第百九十八話 道を誤るとは、そういう事だ

『ヘーネス兄妹広場』に、シルファリオからやって来た支援チームが到着する。

 

「オルト、勝負――」

「オ゛ル゛ト゛さ゛〜ん゛!!」

 

 馬車から飛び降りるなり、オルトに向けて大剣を突きつけようとしたイリーナの横から、人影が飛び出した。

 

 人影はタックルするような勢いでオルトの腰にしがみつき、号泣する。

 

「ゔわ〜ん!! オルドざ〜ん!!」

「お、おう。久しぶりだな、レベッカ。元気だったか?」

「嬉じいでず〜!!」

 

 噛み合わない会話。困惑を隠せないカリタスの面々に対し、はるばる馬車で駆けつけた支援チームは、レベッカと困り顔のオルトを見比べて大笑いしている。

 

 支援チームの顔触れは、大半がネーナの見知った者達であった。カリタスがどのような場所か、どのような状況にあるか知った上で、危険を顧みず来てくれたのだ。ネーナは感謝の念で一杯だった。

 

 ヴィオラ商会の大番頭であるチェルシーが歩いて来るのを見つけ、ネーナの顔もほころぶ。

 

「チェルシーさん!」

「オーナー、お元気そうで安心しました」

 

 チェルシーは支援物資調達の責任者としてチームに同行し、道中立ち寄った町で受け入れる物資の管理をしてきたのだという。今後は支援チームとは別行動となり、一足先に帰って商人目線のカリタス情報をフィードバックする事になる。

 

「オーナーにお手紙を預かってきましたよ」

 

 チェルシーから手紙の束を受け取り、ネーナは差出人の名前を見る。

 

「ファラさん、ジェシカさん、マリンさん、メルルさん、セシリアさん、それから、ろーら……ローラちゃんですか!?」

「はい。オーナーにお手紙を書きたいと、たくさん練習していました」

 

 チェルシーはネーナへの挨拶を済ますと、レナと何やら話し込み、さらにカリタス支部長のリベックの所へ行った。ネーナは再び、手元に視線を落とす。

 

 薄いオレンジ色の便箋に、たどたどしい文字で『ネーナおねえちゃんへ ローラより』と書かれている。

 

 ローラもその母親も、読み書きと計算が出来なかった。極度の貧困が教育の機会を奪っていたからだ。ヴィオラ商会で働くようになった二人は、仕事に必要という理由ながら、勤務時間の一部を充てて学び始めたのである。

 

 ネーナもシルファリオにいる時には二人の勉強を見たりしたが、その時のローラは短い単語を書くのが精一杯だった。

 

 すぐに封を開くのが勿体なく思えて、ネーナは手紙をポーチに仕舞い、ぼんやりと立ち尽くしているイリーナの下へ歩み寄った。

 

「イリーナさん、クロスさんも遠い所をご苦労様です」

「あ、うん。久しぶり、ネーナ」

 

 オルトと勝負し損ねたイリーナが、拍子抜けした様子でネーナに挨拶を返す。メラニアとジャックを探すネーナの視線に気づき、今回はクロスと二人だけの参加なのだと言った。

 

「『ガスコバーニ』って大きなクランがシュムレイ公国を拠点にしたし、ヴァレーゼ自治州のギルド支部を増やす計画も進んでいるから、メラニアは勉強中なの」

 

 イリーナ達【運命の輪ホイールオブフォーチュン】の四人が同じ町の出身なのは、ネーナも知っている。生まれ育った町を活気づける為に、クランを設立して拠点にしようとしている事も。

 

 クラン設立条件のBランク冒険者になり、運営に関する知識を得る場にも恵まれた。クランを起こせば中心的に実務を取り仕切るであろうメラニアにとって、またとない機会である。

 

「暫くパーティーとしては動いてなくて、二人でシルファリオに遊びに来てたの。そしたら、エルーシャ支部長が支援チームを派遣するっていうから」

「というか、僕達最初から頭数に入ってたよね」

 

 クロスが苦笑しながら説明する。

 

 シルファリオ支部に呼び出されて行ってみると、イリーナ達の担当職員であるロッシから連絡が入っていたという。支援チームに加わる意思があるならば、北セレスタ支部から向かっている【明けの一番鶏】の三人と臨時パーティーを組んで欲しい。リーダーのメラニアには話を通してあると、そのような内容だった。

 

「そりゃもう、二つ返事よ」

「有難うございます、イリーナさん」

 

 胸を張るイリーナ。だがネーナには、心なしか元気が無いようにも見えた。

 

 常に行動を共にしているパーティーメンバーで、幼馴染でもあるメラニアとジャックが、今回はいない。ネーナはそれが理由だと推察し、後でメラニアへの手紙を託そうと考えた。

 

 

 

 チェルシーが人足兼護衛に雇った冒険者に指示し、支援物資を第三シェルターへと運んで行く。支援チームの職員や冒険者は説明を受ける為、アイリーンの案内でカリタス支部へと向かう。

 

 カリタス住民の注目を集めているのは、Aランクパーティー【野鴨戦団】だ。ヴァレーゼ自治州の都市ダンツィヒを『災厄の大蛇グローツラング』から奪還した猛者だが、それ以前から多くの実績を挙げている著名なパーティーである。

 

 もう一組、注目度では彼等に負けていないパーティーもいる。女性ばかり、それもいずれ劣らぬ美女五人組の【月下の饗宴】。彼女達は【野鴨戦団】同様、ヴァレーゼ支部においてネーナとも関わりがあった。

 

 その彼女達は周囲からの視線を気にして、居心地の悪そうな様子で立ち尽くしている。ヴァレーゼ支部で見た、ネーナの記憶にある彼女達の姿とは全く重ならなかった。

 

 オルト達が睨みを効かせるようになり多少マシにはなったが、そこはカリタス住民。不躾に下卑た視線を向ける者もいる。その上【月下の饗宴】自体も、良くない意味で名が知れているのだ。

 

「ネーナ」

 

 傍らを見ると、エイミーがいた。二人は微笑み合い、【月下の饗宴】リーダーであるシンディの元に駆け寄る。

 

「シンディさん、【月下の饗宴】の皆さん、ご苦労様です。ギルド支部で説明があるそうですから、ご案内します」

「こっちだよ〜」

「え? え?」

 

 二人に手を引かれ、戸惑いながらシンディが歩き出す。他のメンバーもシンディと同じような表情で後に続き、その場を立ち去った。

 

 

 

 ネーナ達の様子を見ていたレナが、何故か得意気な顔をする。

 

「今の見た、オルト? 二人とも良い娘過ぎない?」

 

 オルトは深く頷いた。

 

「本当に、レナの影響を受けなくて安心してるよ」

「何よそれ!? 避けんな!!」

 

 レナの鋭いローキックをヒョイと躱して、オルトもスタスタ歩いて行く。フェスタとスミスは、一足先にネーナ達を追っていた。

 

「支部長と話してくる。そっちは頼むぞ」

「……わかってるわよ」

 

 頬を膨らませるレナ。その肩を、まあまあと宥めるようにテルミナが叩く。

 

「――わかってるとは思うけど、念の為に言っておくわ」

 

 レナは真顔に戻り、広場に残っている者達に語りかける。

 

「今までのカリタスとは違うからね。支援チームの人に何か粗相があったら、やらかした奴は、そこで終わりよ」

 

 あえて誰にとは言わず、ドスの利いた声で釘を刺す。【月下の饗宴】に嫌らしい視線を向けていた男達は震え上がった。

 

 レナはそれだけ言うとテルミナと共に、第三シェルターに向かったチェルシー達を追いかけるのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 支援チームが到着するなり、早急に対処すべき問題が浮き彫りになった。それに気づいたオルトは、すぐにギルド支部と住民の代表を呼んで問題提起をした。

 

 カリタスという場所の特殊性に、半月ほど滞在していた【菫の庭園】メンバーは慣れてしまっていた。実力を示して一目置かれており、メンバーは必ず複数名で行動している。ネーナも常にオルトの傍にいて、トラブルに巻き込まれた事は無い。

 

 だが半月前まで、カリタスは無法地帯も同然だったのである。職員や冒険者を含めた住民の大半は、何かしらの瑕疵かしがあってカリタスにいる。

 

 性犯罪や傷害、殺人すら決して他人事ではなかった場所で、外から来た支援チームの人間が自由に動き回れば、無用なトラブルを呼びかねない。

 

 オルトの問題提起に、カリタス住民側の反応は芳しくなかった。当然である。面と向かって「信用出来ない」と言われたのだから。

 

 オルトは強硬に押し切る事はせず、言葉を尽くした。

 

 希望を持つのは結構、だが自分オルトと同じような反応を、他の者がしないと言い切れるのか。希望が崩れた時、カリタス住民は耐えられるのか。

 

 現在拘束されていないカリタス住民は、『カリタス事変』の厳しい状況の中でも人として正しい選択をした者である。同時に、それ以前の機会に選択を誤った者でもある。どちらも事実であり、消す事も相殺する事も出来ない。『道を誤る』とはそういう事だ。

 

 誰かに認められたいならば、多くの結果を示して待て。今回の支援チーム受け入れは、その第一歩だ。支援チームが一月の間、滞りなく業務をこなして無事に帰還して初めて、次の機会が生まれる。

 

 オルトにそう言われたカリタス住民は、誰も反論出来なかった。

 

 最終的にカリタス支部長リベックの決断で、支援チームの職員と冒険者、そしてチェルシー達サポートメンバーに注意喚起と行動制限がかけられる事になったのである。

 

 

 

 その後に行われた支援チームへの説明会では、行動制限はすんなり受け入れられた。ヴァレーゼ支部の起ち上げに関わった職員にとっては、支部のあるカナカーナの町の、当初の治安の悪さを思い起こせば納得出来る話だった。

 

 支援チームの面々、そして同行しているチェルシー達も、既に会議室を出ている。これから一月を過ごす事になる宿舎に案内されているのだ。宿舎は二十四時間体制で警備され、入居者以外の出入りは厳しいチェックを受けるという。 

 

 

 

「スッキリしませんか?」

 

 

 

 会議室の後ろの席でボンヤリと座っているネーナに、スミスが声をかけた。ネーナは言葉を探し、頭を振って短く応えた。

 

「わかりません」

 

 ネーナの目は、カリタス支部長のリベック、ヴァレーゼ副支部長の立場から支援チームの団長を任されているレベッカと話し込むオルトに向けられていた。

  

「カリタスの人はガッカリしたでしょうね。でも先にオルトに言われて、浮ついた気持ちは無くなったと思うの。心構えも出来たでしょうし」

 

 フェスタがネーナの左隣に腰を下ろす。レナはデスクに腰掛けた。

 

「普通に受け入れて貰えると思って、実際にドン引きされてダメージ受けるよりマシでしょ」

 

 ネーナもそれは尤もだと思った。

 

 正直に言えば、ネーナは少しだけ、カリタス住民に共感していた。だが自分達を手助けに来てくれたレベッカやチェルシーの覚悟を思えば、オルトの判断は妥当だった。

 

 エルーシャやファラがカリタスへ人員を送り込んだのは、職員や冒険者が支援チームへの参加を決めたのは、オルト達がトラブルを抑えてくれると信頼しての事。それを裏切る訳には行かない。

 

「結果的に問題が起きなければ、誰も悪い人にならずに済みます。道徳心に訴えるだけでなく、問題が起きる余地を無くす事も重要です」

「今回何か起きれば、次は無いものね」

 

 テルミナがスミスに同意する。エイミーは思考を放棄し、デスクに突っ伏している。

 

「大丈夫よ。ネーナとエイミーは、とりあえずオルトの傍にいなさい。そしたら誰も悪さしようなんて思わないから」

「なあに?」

 

 フェスタに名前を呼ばれたエイミーが、話も掴めないままムクリと起き上がる。仲間達が笑う。

 

 ネーナもクスリと笑った。

 

 言われるまでもなく、オルトの目の届かない場所でトラブルに巻き込まれる方が迷惑をかける事を、ネーナもよく理解している。

 

 それ以前にネーナ自身が根拠も無く、オルトから離れなければ道を誤らずにいられるのではないかと、そんな風にも考えていた。

 

 オルトの傍にいる時間は、ネーナ・ヘーネスにとって、この上なく安心出来る時間であった。

 

 

 

 不意にエイミーが、会議室の扉に顔を向ける。

 

「だれかくるよ」

 

 言い終わると同時に扉が開いた。

 

 会議室に入って来たのは、Aランクパーティー【野鴨戦団】のリーダー、ヒーロ・ニムスであった。

 

 ニムスの視線は、会議室の前で話し込むオルトを捉えていた。

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