第二百十二話 エルーシャの秘密兵器

「シルファリオ支部の、【路傍の石】ですか?」

 

 以前はシルファリオ支部の職員であったアイリーンが首を傾げる。彼女にはそのようなパーティーの記憶は、全く無かったのだ。

 

 お世辞にも真面目な職員とは言えなかったアイリーンだが、当時は支部の規模も小さく、所属する冒険者くらいは覚えていた。

 

 自分が離れた後に入った冒険者だろう、そんな考えが顔に出ていた彼女を見て、オルトが告げた。

 

俺達菫の庭園と同じ、ジェシカが担当するパーティーだ。覚えていなくても仕方ない。なんだ」

「は、はい」

 

 訳がわからないといった顔で、それでもアイリーンは頷く。

 

『……ごめんなさい。私もそのパーティーについては知らないのだけど、教えて貰える?』

「シルファリオ支部の先輩で、特に俺達がCランクに昇格するまでは一緒に仕事をする機会も多く、世話になった冒険者だ」

 

 ヒンギスの求めに応じ、オルトが説明する。

 

 シルファリオへ来た当時、【菫の庭園】はDランクパーティーであった。そのオルト達に頻繁に合同クエストを持ちかけ、昇格ポイント加算に協力したのが【路傍の石】だ。

 

 サン・ジハール王国を出奔し、外部の干渉を拒む為にBランク昇格を急いでいたオルト達だが、当時のシルファリオ支部は無能な支部長と横暴なエース冒険者、その受付担当職員によって機能不全に陥っていた。

 

 新参者の【菫の庭園】だけが頑張っても早期の昇格は難しかった筈で、理不尽な仕打ちを受けていたジェシカを守る事も、その弟のベルントを病魔から救う事も出来なかったかもしれない。

 

 オルト達にとって、【路傍の石】は恩人とも言えた。

 

「【路傍の石】自体の能力は、ギルドのBランクパーティーの平均を下回る程度ですよ」

 

 オルトの物言いで楽観的な空気が流れたのを見て、スミスが釘を刺す。オルトも頷いた。

 

「ああ。だが彼等には、『特別な贈り物ギフト』があるんだ」

『ギフト?』

 

 ヒンギスが聞き返す。期待に水を差されたせいか、声には僅かに落胆の色がにじんでいた。

 

「家族や友人、職場の同僚。影が薄く、いるのかいないのかわからない、そんな知人はいないか? 【路傍の石】は、そういう冒険者達のパーティーなんだ」

 

 ただでさえ認識し辛い彼等だが、特定の条件が揃うとAランク冒険者でも真似のできない力を発揮する。例えば、Aランクパーティー【四葉の幸福クアドリフォリオ】を翻弄した凄腕の暗殺者、『CLOSER終わらせる者』にさえ気取られずに立ち回る程の。

 

刃壊者ソードブレイカー』に注目が集まる今回は、その条件が揃う願ってもない機会である。だがオルトの話を聞いた者達は、一様に半信半疑といった様子であった。

 

「信じて貰うしかないな。少なくとも俺がギルド長のお供をするのなら、【路傍の石】が護衛任務に加わるのが絶対条件だ」

「そう……」

 

 ギルド長のヒンギスが、溜息をついた。

 

 ヒンギスはどうしてもオルトを引っ張り出したい。カリタス支部長のリベックは、オルトの護衛無しにヒンギスを送り出したくない。条件を呑む以外の選択は無いのだ。

 

 職員が一人、全域放送で【路傍の石】を呼び出す為に会議室を出ていく。暫くして、四人の冒険者を伴って戻ってきた。

 

「相変わらず飛ばしてるらしいな、オルト」

「テツヤ、リストに名前が無いから気づかなかったぞ」

 

 軽口を叩きながら、【路傍の石】のリーダーであるテツヤがオルトと握手を交わす。

 

「私達が依頼を達成してシルファリオに戻ったのは、支援チームが出発した後だったのよ」

「戻るなり支部長に捕まって、待たせていた特急馬車エクスプレスに押し込まれたでごさる」

 

 トリッシュとハジメは、苦笑しながら支援チーム入りの顛末てんまつを話した。無口なジョーが重々しく頷く。

 

 依頼で十日ぶりに帰還した【路傍の石】に、シルファリオ支部長のエルーシャは支援チーム入りを打診したのだという。特急馬車が追いついたのは、支援チームが最後の中継地点を出発した後であった。

 

「カリタスに到着してから人員を追加する手続きをしましたので、最新のリストには名前も載っていますよ」

 

 レベッカが補足する。

 

 ギルド長やカリタス支部の職員達は、何とも微妙な表情で【路傍の石】の面々を見つめていた。アイリーンは本人達を前にしても、全く思い出せない。オルトが言うような戦力とは思えないというのが、ヒンギス達の率直な感想であった。

 

 オルトはそのような視線に気づいていたが、意に介さず話を進める。

 

「うちのお転婆なギルド長の護衛に、力を貸してくれないか。主に相手になりそうなのは、帝国軍と帝国騎士団だ」

「それは大物だな」

 

 テツヤはパーティーメンバーと頷き合った。

 

「やらせて貰おう」

「……俺から持ちかけておいて何だが、もう少し考えた方がいいと思うぞ」

 

 ほぼノータイムでの承諾に、依頼したオルトの方が検討を求める。だが【路傍の石】の返事は変わらなかった。

 

「非常に危険である事はわかってる。うちの支部長エルーシャから、そういう任務を打診される可能性も聞いた。その上で決めた。問題は無い」

 

 

 

 オルトや【菫の庭園】のメンバーが恩義を感じているのと同様、もしくはそれ以上に【路傍の石】の面々は、オルト達に感謝していた。

 

 テツヤ達はシルファリオ支部の中でも、全く目立たない冒険者であった。理不尽な虐めに遭う職員のジェシカを助けてやりたいと思いながら、手を差し伸べられずにいた。

 

 助けたいのに助けられない無力感にさいなまれ、冒険者としても頭打ちで誰にも気づかれない。テツヤ達は、支部を移るか冒険者を辞めるかの二択で揺れていた。

 

 ある時、支部にやってきたDランクパーティーが、職員や冒険者達に虐められるジェシカを助けに入った。それが【菫の庭園】との出会いであった。

 

 ジェシカの様子を気にかけ、見張っていたテツヤとトリッシュを、オルトとネーナは見つけたのである。のみならず、影の薄いテツヤ達の事を、ネーナは覚えていた。

 

 今まで、そんな事は無かった。戸惑いと同時に喜びがあった。オルト達と行動を共にする内、自分達の呪いだと思っていた影の薄さが、唯一無二の『祝福ギフト』なのだと気づく事が出来た。

 

 後にはBランクにまで昇格する事が出来たが、オルト達に出会わなければそんな未来は無かった。どこかの支部で埋もれ、誰にも気にかけられずに腐っていた。テツヤ達はそう信じて疑わない。

 

 エルーシャからオルト達の力になって欲しいと頼まれ、テツヤ達は二つ返事で引き受けた。瞬く間に冒険者ランクを駆け上がる【菫の庭園】に、少しでも借りを返せる時が来たのだと、メンバー全員が思っていた。

 

 

 

「……そうか」

 

 オルトは彼等の覚悟を見て取った。テツヤがカリタス支部の職員達を一瞥する。

 

俺達路傍の石が『優秀エクセレンス』には足りずとも『特別スペシャル』なんだと、お前やエルーシャの見る目は正しかったと、結果で証明すればいい。冒険者なんだからな。そうだろう、オルト?」

 

 二人の会話を聞き、ヒンギスは色眼鏡で見ていた事を恥じた。

 

 居住まいを正し、水晶球の中から呼びかける。

 

『――大変失礼をしました。是非【路傍の石】の皆さんに、私の護衛をお願いします』

「承知しました」

 

 四人の冒険者は気負う様子も見せず、淡々とその要請を受けた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 会議が終わると、ギルド長と協議を続ける支部長を残し、職員と冒険者は廊下に出た。

 

 予想外の再会を喜び、手隙きの者を誘って酒杯を合わせようと歩くオルト達に、呼びかける者がいた。

 

 

 

「待って下さい!」

 

 

 

 声の主はアイリーンであった。真っ直ぐ自分に向かって来るのを見て、オルトが向き直る。

 

「その……すみません、お引き止めして」

「いや、構わない」

 

 追いついたアイリーンは、何かを言おうとするが言い淀み、俯いた。

 

 気を利かせて先に行こうとするレベッカ達を引き止め、オルトはかぶりを振った。

 

「パートナーがいる女性と、仕事以外で二人きりになるのもな」

 

 俯いていたアイリーンが顔を上げる。

 

 オルトには、何となく彼女の用件がわかっていた。

 

「レオンの事か?」

「っ……はい。先日、ご相談に伺ったと聞きまして」

 

 オルトはレオンやアイリーンとは距離を置き、仕事中以外に話す事は無い。二人から近づいて来る事も無い。その二人が別々にオルトの下を訪れれば、意図も知れるというものだ。

 

「レオンが言わない事を、俺から話すのは筋が通らないぞ」

「はい……」

 

 再び俯くアイリーンの姿に、オルトは溜息をつく。

 

「一つだけ。あいつレオンの親父は借金奴隷に落ちている。その肩代わりと今後の生活の話をするのに、一度はシルファリオに行く必要がある」

 

 レオンの父親であるゴードンは、以前はシルファリオの顔役の一人であった。レオンやアイリーンの傲慢な振る舞いの後ろ盾でもあったが、町の住民に対する詐欺恐喝、脅迫で何件もの賠償や和解金の支払いを抱えて財産を失っていた。

 

 一般的な良い父親では無かったかもしれない。それでもレオンにとっては、数少ない味方であった。レオンが冒険者を辞めずに危険を冒していたのは、父親の借金を返済する為でもあった。

 

 借金を返し終えても、ゴードンは町の住民から白い目で見られ続ける。シルファリオを離れ、新たな生活を始める必要があった。

 

「そうですか……」

 

 話を聞いたアイリーンが肩を落とす。アイリーンにとっても、ゴードンの件は無関係とは言えないのだ。

 

「あいつの考えは、俺にはわからない。だけどな、短いながらもお前達がカリタスで重ねた時間は、そんなに軽いものなのか?」

 

 オルトは言いながら、絶体絶命の物見塔で肩を寄せ合っていた二人の姿を思い起こす。

 

 吊り橋効果と言ってしまえばそうかもしれない。男女の仲など、いつまでも続く保証は無い。それでも、苦しい時を共に乗り越えられる相手は代え難いものなのだ。

 

「不安があるなら、そう伝えてやれよ。あいつは察しも悪いし、器用な男じゃないだろう。その上でお前があいつを信じられるなら、待ってやればいい。悪い事にはならんさ」

「……はい」

 

 アイリーンはオルトの言葉を噛み締め、深々と頭を下げた。オルトが仲間と共に歩き出す。

 

 もう一つ、レオンは大事な相談をオルト達に持ちかけていた。それについては、オルトはアイリーンに話すつもりは無かった。

 

 

 

「オルト、いつの間に恋愛相談を始めたの?」

「中々板についていましたね」

 

 トリッシュとスミスに冷やかされ、オルトは嫌そうに返す。

 

「勘弁してくれ……ネーナ達がいないのに騒がしいままって、どういう事だよ」

「あーっ、いた! オルト勝負よ!」

 

 イリーナが駆け寄って来る。クロスと【明けの一番鶏】の三人も一緒だ。

 

「一番騒がしいのが来たな……今日は歓迎会だからパス」

「ええ〜っ? じゃあ飲み比べで勝負!」

「勝負から離れろよ……」

「オルトに勝ちたいの!」

 

 救いを求めてオルトが視線を向けるも、イリーナの恋人であるクロスは苦笑しながら頭を振る。

 

「無理ですよ。こうなったらイリーナは止まりませんから」

「駄々っ子かよ」

 

 イリーナは自慢げに胸を張り、オルトはやれやれと、諦め顔で言う。ヴァレーゼ支部で名物となっていた『勝負』を知る職員達から、笑いが起きる。

 

「レベッカ、職員達に声をかけておいてくれ。俺達はホールで待っているから」

「はいっ、では後ほど!」

 

 まだ勤務時間内の職員達が笑いながら去っていく。冒険者達は待ち合わせの為、連れ立ってホールへ向かうのだった。

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