第二百十四話 被害者面も大概にしろよ
苦虫を噛み潰したような表情で、ヒーロ・ニムスが押し黙る。
対照的に彼の部下らしき兵士達は、オルトへの敵意を露わにして武器を向けた。
「仲間を殺ったのはお前等か!」
「ニムスさんに舐めた口を叩きやがって!!」
「我々を帝国軍と一緒にするな!!」
何があったのかは、町の様子を見ればわかる筈。それを無視するような物言いに見かねて、アラベラが言い返す。
「わたくし達が到着した時点で町は火に包まれ、貴方がたと似た武具を装備した兵士による略奪と暴行が横行していました!」
彼女が指し示す先には上着だけを羽織り、茫然自失の体で地べたに座り込む女性や、金品を抱えて倒れている兵士の姿がある。町の住民達は冒険者の背後に集まり、義勇軍に怯えていた。
それらを眺めながら、ニムスが申し入れる。
「……我々は義勇軍だ。まずは負傷した兵士を治療させて貰いたい」
「断る」
オルトは迷う事なく拒否した。気色ばむ義勇兵に構わず、理由を述べる。
「そちらが『仲間』や『兵士』と呼ぶ連中がこの町で働いていた行為は、野盗と何ら変わらないものだ。この町は今なおアルテナ帝国の施政下にあり、帝国と冒険者ギルドの協定で緊急時対応が認められている。彼等が義勇兵だと言うなら尚更、民間人に危害を加える者達を引き渡す事は出来ない」
ギルド長のヒンギスが、満足そうに頷く。隣で秘書のホランは驚いていた。二人は既に負傷者の救護を終え、立ち上がっている。
現時点で義勇軍の勢力範囲に入っているとは言え、公式にはまだ帝国領なのだ。冒険者の対応としては、犯罪者は帝国の治安隊や憲兵に引き渡すか、殺害するかの二択となる。
始めに町に派遣された義勇兵は、二個分隊に当たる二十名。生存者の三名は負傷も構わず拘束されている。町民にも死者が出ており、オルト達には野盗として拘束した者を義勇軍に返還する義理は無かった。
「町を襲った野盗の生き残りだ。相応の処罰を受けるのが筋だろう」
オルトに反発した義勇兵が激昂し、冒険者に守られている住民を指して叫ぶ。
「そいつらは帝国民だ! 故国を滅ぼされ、帝国に何もかも奪われた俺達が復讐をして何が悪い!!」
他の兵士も、そうだそうだと同調する。
「ゴルドンやダーランの民は、虫けらのように殺されたんだぞ!」
「ヒッ!?」
怒声に住民達が震え上がった。ヒンギスが恫喝に抗議しようとするが、スミスは頭を振った。
「何を言っても水掛け論です。ここで必要なのは理屈ではありませんよ」
「そんなのって――」
ヒンギスの言葉は、オルトの一言で遮られた。
「確かに、一理はあるな」
ヒンギスが目を見開く。町の住民達は絶望的な表情をする。
義勇兵は、それ見たことかと鼻を鳴らした。が、次の一言で顔色を変える。
「ならば俺達がここで、義勇軍を名乗る野盗の一団を全滅させても、何の問題も無い訳だ」
「ふ、ふざけるな!!」
オルトの態度は、相手を
「ふざけてなどいない。力で奪われた恨みを力で晴らす、復讐と称すれば誰に何をしても構わないという理屈が成り立つならば、この惨状を見過ごせない俺達が力で介入する事が許されない道理が無い。簡単な話だろう」
文句があるなら力で阻止してみせろという、明らかな暴論である。呆然とする人々の中でイリーナはニヤリと笑い、スミスは苦笑した。
「被害者面も大概にしろよ。歴史を学べ。この地に流れて来てゴルドンを始めとする王国を建てた先人は、先住の遊牧民を根絶やしにしたぞ。帝国と何が違うんだ?」
「嘘をつくな! そんな話は聞いた事が無い!」
義勇兵が怒鳴り返す。
ニムスは愕然としていた。先日、セドリックに投げかけた「歴史を学べ」というセリフを、今度は自分がオルトに言われたからだ。
しかし旧ゴルドン王国で生まれ育ったニムスも、先住民虐殺の話はついぞ聞いた事が無かった。
「嘘ではありませんよ」
スミスが無造作に右手を突き出すと空間に裂け目が生じ、
「近隣国の史書を始めとする複数の資料に記載があり、学会でも事実と認められています。輝かしい建国譚にケチがつくような話を自国民に教えないのは、どこの国も同じです」
南部の拡大にまつわる不都合な真実を伏せている帝国と同じ。スミスは暗に、そう指摘したのである。
「ニムスさん、やっちまおう!」
「奴等とこれ以上話す事など無い!」
血気に
増援としてニムスが率いてきたのは、一個小隊の五十名。頭数では十名余りの冒険者を圧倒しており、実戦を重ねた部下達は自信をつけていた。
「駄目だ」
それでも、ニムスは首を縦には振らない。
元冒険者であるニムスは、相手の戦力を正しく把握していた。オルト、スミス、そしてイリーナの一人でも敵にいれば、この場にいる義勇兵だけでは勝ち目が無い。
ここで負けが決まっている戦に臨み、貴重な戦力を損じている場合ではないのだ。だがニムスの部下達は、彼ほど冷静に状況を見てはいなかった。
「俺達の戦いと祖先を侮辱され、我慢出来るか!」
「待て!!」
兵士の一人がニムスの制止も聞かず駆け出し、オルトに槍を突き込む。しかしその槍は穂先を失い、残った柄も両断される。兵士は地面に尻餅をついた。
「馬鹿に刃物を持たせるな、とは言うが――」
剣を片手に、オルトがゆらりと前に出る。次の瞬間、ガツッと鈍い音が響き、別の兵士の剣が砕けた。
ガガガガガッ!!
数秒の後には、五十名からなる義勇兵達の得物が破壊されていた。――ニムスのものを除いて。
「手放す気が無いのなら、破壊するまでだ」
武器を収めろという必要も無くなり、ニムスは嘆息する。
「……その男は『
瞬く間に無力化された義勇兵に、衝撃の事実が突きつけられた。
「こいつがエクウスの再来だってのか……」
兵士の呟きに、別の兵士が激昂する。
「だったら何で、俺達に敵対するんだ!」
「野盗の味方をする義理は無いからな」
「っ!?」
オルトの返事は、簡潔にして明確。兵士は絶句した。
目の前の冒険者は、自分達を義勇兵とは認めていなかった。現代に甦った『勇者』が自分達の味方だと根拠もなく信じていた兵士達は、それが誤りだと思い知らされた。
「失うのが武器だけで済むかどうかは、そちら次第だ。好きな方を選ぶといい」
「くそっ……!!」
義勇兵達が憎しみに満ちた視線をオルトに向ける。
「勇者どころか魔王じゃねえかよ!」
「――甘ったれるな!」
怒鳴り返したのは、イリーナだった。
「目の前の人を助けてるだけのオルトを勝手に『勇者』と祭り上げて、都合の悪い時は『魔王』と罵倒して。自分達が今、生かして貰ってる事さえ理解してない。これ以上オルトを侮辱するなら、私が相手になるよ」
重い大剣をブンと一閃し、腰を落として正眼に構える。風圧を受け、義勇兵達の顔が引きつった。
「『魔王』らしく全て粉砕し、後顧の憂いを断つのも一興だがな。どうする気だ?」
オルトは不敵に笑い、ここまで発言の少ないニムスを見やる。その立場や心情は察していても、配慮を与える気はオルトには無かった。
ニムスは暫しの沈黙の後、重い口を開いた。
「……部下の暴言を謝罪する。俺に義勇軍の意思決定を左右する権限は無いが、冒険者ギルドの意向は司令部に必ず伝える。こちらからは、俺が率いてきた部隊の撤退を要求する」
「野盗の引き渡しには応じないぞ」
「承知した。総員、撤退準備」
驚きの声を上げる部下達に、ニムスは撤退を命じる。見捨てられると知った捕虜が拘束を解こうと暴れるも、冷たい視線を送るのみ。
「俺達の目的は何だ? ここで全滅する事が正しいのか? 命令に反して『野盗』に与する者は、俺がこの手で処断する」
「ニムスさん……」
不承不承な様子ながらも、義勇軍が撤退を始める。
元より部下達はニムスの力に一目置いていたし、その彼を恐れさせる『
「イリーナ、有難う」
町を去る義勇軍を見据えるイリーナに、オルトが礼を述べた。義勇兵の暴言に対して怒った件であると察し、イリーナは目を泳がせる。
「べ、別に。
落ち着かない様子のイリーナは照れ隠しなのか、傍らで微笑むクロスの背中を叩くと、大股で馬車に向かう。
顔を真っ赤にしたイリーナを見て、仲間達から笑いが起きた。
◆◆◆◆◆
冒険者ギルドの一行は、一晩を町の広場で明かす事にした。
荒らされた町の片づけに死者の弔い、残された住人達の身の振り方を話し合う時間も必要であった。捕虜の『処分』も。撤退した義勇軍が大人しく引き下がる保証も無いのだ。
住民達が宿や民家の提供を申し出たが、ヒンギスは警備を理由に丁重に断った。町の灯りは廃材を使った焚き火と、住民達が寄合をしている聖堂のみ。
その聖堂から、ランタンらしき小さな灯りが近づいてくる。
「冒険者の皆様、大変お待たせしました」
やって来たのは小柄な老司祭であった。話を聞く為、ヒンギスとホラン、オルトとスミスの四名が聖堂へ向かう。
聖堂の中は明るかった。ドーム状の壁には縦三十センチメートル程の横溝が何本も刻まれ、無数のロウソクの灯が揺らめいていた。
「ヒンギス様のお申し出はとても有難かったのですが、我々はやはり、この町に残ろうと思います」
町の住民達は、ギルドの一行と共に町を離れるか、それとも残るかで議論をしていたのだった。
「この町の住民の多くは、帝都を追われた一族なのです。恐らく、帝国は我々を受け入れてはくれないでしょう」
ベルガーという姓の一族は、代々帝都で刑吏を輩出していたのだと司祭は告げた。
ある時、無実の者を処刑したとの
厳しい環境の中で助け合い、どうにか生き延びてきたのだという。聖堂の壁のロウソクは、一族が刑を執行した罪人の魂を慰めるものであった。
「幸いにも皆様のお力で義勇軍に襲われる事は無くなりそうですし、これまで通り慰霊をしながら暮らしていくつもりです」
「そうですか……承知しました」
ヒンギスが司祭に頭を下げる。住民達の決断を尊重する、そのような思いを込めて。
「それと、剣士様には見て頂きたいものがあるのです」
「俺に?」
「はい」
首を傾げるオルトの前で、司祭が石のタイルを踏んだ。説教壇が奥にずれ、重い音と共に石の祭壇がせり上がる。
祭壇の上には、鞘に収められた剣が一振り、置かれていた。
長さや幅はオルトの長剣ほど。だがその剣には、切っ先が無かった。オルトが呟く。
「これは……
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