第百九十五話 新たな指名依頼

 一夜明けたカリタスに、浮ついた空気は無かった。

 

 まずはカリタス支部の暫定的な組織再編人事が発表された。副支部長と受付、総務、経理の各担当チーフといった支部の幹部職員が拘束されている為、職員同士の互選により空席となっている役職が埋められた。

 

 また、リベック支部長は現場の要望を受け、一部の職員や冒険者の拘束を解いて職務に復帰させた。人員不足の状況を鑑みた処分保留の扱いであるが、生活や服務の態度によって処分の減免や相殺も検討するとした。

 

 尋問も開始されているが、そちらの成果にはあまり期待をかけられていない。【天地無用ビー・ケアフル】、【愚無頼漢フーリガン】とそれらに与した冒険者や職員は、明らかな捨て駒だったからだ。

 

 そして優先的な課題として冒険者と職員でチームを組み、市街の被害状況確認と安全確認を始めた。住処を失った者に対し、使用可能な空家を回す必要がある為だ。

 

 慌ただしく動くカリタス支部。その一方、【菫の庭園】一行はといえば――『地下迷宮』コスワースの入口にいた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 岩壁の長い階段を下り切ると、鉄の扉を背に冒険者が立っていた。退屈そうだった顔が、申し訳程度にキリッとする。

 

「彼等はこれでいいのさ」

 

 少し不真面目ではないか。そんなネーナの考えを見透かしたように、大きな手が頭の上に置かれた。

 

「フェスタは誰も見てない時、結構ダラダラしてたしな」

「ちょっと」

 

 気まずそうに顔を逸らすフェスタを見て、ネーナはクスリと笑った。オルトとフェスタは、近衛騎士として王女アンネーナの居室の警備をしていた経験があるのだ。 

 

 両開きの扉を抜け、地下迷宮に下り立つ。ひんやりした空気は、思いの外に乾いている。

 

 ネーナは気を引き締めながら、出発前の事を思い起こした。

 

  

 

『――コスワースの探索を避ける選択は無いのよ』

 

 水晶球の中のギルド長、ハーパー・ヒンギスはそう断じた。

 

 ネーナもヒンギスに同感であった。今回の『カリタス事変』、総括していくと「帝国の目的は何だったのか」という部分に行き着くからだ。

 

 カリタス、そして地下迷宮の管理については帝国を含めた多くの国々が、冒険者ギルドに託す事で合意している。それが落し所、関係各国が受け入れ可能な最低ラインという事になる。

 

 そのカリタスを落として居座れば、どう取り繕っても冒険者ギルドとカリタスに国境を接する国々を敵に回す事になる。そこまでしてやるメリットを、地上部分には見出せない。

 

 となれば、「地下迷宮で何かを見つけた」と考えるのが妥当だ。帝国に大きな利益をもたらし、かつ現状では移動が困難な『何か』を。

 

 現実に帝国の特殊部隊は地下迷宮で活動しており、カリタスの直下に到達していた。身に着けていた装備はギルド本部の解析待ちだが、瘴気にも耐えられるものである公算が高い。

 

 瘴気も含めた地下迷宮の調査研究で、ギルドより帝国が進んでいるのだ。カリタス支部に工作員が潜入した時期を考え合わせれば、帝国がコスワースで活動を始めたのは昨日今日の話ではない。それがギルド本部と支部の一致した見解であった。

 

 

 

「――帝国軍の地下迷宮への下り口を見つける事。帝国が見つけたであろう『何か』を見つける事。地下迷宮探索の障害になるものの排除。可能な範囲での地図の作成。我々の目的は、その四つです」

 

 スミスの言葉に仲間達が頷く。【菫の庭園】はギルド本部とカリタス支部からの、新たな指名依頼ノミネートに臨もうとしていた。

 

 

 

 当初はギルド長ヒンギスも支部長リベックも、カリタスへの救援依頼レスキューを達成したばかりの【菫の庭園】への追加依頼に難色を示した。理由は、オーバーワーク。

 

 一月にも満たない間に、『鉱山都市』ピックスでは巨大ワームを討伐し、『深緑都市』ドリアノンを占拠した犯罪組織を潰し、カリタスに急行して陰謀を阻止した。うち二件はSランク相当と評価される緊急依頼スクランブルだ。

 

 さらにその前には、シュムレイ公国の政情不安に関わって二ヶ月近くも出向していた。今回のカリタスの件も、ヒンギスは【菫の庭園】を向かわせる気は無かったのだ。大きな被害を許容してでも。

 

 ネーナとエイミーの頭に、ポンと手が置かれる。顔をあげると、オルトと目が合った。こういう時、オルトはネーナやエイミーがどうしたいか、問いかけているのだ。

 

 ネーナはキュッと口を結び、意思を示す。オルトは微笑み、頷いた。

 

「全く疲労が無いとは言わないが。シルファリオから増援が来るまでの十日間は、カリタスにいる者だけでしのぐ必要がある。生憎、この十日間は無為に過ごせる時間じゃない」

『それはその通りだけれど……』 

 

 ヒンギスが口ごもる。彼女もそれを理解しているから、その出遅れや被害を許容しようとしているのだ。

 

「気遣いは有難く受け取る。だが俺達にはもう少しやらせて欲しい。俺は今回については、それがトータルでベストになると考えている」

『…………』

 

 水晶球に浮かぶヒンギスの表情は、リベックのそれと同じように難しいものだ。責任を負う立場の者が、一部に負担をかける事を容認出来ない。そう考えているのは、ネーナにも理解出来た。

 

「カリタスの住民は、どこかで大きな過ちを犯して来た。その半数が、今回の生死のかかる状況で、勇気を出して踏み止まったんだ。このタイミングで、彼等彼女等に再び極限の判断を迫ってはいけない」

 

 オルトは諭すように言った。

 

 過ちは消えず、失ったものは取り戻せない。決して軽いものではないのだ。だからこそ、何度も勇気を試してはいけない。

 

 それをしてしまえば、今回は帝国が引き下がったとしても、このカリタスは終身刑の罪人がヒエラルキーを構成する監獄のままだ。ヒンギスとリベックの取り組みは、実を結ばずに終わってしまう。

 

「使えるものは使え。組織の窮地にギルド長を引き受けた貴女は、手持ちのカードで立ち向かうしか無いんだ。俺達ならば、これまでの探索可能エリアを大きく超えて行動出来る」

 

 被害や損害を許容する度量があるならば、【菫の庭園】の消耗もその一環として受け入れろ。オルトに言われて、ヒンギスは折れた。

 

 そして【菫の庭園】は、冒険者ギルドを依頼人とする新たな契約を結ぶに至ったのである。

 

 

 

「――今日は余程の事が無い限り、オルトは動かないでよ」

 

 レナの声で、ネーナの意識が現実に呼び戻される。

 

 オルトは『エクスカリバー』が通常よりも体力と精神力を消耗させる事を、仲間達に話していた。カリタスの武器庫から剣を持ち出してはいるが、オルトがこれまで使って来た剣には及ぶべくもなかった。

 

 普段ならばオルトが務める殿しんがりには、フェスタが入っている。オルトはパーティーの中団、魔術師の護衛についていた。今回においては、パーティーの指揮もスミスに任せている。

 

「了解、楽させて貰うよ」

 

 ランタンを持ったまま肩を竦めるオルトに、地上への階段を守る冒険者が声をかける。

 

刃壊者ソードブレイカー、昨日と今日の様子を見る限り、地上に瘴気が噴き出す前と比べて、この辺は明らかに瘴気が薄くなってる。『死の影』も殆ど見られない」

「わかった。後は頼む」

 

 オルトの返事に冒険者達が、任せろと応じた。

 

 アルテナ帝国の一連隊がカリタス侵入を拒まれ撤退したとの情報は、カリタスの周辺国にも伝わる頃だ。帝国とて衆人環視の中では、迂闊な行動に出られない。

 

 しかし地下では話が別だ。オルトとネーナ、エイミーが捕虜にした特殊部隊がどこから地下迷宮に入ったのか、それさえわかっていないのである。

 

 地上部のカリタス、そして地下のコスワースは冒険者ギルドの管理下に置くと、アルテナ帝国も含めた近隣国間で条約が締結されている。本来なら帝国兵がいる筈が無い。

 

 公表されている地下への入口は、カリタス東地区と『惑いの森』の二箇所。『惑いの森』の入口は、人族に敵対的なエルフのテリトリーの中にある。カリタスから遠い事もあり、帝国が使用しているとは考えられなかった。

 

「さて、ネーナ」

「はい」

「先程私は、『我々の目的は四つ』と言いましたね。どれから行くべきだと思いますか?」

 

 スミスに尋ねられ、ネーナは即答した。

 

「少なくとも一箇所は特定可能な、帝国軍の入口からだと思います」

 

 スミスが満足そうに頷く。

 

 ネーナの手には、捕虜にした帝国兵が所持していた地図があった。小さなバツ印が二箇所、そして時間と思しき数字が書き込まれている。バツ印の一箇所は、カリタスで瘴気が噴き出した地点。もう一箇所は帝国領内だった。

 

 コスワースは帝国南部の地下にも広がっており、ギルドの未到達地域ではあるが、カリタスから北に向かえば帝国軍の駐屯地直下に辿り着く。オルトが崩した山の一帯である。

 

 帝国南部の地図には、近隣には他に大きな基地は無い。駐屯地内、それも厳重に人の出入りが制限された地域に、帝国が公表していない地下迷宮への入口がある。ネーナはそう踏んでいた。

 

 昨日の今日で、帝国からは地下迷宮での活動について具体的な言及は無いと、ホットラインで問い合わせをしているヒンギスは言っていた。

 

 地下で活動する帝国軍を叩き、追い返すには、今を置いて他に無いのだ。オルトがオーバーワークを承知で追加依頼の受注を主張したのは、主にこの為であった。

 

「帝国側の地下迷宮入口を潰してしまえば、私達の行動も楽になりますし、カリタスの冒険者の安全にも繋がります。これが最優先ではないかと」

「私も同感です。その通りに行きましょう」

 

 テルミナが周囲に風を纏わせると、【菫の庭園】一行は北へ進み始めた。

 

 

 

 カリタスの地下入口から一キロメートル圏内は、長く続いた『死の影』討伐の戦闘により、ほぼ更地になっている。支部から提供された地図を見る限り、元々は住宅街の一部のようであった。

 

「今の所、風のカーテンが無くてもイケそうね。どうなってんのかしら」

 

 更地が終わり、街路に入った所で、レナが『死の影』を斬り伏せる。報告にあった通り、切り口から覗く体内も黒く、体液は無い。

 

「ヴァレーゼの『黒鳥人』と違って、倒しても死体は残るのね。真っ黒だけど」

「黒鳥人は元々、この世界の存在ではありませんでした。『死の影』は、瘴気に巻かれたコスワース住民の成れの果てと言われています」

 

 レナとスミスが、以前に対峙した脅威と比較して考察を述べる。ネーナは手を忙しく動かし、スケッチに余念がない。

 

 手早く作業を終え、一行は再び歩き出す。

 

 

 

「ネーナ、帝国側の入口ってどんな感じだと思う?」

 

 先頭のレナが、前を見据えたまま話しかける。ネーナとて見た事は無いが、推測を述べる。

 

「恐らくですが。カリタスのように粗末なものでなく、砦のようになっていると思います。行けば発見は容易ではないかと」

「私も同意見です」

 

 ネーナの返事に、スミスも同意を示す。

 

 捕虜にした特殊部隊の装備を見る限り、帝国は瘴気を遮断する技術を持っている。そうであれば地下迷宮にベースキャンプを置いた方が、探索や敵の討伐の効率が上がる。

 

「隠す気も無いのだと思います。もしくは、帝国が見つけた『何か』がカリタスに近過ぎた為に、隠す努力を放棄したか、です」

 

 帝国が実力行使に出た理由と合わせて、ネーナとスミスはそのように考えていた。カリタスの冒険者が『何か』に迫る可能性を強く感じたならば、話の筋は通る。

 

【菫の庭園】一行が、ギルド支部で探索の限界とされていた五キロメートルのラインを越える。ネーナが警戒を促す。

 

「ここから先は、ギルド支部の地図は役に立ちません。帝国軍がどのような反応をするかもわかりません。警戒して下さい」

「了解!」

 

 レナはやはり前方を見据えたまま、ピッと右手で敬礼をして見せた。

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