第二百十五話 断頭剣スタインベルガー
文字通り、処刑人が刑を執行する際に用いる剣だ。刑に突きは不要である為、多くの刀剣が持つ尖った切先が存在しない。そこが視覚的に大きな差異を生んでいる。
「この剣は我が一族に伝わるもので、名を『断頭剣』スタインベルガーと言います。天より降った不思議な鉱石を、古のドワーフの鍛冶師が不眠不休で鍛え上げたのだそうです」
老司祭が由来を告げると、スミスが納得したように頷いた。
「『ベルガーの断頭剣』ですか。この目で見る事が出来るとは思いませんでした。では、この町の方々は……」
「賢者様はご存知でしたか。仰る通り我々は、ベルガーの末裔です」
司祭は微笑んだ。
かつて勇者エクウスを支えた仲間達の内、平民出身の剣士ゲルンハルト・ベルガーは魔王討伐後、アルテナ帝国で騎士爵位を得た。
法衣貴族としての職務は刑吏。決して良い待遇ではなかったが、同郷の女性を妻として慎ましく暮らしたという。老司祭を始めとするこの町の住人は、ゲルンハルトの子孫やその縁者であった。
「ゲルンハルトはこの剣で、将軍格の魔人を討ち取ったと言われています。帝国の騎士爵位は、その功績を評価されたものでした」
剣は赤い光に包まれ、ゆっくりと明滅を繰り返している。その様はまるで、祭壇の上で眠っているようにも見える。
装飾の無い無骨な剣は鞘に収まっていて尚、強い魔力を感じさせる。どのような力を秘めているかはわからないが、確かにこれならば魔人も斬れるかもしれない。オルトはそう思った。
「――剣士様」
呼びかける声が、オルトの意識を現実に引き戻す。気づけば、聖堂の中にいる町民達の視線が、全てオルトに向けられていた。
「この剣を、お納め下さい」
「……は?」
老司祭の発言の真意がわからず、オルトが間抜けな声を上げる。司祭は苦笑した。
「唐突でしたな、申し訳ありません。我々は冒険者の皆様にお助け頂きましたが、見ての通り貧しい町です。対価として差し出せるようなものは、この剣以外にありませんでした」
住民達は何も言わない。
「しかし俺は、この一行を代表して金品を受け取る立場には無く――」
困惑するオルトに、ギルド長のヒンギスが助け舟を出す。
「司祭様、そのような心遣いは不要ですよ。大切な剣なのではありませんか?」
しかし司祭は、そうではないのだと頭を振った。
「先程まで、我々は話し合っていました。もしも皆様がお越しにならなければ、我々は殺されるか、死ぬより辛い目に遭わされていたでしょう。剣も奪われていたかもしれません」
今回の義勇軍が諦めたとしても、野盗に襲われる危険が無くなった訳ではない。町を含む周辺地域の所属が、再びアルテナ帝国に変わるかもしれない。いつまでも剣を守り切れるものではないのだ。
「一族にスタインベルガーを扱うに足る者もおりません。どこかで賊に奪われ使われるくらいならば、我々の恩人に対価としてお譲りし、役立てて頂きたい。これは住民の総意なのです」
司祭の言葉に住民達も頷き、肯定を示す。
「処刑剣が剣士の方に好まれない事も承知しております。不要であれば、
「……オルトが決めていいわよ」
断りきれなかったヒンギスが
「ちなみに、外の皆さんは『オルトの好きにすれば』だそうです」
いつの間にかホランは、聖堂の外で待っているイリーナ達にも意見を聞いていた。
「…………」
梯子を外されたオルトが、悩ましげな表情で考え込む。だがいくら考えた所で、答えを得られる筈も無い。
オルトは散々悩んだ末――それ以上悩む事を放棄した。
「司祭様、剣を鞘から抜いてみてもいいか?」
「勿論ですとも」
許可を得て、剣を手に取る。
「わからないなら、本人? の意思を聞くしかないよな」
剣の明滅が止まる。老司祭は息を呑んだ。
「
スミスが呟く。
良く手入れがなされているらしく、力を入れずとも剣はスッと鞘から抜けた。
素材の
「――俺には、この命に代えても守りたいものがある」
オルトが剣に語りかける。
「必要ならば手段は選ばないし、悪名を
――リィン――
どこかで微かに、鈴のような
「どうする。俺はベルンハルトのように英雄とは称えられないだろうが、それでもいいのなら――一緒に来るか?」
――リン、リィィィィィン!! ――
突如、剣が大きく震え始める。鈴のような音は、大音量で聖堂中に響き渡った。
暫しの後に音が止み、辺りが静寂に包まれる。
「ちょっと何よ、今のは!?」
聖堂に駆け込んで来たイリーナに、オルトは剣を掲げて見せる。
「喜びの表現らしいぞ」
――リィン――
返事をするような音で、イリーナは目を丸くした。
「……このような現象は、言い伝えにはありませんでした」
我に返った老司祭は、驚きを隠さなかった。
スタインベルガーを使用した代々の刑吏は勿論、ベルンハルトが帯剣した時でさえ、剣が応える事は無かったという。
「積極的にコミュニケーションを取るタイプの剣ではないようですが、オルトは知っていたのですか?」
「まさか」
オルトはスミスに、肩を竦めてみせる。
「初見だが、何となく応えてくれそうな気がしただけさ」
半分ヤケクソであった事は、言わずにおいた。
「司祭様、町の方々」
住民達に向き直ると、オルトは鞘に納めたスタインベルガーを両の手で捧げ持った。
あたかもそれは、騎士が剣を拝領する姿のようであった。
「有難く剣を使わせて頂く。そしてオルト・ヘーネスの名において誓う。我が手にスタインベルガーがある限り、貴方達の敵はこの俺が打ち倒そう」
住民達が立ち上がり、割れんばかりの拍手と歓声で応える。
オルトが持つスタインベルガーは、薄いグリーンの輝きに包まれていた。
◆◆◆◆◆
一週間後、冒険者ギルド長の一行は帝都にいた。
厳戒態勢の迎賓館で、帝国首脳陣立ち会いの下、謹慎中のSランクパーティー【
「――随分ゆっくりと来たもんだな、新ギルド長」
不機嫌そうに口火を切ったのは、【華山五峰】のリーダーであるシュタイン。
わざわざ「新ギルド長」と新をつけて呼んだのは嫌味である。【華山五峰】はヒンギスがギルド長に就任して以降、ギルド本部からの連絡を無視していたのだ。
「忙しかったのよ。道中で野盗の集団を二つ潰して、集落に被害を与えていた
ヒンギスに切り返され、シュタインだけでなく帝国関係者までもが顔を顰める。
「ギルド長、野盗に偽装した武装集団の襲撃二回を忘れていますよ」
「ああ、全滅させたから忘れていたわ」
「っ!?」
帝国関係者、それも軍服に身を包んだ者の一部は、ホランとヒンギスのやり取りを聞いて真っ青になった。
シュタインがチッと舌打ちをする。
「さっさと用件を言えよ。いつまで謹慎させる気だ」
Sランク冒険者である自分が、どうしてこのような目に遭っているのか。ギルドに縛られる事など、本来は無い筈なのに。そんな不満がありありと見える。
「そうね、執行部会で決まった処分内容を伝えましょうか」
ギルド長が居住まいを正した。
「『カリタス事変』への関与を認めて【華山五峰】リーダー、アルノルト・シュタインは処刑。他メンバー五名は封環と隷属環装着の上、終身刑。以上よ」
「なっ、何だそれは!?」
全く予想外の処分だったのか、シュタインが声を荒げる。他のメンバーは呆然としていた。
「カリタスで外部勢力による調略、工作活動が行われ侵攻を受けた『カリタス事変』において、【華山五峰】は他国の軍隊を引き込む役割を果たしています。結果的に撃退されたものの、罪は免れないと執行部会は判断しました」
「だから、何でそれで処刑になるんだ!?」
激昂するシュタインに、ホランが説明をする。
「カリタスは冒険者ギルドの管理地域です。統治法はギルド本部の所在地であるリベルタのものが適用されます。【華山五峰】の行動は、外患誘致罪に該当すると見なされました」
アルテナ帝国の首脳陣からどよめきが起きる。「他国の軍隊」と曖昧な表現をしているものの、【華山五峰】と共にカリタスへ迫ったのは帝国軍なのだ。
しかも、同時に地下から侵攻した特殊部隊は全員がカリタス側に拘束され、身ぐるみ剥がされて返却された。地下の部隊は所属不明などと言い訳の出来る状況ではない。
ヒンギスとホランは目の前の【華山五峰】を詰めながら、傍観するしかない帝国側にもしっかりとギルドの見解を伝えていた。
「こちらにアルテナ帝国の宰相閣下がおられますね。閣下、帝国の外患誘致罪の処罰はどのようになっていますか?」
「……死刑ですな」
ヒンギスに話を振られた宰相は、苦い表情で答える。ヒンギスは満足そうに頷いた。
「リベルタも同様です。お話が通じそうで何よりですわ」
シュタイン達への処罰が済めば、次は冒険者ギルドとアルテナ帝国の間の話。ヒンギスはそれを示唆する。
両者は未だ停戦にも休戦にも合意しておらず、ギルド側はそれを承知で敵地に乗り込んで来ている。帝国は混乱の最中にあった。
「事変により、カリタスには多数の死傷者が出たわ。そこに関与した【華山五峰】に甘い対応は有り得ない。それがギルド本部の見解よ」
「カリタスにいる奴等は犯罪者だろうが! そいつらが死んだから何だってんだ! 俺達はSランクだぞ!? 雑魚どもと一緒にするな!!」
ヒンギスはそれに答えず、傍らに視線を向ける。
「本来なら全員処刑の所をシュタインのみとしたのは、ギルド長が以前の貢献を考慮したからだ。最近は貢献どころか、ギルド本部との接触も無かった筈だがな」
オルトが前に踏み出し、スタインベルガーを抜き放つ。
シュタインも剣を構える。名のある魔剣らしく、バチバチと火花が飛び散った。
「外患誘致罪の犯罪者にして、Aランクのレナにブチのめされた雑魚はお前だぞ、ウルリッヒ・シュタイン。もう退場しろ」
「くっそおおおッ!!」
雄叫びを上げ、シュタインが鋭く踏み込む。
落雷のような振り下ろしを半身で躱し、オルトが逆袈裟に斬り上げる。
――
一瞬で攻守が入れ替わり、高速の連撃にシュタインは防戦一方となる。
固唾を呑んで見守る【華山五峰】メンバーは、いつになく余裕の無いシュタインの表情に不安を隠せずにいた。
冒険者ギルドのSランクに到達して以降、リーダーのシュタインが苦戦するような戦いなど、ほぼ無かったのだ。
敗北は、即ちシュタインの死。他のメンバーは隷属。そんな状況を前にすれば、忍び寄る微かな気配に気づかないのも無理は無かった。
――カチッ――
「えっ?」
魔術師のホフマンが声を上げた時には、戦闘中のシュタインと竜戦士のジーナを除く四人の首には首輪が填められていた。
「これは、隷属環?」
「その通り」
背後のテツヤがホフマンに応える。他の三人の背後にも、【路傍の石】のメンバーがいた。
「『
引き伸ばしたのか。そう言い切る事なく、シュタインの首は胴から離れていた。
【華山五峰】のメンバー達が目を見開く。首が地面に落ちた後も、シュタインの身体は時が止まったかのように、その場に立ち尽くしている。
ブンと一振りしたスタインベルガーには、僅かな血も脂も残ってはいなかった。
オルトは剣を鞘に納めながら、帝国首脳陣に告げる。
「――早急に探して貰いたい者がいる。それを我々冒険者ギルドの世話役に求めたい。見つからないようなら、こちらから探しに行くが、どうする?」
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