第二百一話 気の済むまで悩んで、考えればいいさ

 地下の調査から戻った【菫の庭園】一行は、ギルド支部から宛てがわれた一軒家でくつろいでいた。

 

 既に入浴も夕食も済ませている。後は翌日に備えて眠るだけなのだが、全員が居間にいる。

 

 理由は、仲間達の中で浮かない顔をしているネーナにあった。

 

 

 

 調査を終えて帰還する途中、ネーナは暗く沈んでいた。

 

 タイミング的に、調査に同行した【月下の饗宴】の話が原因であろう事は、仲間達にも想像がついた。

 

 夕食の後に、エイミーがそれとなく――当のエイミーはそう思っているが、直球もいい所であった――問い質してネーナの心情を聞き、何に思い悩んでいるのかを知ったのだった。

 

 

 

 今までにも似たような理由で落ち込んだ事はあった。

 

 自分ネーナが恵まれているのは、いつも強く感じていた。

 

 王女に生まれ、食べる物にも着る物にも不自由しなかった。寒さに震えながら夜を過ごした経験も無かった。侍女や近衛騎士、家臣達に守られ、危険に晒された事も無かった。

 

 王女でなくなっても、二人の近衛騎士が家族のように、いや家族として傍にいてくれた。勇者の仲間達も行動を共にしてくれた。

 

 その力で、他者の干渉を拒める地位まで一気に駆け上がれたのである。

 

 もしも力が無ければ、自分もシンディ達のようにするしかなかったかもしれない。それすら及ばず、どんな目に遭っていたかわからない。

 

 自分には、シンディ達の取った手法を非難する事は出来ない。ネーナはそう思ってしまった。 

 

 要はネーナはシンディ達に同情し、自分の恵まれた境遇に後ろめたさを感じていたのだが、それを聞いた仲間達は共感する事は無かった。 

 

 

 

「――なんていうかさあ」

 

 頭の後ろで両手を組み、レナは椅子に座ったまま背中を反らした。

 

 豊かな胸が強調されるポーズに、慎ましやかなエイミーが悔しそうな顔をする。

 

「ネーナらしいとは思うけど。そこは気にしなくていいんじゃないの?」

「このパーティー自体、ネーナがいなければ存在していないのですから、引け目や負い目を感じる必要はありませんよ」

 

 レナとスミスが続けて言った。

 

 近衛騎士二名、勇者の仲間が三名、Sランク冒険者が一名。この不思議で、かつ規格外のメンバーは、ネーナがいなければ集まる事は無かったのだ。

 

 やっかみや無知でとやかく言う者はあろうが、仲間達はネーナの努力と成長を認めていた。【菫の庭園】に必要なピースである事も。

 

 

 

「彼女達が冒険者として活動していただけなら、何の問題も無かったけれど――」

 

 フェスタは【月下の饗宴】をバッサリ切り捨てた。

 

「ランクの昇格と維持の為に、腐敗したギルド幹部や外部の有力者の力を頼んでしまった。それにより不利益を受けた人達もいるし、処罰を免れたから、直接誰かを手に掛けた事がないから無関係だと言い逃れるのは難しいと思うわ」

 

 金品の授受が認められない、或いは【月下の饗宴】が性行為等の提供により優遇されたと認定出来る、記録や証拠が無い。そういった理由で、彼女達が厳罰に処される事は無かった。

 

 ある意味では政治的な力が働き、現在は捜査当局で取り調べを受けているブライトナー前総務部長、元Aランク冒険者のワドルといったギルド本部の不正の温床を糾弾した結果、彼女達の責任が軽く見られたとも言えた。

 

 だがシンディは、ワドルの素行の悪さを知りながら、行動を共にしていた。彼を利用する為に。

 

「ネーナやエイミーと顔なじみになった、リベルタの酒場の給仕の娘だってワドルの被害者ではなかった?」

「っ!」

 

 ネーナは言葉に詰まった。リベルタの酒場、『鉄鍋ゴング』で給仕をしているペギーという女性は、確かにワドルと何か関わりがあったようなやり取りをしていた。

 

 彼女は怖れをいだきながらも、ネーナとエイミーに絡んだワドルを毅然と注意したのである。そのペギーに対し、シンディへの同情を口に出来るのか、シンディと親しげな姿を見せられるのか。そう問われれば、ネーナは何も言えなかった。

 

 ペギーは絶対に、いい気分にはならないだろう。想像するまでもなかった。

 

「シンディ達がすり寄った相手を『災厄の大蛇グローツラング』に置き換えても違和感ないわよ?」

「それは――」

 

 話が飛躍し過ぎではないか。そうフェスタに反論しようとしたが、ネーナは後を続ける事が出来なかった。

 

 現実に前総務部長であるブライトナー、前経理部長のゴメス、元ヴァレーゼ臨時支部長のラスタン、元Aランク冒険者のワドルといったギルド本部の前主流派の面々が末端の職員や冒険者まで拘束され、厳しい取り調べを受けている。

 

 前冒険者統括のコンラートも、当局の出頭要請に応じて呼び戻された。ワドルに至っては『何者か』に襲撃されて、冒険者としては使い物にならない半廃人状態での尋問だ。他の部門長に比べて罪が軽く聴取に協力的であったリベックは、一足早く処分が決まっていた。

 

 横領背任収賄、傷害詐欺脅迫、強姦窃盗殺人まで、ブライトナー達の容疑は思いつく限りの罪状が並んでいる。犯罪組織である『災厄の大蛇』との違いは見出だせない。

 

 犯罪組織、反社会的勢力とは関係を断つ。利益を与えない。それが社会の不文律である。【月下の饗宴】は、そういった輩と自ら繋がりを持っていた。

 

「善人か悪人か、事情があるかどうかは関係ない。多くの人はルールを守り、他人に迷惑をかけないようにして暮らしてる。腹の中で何を考えていてもね」

 

 だからこそ社会は、少なくとも自分達に見える範囲の世界は、概ね平和なのだ。自制の効く悪人と理由さえあれば悪事を働く善人では、隣人としてどちらが適当かは言うまでもない。フェスタの言葉には説得力があった。

 

「どんな事情があろうと、目的を達する為に他人に割を食わせるやり方を選択したのは、間違いなく当人達よ。ワドルやブライトナーの力を頼んだ彼女達が、ワドル達の凋落によってリベルタに居場所を失ったのは自業自得でしかないわ」

 

 手厳しいフェスタの言葉に、レナは肩を竦める。 

 

「善悪の話については、あたしら菫の庭園も結構強引な事やってるから言えないけどさ。あたしから言わせたら、好きでもない男と寝るのが辛かったって愚痴ってるだけにしか見えないんだよね、あいつら月下の饗宴

 

 確かにオルトへの謝罪はあった。自分達月下の饗宴の目論見がが失敗して立ち行かなくなったから。オルトが圧倒的な格上だと知ったから。でなければ謝罪などしなかったのではないか。レナはそう続けた。

 

「穿った見方をすれば、今度はオルトに取り入る為に来たんじゃないかって。そう思う人もいるでしょ」

「そんな……」

 

 ネーナは絶句した。

 

 今日のシンディ達の話を聞く限り、彼女達は自分達の行動がどれだけの人に迷惑を掛けたか、不利益や被害を与えたか理解出来ていないのではないか。それがレナとフェスタの率直な感想であった。

 

「公的な処罰以外の私的な制裁やら、全く無関係な第三者によるリンチは論外だし、リベルタにいたらそうなりかねないよね。だからあたしは、シルファリオに来ればいいってシンディ達に言ったけど――」

「彼女達が嫌われたり白い目を向けられるのは、それなりの理由があるわよ。そこは時間をかけて、自分達で払拭して貰わないとね」

 

 ネーナは何も言い返せなかった。自分が【月下の饗宴】に同情的で、彼女達の責任についての認識が甘すぎたと自覚せざるを得なかったからだ。

 

 

 

「――恐らくですが」

 

 ずっと黙っていたスミスが、口を開いた。

 

「エルーシャ支部長が【月下の饗宴】をカリタスに送り込んだのも、その辺りを考えたのかもしれませんね」

「どういう事?」

 

 話の飲み込めないレナが尋ねる。

 

「私達がとやかく言っても、シンディさん達には響かないでしょう。でもこのカリタスには、彼女達を優遇した側で、当時の部門長の一人がいますから」

「あっ」

 

 ネーナが声を上げる。

 

 ギルド本部の前人事部長、現カリタス支部長のモアテン・リベック。ギルド本部の腐敗をよく知る彼と話したならば、【月下の饗宴】の面々も否応なしに、自分達の罪と向き合う事になる。

 

「オルトもレベッカさんもいますから、大事にはならない。エルーシャさんはそう考えたのでしょう」

「いやあ、あのエルーシャだからね。オルトへの謝罪はさせたかったんじゃないの?」

 

 レナのツッコミに、スミスが苦笑を漏らす。さにあらん、と仲間達も納得した。

 

 

 

 ネーナは一人、落ち込んでいた。

 

 気の毒だと思っていた事は、視野を広げれば因果応報でしかなかった。

 

 指摘を受けるまではシンディ達が加害側だという事実が頭から抜けていたし、彼女の謝罪を受けたオルトの反応を冷淡だと感じていたのだ。

 

 オルトは単に、自分に対してのみ為された謝罪を評価しなかっただけ。だから謝罪そのものは受けて、距離を置いた。

 

 彼を知る者達には、それがメッセージとなる。【月下の饗宴】に対して邪険にはせずとも、必要以上に関わる事は無いだろう。少なくとも、彼女達が自ら汚名をそそぐまでは。

 

 浅慮だった。ネーナはそう痛感していた。

 

 

 

「ところで、『お兄様』は何してんの?」

 

 レナが背もたれに身体を預け、椅子を斜めに傾ける。

 

 オルトは壁に向かって床に座り、剣を傍らに置いて何やら作業をしていた。カリカリジャリジャリと、小さな物音が絶えない。

 

「可愛い妹が凹んでるのにさあ」

「フェスタがいるし、レナも珍しく真面目に話してるからな。心配してない」

「あたしは常に真面目なんだけど!」

 

 サラッと毒を吐きつつ作業を続けるオルトに、レナは唇を尖らせた。

 

 パチン、パチンと、何かを弾くような音がする。

 

「こんなものかな」

 

 オルトが立ち上がり、しょげかえるネーナの手を取って、完成したばかりの自信作を握らせる。

 

「はわっ!?」

 

 ネーナは目を丸くし、オルトの顔を見上げた。フェスタがネーナの手元を覗き込む。

 

「あら、お手製のスリングショット?」

「調整と仕上げは後でな」

 

 オルトは微笑んだ。

 

 切り出し、削ったY字のフレーム。木のグリップには厚めの皮が巻かれて、小さめのネーナの手に丁度いい太さだ。倒せばポーションや香水の小瓶でも飛ばせそうである。

 

 ネーナの落ち込んでいた気分は、どこかへ吹き飛んでいた。

 

「嬉しいです!」

「悩んだり、モヤモヤした時には、ひたすら的を狙って気分を変えるのもアリだぞ」

 

 レナが本心から羨ましそうに言う。

 

「いいな〜、あたしも欲しいな〜」

「エイミーのが先だぞ」

 

 オルトはテーブルに突っ伏して眠るエイミーを抱き上げた。ウキウキしながらスリングショットのゴムを引くネーナと目が合う。

 

「気の済むまで悩んで、考えればいいさ。それだけの時間はあるし、俺達の考えが正しいとは限らないんだ」

「はい」

 

 部屋を出ようとするオルトに、フェスタが声をかける。

 

「もう休むの?」

「明日も大変そうだしなあ」

「ああ、そうねえ」

 

 二人のやり取りに、レナが首を傾げた。

 

「そうだっけ?」

 

 オルトは立ち止まり、やれやれといった表情で振り返る。

 

「もう一人いるだろ、悩んでるのか凹んでるのかわからん奴が」

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