの誰もが、自分の本心を他人に打ち明けたりしなかった。出来なかった、とも言えるけど」

 

 ボニータはアルテナ帝国の推薦で加入したという。レナはストラ聖教、スミスはワイマール大公国、バラカスとフェイスはサン・ジハール王国のそれぞれ軍部と盗賊ギルドの代表だ。お互いに迂闊な事は言えない。

 

「勇者パーティーなんて、辞めたくなる理由には事欠かなかったよ。どんだけ頑張っても文句言われるわ逆恨みされるわ、いいように使われるわでさ。サポートもあったり無かったりで、メンバーには殆どメリット無かったし」

 

 逃げた事には何の不思議も無い。けれど加入したのには、何かしらの理由や思惑があったのではないか。そう言ってレナは、エイミーをチラリと見やる。

 

「エイミーには悪いけど、あたしやスミスは、ボニータが帝国の意を受けてハニートラップを仕掛けに来たんじゃないかって疑ってたの」

「…………」

 

 エイミーは応えず、じっとレナを見つめる。

 

「実際、ボニータが加入する前にも、帝国がメンバーの引き抜きや勇者パーティーを丸ごと取り込もうとする動きはあったからね。『帝国勇者計画』の研究がバレて、各国から非難が集まってた頃でもあったし」

 

 今度はネーナがピクッと反応する。『帝国勇者計画』の研究員が逃げ込んだ犯罪組織との戦いは、非常に後味の悪いものであったのだ。今でも帝国で秘密裏に研究されている可能性は、決して低くない。

 

 引き抜きとは別に、皇帝と皇太子がそれぞれ、聖女レナを妾に求めた事も以前に聞いた。

 

「おまけに、ボニータの後に帝国から送り込まれたのが、マルセロだからね。扱いに困ったクズを押しつけられたのか、取り込むのを諦めて勇者パーティーをバラバラにしようとしたのか、どっちにしろ帝国を信用するのは難しいよ」

 

 当初はカリタスに残る予定だったスミスが、どうしてギルド長の護衛に加わり帝国に向かったのか。疑問に対する答えを得て、ネーナは漸く納得した。

 

 オルト程の強さがあっても、帝都に乗り込みギルド長を守りつつ目的を達するのは容易ではない。経験から、スミスはそう判断したのである。帝国に対する、スミスの強い警戒心が覗えた。

 

 レナは溜息をついた。

 

「繰り返しになるけど。ボニータの考えは、あたしにはわかんなかった。どこで何やってんのかも。せめて他所様に迷惑かけずに暮らしてればいいなって、そのくらいだね」

 

 

 

「…………」

 

 ネーナは、トウヤの事を考えていた。

 

 トウヤと恋仲だったストラ聖教の僧侶、修道女であるマチルダは自ら命を絶った。その後釜として勇者パーティーに加入したレナは度々、トウヤについて「心が壊れた」と表現している。

 

 レナの目に、トウヤはそう映ったのだろう。ただネーナは、今回のレナの話を聞いて、少しわからなくなっていた。

 

 勇者パーティーのメンバーは魔王を倒すという一つの目的に向かってはいたが、それだけの集団だった。【菫の庭園】とは違う、というレナの言葉が、その事を端的に示していた。

 

 ネーナがこれまで聞いた話では、トウヤは死地を求めるかのように戦い続けた。異世界から誘拐され、縁もゆかりも無い世界の為に戦うよう求められたトウヤは、マチルダやイイーガの他にも幾人もの仲間を失った。

 

 トウヤを召喚したサン・ジハール王国は、トウヤのコントロールを諦めると支援も連絡も断った。その時点でトウヤ自身、元の世界に戻る方法を王国が知っているとは思っていなかっただろう。

 

 トウヤを戦いに駆り立てたものは何なのか。死の淵まで何を思っていたのか。彼を知る多くの人の証言からそこに近づけるのではないかと、ネーナはこれまで考えていた。

 

 だが今は、この世界に本当のトウヤの胸の内を知る者はいないのかもしれないと感じるようになっていた。

 

 

 

「――あっ!」

 

 

 

 突然、ネーナが駅馬車の座席から立ち上がった。仲間達の視線が集まる。

 

 揺れる車内で座席の背もたれを掴みながら、ネーナは前方へ急ぐ。

 

「御者さん! 馬車を止めて下さい!」

「ええ?」

「お願いします!」

 

 ネーナは怪訝な顔の御者に頼み込み、馬車が止まるか止まらないかの内に飛び降りて後方へ走っていく。その後をレナとエイミーが追いかける。

 

 遠眼鏡で事情を飲み込んだフェスタが、御者に頭を下げた。

 

「ごめんなさい、仲間が怪我人か病人を見つけたみたいなの。馬車の運行予定が狂うでしょうけど、少しだけ待ってその方も乗せて頂けませんか? 勿論運賃はお支払いしますので」

 

 御者は面倒くさそうな顔をしたが、何か思いついたのかニヤリと笑った。

 

「困るんだよなあ、こういうの。先に待ってるお客さんもいるんだからさあ」

 

 乗客が若い女性ばかりの五人組という事で、御者は明らかに調子に乗っていた。手の平を差し出し、言外にチップを寄越せと要求する。

 

 だが、御者の思惑通りにはならなかった。

 

「そうよね。ご迷惑でしょうから、私達はここで降ります」

「えっ」

 

 フェスタは特に気分を害した風でもなく、レナとエイミーの荷物を持って降りていく。乗車時に侯爵領の領都までの運賃は先払いしてあり、途中下車に支障は無い。

 

 呆れ顔のテルミナが、その後に続く。

 

「馬鹿ねえ。彼女は金払いが良いから、貴方がつまらない事をしなければ結構な額のチップが貰えたのに」

 

 乗客のいなくなった駅馬車には、口をパクパクさせる御者だけが残されたのだった。

 

 

 

「お爺さん大丈夫ですか!?」

 

 道端に腰を下ろした老人に駆け寄り、ネーナが声をかける。老人の顔は真っ青であった。

 

「あ、うぅ……」

 

 意識が朦朧としているような反応。大事なものなのか、懐の小さな包みをしっかりと抱えている。ネーナは自分の外套を地面に敷き、老人を寝かせた。

 

 肩から紐で吊るしたヤカンを手に取り、魔力を込める。ポウッと薄く輝くヤカンを傾けると、注ぎ口から水が流れ出す。

 

「う……」

 

 顔に水がかかった老人が薄っすらと目を開ける。顔に赤みが差しており、幾らか回復したとネーナは判断した。

 

「便利なヤカンよねえ」

 

 追いついたレナが感心したように言う。その隣にはエイミーもいた。

 

 ヤカンの水の効能は大分解析されており、判明しているだけでも行動不能状態からの回復、気付け、状態異常の解除ないし緩和等々多岐に渡っている。

 

 レナの身体を張った? 実験によって、二日酔いを解消させる事も証明された。だがネーナは、二日酔いにヤカンは使わず、引き続き不味いポーションを出すと宣言していた。

 

 日差しが強い事から、老人に肩を貸して木陰に移動させる。ネーナは荷物袋から小瓶を取り出し、老人に飴玉を含ませた。

 

「薬草と少量の塩を練り込んだ飴です。もう少し休んで様子を見ましょう。お食事はとられましたか?」

 

 尋ねられた老人は、申し訳無さそうに首を横に振った。

 

「いやはや、お恥ずかしい……気が急いておりまして、年甲斐もなく無茶をしました。お嬢様がたには、何と礼を申し上げればよいのか」

 

 それを聞き、レナが首を傾げる。

 

「そんなに急いで、どこに行こうとしてたの?」

「……ハリステアスへ、と」

 

 仲間達が顔を見合わせる。奇しくもそれは、ネーナ達の目的地と同じであった。

 

 フェスタとテルミナが合流する。駅馬車は既に出発し、見えなくなっていた。

 

「御者が待機を渋ったから降りてきちゃったけど、拙かったかな?」

「いやあ、石ころ踏みすぎてガタガタ揺れてたし、あれに具合の悪い人は乗せられないでしょ」

 

 フェスタにレナが応じる。居眠りを妨げられたエイミーも、うんうんと頷いた。

 

 仲間達も思い思いに、木陰に腰を下ろす。

 

 ネーナは老人の容態を診ながら、その身なりや振る舞いにも注意を払っていた。

 

 衣服も靴もくたびれ、傷んでいるものの、仕立ては良い。一般的な平民が身に着けるものではなかった。それなりの身分か、身元のしっかりした人物のように思えた。

 

 何よりも、このような状態の老人を置いていく事は、ネーナには出来なかった。

 

 窺うようにフェスタを見れば、微笑みを返してきた。対応を一任されたと受け取り、老人に提案をする。

 

「私はネーナと申します。お爺さん、私達もハリステアスまで行きますから、ご一緒しませんか?」

 

 もう少し休めば、老人は歩けるようになるとネーナは見立てていた。旅の道連れには目立つからと、森を出てからは精霊弓の中で休んでいるガウに働いて貰う手もある。

 

 街道沿いの最寄りの町まで行けば、駅馬車がある。先程の御者に当たるようなら、自分のポケットマネーで馬車をチャーターしてもいい。

 

 ネーナの申し出に、老人は戸惑っているようであった。フェスタが苦笑する。

 

「私はフェスタよ。いきなり言われて怪しむのは当然だけど、他意は無いの。旅は道連れ、と言うでしょう?」

 

 フェスタに続き、仲間達も名乗る。

 

「いえいえ、怪しむなど……皆様のご厚意に甘えさせて頂きます。……私は、バスティアン、と申します」

 

 僅かではあるが、老人は名乗るのに躊躇した。

 

 ネーナ達はそれに気づいていたものの深く聞かず、その代わり【菫の庭園】一行の事も話さない。短い間だけの道連れであり、深入りは無用なのだ。

 

「あっ、ちょっと行ってくるわね」

 

 通りかかった馬車に向かい、フェスタが駆けていく。商隊キャラバンらしく、数台の幌馬車が連なっている。

 

 主らしい男と暫し交渉した後、フェスタは仲間達を振り返り、両腕で大きな丸を作って見せた。

 

「流石フェスタ。次の町まで乗せて貰えるかな?」

 

 やれやれとレナが立ち上がり、埃を払った。

 

 

 

「あれ? さっきの馬車がいるよ」

 

 エイミーの言う通り、街道の右側に見覚えのある駅馬車が止まっていた。これまた見覚えのある御者が、客車の車輪の傍で途方に暮れている。

 

 駅馬車には大抵、スペアの車輪や軸が積まれている。だが止まっている駅馬車は、軸を固定する部分にまでダメージが入っている様子。

 

「全然石を避けようとしてなかったもんね。そりゃ故障もするわ」

 

 レナの言葉は、仲間達の共通した思いであった。

 

 御者は接近する商隊に助けを求めようとし、その中に先刻駅馬車を降りた【菫の庭園】一行の姿を見つけて慌てて背を向ける。

 

 ネーナ達が下車した経緯や馬車の故障が気まずいのか、やり過ごそうとしているようだった。

 

 追い抜きざま、フェスタが御者に声をかける。

 

「次の駅で故障の事は伝えておくわ」

 

 間髪入れず、テルミナが言葉を継ぐ。

 

「――貴方が、傷病者の保護を怠った事もね」

「っ!?」

 

 御者が焦った様子で振り返る。

 

 駅馬車は各都市、各国にまたがる路線を運行して利益を得ている。都市などへの入場、駅の設置や整備、路線運行での便宜と引き換えに運行時には巡視を代行し、非常時や緊急時に果たすべき義務が課せられていた。

 

 その一つに傷病者の保護があり、くだんの御者の行動は明らかにそれに反していた。テルミナはその事に言及したのだった。

 

 事情を承知している商隊員達は、冷たい視線を浴びせて通り過ぎる。

 

 御者は去って行く商隊を見送り、肩を落とした。

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