閑話二十四 命令は絶対だ

 三人の男が、荒れ果てた街道を黙々と歩いて行く。

 

 馬車の古いわだちが地面に幾筋も刻まれ、かつては街道が賑わっていた事を示している。今は三人以外の姿は無い。

 

 先頭と二番目の男は剣を腰に帯び、最後の男は鉾槍ハルバードを担いでいた。それぞれが油断なく周囲に気を配り、歴戦の戦士といった雰囲気を漂わせている。

 

 三人の行く手には廃材や木箱、樽などでバリケードが築かれている。武装した兵士が数名いて、それ以外にもバリケード越しに三人を窺う気配が感じられた。

 

 一人がバリケードの上を指差す。

 

「見ろよ、あの旗」

 

 鴨と蓮をあしらったデザインの、大きな旗が立てられている。旧ゴルドン王国旗である事を、三人は知っていた。 

 

「そこの三人、止まってくれ」

 

 兵士に声をかけられ、三人は立ち止まる。荷物袋と武器を地面に置き、敵意の無い事を伝える。

 

「お前達が来た方向には、集落は無い。国境を越えてきたのか?」

 

 兵士に問われ、三人組の一人が答えた。

 

「俺はニムス。連れはダイソンとサーブだ。かつてはゴルドンの兵士だった。同胞と共に戦う為に、ここに来た」

「ニムスだって!? ヒーロ・ニムスか!?」

 

 バリケードの向こうで大声が上がり、兵士が一人、這い出してくる。その顔を見て、ニムスは笑った。

 

「老けたな、アレックス」

「ぬかせ、お前等ほどじゃねえ」

 

 新兵時代の仲間と再会し、四人は固く握手を交わす。アレックスと呼ばれた兵士が身元を保証して、ニムス達は詰所へ案内された。

 

「戦闘が激しいのは、この北の方だ。ここは前線に出た兵士が入れ替りで下がって、義勇軍の背後を警戒してるのさ」

「戦況は?」

「こっちが押してる。拍子抜けする程、帝国軍の士気が低い。今は敵基地を包囲して、南部一帯の水源を押さえようとしてる」

 

 出されたお茶を口に含み、ニムスは室内を見回す。

 

「ここは後方の詰所で、司令部は戦線の北上に伴い移動したんだ」

 

 反乱が起きて間もないとはいえ、困窮している様子は無い。兵士の武装も粗悪なものではなかった。

 

「一度、上の連中に会ってくれ。中々キレる奴もいるんだ」

 

 ニムス達の視線に気づき、アレックスが言う。

 

「驚いたか? 潤沢とまでは言えないが、戦闘を継続するだけの資金も物資もある」

 

 スポンサーとなっている商人からだけでなく、帝国外に逃れた同胞達も寄付を託したり、密入国して義勇軍に身を投じたりしているのだという。ニムス達の祖国だけでなく、これまで帝国に滅ぼされた国々の民が一斉に立ち上がったのだ。

 

 アレックスが吐き捨てる。

 

「帝国の奴等、ここまで恨まれていたなんて、思いもしなかったんだろうよ」

 

 ニムス達が冒険者を辞めてきた事を知ると、兵士達は驚き、残念がった。旧ゴルドン王国の民が、同胞であるAランクパーティー【野鴨戦団】の活躍で心を慰め、勇気を得てもいたのだと、ニムスは知った。

 

「いいんだ。エクウスの川に水が戻り、同胞が蜂起ほうきした。俺達が戦うには、それで十分だ」

 

 ニムスの言葉に、兵士達が涙する。

 

「先祖の土地を奪回し、黄金の小麦畑を取り戻して。涸れたエクウス川を再び水で満たしてくれた恩人を、『黄金色の勇者』で歓迎したいんだ」

「その話、聞かせてくれよ」

 

 アレックスと兵士達が前のめりになる。『その話』とは、エクウス川の事だ。

 

 帝国南部ではいにしえの勇者エクウスが再来したのだとまことしやかにささやかれていたが、その実態を知る者は義勇軍には少なかったのである。

 

 どうして川が甦ったのか、どうして帝国軍の抵抗が弱いのか、誰もが知りたいと思っていた。

 

「俺が見た訳じゃないが、その場で直接見た奴は大勢いる。帝国軍の兵士もだ。奴等の腰が引けてるのは、恐らくはそのせいだろうな」

 

 ニムスは早く前線に出たかったが、自らが持つ情報を義勇軍に伝えるべきだと思い直した。中にはギルド本部経由で得た、最新かつ精度の高い情報もあるからだ。

 

「『刃壊者ソードブレイカー』って二つ名の、若いが凄い男だ。英雄ってのは、ああいう奴を言うんだろうな――」

 

 ニムスは、アレックス達を前に語り始めた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「軍の密偵が張ってる。これ以上近づけば、気づかれるかもしれない」

 

 仲間のスカウトが告げる。セドリックは溜息をついた。

 

「……行こう」

 

 仲間達と共に、閉鎖されたままの冒険者ギルド帝都支部を離れる。

 

 路地を抜けて労働者達が暮らす下町へ。アパートメントの一室に入った五人は、漸く緊張から解放された。

 

 

 

 セドリックをリーダーとするAランクパーティー【真なる勇気】一行は、アルテナ帝国の帝都レネタールに滞在していた。

 

 元々、この町の出身であるセドリックが知人に顔を見せたら、すぐに帝都を離れる予定だった。いつもそうしているように。

 

 まずは冒険者ギルドの帝都支部に向かったが、閉鎖されていた。隣の雑貨屋の店主も、事情を知らずやって来た冒険者も困惑するばかり。

 

 セドリックは冒険者としての籍こそ帝都支部に置いているが、パーティーの活動拠点はリベルタだ。職員や冒険者との付き合いも無い。

 

 会いに行った知人の所で、漸く帝国が冒険者ギルドの管理地域であるカリタスに軍を向け、撃退された事を知った。職員の拘束を避ける為、ホットラインによる本部の指示で支部を閉鎖したのだとすれば、話の辻褄は合う。

 

 帝国の国土は広大で、中央から僅かに北寄りに位置する帝都まで、南部国境付近の武力衝突が影響を及ぼすには時間がかかる。帝都の様子は何も違和感が無く、ギルド支部の扉にも貼り紙など無かった為に、セドリックが事情を知るまでに時を要したのだった。

 

 

 

「おーい」

 

 

 

 不意に外から、呼びかける声が聞こえた。仲間達が一斉に扉を見る。

 

 室内の空気が緊張で張り詰める中、スカウトが足音を殺して滑るように扉の脇へ移動する。

 

 一度だけ内側からノックをすると、再び声が聞こえた。聞き覚えのある、若い男の声だった。

 

「俺だよ、ソイルだよ。手が塞がってるんだ」

 

 他に気配が無い事を確かめ、スカウトが仲間達に合図をした後、ゆっくりと扉を開けた。

 

「ごめんごめん、荷物が増えすぎてさ」

 

 大きな袋を抱えて、緑がかった髪色で細目の男が入ってくる。

 

 扉が閉まると、男は態度を改めてセドリックに頭を下げた。

 

「遅くなりました。少し町が騒がしくなっていまして」

「いや、助かっているよ。ソアラは息災か?」

「ええ。に会えず、残念がっていました」

 

 セドリックが頬を緩める。目の前のソイルは彼の乳兄弟であり、ソアラは乳母だった女性なのだ。

 

「町が騒がしいのは、冒険者ギルドと帝国軍の衝突の影響なのか?」

 

 問われたソイルが、少し考え込んでから頭を振った。

 

「なんでも、南部で反乱が起きたそうです。反乱軍が手強くて、避難を始めた一部の民が帝都に来ているみたいですよ」

「軍が抑えきれないのか……」

 

 セドリックの表情が、憂いを帯びる。争いにより今もどこかで、民が住処を追われて苦しんでいる。それを思うと、居た堪れない気持ちになった。

 

 ソイルは話題を変える。

 

「アニーケ様もお元気です」

「そうか、有難う」

 

 再び頬を緩めるセドリックに、ソイルは真剣な顔で訴えた。

 

「アニーケ様は、いつもセドリック様の身を案じておられます。一度でもお会いに――」

「それは出来ない」

 

 セドリックは、途中で言葉を遮った。

 

「私が離宮に行けば、母上の身に危険が及ぶかもしれない。その上今の私は、帝国と不穏な関係の冒険者ギルド所属だ。それに――」

 

 自分の顔を撫でながら、自嘲気味に言う。

 

「母上がどれ程お優しい方でも、年々あの男に似ていく私を見て、心穏やかでいられる訳が無い。母上を婚約者から奪ったあの男に――」

「セドリック様……」

 

 沈痛な面持ちのソイルを、セドリックは労った。

 

「お前とソアラが気にかけてくれるから、私は安心していられるんだ。いつも有難う」

 

 

 

 ソイルが部屋を出ていくと、それまで黙っていた神官服の女性が口を開いた。

 

「……宜しいのですか、セドリック?」

 

 セドリックは微笑んで頷く。

 

「母上は私を産み、懸命に育て、周りの悪意から庇ってくれた。それだけで十分だ。私は母上が健やかでさえあれば、それでいいんだ」

 

 女性は気遣わしげな視線を向けるも、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

『これは命令だ。お前の意思など関係無い』

 

 

 

 頭の中で、冷たい声が何度も同じ言葉を繰り返す。その度に心が深く抉られるような痛みを感じる。

 

 まるで幽鬼のようにフラフラと、往来を歩き続ける。関わり合いになりたくないのか、人々が避けて通り過ぎる。

 

「――ミアさん!!」

 

 突然、後ろから肩を掴まれた。ミアは緩慢な動きで振り返る。

 

 そこには心配そうに見詰めるショットと、修道服のシスターがいた。

 

 

 

 二人はミアを、教会の懺悔室に連れて行った。

 

「一体どこのゾンビかと思いましたよ」

 

 おしぼりで顔を拭くミアに、ショットが言う。シスターは、無神経な物言いを咎めるような視線を、ショットに向ける。

 

「何があったんですか」

「…………」

 

 ミアは答えない。

 

「お忘れのようですが、私は聖職者でここは懺悔室です。迷える子羊の悩みを口外する事はありません」

「……まるで、本物の司祭様みたい」

 

 少し調子が戻ったのか、辛辣な意趣返し。ショットは苦笑しながらも、内心では安堵していた。

 

「父親にね、退役と婚約を命令されたの」

 

 ミアは所属する冒険者パーティーの【禿鷲の眼】が帝都に戻って以降、子爵家の当主である父親と何度も話し合っていた。

 

 子爵にはミア以外の子は無く、事あるごとに跡継ぎとなる婿を連れてこいとミアは言われていた。だが、そんな気配を感じさせないミアに業を煮やして、折よく先方から申し出た縁談を持ってきたのである。

 

「母は父の言いなりだし。相手が伯爵家の令息で、繋がりが出来ると期待してるのね」

 

 想い人がいるとのミアの訴えは、全く聞き入れられなかった。

 

 昔から両親はそうだったと、ミアは思い返す。軍務省に入省して密偵に志願したのも、操り人形でいたくないというささやかな反抗であった。

 

「成程」

 

 ショットから言わせれば、『想い人』であるガルフが態度をはっきりさせれば、何の問題にもならなかった話だった。

 

 ガルフは今、軍務省の上層部から理不尽な叱責や要求を受けて大変な時期ではある。が、ミアの件はその前にどうにかしておくべきだったのだ。

 

 同じパーティーで煮えきらない二人を見続けて、いい加減にウンザリしていたショットは、ガルフに直談判した。

 

 

 

 ガルフは【禿鷲の眼】の拠点として使っている部屋に、パーティーメンバーを集めた。

 

 テーブルを囲む仲間の顔を見回す。

 

「ひとまず、帝国を離れよう。上層部が酷くてどうにもならん」

 

 ガルフは密偵として、【菫の庭園】について伝えられる限りの報告は上げていた。いくら親しくとも、相手はたまに出会うだけのパーティーなのだ。

 

 遠く離れた地から彼等が飛んできた事については不可抗力だが、カリタスの一件については明らかに帝国に非がある。それも、功を焦った軍務省情報局と軍研究所の自失で台無しにした形。

 

 その失点を挽回する為、情報局の幹部は【菫の庭園】と接点があるガルフ達【禿鷲の眼】に、帰順工作を命じたのである。ガルフが事前に「不可能だ」と報告しているにも拘らず。

 

「どうしたものか、考える時間すら無い」

「命令が出ているのでは?」

 

 ルークの問いに、ガルフが顔を顰める。

 

「今、大将の所に行って、一体何が出来る? 一度しくじって、次のチャンスをくれる相手か? ネーナの嬢ちゃん辺りを人質に取ったら、その時こそ帝国が終わる」

「……残念だな」

 

 ルークは呟くと、立ち上がって部屋の扉を開ける。そこには憲兵達が待ち構えていた。ガルフが唇を噛む。

 

「ルーク、お前……」

「命令は絶対だ。逃亡は許されんし、上官の子息の婚約者を国外に連れ出すなど、論外だ」

 

 憲兵が室内に突入する。ガルフとミア、ショットは、全く抵抗出来ずに拘束されてしまった。

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