第百九十四話 エクスカリバーと名付けましょう

 まだ出来たばかりの名前も無い川沿いに、アルテナ帝国軍が撤退する。それを見送るカリタスの冒険者達は、拳を突き上げ歓声をあげた。

 

 帝国軍は連隊長から一兵卒に至るまで、誰一人振り返る事は無かった。

 

 

 

 帝国軍は拘束された捕虜を引き取っての撤退を選択した。指揮官のローレダーも幕僚達も、作戦行動の継続は全滅を招くだけだと結論付けるしかなかった。

 

 相手の魔術師の火球だけで派遣された連隊を焼き尽くし、荒野に大きなクレーターを作ってお釣りが来る。帝国軍に同行したSランクパーティーのリーダーは、カリタスの冒険者にサシで撃破された。その上、目の前で遥か彼方の水源地から川を引かれたのである。それも剣の一振りで。

 

 兵士の一部は腰を抜かして恐れ慄き、部隊の士気は著しく低下していた。後からその理由を聞き、ローレダーは撤退の判断が正しかった事を再認識したのである。

 

 元々部隊長レベルでは、性急かつ不確定要素が強過ぎると指摘されていた作戦だった。それを情報局の横槍と上層部のゴリ押しで押し切ったもので、砂嵐を突破する前にカリタス側の出迎えを受ける事も、別働隊が一人残らず拘束される事も、全く想定に無かった。

 

 兵を損じず帰還して、軍人の仕事は終わりだ。処断出来るものならするがいい。ローレダーはそんな、半ばやけっぱちな気分で、足取りの重い部隊の先頭を進んでいた。

 

 

 

 Sランクパーティー【華山五峰フラム・ピークス】は、恨みがましく【菫の庭園】を睨みながらも、大人しく引き下がった。レナから、次に問題を起こせば【菫の庭園】が『掃除人スイーパー』になる、と釘を刺されたからだ。

 

 緊急通信用の魔道具をシュタルケが破壊した為、帝国の拠点で弁明の期日を待たなければならない。正式な処分が決まるまでは、ギルド脱退も他国や他団体への仕官、加入も出来ない。身から出た錆、であった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――勇者エクウス、人々の嘆きを聞き、光の剣もて、大地を裂き山を穿ち、大河を導く――

 

 

 

 熊のような大男が、なりに合わない繊細な指遣いでリュートを爪弾き、低いがよく通る声で謳い上げる。

 

 

 

 ――不毛の地は黄金色に輝き、野に歓喜の歌が満ち満ちる――

 

 

 

 最後にポロンポロンと弦を弾いて締めくくると、ネーナとエイミーは立ち上がって拍手を送った。

 

 即席の聴衆となった冒険者やギルド職員のスタンディングオベーションの中、大男が恥ずかしそうに一礼する。

 

「コージュ、本物の吟遊詩人バードみたいじゃねえか!」

「抜かせ! こっちバードが本業だ!」

 

 コージュと呼ばれた大男が、冷やかし交じりの賞賛に笑いながら言い返す。冒険者の一人が差し出した酒杯を取ると、なみなみと注がれた琥珀色の液体を飲み干し、プハァと息を吐いた。

 

「あんなすげえモン見せられて、謳わずにいられるかよ」

 

 誰にともなく吐いた言葉に、聴衆が口々に応じる。

 

「私も見たかったな……」

「おいらは見たぜ! ありゃあ死んだ爺さんが言ってた、勇者エクウスの『エクスカリバー』だ!」

 

 収拾がつかなくなった広場で、ネーナは微笑んでいた。

 

 コージュが帝国軍を迎え撃つ冒険者の中に交じっていたのは、ネーナも覚えている。

 大ぶりな戦棍ウォーメイスを構える姿はサマになっていたが、こうしてリュートを爪弾く姿の方がより馴染んで見えた。

 

「『こいつ』と謳ったのは久し振りだ。やっぱり、良いもんだな……」

 

 コージュは傍らのリュートを眺めて、しみじみと言うのだった。

 

 

 

 オルト達が帝国軍を撃退している間に、カリタス住民は急ピッチで市街を復旧させていた。

 

『ヘーネス兄妹広場スクエア』――オルトとネーナが全壊させたカリタス支部の跡地は、早くもそう命名されていた――は既に瓦礫が撤去され、テントが幾つも設置されている。

 

 住民の六割は自宅へ戻ったが、家屋が倒壊したり火災に遭って戻れない者は、被害状況の調査が終わるまでの数日間は、広場のテントか第三シェルターで過ごすのである。

 

 現在は炊き出しの釜が並び、酒樽が積み上げられ、一旦帰宅した住民達も戻って来て、さながら祝勝会のようになっていた。

 

 

 

「――当時の領主が酷い奴でな、山の水源を押さえて、水の利用に税金をかけちまったんだ。民衆は苦しんでるのに自分達は山の豪邸で贅沢三昧、畑は全部荒れちまった」

「住民の皆さんがかわいそうです!」

「わるい人だね!」

 

 勇者エクウスの伝承、『エクウス・カル・リヴァーレ』を聞き、ネーナとエイミーが憤慨する。

 

「そこに通りかかったのが、魔王討伐の旅の途中の勇者エクウスだ。彼は人々を憐れみ、光の剣を一振りした。すると山から水が流れ出して川となり、大地を潤した」

「おー!」

「お兄様みたいです!」

 

 オルトとスミス、支部長のリベックと監察官は、仮のギルド支部でギルド長への報告をしており、この場にはいなかった。

 レナは冒険者達と飲み比べに興じており、テルミナは笑いながらそれを眺めている。

 

「荒れ地は秋には一面の小麦畑となり、飢えていた人々の腹を満たした。悪い領主はエクウスによってこの地を追い出された。人々はエクウスへの感謝を忘れず、毎年、秋には収穫祭を行っていたそうだ」

 

 コージュはリュートを手に取り、ポロロンと鳴らした。ネーナが小首を傾げる。

 

「今は収穫祭はしていないのですか?」 

 

 その問いに答えたのは、ギルド職員の女性であった。

 

「オルトさんが大穴を開けた山が水源地なんです。現在の領主が山の一帯を帝国軍に提供し、駐屯地と領都へ上水を引く為に大きな貯水池を作った事で、周辺地域での農業は難しくなりました」

 

 地域の農業が衰退し収穫が無く、供え物が無いから収穫祭が出来ないのだという。だから、と職員は続ける。

 

「オルトさんは、勇者エクウスと同じ事をしたんです。きっと帝国南部は大騒ぎになりますよ。『エクスカリバーの予言』の通りですから」

「先程もどなたか仰ってましたが、『エクスカリバー』とは何ですか?」

 

 ネーナの疑問に、再びギルド職員が答える。

 

『エクウス・カル・リヴァーレ』を縮めて『エクスカリバー』。エクウスの伝承そのものや、彼が用いたと言われる光の剣を指すのだという。

 

 勇者エクウスは「この地が荒れ果てた時、光の剣は再び大地を潤すだろう」と言い残し、それが長い時を越えて語り継がれ、現実となったのである。

 

 酒杯を重ねて赤ら顔のコージュが、熱っぽく述べる。

 

「帝国軍で腰を抜かしてた兵士、あいつらは帝国南部の出身だろうぜ。勇者エクウスは、南部の年寄りの昔話の定番だからな」

 

 光刃を一振りして荒野に川を導いたオルトの姿に、帝国兵達が勇者エクウスを重ねたであろう事は想像に難くない。

 では帝国兵は、そのオルトと対峙する自分達を何と重ねたのか。そこに思い至り、ネーナは帝国軍があっさりと撤退した事に納得した。

 

「子供達は男女問わず、大人になるまで何度も、それこそ暗唱出来る程聞かされるのよ。昔は劇もあったそうだけど、領主の政策で禁止されたんだって」

 

 冒険者の女性も話に加わって来る。カリタスにも存外、帝国南部の出身者はいるようであった。

 

 民衆のヒーロー、崇拝対象になり得る存在が支配者層に嫌われ、エクウスを称える劇や祭りは絶えた。一方で似たような立ち位置の宗教は、癒やしの奇跡を提供する事と、時に権力者に寄進を行う事で上手く取り入り、帝国内でも布教が許されている。

 

「帝国南部は幾つかの小国が併合された地域なの。帝国の他地域に比べて、自立、独立の気風はあると思うわ。工業が発展した北部との経済格差も抱えているしね」

 

 テルミナの言葉は、「帝国南部は大騒ぎになる」という話にも通じるものである。

 

 水源地を押さえて住民の取水量を抑える事、軍の駐屯地を抱えながら農業が衰退している事は、住民の力を削ぐと同時に不満を大きくしたに違いない。

 

 オルトが意図した結果でなくとも、住民に手を差し伸べたのが帝国でも領主でもなく、勇者エクウスの再来だと知れ渡るのは時間の問題だった。

 

「藪を突いて出て来たのは『エクスカリバー』だったって事ね。帝国は当面、南部の安定に力を尽くさなくてはならなくなったわ」

「はい」

 

 テルミナの見解には、ネーナも同感であった。

 

 日を置けば、シルファリオ支部からの増援もやって来る。帝国軍の撤退を促すのはギルド長の指示に沿ったものだが、帝国とギルドの即時全面抗争を回避する目的もあった。

 

 帝国にその余裕が無くなるのは渡りに船で、ギルドとしても交渉を有利に運びやすくなるのだ。冒険者ギルド優位な状況になりつつあった。

 

 

 

「――随分と盛り上がってるなあ」

 

 

 

 近づいて来る声に、ネーナが振り返る。そこにはオルトとスミスの姿があった。

 

「報告は終わったのですか?」

「ああ。支部長はまだ話してるけどな」

 

 オルトとスミスがニヤニヤするのを見て、ネーナも察した。

 

「コージュさんの歌と演奏が、とってもお上手なんですよ」

「へえ?」

 

 ネーナとエイミーがオルトを座らせ、聞いたばかりのエクウスの伝承を左右からまくし立てる。困り顔のオルトを見て、カリタス住民達は大笑いした。

 

「お兄様の光の剣には、名前があるのですか?」

「特には無いなあ」

 

 オルトの返事に、少女二人は顔を見合わせた。

 

「それでは『エクスカリバー』と名付けましょう!」

「さんせー!」

 

 二人だけでなく、冒険者や職員達からも期待を込めた眼差しを受け、オルトは苦笑する。

 

「伝説の勇者の剣になぞらえるなんて、叱られそうだけどなあ。二人がいいなら、そうしようか」

『やったあ!』

 

 喜ぶ二人の頭を撫でて、オルトは立ち上がった。

 

「スミス、後は任せていいか?」

「ええ。明日以降の話もしておきます」

「頼む。俺は先に休ませて貰うよ」

 

 スミスと言葉を交わし、フェスタと並んでテントに歩いて行く。ネーナとエイミーは、黙ってオルトの後ろ姿を見送った。

 

 二人の邪魔をしてはいけない。そういう気持ちもあったが、ネーナはオルトを早く休ませてあげたかった。カリタスでずっと行動を共にしていたネーナは、オルトがいつも以上に消耗していると気づいていた。

 

 原因は『エクスカリバー』である。

 

 レオンに剣を渡した事で、現在のオルトは剣身そのものを闘気で賄う戦い方をしている。それは通常の、実在する剣身を闘気で覆う方法に比べて負担が大きいと、ネーナはオルト本人から聞いていたのだ。

 

 不意にネーナの前に、開いた手がヌッと差し出された。

 

「ネーナ、酔い止め頂戴。不味いやつ」

「はい」

 

 ネーナ特製酔い止めを一気に飲み干し、レナは顔を顰める。

 

「まっずぅぅぅい! もう一杯!」

「効果は変わりませんよ?」

「ごめん嘘、もう一杯は無理だわ。でも酒は抜けたよ」

 

 何故か得意げなレナを見て、ネーナとエイミーがクスクス笑う。そんな二人の頭を、レナはポンポンと叩いた。

 

「二人とも、よく我慢したね。オルトは勿論だけど、フェスタもサポートで疲れているから今日は休ませてあげよう」

 

 規格外のメンバーが名を連ねる【菫の庭園】にあって、フェスタは段取りや準備などサポートや裏方に回る事が多い。戦闘中もパーティーの穴や死角を消すよう、気を配って立ち回っていた。状況が刻々と変わった今回、フェスタの気苦労も相当なものと察せられた。

 

 普段なら一緒に寝るのだとオルトを追いかけるネーナ達が黙っていたのは、ネーナ達なりの気遣いだったのだ。

 

 パチッとレナが自分の両頬を叩く。

 

「さ、これからは『大人の時間』だね。話があるんでしょ?」

「そうですね、明日は一日がかりの仕事になりそうですよ」

 

 スミスが頷き、仲間達も腰を上げてテントを目指す。

 

「皆さんはゆっくりなさって下さい。お先に失礼します、おやすみなさい」

「おやすみ〜」

 

 ネーナとエイミーは広場の住民達にペコリとお辞儀をし、仲間達の後を追った。

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