第二百話 謝罪は受け取った

 酒宴の翌日、【菫の庭園】一行は『迷宮都市』コスワースにいた。目的は『方舟』、そしてコスワース北部の調査である。 

 

 

 

 現在のカリタスは、市街とギルド支部の復旧を急ぎながら、帝国軍の来襲を警戒する状況にあった。

 

 ギルド長ヒンギスによれば、冒険者ギルドとアルテナ帝国の交渉は、まだお互いの主張をぶつけ合った所。ともに一戦も辞さない構えを崩しておらず、表向きは全面戦争手前での駆け引きが続いている。 

  

 ギルド側が帝国との直接の窓口となる帝都支部を除き、帝国国内の支部を全て閉鎖しているのに対し、帝国に大きな動きは無い。

 

 帝国軍と帝国騎士団の動向。帝国南部の情勢。さらに帝国がギルド関係者の拘束に踏み切っていない事から、ギルド側は帝国軍のカリタスへの攻撃は無いと踏んでいた。

 

 そこへシルファリオからの支援チームが到着し、カリタス防衛や治安維持で身動きの取れなかった【菫の庭園】がフリーになった。【野鴨戦団】やイリーナ達、戦闘能力を重視した人選から、チームを編成したエルーシャの意図は明確に読み取れた。

 

 ここで漸く、差し当たって最大の懸案である『迷宮都市』と『方舟』の探索に着手出来る環境が整ったのだった。

 

 

 

 

 

「はわぁ、凄いです……」

 

 ネーナが口に手を当て、感嘆の言葉を漏らす。その視線は、少し離れた場所で『方舟』内部を調査中の冒険者達に向けられている。

 言葉にはしないものの、他の【菫の庭園】メンバーも同じ感想を抱いていた。

 

 スカウトと魔術師が声を上げる。

 

「――扉の周囲に、機械的な罠は見当たらないよ」

「魔術的なものも発見出来ません」

 

 報告を受け、首から画板を提げた女性が何かを書き込み、指示を出す。

 

「では、キムが扉を調べて下さい。シンディはサポートと警戒を」

『了解』

 

 返答の声が揃う。

 スカウトが短剣で軽く扉を突き、その扉に手や耳を当てる。

 

「こっちも罠は無いけど、ロックされてる。鍵かコードの入力が必要なタイプ」

「手持ちのキーは使える?」

「合わない。でも継ぎ目がある」

 

 扉の右端を指でなぞり、そこに楔を打ち込むと、掌ほどの大きさのパネルが外れた。

 奥のレバーを倒してから扉と壁の隙間に、バールのようなものをねじ込む。それを二度三度と左右に振って隙間を広げた。

 

「オーケー、開いたよ」

 

 スカウトの声に、シンディは【菫の庭園】一行を振り返った。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「お見事でした」

 

 一日の探索を終えて『方舟』を出ると、スミスが【月下の饗宴】の面々を労った。

 

「あたしら、扉や仕掛けの処理は雑だからね。勉強になったよ」

 

 レナも同意するように頷き、シンディ達が恐縮する。

 

 カリタスへ帰還する前に一休みしようと、一同は思い思いの場所に腰を下ろした。

 

 探索系依頼の経験が少ない【菫の庭園】は、冒険者としての活動期間もそう長くない。スミスやレナ、エイミーのいた勇者パーティーも、足を止めて悠長に罠や鍵の解除をする事は無かった。

 

「今までの所、そう難しい事は無かった。防衛機構がゴーレム等の守護者と隔壁によるものだったから」

 

 シンディが危険は少なかったと謙遜して、傍らに視線を向ける。そこに存在していた神殿風の上屋は跡形も無く、代わりに中心部に大穴の空いた直径百メートル程のクレーターと、吹き飛ばされた大小の瓦礫があった。

 

「レナが張り切っていましたからね」

 

 スミスの言葉にレナの目が泳ぐ。以前に神殿と『方舟』の入口と、守護者の大半を破壊した張本人だからだ。

 

 ともすれば地下の空間を崩壊させ、地上のアルテナ帝国南部にすら被害を出しかねない一撃を繰り出したレナは、スミスから大目玉を食らっていた。

 

 その甲斐あって、と言うべきか。『方舟』の調査に護衛としてやって来た【菫の庭園】は全く出番が無かった。

 

「それにしても、【月下の饗宴】の皆さんの仕事は素晴らしかったです」

「そうね」

 

 ネーナがシンディ達を称賛し、フェスタも同意する。【月下の饗宴】の五人は再び恐縮した。

 

 支援チーム団長のレベッカから、エルーシャが自ら編成に入れた冒険者なのだと聞いていた。実力を疑っていた訳ではないが、【月下の饗宴】が探索者シーカーとして真価を発揮するパーティーだとは、ネーナも知らなかった。

 

 ヴァレーゼ支部で一悶着あったものの然程印象に残っておらず、美女揃いだがあまり良い噂の無い、上昇志向の強いパーティーという印象しかなかったのである。

 

 それだけに、このコスワース探索初日で彼女達が見せたパフォーマンスの高さはネーナにも他の仲間にも衝撃であった。

 

「エルーシャからは何て言われたの?」

 

 レナが問うと、シンディの表情が硬くなった。

 

「支部長からは、『貴女達のするべき事と求めるものがカリタスにある』と」

 

 二人のやり取りを聞いたネーナは、内心で首を傾げる。

 

 恐らくエルーシャは、【月下の饗宴】の実績と経歴を知った上で能力を評価し、カリタスに送り込んだ。探索系冒険者が活きる場所、『迷宮都市』コスワースがあるから。

 

 それが『するべき事と求めるもの』なのだろうか? ネーナの疑問の答えは、すぐに明かされる事になった。

 

「『刃壊者ソードブレイカー』、いや、オルト・ヘーネス」

 

 シンディが勢い良く立ち上がり、オルトに深々と頭を下げる。他の【月下の饗宴】メンバーも慌ててシンディにならった。

 

「ん?」

「今更だが、ヴァレーゼ支部での事、申し訳なかった」

 

 困惑するオルトに、シンディが謝罪を述べる。

 

 ネーナには腑に落ちた。シンディ達の『求めるもの』が実力を発揮出来るコスワースならば、『すべき事』はオルトへの謝罪なのだと。

 

「そう言えばオルト、ヴァレーゼ支部で何があったか知らないんじゃない?」

 

 オルトの困惑の意味を読み取り、フェスタが指摘する。

 

 シンディ達がヴァレーゼ支部を訪れた時、オルトは単騎でアオバクー・ダンジョンの『溢れ出しオーバーフロー』に対処していたのである。

 

 当時のラスタン臨時支部長はオルトに支部から連れ出されていて、それを回収した【月下の饗宴】と面識はあった筈だが、オルトは全く覚えていなかった。

 

 当然、シンディ達がオルトの行動について虚偽の報告をし、自分達の評価を上げようとした事もオルトは知らない。

 

 

 

「――ふうん」

 

 

 

 ネーナからそれらの説明を受けたオルトの反応は、非常に淡白なものであった。

 

 オルトにとっては自分にも仲間にも実害は無く、許すも許さないも無いのだ。

 

「まあ、謝罪は受け取った。そういう話なら、カリタスに来るまでの道中も針のむしろだったろうしな」

「……はい」

 

 シンディが神妙な表情で応える。

 

 今回カリタスに来た支援チームのメンバーは、ヴァレーゼ支部でオルト達【菫の庭園】と苦楽を共にし、恩義や厚意から参加を決めた者が大半である。

 

 オルト不在の【菫の庭園】と【月下の饗宴】のやり取りも直接目にしており、平素のシンディ達の『悪い噂』もある程度の事実を含んでいると知っている者達だ。

 

 誰も自分達に良い感情を持っていない。そのような中で過ごし、シンディ達の居心地が悪くない訳が無い。それでも来て仕事をし、謝罪をした。オルトはその心持ちを汲んだのだった。

 

 そのオルトが立ち上がり、【月下の饗宴】の面々を見下ろす。

 

「俺は構わん。だがお前達がこれまで、直接間接に不利益を与えてきた者が全て同じ反応をするとは限らん。反省を認めて貰えないと半端に心を折るんだったら、惰性に任せ転がり落ちてクズをやってた方が楽だぞ。ここカリタスには幾らでもそんな奴がいる」

 

 立ち去り、離れた場所で腰を下ろすオルトを、フェスタが追いかける。

 

「厳しいねえ」

 

 項垂れるシンディ達を見て、雰囲気を和ませるようにレナがおどけた。

 

「……嫌われてしまったか。当然だな」

「それは違います」

 

 自嘲をネーナにキッパリと否定され、シンディは驚いた顔をする。

 

「一喜一憂するなと、見返りを期待すれば自分が苦しいだけだと、自分を信じて進めと、お兄様はそう伝えたいのだと思います」

「……厳しいな」

「ご自身にはもっと厳しい方ですから。でもお兄様は、決して弱い人を馬鹿にしたりしません」

 

 ネーナの視線の先には、フェスタと寄り添うオルトの姿があった。

 

 オルトとて、どこで道を踏み外してもおかしくない半生を送ってきているのだ。その事をネーナは知っている。

 

 

 

「私達は、アオバクーダンジョン入口で戦うオルトの姿を見た。かつて君達に指摘された通り、彼は戦い続けていた」

 

 シンディ達【月下の饗宴】がダンジョンに到着した時、オルトはラスタンを庇いながら、無数の敵を撃退していたという。

 

「私達は、あの黒鳥人を二体相手取るのが精一杯だった。逃げる間もなく敵に囲まれて、死が頭をよぎった」

 

 次の瞬間には、シンディ達の周囲の敵は全て消し飛んでいた。オルトは、ロープでハムのように縛られたラスタンを地面に転がすと、彼女達の背後を指し示した。

 

『ヴァレーゼ支部に行けば、俺の仲間達がいる』

 

 オルトは撤収するよう言い残し、見える敵をあらかた斬り伏せてダンジョンに飛び込んで行った。

 

「凄まじい戦いぶりだった。私達は恐ろしくなって、ラスタン臨時支部長を回収し、逃げるようにその場を離れた」

 

 

 

 シンディが告げたのは、ネーナ達も知らない、一人で戦うオルトの姿だった。

 

「恐ろしさを感じると同時に嫉妬したよ。私達がどれ程望んでも手に入らない強さを、彼は持っていたのだから」

 

 当時のシンディは、文字通り身体を張ってパーティーに繋ぎ止めていたAランク冒険者のワドルを、不祥事で追放した後。同様に、パーティーメンバー達が関係を持っていたギルド本部の幹部達も、背任等の容疑で拘束されていた。

 

 なりふり構わずオルトを貶め、自らの手柄としてAランクを維持しようとしたが上手くいかず、結局【月下の饗宴】はランク降格となったのである。

 

「馬鹿な事ばかりしてきた。【月下の饗宴】は有力者や権力者と『寝て』優遇されたと噂されているが、それは事実だ。Aランクに上がる為に、ワドルの情婦のように振る舞ったりもした」

「お世辞にもAランクを目指せるパーティー構成じゃないものね。剣士、スカウト、魔術師が二人、もう一人はバッファー兼ポーター兼マッパーかしら?」 

 

 Sランクパーティーに所属していたテルミナが、厳しく指摘をする。明らかに戦闘能力において、ワドルを欠いた【月下の饗宴】はAランクには足りなかった。

 

「それでも、この五人でやってきたんだ。ずっと」

 

 シンディの仲間達も頷く。そこには彼女達にしかわからない絆があるのだと、ネーナは察した。

 

 今日の働きを見れば、【月下の饗宴】が優秀な『探索者』である事は明らかだ。だが現状のギルドの昇格システムでは、探索系に限定すると、事実上Bランクで頭打ちになってしまう。

 

 難度の高いダンジョンも探索系依頼も、数が少ないのである。ダンジョンとなれば、結局戦闘能力が要求される。仕方ない事ではあるが、シンディ達には不利な条件だった。

 

「限定は諦めて、ワドルのような男やギルドの幹部に媚も身体も売ったよ。それも無駄に終わったけれど」

 

 シンディは力なく言った。

 

「私達は悪い噂に事欠かない。本部でも居場所が無くなって、拠点を変えなければならなくなって。そんな時、エルーシャ支部長が声をかけてくれたんだ」

「エルーシャとの伝手が出来たなら、そう悪い事にはならないと思うけど。何ならシルファリオに来れば?」

 

 住む所もあるし、とレナが勧める。

 

「支部長もそう言ってくれたけれど……」

 

 シンディがチラリとオルトを見る。それをレナが笑い飛ばした。

 

「あれね、別に怒ったり嫌ったりしてる訳じゃないから。心配しなくても大丈夫」

 

 安堵する【月下の饗宴】の面々。

 

 

 

「ネーナ、元気無いよ。どうしたの?」

 

 途中から口数が減ったネーナに、エイミーが気遣わしげに声をかける。

 

 だがネーナは、何でも無いと頭を振るのだった。

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