第二百九話 お兄様ならば、助けませんよ

「あったよ、精霊喰らいエレメンタルイーターが入ってた容器」

 

 レナの手には、十センチメートル四方ほどの壊れた箱が乗っていた。

 

「先程の場所まで精霊喰らいの移動速度で、一週間から十日と言った所でしょうか」

「タイミングはピッタリね」

 

 ネーナとフェスタが頷き合う。

 

「しっかし、こんな箱に入る位小さかった精霊喰らいが、随分と成長したもんだね」

「それについては『惑いの森』の精霊力よりも、精霊術や精霊弓エサを大盤振る舞いした方々が原因だと思います」

「ああ、何度か戦り合ったみたいだしね」

 

 やり取りを聞いた精霊熊が、無言で顔を背ける。

 

 精霊喰らいは精霊力を糧に際限無く成長するという。レナとネーナはエルフ達の事を言ったのだが、精霊熊にも心当たりは山程あった。

 

 

 

 精霊喰らいを倒した【菫の庭園】一行は、森の中で精霊が失われ始めた起点を探して、移動の痕跡こんせきさかのぼっていた。

 

 植物や地面に変化が始まった場所では、小さな容器が発見された。そこが起点という事になる。

 付近をレナが調べたものの、精霊喰らいを解放した者の手掛かりは得られなかった。

 

 調査を終えた一行は南へ、精霊喰らいと交戦した場所へ戻っていく。

 

「足跡で追うのは無理だね。相手は森の中での活動にも慣れてるのかも」

「精霊喰らいを放った時点では、森のエルフ達も巡回していた筈よ。それをくぐるなんて博打が過ぎない?」

「空かもしれません」

 

 レナとテルミナに、ネーナは空を指し示す。

 

「箱を落とすだけなら出来ますし、落下で壊れるようにすれば人の手で精霊喰らいを放つ手間も無くなります」

『成程』

 

 仲間達が納得する。

 

 起点から倒される場所までの移動時間を勘案して逆算すれば、精霊喰らいが活動を始めたのは、帝国軍がカリタス侵入を果たせず撃退され、地下の砦や方舟から撤退を余儀なくされた後と推定される。

 

 精霊喰らいを森に放ったのはアルテナ帝国、ないしは帝国軍。様々な要素が、ネーナ達をその一点に導いていた。

 

 レナが面倒くさそうな顔をする。

 

「フェスタが言ってた『私達も無関係じゃない』って、これ?」

「ええ」

 

 帝国は地下迷宮を諦めていない。或いは、エルフの集落に何かを見出した。そう考えれば筋が通る。言い換えれば、帝国の他に犯人が見当たらないのだ。

 

「特殊部隊の装備や地下の砦に採用されていた、瘴気を遮断する技術。『方舟』やコスワースから持ち去ったであろう技術。さらに帝国勇者計画……帝国が精霊喰らいを所持していても、何ら違和感はありません」

 

 ネーナの指摘には説得力があった。フェスタが頷く。

 

「それに以前、私達が森に来た時に、帝国軍と思しき一団が森で活動していたものね。エルフの領域テリトリーや、森の中の階段も知っているでしょう」

 

 それを聞いたレナは、頬に人差し指を当てる。

 

「そうだとすると、あたしらはここに残ってないとまずいんじゃない?」

「それは大丈夫じゃないかな」

 

 精霊喰らいは、その特性から明らかに『惑いの森』のエルフを標的にしたものであった。

 

 魔術師や魔力などを帯びた武器ならば簡単に倒せるが、物理攻撃と精霊由来の攻撃は通用しない魔法生物。それを単独で放った事から、エルフ以外の障害は想定されていなかった事になる。

 

 エルフでは倒せない筈のそれが倒されたと知れば、精霊喰らいを解放した者は強く警戒する。それが帝国ならば尚の事。何せ、現れない筈の場所に現れ、倒せない筈の敵を一蹴する戦力冒険者と現在進行系で対峙しているのだ。

 

 まして今は、帝国と冒険者ギルドは水面下で停戦交渉中。『惑いの森』の階段を巡って、帝国の手の者と冒険者が交戦したとなればどうなるか。

 

「様子は見に来るかもしれないけれど、この戦闘の痕跡を見て、さらに仕掛けてくるとは考えにくいわね」

「私も同感です」

 

 ネーナもフェスタに同意する。

 

「あれ?」

 

 何かを見つけたレナが、駆けていく。

 

 精霊喰らいを倒した場所を埋め尽くしていた氷片はあらかた溶けて、剥き出しになった炭色の地面に、武具やガラクタが散乱していた。

 

「革鎧に、荷物袋、この黒っぽい矢とか剣は精霊のやつ?」

「動物の死体もあります。精霊力以外は、体内に取り込んでも吸収出来なかったようですね」

 

 ネーナが顔をしかめた。

 

「これって精霊弓よね?」

 

 フェスタが掲げる弓はエイミーやテルミナのものに似ており、しかも輝きが失われていない。テルミナが受け取り、驚愕する。

 

「この場所にあったのだから精霊喰らいに取り込まれていたのでしょうけど、中の精霊は失われていないわ」

「どんな仕組みなのかな」

 

 フェスタが首を傾げる。

 

 ネーナは鈍く輝く球に目を留め、拾い上げる。レナが近づいてくる。

 

「何それ、ヤカン?」

「魔道具みたいです」

 

 ネーナの顔の大きさ程の金属球には、上部に取っ手と蓋が、側面には注ぎ口がついていた。

 一見すれば普通のヤカン。だがネーナには、微かな魔力が感じ取れた。

 

「エルフの方の所持品でしょうか」

「それは無いわね。持っていっていいと思うわ」

 

 テルミナに勧められ、取っ手に紐を通して肩から下げる。カリタスに戻ったら、お兄様に可愛いストラップをおねだりしましょう。ネーナはそう思った。

 

 

 

「――で、精霊喰らいについては一段落したけど」

 

 レナは精霊熊を見やった。パーティーに緊張が走る。

 

「熊のお願いをどうするのか、そろそろ結論出そうよ。あたしらも目的があるし、待たせてる人もいるしさ」

 

 精霊熊は、【菫の庭園】一行にエルフの集落へ向かう事を求めた。だがエルフ達に対する心証があまりにも悪く、五人は頭を冷やす意味でも結論を先送りし、精霊喰らいが残した痕跡の調査をしていたのだ。

 

 エイミーは一人だけ、集落に行く事を主張した。その後は殆ど話していない。

 

「要はさ、エルフの誰かが、精霊喰らいにやられたって事でしょ?」

「うん」

 

 エイミーと精霊熊が、並んで頷く。

 

「どう思う、ネーナ?」

 

 レナに問われたネーナは、結論だけを告げる。

 

「推測でしか言えませんが、精霊喰らいの攻撃を受けた身体を癒せるのは、レナさんの法術だけでしょう」

 

 精霊喰らいが移動した場所は何もかもが色を失い、燃え尽きた炭のようになっていた。色はすなわち精霊であり、精霊を失ったものに再び精霊は戻らず、朽ち果てるのみ。

 

 人体が精霊喰らいの攻撃を受けても同様の結果になると、ネーナは考えていた。人族より精霊との親和性が高いエルフ族は、ダメージもより深刻になるだろうとも。

 

 精霊が働きかけられない以上、精霊術では治癒出来ない。ポーションならば、ネーナも名前しか知らない伝説級の代物が必要になる。残る選択肢は、聖職者や僧侶が施す神の奇跡、法術といったたぐいのものだ。

 

「エルフ達にはどうしようもないけど、あたしなら何とか出来るかもって事ね。話はわかったけど――」

「私は、反対です」

 

 レナの言葉を遮り、ネーナは反対を表明した。エイミーが驚きを露わにする。

 

「前回のエルフ達の、エイミーに対する中傷や罵倒、私達を殺そうとした事が無くなった訳ではありません。彼等からは謝罪も無く、反省も期待出来ません。こちらから足を運んで何をしても、感謝どころか逆恨みされる未来しか想像出来ません」

 

 ネーナはエイミーを見据えていた。

 

「エイミーはどうしたいんですか?」

「わたしは……」

 

 エイミーが口ごもる。そんな彼女の心情を、ネーナは理解していた。

 

「エイミーは先程、トウヤ様は困っている方を見捨てなかったと言いました。ですから私も言います。お兄様ならば、助けませんよ」

 

 オルトが薄情だから、ではない。既に巨大化しており、放置すれば森だけの被害に留まらなかった精霊喰らいは倒すべき理由があった。だが自分達に敵意を持つエルフ達を、リスクを冒して訪問する必要はあるのか。

 

「いつも私達が好き勝手出来るのは、お兄様があらゆる危険から守ってくれるからです。今はお兄様がいないから、だから私が言います。エイミーを傷つける人達の所に行くのは、反対です」

「……わたしは、くまさんが助けたい人達を、助けてあげたい。それと、お母さんが生まれた場所も見てみたい。拾った精霊弓もきっと大切なものだから、返してあげたい」

 

 二人が無言で見つめ合う。

 

「――おい、熊」

『!?』

 

 ドスの利いた声に、精霊熊がビクッとする。

 

「あんたのせいで、仲のいい二人がああしてやり合ってんだけど。まさか自分の目的が達せられたらそれでいいなんて、思ってないよねえ?」

『……ガウ』

 

 レナがフンと鼻を鳴らす。フェスタとテルミナは苦笑した。

 

「何言ってるかわかんないけど。エルフの連中がエイミーにちょっかい出さないようには、するんだろうね?」

『ガウッ』

 

 精霊熊が短く吠える。レナが頷く。

 

「よし、言質とった」

「絵面がチンピラよね」

「失礼ねえ。後はリーダーの仕事だからね」

「ご苦労さま」

 

 口を尖らせるレナを労い、フェスタがパンパンと手を叩く。

 

「エイミー。集落に行っても、私達は歓迎されないわ。そのまま帰る事になるかもしれないし、戦いになるかもしれない。前みたいに散々罵倒されるかもしれない。覚悟はある?」

「……うん」

 

 エイミーが頷く。

 

「ネーナ。オルトの代わりにエイミーを守ってあげられる?」

「勿論です」

 

 ネーナは両拳を握りしめた。フェスタは微笑む。

 

「だったら行きましょうか。大分時間を潰してしまったし、急ぎましょう」

 

 仲間達が動き始める。エイミーの隣で、精霊熊がペタッと地面に伏せた。

 

「くまさん、どうしたの?」

『ガウッ』

 

 精霊熊の返事に、エイミーは先を歩き出していたネーナを見る。

 

「ネーナ」

「どうしたんですか?」

 

 呼びかけられたネーナが、小走りに駆けてくる。

 

「くまさんが、一緒に乗ってって」

『ガウッ』

 

 精霊熊も肯定する。乗せてもらえと、フェスタもひらひらと手を振る。

 

 ネーナはペコリとお辞儀をした。

 

「白熊さん、有難うございます」

 

 エイミーに引き上げられて後ろに乗ると、精霊熊が立ち上がる。高い視点に、二人が歓声を上げた。

 

 少しだけ気まずそうに、エイミーが謝罪する。

 

「ネーナごめんね、我儘わがまま言って」

 

 ネーナは頭を振った。

 

「我儘でも何でもありません。私はお姉さんですし」

「むーっ」

 

 エイミーは少しだけ不満そうな顔をした後、笑った。

 

「わたし、エルフの人達の事、あんまり気にしてないの」

「そうなんですか?」

 

 ネーナに聞かれて、コクリと頷く。

 

「あの時は嫌だったけど、ネーナやお兄さんや、ブルーノおじさんや、みんなが怒ってくれたから。これからお母さんを迎えに行くから、その前にお母さんの知り合いが困ってたら助けてあげたいと思って」

「はい」

 

 

 

 二人の会話を聞きながら、横を歩くレナが精霊熊の顔を小突いた。

 

「一緒に乗せてあげるとか、いきな事するじゃないの、熊」

『ガウッ』

 

 すました精霊熊を見て、レナがニヤリと笑う。

 

「後であたしも乗せてよね」

『ガウガウ』

「何て言ってるの?」

 

 熊の上からエイミーが答える。

 

「だが断る、だって」

「拒否っ!?」

 

 ショックを受けたようなレナの姿に、仲間達が笑う。

 

 パーティーの空気は、いつもと同じものに戻っていた。

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