第百九十七話 サーチ・アンド・デストロイ
「あそこ、一箇所だけ明るくなってるでしょ」
砦の最上階に当たる三階で、レナは南西方向を指さした。
地中のコスワース市街は暗く、殆どが平屋であり、砦から数キロメートル先の明かりまでも見通す事が出来る。
「壁は無くて、大きな屋根を支える沢山の太い柱。中までは見えないけれど、神殿かしらね。周囲にテントもあるわ」
望遠鏡を覗きながら、フェスタが言う。
「地上への階段ではないの?」
「この場所以外に、帝国領内の入口は無さそうです」
レナの問いにはネーナが答える。その手には、砦で入手した何枚かの図面があった。
「それにレナさんが見つけた場所でしたら、私達の想定する条件にピッタリ合います」
ネーナ達は、帝国軍が地下迷宮コスワースで何らかの発見をしたと推測していた。その発見が、帝国に今回の暴挙を決断させたのだとも。
照明のある場所は、カリタスの冒険者の探索限界からそう離れていない。だがカリタス支部のエース級パーティーである【
帝国軍の『発見』を、どちらかのパーティーが見つけてしまったとすれば、両パーティーの反乱も、帝国軍のカリタスに対する行動も筋の通った説明が可能になる。
「罠じゃないの?」
「でも、他に探す当てある?」
レナに問いで返され、フェスタは肩を竦める。
「一旦、この砦を離れた方がいいとは思うの。私達の目の前で敵が撤退したんだから、敵は当然、私達がここにいると思ってるもの」
帝国軍は撤退したものの、コスワースを諦めたと決まった訳ではない。フェスタの言葉には説得力があった。
地上のカリタスへ大穴を穿った帝国軍に、その逆が出来ない筈はなく、砦を自壊させる手段が無いとも限らない。帝国軍に攻撃の意思があれば、【菫の庭園】のこの状況はいい的だ。
一度カリタスに戻って情報を得れば、敵の動きも予測出来るかもしれない。敵の残党がコスワースにいないとも限らず、まだ一箇所の調査に集中すべき時ではなかった。
「行こう」
「……はい」
オルトは、少し元気が無いネーナの背を押した。
「【禿鷲の眼】が敵にいれば、戦うしかないぞ」
「……はい」
ネーナの懸念を、オルトは否定しない。彼等は帝国軍の密偵であり、時期的に帝国へ帰還している筈なのだ。一般の部隊よりは、工作活動に従事する特殊部隊の所属である可能性が高い。下手な気休めは言えなかった。
冒険者パーティー【禿鷲の眼】を隠れ蓑にしたガルフ達は、国外で情報収集をする密偵である。帝国領内に戻ったからといって、軍の機密に即関わる事は考えにくい。故にオルト自身は、コスワースで彼等と遭遇するとは思っていない。
だが、それをネーナに伝える事はしなかった。現実に敵として対峙した時、気後れしたり手心を加えたりすれば、味方を危険に晒す事になるからだ。
地上への螺旋階段が太い豆の弦で埋め尽くされたのを確認し、【菫の庭園】は砦を離れた。
幸いにも帝国軍が放棄した砦から照明のある場所までは、一直線に道が通っている。明かりを見失う心配は無い。
「今頃、帝国軍の駐屯地は大混乱でしょうね」
「瘴気と『死の影』が無いだけ、良心的だと思うわ」
スミスもテルミナも、先に仕掛けてきた帝国軍に同情する様子は無い。逃げ場の無いカリタスに高濃度の瘴気と『死の影』を放った報復としては、『エクスカリバー』も『ジェイクの豆』も妥当。仲間達の意見はそう一致していた。
「トラップ、こっちには無いね」
「流石に、市街全域に張り巡らす時間は無かったろう」
オルトがレナに応じる。
カリタスの地下迷宮入口から帝国側の入口に向かう際のトラップエリアは、【菫の庭園】が高確率で通過するであろう進行ルート上にあった。
砦からオルト達がどのように動くかを予測するのは非常に難しい。オルト達にしてみればありえない選択だが、帝国軍は【菫の庭園】が螺旋階段で駐屯地に攻め上がる事も警戒しなければならないのだ。
「あたしら、帝国の駐屯地までは行かないよね?」
「多分な」
恐らく今もホットラインを通じ、アルテナ帝国とギルド本部は丁々発止の駆け引きを続けている。両者共に全面戦争も辞さないという強気の姿勢を取りつつ、その実は落とし所を探っているのだ。
交渉決裂となれば駐屯地や軍の基地を中心に帝国領内を攻撃する事になるが、帝国にもギルド支部が存在する以上、ギルド長のヒンギスがそんな下手を打つ筈が無い。
オルト達はあくまで、冒険者ギルドの管理地域から帝国軍を叩き出しただけ。防衛の一環である。敵の駐屯地に踏み込むと、話が大きく変わってしまう。
「私達が持ち帰る情報も、ギルド長の交渉のカードになります。帝国軍を退けたからといって、気は抜けませんよ」
スミスが口にするまでもなく、仲間達に油断は無かった。
◆◆◆◆◆
視界が開けて、一行が広場に出る。
ネーナの目算で長軸二キロメートル、短軸一キロメートルの楕円形を
「確かに神殿ぽいけど。聖印も無いし、中を見ないとわからないかな」
「コスワース自体が古い時代のものですから、別な神を祀っているのかもしれませんね」
レナとスミスが話すのを横目に、他の仲間達はテントや照明を検めていく。
極力情報を残さないようにして撤退した砦に比べ、神殿の周囲にあるテントは、退避を優先したように雑然としていた。
「お兄様、これを」
ネーナがテントの中に散乱していた書類を広い上げ、一瞥してオルトに差し出す。二人は仲間達を呼び寄せ、そこに描かれていた絵図面を見せた。
「まるで、ストラ聖教の聖典に出て来る『方舟』のようですね」
「あたしもそう思った」
『賢者』スミスと『聖女』レナが同じ感想を漏らす。
ネーナ達の目の前にある神殿に似た建物の側面図。その下に地面を思わせる長い横線が引かれ、さらに下には巨大な船のような側面図が描かれている。大きさの比較では、神殿はほんの一部に過ぎない。
「この図面を信じるなら、神殿の下にバカでかい船が埋まっているという事になるな」
「防衛機構がまだ生きている可能性もあります」
ネーナが別の絵図面を仲間達に見せる。そこには神殿内部や船の中、様々な場所に罠や
「こちらに罠が無かったのは、その為かもしれませんね」
スミスが納得したように頷く。
オルト達の足の下にあるものが、帝国軍の見つけた『何か』だとすれば。十中八九、それは兵器である。帝国をして、冒険者ギルドや周辺諸国を敵に回しても独占し、運用したいと思わせる程の。
「水に浮かなきゃ駄目な代物、って事は――」
「わかりません。船そのものではなく、搭載している武器や技術が流用出来るのかもしれませんし」
「船が空を飛んじゃったり、地上を移動したり、なんて……」
スミスは苦笑を漏らしながらも否定しない。フェスタの顔が引きつった。
「仮の呼称を『方舟』としましょうか。図面や調査報告書を見る限り、調査も解析も、ある程度は進んでいたようです」
「そうか……」
オルトが苦虫を噛み潰す。
「お兄様、帝国軍が『方舟』を残して退いたのは……」
「だろうなあ」
当たって欲しくない可能性の話。ネーナはそれに行き着いてしまった。
帝国軍が、【菫の庭園】に抗し難いと見て撤退したのは間違いない。それでも潔すぎる、ネーナはそう考えていた。
だが、例えば。
既に『方舟』の調査を進めていた帝国が、この
後発の冒険者ギルドが方舟内部を調査するには、防衛機構を打破し、いちいち隔壁を破壊して進まなければならないのだ。
「そもそも帝国の発見が、『方舟』だけでない可能性もありますが……」
「面倒だな。可能性の話なら、帝国軍が攻撃してくる事も有り得るぞ」
前線基地である地下迷宮の砦、そして『方舟』。帝国軍による地下迷宮での活動の全貌を知る為に、両者の探索は欠かせない。だが、この二箇所はピンポイントで帝国軍に狙われる可能性がある。
地中からカリタスに大穴を穿った帝国軍が、ピンポイントで砦や方舟を狙う攻撃手段を持っていないとは限らないのだ。
「言っとくけど――」
腰に両手を当てたレナが、ジトッとした目でオルトを見る。
「一人で探索するとか、パーティー分割して半分はカリタスに戻るとかはナシよ」
図星を突かれたオルトが言葉に詰まる。スミスは諭すように言った。
「帝国軍に狙われているかもしれない状況は、確かに好ましくありません。ですが、我々が地上からの攻撃を警戒しているように、帝国軍は地中とカリタスからの遠距離攻撃を警戒しているでしょう」
【菫の庭園】は、冒険者ギルドの管理地域から『部外者』を排除したに過ぎない。管理地域の中にいる、その【菫の庭園】に攻撃を仕掛れば、ギルドと帝国の全面戦争必至である。
仮に『エクスカリバー』や『ジェイクの豆』を先制攻撃と主張しても、軍の独断で開戦の引き金は引けない。スミスはそう言い切った。
「万が一地上から攻撃されたとしても、土中を通過する以上は精霊が感知出来る。不意打ちを食ったりはしないわ」
「後の事を考えたら、ざっくりとでも周辺の探索は必要だし、方舟の防衛機構とやらの脅威度も測っておかないとね」
テルミナとフェスタが探索続行を主張し、ネーナとエイミーは、両脇から訴えるようにオルトを見上げる。
オルトは暫し悩む様子を見せた後、お手上げとばかりに小さく両手を上げた。
「今日の所は、方舟のセキュリティが生きてるかどうか、防衛機構の脅威度の確認をしよう。俺達がどうにも出来なければ、当分方舟には触れられないんだ。その後は支部長やギルド長と情報共有の必要もあるし、探索を切り上げて撤収――で、いいかな?」
確認するように、オルトがスミスに視線を向ける。話す途中で、今日のリーダーはスミスである事を思い出したのだ。
「仮に帝国が方舟の権限を握っていても、遠隔操作出来るとは考えられません。それでいいと思いますよ」
動かせるならば動かしている筈だ。そう続けてスミスは肯き、笑顔を見せた。
「おーっし、じゃあチャチャッとやるか!」
話が纏まり、神殿を見据えたレナが腕を撫す。そのレナはオルトを振り返り、ニヤリと笑った。
「オルトは今日は、手を出しちゃ駄目だからね!」
「頭ならいいのか?」
「それも駄目!」
諦めて後衛陣の護衛につくオルトの背中をポンと叩き、フェスタも前に出る。
「リーダー、ご指示は?」
おもちゃを取り上げられた子供のような顔で、オルトは投げやりに言う。
「決まってるだろ――
『了解!!』
仲間達の声が揃った。
先陣を切ってレナが踏み込むと、神殿内に大音量の警報が鳴り響く。照明が赤の点滅に切り替わる。
「ネーナ、レナ以外の全員を入れて最も強い防御結界を。内側に私も張ります」
「はい!」
スミスに促され、ネーナの瞳が色を変える。
――
彫像のように立っていた神殿内の全身鎧が動き出す。その数、十二。
動きを止め、集中を始めたレナの身体が輝き出す。
――
神殿の床も赤く点滅を始めた。エイミーが警告を発する。
「下から! いっぱい来るよ!」
『
眩い光が仲間達を包み込み、結界が発動する。レナはチラリと振り返った。
「いいねそれ、古神の結界だっけ。じゃあ初撃は貰うよ――」
両手を左右に広げ、高らかに叫ぶ。
『
閃光と大爆発。
目の前のレナの姿が一瞬でかき消え、ネーナの視界が光で埋め尽くされる。
ネーナは咄嗟に右隣に手を伸ばし、オルトの外套の裾を強く掴んだ。
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