閑話二十五 ここはガキの遊び場じゃない
ドガッ!!
轟音と共に、巨大な市門が揺れた。
分厚い門扉に丸太がめり込み、怒号が飛ぶ。
「破城槌第一陣下がれ! 第二陣用意!」
「左翼弓隊、手数が足りん! 仲間を死なせる気か!!」
「手空きの者は弓を取れ! 城壁の上に射掛けろ!」
雨あられと浴びせられる矢に抗する事が出来ず、散発的にあった敵の反撃も沈黙し、城壁の敵兵は姿を消した。
二度三度と丸太を叩きつけられ、門扉が
その様子を見つめながら、ヒーロ・ニムスは剣を抜いた。
「――突撃隊、用意。逃げる者は追うな。無抵抗の者は殺すな。略奪も暴行も許さん。俺達は帝国軍とは違うんだ」
『おうッ』
武器も防具も、年齢性別も統一性の無い一団が声を揃えて応じる。元Aランク冒険者の知名度を持つニムス達には義勇軍幹部の打診もあったが、前線で戦いたいと断り、大きな権限を与えられた部隊長に落ち着いていた。
「アレックス」
「おう」
呼ばれた男が、野鴨と蓮の大旗を押し立てる。他にも紋章の違う幾つかの旗が見られ、それら全てがアルテナ帝国に滅ぼされた国のものである事を、義勇兵達は知っていた。
「行くぞ!!」
「ニムスに続け!!」
門扉が吹き飛ぶと同時に、突撃隊が駆け出す。その先頭でニムスが叫ぶ。
「死にたくない者は武器を捨て、降伏しろ!! 頭の後ろで両手を組め!! 抵抗するならば容赦せんぞ!!」
「うわあああっ!」
切りかかってきた敵兵を一撃で屠ると、戦意を失った者達が散り散りになって逃亡する。想定より遥かに守備兵の数が少なく、士気も練度も低い。ニムスにはそう感じられた。
都市の南門を突破した義勇軍は、走り去る敵兵を無視して市街の制圧を開始した。
抵抗らしい抵抗は殆ど受けず、突撃隊が都市の中心部へ到達する。投降した者達は、一様に不安げな表情で広場に集められる。
「この都市は、我々義勇軍が制圧した。君達の安全は保証する」
ニムス達が見守る中、義勇軍の司令官が都市の住民と捕虜に告げる。
義勇軍では都市の名前を口にしない。帝国によって命名されたものであり、奪還する義勇軍がその呼称を使用するのはおかしいからだ。故に『都市』、ないしは帝国併合前の旧称で呼ぶ事になる。
少し安堵した住民達から、現状の説明と義勇軍に対する質問が出る。
義勇軍が都市への数日中の攻撃を示唆して、北門だけは包囲を解いていた為、都市住民と守備隊は北の帝都方面へ撤退していた。
都市に残っていた住民達は、避難を選択しなかったか、避難出来ない事情がある者であった。帝国に滅ぼされた国に縁のあるものに加え、三割近くは帝国北部からの移民だ。
北へ避難した者の中にも、滅亡した国の民は少なからずいた。その事実は、義勇軍の兵士達に大きな衝撃を与えた。
住民達に対する義勇軍のスタンスは明快だ。帝国領内への帰還を求める者は引き止めない。都市の住民として受け入れ、生活が成り立つよう配慮するが、これまでの財産の保証はしかねるというもの。
住民達としても、アルテナ帝国南部の大半は他国を滅ぼして得た土地だと聞けば、義勇軍に従う他なかった。
「病人や年寄りも受け入れて頂けるのでしょうか」
「無論だ。どのような形になるかは今後の話し合いで決まるが、義勇軍としては確保した地域で暮らす者の扱いに、極力差をつけないようにしたいと考えている」
司令官の言葉に、住民達が安堵の色を見せる。義勇軍、その後継となる組織は、帝国の統治方針を
「まずは各自、住居に戻って構わない。役所に勤めていた者がいれば協力を仰ぎたい。名乗り出て――」
ドン!!
広場に爆発音が響いた。
「北門だ!」
いち早く反応したニムスが、北を指差す。そこには火柱が立っていた。女性の悲鳴が上がる。
「父が、寝たきりの父がいるんです!」
ニムスは舌打ちをし、女性の前で背を向けてしゃがむ。
「乗れ、親父さんの場所を教えてくれ」
後を司令官に託し、ニムスは女性を背負って走り出した。
可能性として焦土作戦も考えてはいた。しかし、都市に残った住民や兵士を巻き込んで実行するのは想定外だった。
煙に満ちた市街を駆け、一軒の住宅に飛び込む。追ってきた仲間や義勇兵と共に女性の父親が横たわるベッドを担ぎ上げ、外に運び出す。
女性は安堵したのか、ニムスの背から下りると、地面に座り込み号泣した。
義勇兵は休む間もなく消火を試みるが、防火水槽に水は無かった。この都市の上水道は、帝国軍の南部駐屯地から長大な水道橋によって供給されていたのだ。
ニムスは水不足に思い至り、義勇兵に指示を飛ばして建物を壊し始める。消火出来なければ延焼阻止で、燃えるものを奪うしかない。
義勇軍が鎮火に手間取る事や、残った住民に被害が出る事を承知で帝国軍は火を放った。むしろ住民達を残したのは、義勇軍を都市に足止めする意図。そんな事を思いながら義勇兵達は、壁の
ハンマーを持った兵達が応援に駆けつけ、都市の一割近くを焼いた火は、二時間後に
兵士と住民が見知った顔を探して入り乱れる様子を、ニムスは静かに眺めていた。
内部に帝国兵や工作員が潜伏している可能性から、住民は広場に留め置かれている。
義勇軍は軍需物資の食料や飲料水を開放し、住民達に分け与えた。都市の備蓄は殆ど残っておらず、役所に勤めていた者の証言で、横流しされていた事が判明したのだ。
十五年ぶりの再会を果たした者、悲報に接して崩れ落ちる者。手掛かりを得られず途方に暮れる者。
「あの……」
振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。
「親父さんはどうだ」
「今はお医者様に診て貰っていますが、食事も採れているので……有難うございました」
「それは良かった」
ニムスはフッと笑った。
「この都市は生活用水の確保に難がある。俺達は取り戻した土地を手放す気は無いが、帝国に戻りたければ申し出るといい。配慮してくれるだろう」
それを聞いた女性は、喜びを表す事もなく黙り込んだ。事情を察したニムスは、何も聞く事は無かった。
「ん?」
突然、広場の一部が騒がしくなった。義勇兵が駆け寄ってくる。
「ニムスさん、敵襲だ!」
「っ!!」
弾かれたようにニムスが走り出す。
『敵』の姿を見つけるのに、時間はかからなかった。知っていたからだ、『彼等』の事を。
倒れ伏す義勇兵を庇いながら、ニムスの仲間二人が剣士と対峙している。義勇兵達は住民達を背に、決死の表情で武器を構えている。
女戦士が短槍を突きこもうとするのを見て取り、ニムスが咆えた。
「うおおおおっ!!」
「っ!?」
剣を引き抜きざま乱入したニムスに、女戦士は慌てて飛び退いた。短槍が腕を
「ニムスさん!!」
「怪我人を下げろ! 弓隊は敵の後衛から目を離すな!」
指示を出す間に、敵の五人が一箇所に集まる。ニムスは厳しい表情で、敵を
「冒険者が何故ここにいる、【真なる勇気】よ」
「人々を苦しめる暴徒を倒す。実力で現状を変える試みは許されない。人道を明らかにする為、私達はここに来た」
間髪入れず、セドリックは堂々と返答した。
広場が静まり返る。戸惑うセドリック達に、ニムスが告げる。
「どうして自分達が憎しみを向けられているか、わからないといった顔だな。少しは歴史を学べ。一面だけを知って軽々に物を語るな」
義勇兵達が、口々に帝国軍の所業を、帝国のやり口を非難する。
「ここは俺達の国だ! 帝国の領土じゃない!」
「帝国はゴルドンに無理難題をふっかけ、宣戦布告も無く攻めたんだ!」
「滅びたのはゴルドン王国だけじゃない! この広場に翻る旗を見ろ!」
「女は夫や恋人と引き離され、連れて行かれた!」
「軍とこの都市で水を占有し、川が干上がった! 畑作すら出来なくなったんだ!」
「非征服国出身の民が受けている差別を知らないのか!」
都市の住民まで加勢した非難にタジタジになりながらも、セドリックは反論する。
「し、しかし! 都市に火を放つ非道は見逃せない! それに反乱軍は、こうして市民を人質に取っているんだ!」
「この人達は、そんな事していません!!」
その反論も、女性の声が即座に否定した。
「放火したのは、逃げていった帝国の守備隊や領主の私兵です! 義勇軍の皆さんは煙に巻かれながら、火の手の迫る家から、私の父を助けてくれました! 帝国民の私の願いを聞いてくれました!」
女性が泣きながら自分のスカーフを裂き、ニムスに駆け寄って腕に巻きつける。ニムスは女性に礼を述べ、守るように半身のままセドリック達に剣を向けた。
「……お前が斬った義勇兵には、新婚の妻がいた。国を滅ぼされ、妻は帝国に連れ去られ、この都市で帝国の男に嫁がされた」
手当てを受ける義勇兵は、意識が戻らないのか身動き一つしない。
「十五年間再会を願って、泥水を
広場は静まり返り、ニムスの声だけが響く。
「女を責めるつもりはない。義勇兵と同じように、女にも必死で生きてきた十五年があるのだろう。だが二人を引き裂き、二人の未来を奪ったのは帝国だ。帝国がしたのはそういう事だ」
セドリックと仲間達は、何も言葉を返せなかった。助ける筈の人々は、敵である筈の義勇軍に守られ、セドリック達と対峙しているのだ。
「お前達がどの口で人道を語る? ならばパーティーメンバーの女二人は、義勇兵の妻になればいい。十五年経ってから迎えに来れば、問題なかろう」
女戦士と神官は、青い顔で首を横に振る。【真なる勇気】一行の振る舞いに、義勇兵も都市の住民も嘲笑を浴びせた。
「ここはガキの遊び場じゃない。ヒーロー気取りは他所でやるんだな。お前は勇者になれないし、『
ニムスが都市の北門を指差す。
「帰り道は向こうだ。冒険者ギルドへの報告は自分でしろ。緊急事態対応と認められるよう、祈っておいてやる」
セドリックは唇を噛み締め、剣の柄を強く握って震えていた。義勇兵の一人が罵声を飛ばす。
「さっさと帰れ!」
一人、また一人と。声が合わさり、ぶつけられる。
『帰れ! 帰れ!』
大合唱の中、五人組のAランクパーティーが北門に向け、トボトボと歩き始めた。歓声が上がる。
肩を落として立ち去るセドリック達を、ニムスは無言で見つめていた。
◆◆◆◆◆
ギイ、と重い音を立てて、鉄の扉が開く。
「面会だ、出ろ」
憲兵に呼ばれ、固いベッドに腰掛けていた赤髪の女性が顔を上げた。
面会室では、元パーティーメンバーが待っていた。
「気分はどうだ、ミア」
「最悪よ、貴方に名前を呼ばれるなんてね」
丸窓の向こうの男は、悪態にも全く表情を変えない。
「パトリック伯が保釈に動いている。退役の手続きも並行して進めている。ここを出たら伯爵家に直行だ」
パトリック伯の四男は、ミアの父親である男爵が婚約者に定めた男性である。伯爵家に直行となれば、軍を退役してそのまま結婚の流れとなる。
ミアの知る父親は、娘の為に良縁を決めるような男ではない。軍に強い影響力を持つパトリック伯との関係構築が目的なのは明らかだ。
伯爵家に行けば、もう自由は無いかもしれない。しかしそれよりも、ミアには気がかりな事があった。
「ガルフは、ショットはどうしているの」
ルークが口角を上げる。
「『尋問中』だが、つまらない事を考えず、大人しくしておけ。奴等の処遇はお前次第だ」
「それはどういう――」
ミアの問いを最後まで聞かず、ルークは席を立った。また来る、そう言い残して部屋を出ていく。
ミアは自分が置かれている状況が非常に悪い事を、認めざるを得なかった。
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