第二百六話 大人の恋愛に、口を挟む野暮は申しません

「お兄様、浮気は許しませんよ」

「だめだからね!」

 

 ネーナとエイミーに念を押され、オルトは苦笑しながら二人の頭をポンポンと叩いた。

 

「わかってるよ」

「絶対、ぜーったいですよ」

 

 マーキングするかのようにしがみつく二人が、呆れ気味のイリーナとクロスに引き剥がされる。

 

「一緒に行けなくて悪いな、エイミー」

「ううん、大丈夫」

 

 エイミーはふるふると頭を振った。

 

「ネーナはスリングショットの練習、忘れるなよ」

「伝説の狙撃手スナイパーになって戻ってきます!」

「そういう方向性だったっけ?」

 

 両拳を握るネーナに、オルトが首を傾げる。見送りに来ていた職員や冒険者から笑いが起きる。

 

「じゃあ、行ってきます」

「気をつけて」

 

 最後にフェスタがオルトとハグをして、五人編成となった【菫の庭園】は見送りの者達に手を振ると、迷宮都市コスワースへの階段を下りていった。

 

「暫くの間、寂しくなりますね」

「ああ」

 

 スミスに応えながら、オルトは踵を返して地下への下り口に背を向ける。

 

「――戻って来るまでに、カタをつけるさ」

 

 レベッカが思わず背筋を伸ばした。他の職員や冒険者にも緊張が走る。

 

 ただ留守番をする為に、パーティーを分割して残った訳ではない。オルトはスミスと並んで、ギルド支部へと歩き出した。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「はうぅ、お兄様、無茶をしないでしょうか……」

 

 長い階段を下りながら、ネーナが呟く。

 

「どうだかね。あの二人に目をつけられた連中の心配をした方がいいんじゃないの」

 

 先頭を進むレナが応え、それきり五人は無言になる。

 

 オルトとスミスは何かをするつもりだ。それはわかっている。最悪の場合、五人には見せたくない結果も有り得るのだとも。

 

 以前に一度叩きのめしたとはいえ、こちらへの敵意を剥き出しにしていた『惑いの森』のエルフの生息領域テリトリーに入るのに、心配性のオルトがついて来なかったのである。

 

 現在、冒険者ギルドと帝国は交戦状態にある。水面下の交渉でも停戦に至っていない。本部の指示により、帝国エリアの全ギルド支部が閉鎖中。一部の支部長とは連絡が途絶えているという。

 

 ギルド長のヒンギスは、支部職員や冒険者達の安否確認を目的に、直接帝国へ乗り込む事も検討している。オルトは、その際の護衛にと打診を受けていた。

 

 謹慎中のSランクパーティー【華山五峰フラムピークス】の処分も宙に浮いたままだ。彼等の行動は紛う事無き『外患誘致罪』に相当し、死者も出ている。執行部会の論議は、厳罰一択だった。

 

 だが五人が気にかけているのは、別な事であった。

 

「……お兄様は明言しませんでしたが、ガルフさん達に会うのだと思います」

「そうね」

 

 フェスタが頷く。

 

 ネーナ達の友人である【禿鷲の眼】一行は、帝国内にいる筈だ。彼等は冒険者に偽装した帝国軍の密偵。敵対関係にある帝国と冒険者ギルド、双方に籍を置いている。

 

 普通に考えれば軍に従うだろう。オルトはそこを問い質すに違いなかった。お前達は敵か、味方かと。その場で戦いに発展する可能性もあるのだ。

 

「どうなるにせよ、私達も覚悟しないとね」

「はい……」

 

 落ち込みかけたネーナを見て、レナが話題を変える。

 

「ああ、でも。セドリックも帝国にいるかも。あいつがいるとややこしくなるかもなあ」

 

 唐突に出た名前を、ネーナは興味深げに聞き返す。 

 

「セドリックさん、ですか?」 

 

 レナは頷いた。

 

「そう、セドリック。あいつ一応、帝国の皇子だからね」

『ええっ!?』

 

 面識のあるネーナ、エイミー、フェスタが驚きの声を上げた。

 

「言ってなかったっけ? 三番目だか四番目の継承権持ちよ?」

「聞いてません……」

 

 以前にスミスが『セカンドプラン』の説明をした時、帝国の第三皇子も勇者パーティー入りを目指していたと話したのは覚えていた。だがネーナは、それをセドリックに結びつけて考える事はしなかった。

 

「親父とも兄弟とも折り合い悪いみたいで、自分からは皇子だなんて言わないからね」

 

 何か思い出したのか、レナが顔をしかめる。

 

「あたしが知ってるのは、あいつセドリックの母親が帝城の侍女だったって話くらい。スミスなら、もっと詳しいだろうけど」 

 

 帝国の現皇帝は齢六十に迫る老齢ながら、三十八年の治世で帝国の版図を大きく拡げ、『武帝』と称えられている。一方で女性に目がなく、後宮を増築した歴代でも唯一の皇帝であり、『好色帝』と陰で揶揄やゆする者も多かった。

 

「皇帝も皇太子も見境無い女好きでさ、あたしに『勇者パーティーの支援を切られたくなかったら妾になれ』って言ってきたからね。親子でよ?」

「まだ魔王が健在な時に、ストラ聖教の聖女にそれを言ったの?」

「そう。トウヤとバラカスが突っぱねてくれたけど」

 

 レナとフェスタのやり取りを、ネーナは苦々しい思いで聞いていた。数日前にニムスが、旧ゴルドン王国の王女も後宮入りを求められ、拒否して自害したと言っていた事を思い出す。

 

「宰相はギルド長に後妻になれって迫ったらしいし、そういう国なんでしょ。皇帝も皇太子も、相手に婚約者がいても夫がいても、お構いなしに召し上げるっていうし」

「……それは後宮も手狭になるわね」

 

 テルミナは呆れ、レナがゴホンと咳払いをする。

 

「セドリックは帝国の皇子で、冒険者でもあるって微妙な立場なの。トラブルに首を突っ込んで騒ぎを大きくするタイプだし、出来れば今は、帝国にいないで欲しいけどね」

 

 話が終わると、五人は再び無言になった。

 

 

 

 階段を下りきると、警備の冒険者達がいかめしい表情で立っていた。その中にいたレオンが、一行に声をかけてくる。

 

「行くのか」

「一仕事してからね」

 

 レナが気軽に応じた。

 

「レオンさん、私達が戻らなくても、後の事はお兄様にお願いしてありますので」

「そうか、恩に着る」

 

 レオンがネーナに礼を述べる。

 

「オルトと仲良くすんのよ?」

「チッ……努力はする」

 

 レナが茶化すと、レオンは嫌そうに舌打ちをした。やり取りを見ていた面々から笑いが起きる。一行は冒険者達に別れを告げ、階段を離れていく。

 

「レオンは結局、カリタスに残るのね」

「そういう事だよね、『あれ』を頼むのは」

 

 フェスタとレナの会話を聞きながら、ネーナは先日、レオンが宿舎を訪ねてきた時の事を思い出していた。

 

 

 

『どうしたらいいか、わからないんだ』

 

 

 

 レオンはネーナ達に頭を下げ、相談と頼みを持ちかけてきた。それは少々意外だったが、非常に好ましいものに感じられた。シルファリオにいた頃の彼からは考えられない行動であった。

 

 対応を一任されたネーナは頼みを快諾し、パーティーの女性陣と共にレオンの相談に乗った。チェルシーの見積りでは、『頼み事』に必要な準備期間は一月。ネーナ達がカリタスに帰還する時期でもあった。

 

 可能であれば、その場にいて自分の目で見たい。ネーナはそう思っていた。

 

 

 

 遠くを見れば高所に設置された照明が、砦と方舟の位置を示している。あたかも旅人を導く、夜空の星のように。

 

 地下とは言え、天井はランタンの灯りが届かない程の高さがある。殆どの建物が二階建てまでの迷宮都市では、しっかりと二箇所の照明を見通す事が出来た。

 

「あたしらは砦までの道中と、砦の中の安全を確かめればいいのね?」

「正確には、その部分について『方舟』にいる冒険者に伝えてから、私達は出発するの」

 

 レナとフェスタが、今後の行動を確認する。

 

 現状、人手の不足から、地下迷宮の探索や調査は『方舟』に限定されている。探索に関わる以外の冒険者は、『方舟』とカリタスへ上る階段の警備、地上のカリタス市街の復旧作業に充てられていた。

 

 ネーナ達【菫の庭園】は、単に地下から『惑いの森』を目指す訳ではなく、安全確認をしながら進むのである。砦から先の部分については、問題が無ければ帰還してから報告する事になっている。

 

 砦は帝国軍が撤退した時のままであった。資料を持ち出す為に冒険者が出入りしたのみで、外部の何者かが侵入した形跡も無い。『ジェイクの豆』の太いつるは完全に硬質化し、階段を封鎖していた。

 

 入念に砦の調査を行い、一行は報告の為に『方舟』へと向かった。

 

 

 

「ちょっと……あれは無いわね」 

 

 フェスタが眉をひそめる。

 

 広場に出来たクレーターの脇では、カップルと思しき男女が五組、仲睦なかむつまじく談笑していた。

 

籠絡ろうらくされてるなあ」

「はい」

 

 レナは呆れている。ネーナは無表情だった。

 

 この時間に『方舟』を調査しているのは、【月下の饗宴】と【野鴨戦団】だ。それぞれ女性のみ、男性のみの五人パーティーである。

 

 距離が近い。それがネーナの感想であった。女性側が身体を密着させ、男性側は拒まず満更でもない様子で頬を緩ませている。その距離感は恋人同士のものか、さもなくば寝技や関節技の間合いにしか見えない。

 

 フェスタが肩をすくめて頭を振り、ネーナは小さく頷く。

 

 近づいてくる【菫の庭園】一行に気づいた男女が、サッと離れる。バツの悪そうな相手に構わず、ネーナは歩み寄り一礼した。

 

「お疲れ様です、ご休憩中でしたか」

「あ、ああ」

 

 二つのパーティーを代表して、【野鴨戦団】のヤコブが応える。

 

「カリタスの地下迷宮入口から砦まで、そして砦内部の安全確認を行いましたが、特に異状はありませんでした。カリタス支部への報告を代行願います」

「了解した。あの――」

 

 報告と同時に背を向けたネーナに、ヤコブが声をかける。ネーナが振り返る。

 

「…………」

「大人の『恋愛』に、口を挟む野暮は申しません」

 

 何かを言おうとして口ごもるヤコブに、ネーナは『恋愛』の部分を強調した。

 

「では、私達はこれで」

 

 仲間達と共に、その場を離れる。一瞬だけネーナと目の合ったシンディは、すぐに顔を背けた。

 

 

 

「あの調子じゃ、じきにオルトにシメられるって。あたしらが何か言う必要は無いと思うよ」

「はい」

 

 レナに背中をポンと叩かれ、ネーナが頷く。

 

「オルトは取り付く島もないし、イリーナに色仕掛けしても仕方ないし。【野鴨戦団】に目をつけるのは自然な流れだけどさ。それにしたって、ニムス達が抜けてから一週間も経ってないのにね」

「浮気はだめだよ」

 

 エイミーは口を尖らせた。

 

 シンディ達【月下の饗宴】は、これまで同様自らの美貌を武器に、冒険者として上を目指す選択をした。その事については、ネーナは何も感じなかった。決断に伴う結果は、彼女達が甘受すべきものだからだ。

 

 ヤコブ達、新生【野鴨戦団】についても考えは同じ。ただ、こちらは不誠実だと思った。

 

 リーダーだったニムスは、自分達が義勇軍に参加するに当たり、パーティーを解散するつもりであった。それを残ったヤコブ達五人が希望し、存続させたのである。

 

 彼等には、帰りを待ちわびる恋人も家族もいる。シンディ達の誘いに乗れば、傍からどのように見えるかは考えていないようだった。【野鴨戦団】というパーティー名の由来や、そこに込められた思いも。

 

 今はなき祖国のシンボルを冠したパーティー名は、死んでいった同胞への手向けであり、苦境の中耐え忍ぶ同胞へのエールでもある。その事を思えばヤコブ達の行動は、ニムスへの不義理でしかない。

 

 ネーナには今のヤコブ達は、【野鴨戦団】の名を引き継ぐに相応しい冒険者だとは到底思えなかった。

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