閑話二十三 一発ならば、誤射かもしれない
ある者は物言わぬ
『
剣士は目の前の敵に、傲然と言い放つ。
…………
水晶球の中の像が消える。静まり返った部屋の中で、五つの溜息が重なった。
「無理。五人がかりでも蹴散らされる」
「笑うしかないわよね」
Aランクパーティー【
水晶球の映像は、オルトがカリタスで起きた反乱の『表向きの首謀者』であるBランクパーティーの【
「アケッチとやらは、明らかに見せしめとして斬られたな」
「女性を人質にしてたし、全く同情出来ないけどね」
ブルーノとリチャードが話す横で、サファイアはポカンと口を開けたまま固まっていた。それに気づいたマリンが声をかける。
「サファイア、どうしたの?」
「どうしたも何も……」
まだ【四葉の幸福】にブルーノが加入する前、サファイア達は【天地無用】と同じ支部にいたのである。素行が悪くBランク止まりではあったが、間違いなくAランクに遜色ない実力を持つパーティーであった。
そのパーティーを一蹴したオルトに、サファイアは戦慄していた。マリンが
「オルトさんにサファイアが噛みついたの、アーカイブ支部では伝説になってるらしいわよ」
「やめてくれマリン……過去に戻れるなら、殴り倒してでもあの時の自分を止めたい」
忘れたい過去の黒歴史を蒸し返され、サファイアは頭を抱えた。
サファイア達が心身共に追い込まれていた時の出来事であり、謝罪も済んでおり、そもそもオルトはもう覚えていない。だが生真面目な彼女は、今も気に病んでいたのである。
あまり苛めてやるなよとマリンを
「そう言えば、カリタスに支援チームが到着している頃だね」
「そうですね」
話を振られ、支部長に昇格して間も無いエルーシャが頷く。
今回のカリタス支援チームは、ギルド本部ではなくシルファリオ支部で編成され、出発している。スピードを重視し、事後報告の形で本部の追認を取ると、集められるだけの人員と資材を先に出した。
出発した支援チームは、立ち寄った町で残りの人員と物資を受け入れながら先を急ぐ。或いはハブステーションの機能を獲得したシルファリオから
支援物資の調達はヴィオラ商会が請け負い、出発に間に合わない分はシルファリオと『通商都市』アイルトンの両商工会の協力で、支援チームが立ち寄る駅に集められている。
「本部には全部揃ってるって言ったんだろう?」
「カリタスに到着する時には揃ってますから、嘘は言ってませんよ」
リチャードに聞かれ、エルーシャはシレッと答えた。荷物も人員も少ない方が、当然初速が出る。十日間でカリタスへ到着する旅程で、移動ルート上の各ギルド支部の協力を得て、到着時には百名規模の支援チームとなっている筈だ。
ギルド長のヒンギスも察しているのか、細かい事は聞かずにエルーシャの報告を承認した。それは本部に余力が無い事の証明でもあった。
ただ、行き先が悪名高きカリタスな為、エルーシャにも人員が集まるかの不安はあった。シルファリオ周辺で頭数だけは揃っても、現地で働けなければ意味が無いのだ。
だがエルーシャの心配は杞憂に終わった。ヴァレーゼ支部に出向して支部起ち上げの苦楽を共にした仲間達、『
『馬鹿ねえ、オルトさん達がいる所で堂々と悪さが出来る人なんていないわよ』
カミラは水晶の通信で笑い飛ばし、北セレスタ支部から五名の冒険者を送ると約束した。
『オルトさんはカリタスにいるんですよね!? 私が行きますッ!!』
ヴァレーゼ支部の副支部長になったレベッカは、言うだけ言って一方的に通信を切った。後から支部長のマーサが、諦めたような声で承認を伝えて来た。
あっという間に人員が予定数を超え、一部は本部からの派遣要請でドリアノンへ向かって貰った程だ。
「……カリタスの件、相手は帝国なんでしょう? 本部が身動き取れないこのタイミングを狙いすました感じね」
「同感です、マリンさん」
エルーシャもマリンと同じ事を考えていた。
実際、【菫の庭園】がカリタスに関わろうとしなければ、カリタス住民は瘴気や『死の影』によって命を落とすか、お互いに殺し合うか、後からやって来た帝国軍によって殺されていただろう。
最後の詰めこそ杜撰だったが、帝国にSランクパーティーを取り込み、カリタスのエースパーティーとその取り巻きを離反させる工作は成功していたのだ。
「でも、オルト達はワイマール大公国にもアイルトン商工会にも、ハイネッサ盗賊ギルドにも伝手があるんだよね。帝国と戦り合う羽目になっても……」
普通に勝つんじゃないか。そこまでは言わずに、リチャードが乾いた笑いを漏らす。エリナはいつもの無表情で補足する。
「帝国内で冒険者ギルドより大きい傭兵ギルドは北セレスタの一件で、暗殺者ギルドは『CLOSER』やディーンにも関わっていて、オルトにはノータッチ」
帝国に与すれば、もれなく『剣聖』やSランク冒険者、聖堂騎士団の主戦力を撃退する化け物達と対峙しなければならないのだ。火中の栗を拾う物好きは、戦闘狂か自殺志願者だけだ。
「何にしろ、後は支援チームにお任せだね。エルーシャが秘密兵器を捩じ込んだそうだし」
リチャードの言葉に、仲間達が興味津々な様子でエルーシャを見る。エルーシャは無言で微笑んだ。
『秘密兵器』は、支部長という立場上、直接オルトをサポート出来ないエルーシャが考えに考え、自ら声をかけて面接をし、支援チームに加えた冒険者パーティーである。
必ずオルトの、【菫の庭園】の力になる。エルーシャはそう確信していた。
◆◆◆◆◆
強い雨の中、白い息を吐きながら扉を叩く。
コンコン。
コン。
コンコンコン。
ガチャッ。
やや間があって、扉が開く。
「遅くなった」
雨に濡れた外套を無造作に壁に掛け、目つきの鋭い男が椅子に座る。
禿頭の大男、赤髪の小柄な女、神官服を着た男が、先にテーブルを囲んでいた。帝国軍の密偵であり、流れの冒険者パーティー【禿鷲の眼】のメンバーでもある四人だ。
「俺も来たばかりだ。情報局は上を下への大騒ぎだぜ」
大男――ガルフが吐き捨てるように言う。
「よりによって、【菫の庭園】だからな」
「報告上げたって、偉い連中が見なきゃ意味無いじゃない」
赤髪の女が憤慨する。女はミア、神官はショット、最後に来た男は弓士のルークだ。
ガルフはつい先刻まで帝国軍軍務省情報局に呼び出されていた。冒険者として接点のある【菫の庭園】の報告が少なすぎると叱責を受けていたのである。
「情報局と研究所の主導でカリタス制圧作戦を決行して、盛大に失敗したんだとよ。取り決めで冒険者ギルドの管理になってる地下迷宮で古代兵器を見つけて、モノにしようとしたんだと」
「そこに【菫の庭園】が関わってたって事?」
「ああ」
工作活動を情報局が担当し、制圧作戦の地下部隊を送り出した。地上部隊は強制的に駆り出した南部駐屯地の一般部隊だ。
南部駐屯地に限らず、帝国軍内部に横たわる深い溝の存在は誰でも知っている。研究所は一般の部隊に無理強いを重ね、情報局の特殊部隊はエリート風を吹かして馬鹿にする。嫌われない訳が無かった。
一般部隊の指揮官に作戦の不備を指摘されると、特殊部隊の指揮官は「工作活動は万全、後はカリタスに帝国旗を立てるのみ。一般部隊は子供のお使いも出来ないのか」と取り合わなかった。
結果は、地下の特殊部隊は全員武装解除させられて捕虜となり、散々馬鹿にした地上部隊に運ばれて帰る事になった。
駐屯地も地下とカリタスから攻撃を受け被害甚大。地下への下り口は潰され、特殊部隊の基地と研究所があった山は半壊、貯水池にしてたダムが決壊して駐屯地は水浸しだ。
その貯水池は駐屯地と帝国南部最大の都市の上水を賄うものだった為、特に都市は深刻な水不足に直面している。
「逆に干上がってた南部の川に水が戻って、流域の住民は大喜び。軍がまた水を止めようとして暴動が起きてる」
「教会で聞きましたよ。かつての勇者が同じような事をしたそうですね」
「ああ。だから南部の国々を併合し、住民から水を取り上げた領主や帝国軍は悪者。逆に再び水を引いてくれた冒険者はヒーロー扱いだ」
ガルフとショットのやり取りを聞き、ミアは苦笑した。
「その冒険者って、オルトよね」
「御名答。南部出身の兵士達はビビって動かんし、上の連中は一般部隊の指揮官を処分してお茶を濁そうとして、南部駐屯地以外の現場からも猛反発を食らってる」
地上部隊を率いたローレダー連隊長は、軍法会議の席上で不満をぶちまけた。
現場の指揮官は作戦の危険性と不備を何度も訴えたが聞き入れられなかった。子供のお使いだと煽られ渋々行けば、待っていたのは帝国軍に随行したSランク冒険者を子供扱いし、十数キロ離れた帝国軍駐屯地の山を砕き、川を引いてしまう化け物である。
そんな作戦の責任転嫁で処分されては堪らない。駐屯地の一般部隊指揮官連名での訴状もあり、軍法会議でローレダーの責任が問われる事は無かった。
「
ガルフが懐から書状の写しを取り出し、テーブルの上に置く。ミアは横から覗き込み、うわっと声を上げた。
『当ギルト所属冒険者のオルト・ヘーネスは「一発であるから誤射だ」と強く主張しており、ギルドもその主張を支持するものである。尚、オルト・ヘーネスは「仮にも領土紛争を掛け持ちする帝国軍の駐屯地が、誤射の一発で甚大な被害を受けた事は誠に遺憾であり、駐屯地に相応しい防護を施すべきだ」と述べている』
これは、これまで周辺国に横暴を通して来た帝国への強烈な皮肉と煽り文である。周辺国が見れば、拍手喝采してギルドを支持するに違いない。
帝国お抱えの軍学者が提唱する理論に、『一発ならば誤射かもしれない』というものがあり、これをもって帝国は周辺国を威嚇し「ガタガタ抜かすな」と恫喝してきたのである。今回は完全に立場が逆で、帝国側はそれ以上何も言えなくなった。
「帝国側の交渉担当は宰相で、ギルド長に自分の後妻になるよう迫った過去もバラされて、相当やり込められたらしいぞ」
帝国は基本的に、国力を全面に出した恫喝外交だ。担当者がどさくさに紛れ、私的な要求をする事もあったに違いない。恨まれている自覚が薄い。ガルフの話を聞いたミアは、自業自得としか思わなかった。
「そんな訳で、上の連中はスケープゴートが必要なのさ。だからと言って、こっちへのとばっちりは勘弁だがな」
これからまた情報局だ、とガルフが溜息をつきながら席を立つ。暫く国を離れていた『殿下』が戻っている筈だが、足取りが掴めず、情報局がさらにピリピリしているのだという。
厚手の外套を着込んだガルフを追いかけ、ミアも部屋を出た。
ガルフが立ち止まり、振り返る。
「どうした。何かあったのか」
ミアは頭を振った。
「暫く雨、止まないぞ。風邪を引かないようにな」
それだけ言って、ガルフは去った。
遠ざかるガルフの背中を、ミアは無言で見送った。
本当は話したい、聞いて欲しい事があった。だが言えばきっとガルフに迷惑をかけると思った。言った所で何も解決しないとも。
だから、言えなかった。
ミアは冷たい雨に打たれながら、その場に立ち尽くしていた。
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