第七章

第二百十七話 このまま進みましょう

「ん〜っ」

 

 椅子に座ったまま、レナが大きく伸びをする。その隣でエイミーはテーブルの上に顎を乗せ、足をバタバタさせている。

 

「退屈だよ〜」

 

 ネーナはパチンパチンとスリングショットを弾き、張り直したゴムを調整していた。

 

 部屋の中にいるのは【菫の庭園】の五人だけ。

 

 扉の向こうには、数名の気配。護衛や警備といったものではなく、明らかに拘束した不審者菫の庭園の監視であった。

 

 アルテナ帝国でエイミーの故郷を訪ねた後、ネーナ達は『惑いの森』を横断してトリンシック公国へやって来た。その入国手続きで、もう五時間もこうして足止めを食らい、待たされていた。

 

 カノの町を訪れたのは、月光草の採取で訪れて以来二度目となる。だが検問所では以前のように通行を認められず、審査の名目で別室に移されたまま待機を強いられている。

 

 レナやエイミーは痺れを切らしているが、他のメンバーもここまで雑な扱いをされて、二人を咎める気にはなれなかった。

 

 

 

 漸く、と言うべきか。部屋の扉を叩く音に、仲間達が扉を見やる。

 

「さっさと入って〜」

 

 おざなりな返事で扉が開く。現れた人物を見て、レナは目を丸くした。

 

「……山賊?」

 

 ざんばら髪の、日に焼けた中年男。もみ上げから繋がる、口元を囲むような髭。獣皮のベスト。

 

 山賊か猟師かという風貌の男に、ネーナは会釈をする。

 

「レナさんは前回いませんでしたね。この方は、カノ支部長のヴイトレさんです」

「待たせたな」

 

 男はレナの言葉に気を悪くした様子もなく、右手の親指を背後に向け、ついてこいと促した。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 検問所の建物を出ると、幌の無い荷馬車が待っていた。御者台にはふくよかな中年女性が座っている。

 

 ネーナ達が乗り込むと、荷馬車が走り出す。

 

「メシは食ったか?」

「五時間待ってたから、保存食で済ませた」

「……カミさんが焼いたパンだ」

 

 レナの投げやりな答えに、ヴイトレは顔をしかめて、香ばしい匂いのするバスケットを差し出した。

 

 黒パンを手にしたネーナは、御者台に声をかける。

 

「サンドリーヌさん、頂きます」

「どうぞ召し上がれ」

 

 御者台の女性の事も、以前にカノへ来たネーナやフェスタは覚えていた。

 

 トリンシック公国はアルテナ帝国同様、両国間をへだてる『惑いの森』の領有を主張しているが、お互いに実効支配には至っていない。

 

 事実上の国境線である森に接し、検問所を設置しているカノの町には、森からの魔獣被害対応を目的とした冒険者ギルド支部がある。

 

 支部と言っても簡易宿泊施設を兼ねた出張所のようなもので、職員は住み込みの夫婦であるヴイトレとサンドリーヌだけ。

 

「お二人がいらっしゃって、カノ支部は大丈夫なのですか?」

 

 首を傾げるネーナに、ヴイトレは呆れたような顔をする。

 

「こっちが大丈夫でなさそうだから、休みの看板かけて飛んできたんだ」

「平気よ。今は依頼も無いし、泊まってる冒険者もいないから」

 

 サンドリーヌが補足した。

 

「全く。Cランクだったガキども菫の庭園が一年ぶりに来たと思えばAランクになってるしよ。検問所と公国騎士団からお前らの照会が来るしよ。本部に問い合わせたら若僧オルトは帝国で暴れてるっていうしよ。一体どうなってんだ」

 

 愚痴交じりにヴイトレは、ネーナ達が欲する情報を伝える。

 

 ギルド長ヒンギスはオルトやスミス、その他の冒険者を護衛としてカリタスを出発し、義勇軍と帝国軍が激戦を繰り広げる戦場を縦断して帝国入りした。

 

 道中では略奪を行う両軍兵士や野盗、魔獣などを討伐。帝国エリアのギルド支部二箇所に立ち寄り、所属職員や冒険者の安否確認と並行して希望者には国外脱出等の手続きをした。

 

 帝都に到着後、謹慎していたSランクパーティー【華山五峰フラム・ピークス】をギルド長名において処罰。罪名はカリタスに対する外患誘致罪ならびに共謀罪。

 

 主犯とされた【華山五峰】リーダー、アルノルト・シュタルケは処刑。執行者、オルト・ヘーネス。他のメンバーは封環と隷属環で力を奪われた上、終身刑。

 

 現在は帝都支部を拠点に、所属職員や冒険者の捜索と帝国との交渉を行っている。

 

「それと……副ギルド長からお前等に言伝だ。『ミアの身柄を保護。ガルフとショットは引き続き捜索中』とだけ聞いたが、それでわかるか?」

「はい、有難うございます」

 

 ネーナは礼を述べた。

 

 言伝は、ネーナ達の戦友である冒険者パーティー【禿鷲の眼】の消息についてのものであった。短い文の中に、重要な情報が幾つも含まれている。

 

 リベルタにいる副ギルド長に言伝を頼んだのは、恐らくオルトかスミスだ。二人は帝国におり、ミアを保護したのも帝国内だと考えられる。

 

 ミアは『保護』が必要な状態、状況であった。ガルフとショットも帝国でどのような扱いを受けているかわからず、この言伝が副ギルド長に託された時点で、まだ発見に至っていない。

 

 さらに、【禿鷲の眼】に在籍しているもう一人のメンバー、ルークについての言及が無い。他の三人のように安否を伝える必要が無いと、オルト達は判断したのである。そのような関係性だという事だ。

 

 まずはミアが見つかっただけでも僥倖ぎょうこう、その上オルト達も無事だとわかり、仲間達は安堵した。

 

「【華山五峰】の処罰については、全ギルド支部に通達があった。あったがよう……そもそもSランク冒険者をどうやって処刑するんだよ。生半可な力じゃ抑え込めないからこそのSランクだろ」

 

 口の中のチーズをワインで流し込み、レナがヴイトレに答える。

 

「生半可じゃない二人がいれば、やれるんでしょ。だからあたしらはこっちに来れたんだし」

 

 処罰の見積もりが甘かったとしても、【華山五峰】は謹慎に応じていた。その理由は、逃げれば【菫の庭園】がフルメンバーで追ってくるとわかっていたからだ。

 

 リーダーのシュタルケがレナに叩きのめされ、魔術師のホフマンはスミスを前に魔術の行使を全て阻害された。心を折られた【華山五峰】のメンバーには、黙って処罰を待つ以外の選択は無かった。

 

 オルトに加えてスミスがいるならば、相手がSランクパーティーでも封殺出来る。レナも仲間達も、そう確信していた。

 

 ネーナが馬車の進む道を見て、首を傾げる。

 

「支部の方向とは違うようですが、どちらへ向かうのですか?」

「ひとまず町を出る」

 

 ヴイトレは短く答えた。前方に町の門が近づいてくる。

 

「公国騎士団がこっちカノに向かってる。間違いなくお前達絡みだろ。他のデカい町まで送ってやるから、そこから好きにしろ」

 

 ヴイトレは検問所からの照会を受けてギルド本部と連絡を取り、【菫の庭園】の面々が本部発行の通行証を所持していると聞いた。

 

 冒険者が検問所で足止めされる事はままあり、それらの対応もヴイトレの仕事ではある。ただ冒険者ギルドは国境通過に関する協定を各国と結んでおり、通行証が正規のものだと証明されれば、通常はそれで話が終わるのだ。

 

 十年以上もカノ支部長をやってきて、今回のケースは初めてだった。検問所の責任者を問い詰めて漸く、足止めが騎士団の指示だと聞き出す事が出来た。騎士団の動きを聞いたのもその時であった。

 

「前回揉めた後にも騎士団から照会があった。正当な理由を提示しろと突っぱねたがな。その時に騎士団が出した手配書が、まだ検問所に残ってたらしい」

「お手数おかけしました……」

 

 目的の一つは自分なのではないか。そう考えたネーナが落ち込む。

 

 前回カノを訪れた時に、公国騎士団の副長であるジャスティン・クーマンは彼女に求婚し、その後パーティーを引き留めようとしていたのだ。

 

 御者台のサンドリーヌはネーナの様子を見て、不用意な発言をした夫をたしなめた。

 

「あんた、お嬢さんは何も悪くないでしょう?」

「む、そんなつもりで言った訳じゃないんだが。すまん」

 

 厳つい顔のヴイトレが素直に謝罪する。町を出た荷馬車は、一本道を北に向かっている。

 

「あたしはネーナやフェスタが騎士団と何があったか知らないけどさ、こっちに何か非がある訳?」

「何も無いわよ」

 

 レナに聞かれ、フェスタは即答した。

 

 何があったかと言えば、『惑いの森』の探索中に壊滅寸前の公国騎士の一団を見つけて助けただけだ。先を急ぐから礼も報酬も不要と述べたにも拘らず引き止められ、迷惑をこうむった記憶しかない。

 

「ネーナへの求婚はどこまで本気かわからなかったけど、戦力となる冒険者を公国で押さえたいような意図も感じたわね」

「で、ネーナはその副騎士団長に対して、多少なりとも好意はあるの?」

 

 念の為に、とレナが尋ねる。ネーナが行きたいのであれば、それを止めるつもりは無いのだ。

 

 だがネーナは両手と共に、全力で首を横に振った。

 

「全く無いです。お兄様の下へ帰りたいです」

「だよねえ」

 

 ブレないネーナは副騎士団長を歯牙にもかけておらず、レナが乾いた笑いを漏らす。

 

「でも、もしお二人が――」

「優しいお嬢さん、私達の心配は要らないよ」

 

 サンドリーヌが振り返り、気遣うネーナに微笑みかけた。ヴイトレも頷く。

 

「おうとも。俺達はギルド職員であり、カノの領主一族でもある。騎士団だろうと手は出せんさ」

 

 地域で差はあるものの、公国において領主を差し置き住民に危害や不利益を与える権限は、騎士団には無い。そしてギルド所属の職員や冒険者に対する干渉も、各国は自重を求められている。ヴイトレはそう説明した。

 

「帰りもカノまで辿り着けば、森に出してやるからよ。それくらいはどうにかなる」

 

 ヴイトレは今回の件をギルド本部に報告し、公国に抗議するのだと息巻いている。元より、カノ支部の二人は公国騎士団に良い感情を抱いていない様子であった。

 

 荷馬車はカノの町を出て、街道を北に向かっている。夕刻前には次の町へ到着する予定であると、サンドリーヌは一行に告げた。

 

「うーん」

 

 エイミーが空を見上げ、尖った耳をピクピク動かして難しい顔をする。

 

「夕方は難しいかも。前からいっぱい、人が来るよ」

「大分足止めされたからねえ。どうすんの?」

 

 レナが問いかける。街道は一本道。戻ってもカノの町で行き止まる。

 

 仲間達が自分を見ているのに、ネーナは気づいた。向かって来るのが公国騎士の一団であり、その中にジャスティン・クーマンがいる可能性を憂慮しているのだと思い至る。

 

「また森を抜ける?」

 

 テルミナの提案に街道沿いを続く鬱蒼うっそうとした木々を見やるが、ネーナは頭を振った。

 

「検問所の時点で捕捉されています。このまま進みましょう」

 

 今から逃げて痛くもない腹を探られ、拘束の口実を与えるのも面白くない。行く手を遮るならば、押し通るのみ。

 

「お兄様ならば、そうします」

「シンプルでいいね」

 

 バチンと掌に拳を打ちつけ、レナが笑う。フェスタは苦笑するも反対はしない。

 

「お二人は――」

「引き返せとか言うなよ?」

 

 ヴイトレに同意するように、サンドリーヌも頷く。

 

「邪魔でないなら、次の町まで乗っておいきよ。結構遠いからね」

「有難うございます」

 

 ネーナは礼を述べる。

 

 

 

「そろそろ見えると思う」

 

 エイミーの言葉通り、仲間達の視界にも街道を進んで来る騎馬の集団が見え始める。

 

 遠見の魔法を使うネーナの眼は、銀色に輝く騎士達の先頭に陣取るジャスティン・クーマンの姿をしっかりと捉えていた。

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