第百九十一話 それがギルド長の、ご指示ならば
オルトとネーナによって全壊したギルド支部に代わり、仮支部に定められた旧カリタス王国の迎賓館。
その一室に、カリタス支部長のリベック、監察官が二名、そして【菫の庭園】のメンバーが集まっていた。
『そんな事になっていたなんて……』
リベックからの報告を聞き、水晶球の中のギルド長は愕然とした。
時は深夜。菫の庭園の突入から半日以上が経過し、既に日付が変わっている。にも拘わらずギルド本部の会議室には、出向中のフリードマンを除く執行部会のメンバーが全員揃っていた。
「【菫の庭園】の到着がもう少し遅れていたら、第三シェルターの防衛線は崩壊していた。のみならず、第一と第二の被害者も激増していただろう」
リベックの声に、ヒンギス達を責める色は無い。ギルド本部としては非常にシビアな想定の下、出来うる限りの対応をしたと理解しているのだ。
その想定と違う場所から、想定よりずっと早く瘴気が噴き出し、新旧エースパーティーとその取り巻きが揃って裏切るという予測をするのは不可能だったと言える。リベック自身さえ考えもしなかった事だ。
「【
カリタス全住民、一千人強の三割、うち職員と冒険者に限定すれば半数以上が拘束されるという異常事態で、人手は全く足りていない。
拘束した職員と冒険者の一部、問題の無さそうな者を、物見塔からの哨戒とカリタス域内の警戒に駆り出している程であった。
『短期的には業務を限定して対応するという事ね。でも、拘束した者の監視は?』
ヒンギスの問いに、リベックは肩を竦めた。
「全員、心が折れているよ。目の前で、支部のエースパーティー所属の冒険者が開きにされたのだからね」
水晶球を通じて、ギルド本部の会議室のどよめきが伝わる。あえて斬ったのだと察し、ギルド長ヒンギスが頭を下げた。
『オルト・ヘーネス。感謝します』
「……俺は斬っただけだ。そして、まだ終わっていない」
オルトの素っ気ない返事に、ヒンギスは頷く。
『ええ。明日には、いえ、日付が変わっているから今日ね。百名規模の職員と冒険者が物資を積んで、第一陣としてシルファリオ支部を出発します』
「百名規模!? シルファリオから!?」
驚愕したリベックが聞き返す。まだ出発まで一週間はかかると見込んでいたからだ。人数も予想より一つ、桁が多い。
カリタスがどんな場所か知っていれば、職員も冒険者も行きたがらない。支部だって派遣を渋る。そこを本部が協力を求め、或いは強制力を用いてどうするか。本来はそういう話の筈なのだ。
それが本部ではなく、シルファリオ支部から出発しようとしている。状況はリベックの理解を超えていた。
ヒンギスが再び頷く。
「本当よ。これでも人数を絞って、一部はドリアノンの応援をお願いしているの」
【菫の庭園】がリベルタを発った後、シルファリオ支部から本部宛てに、他の支部も含めたカリタスへの出向希望者と支援物資のリストが届いたのだという。
「上から二番目のセキュリティレベルの情報なんだけど……どうやってアクセスしたのかしらね……」
ヒンギスは乾いた笑いを、【菫の庭園】のメンバー達は苦笑を漏らした。手口はわからないが、『犯人』はわかっている。シルファリオ支部長のエルーシャだ。
『それで。現場の見解を聞かせて欲しいのだけど』
少し緩んだヒンギスの声音が、真剣なものに戻る。リベックに促され、スミスが発言する。
「カリタス支部は現在、『敵』の攻撃を受けている。我々はそう認識しています。目的がカリタスなのか、地下の『迷宮都市』コスワースなのか、それとも我々の想像もつかない何かなのか、それは判然としません」
スミスは取り繕う事なく、『敵』と表現した。ブルースターとユダールを拘束して尋問した結果、驚くべき事がわかったのである。
『敵の正体は?』
「アルテナ帝国です」
『帝国なの? 軍ではないの?』
予想していた答えなのか、取り乱した様子もなくギルド長が確認する。大陸西方最強の軍事国家が国ぐるみで関与しているか、それとも軍の独断なのかで話が大きく変わって来るのだ。
「Sランクパーティーの【
【華山五峰】は、ギルド本部からの再三の救援要請を無視し続けた。ギルドからの非難を承知でやっている以上、後ろ盾があると見るのが自然である。
「帝国の工作員が少なくとも三名、冒険者と職員としてカリタスに潜入していた。【菫の庭園】が第一と第二のシェルターを解放した時点で全員自害していたよ」
スミスの発言を、リベックが補足する。
工作員と見られる三人とも、冒険者ギルドの帝都支部からカリタスへ送られていた。帝都支部の立ち位置も不透明と言えた。
外部との連絡は、エースパーティー【
落ち合っていた場所は、今回瘴気が噴出したポイントの地下。現状、冒険者が討伐と探索を行うのはカリタス東地区の地下迷宮入口から五キロメートル圏内で、噴出口の地下はそこから外れている。
【天地無用】や【
ヒンギスが深く溜息をつく。話の通りならば、『敵』は地下迷宮の瘴気の中で活動する術を持っている事になる。
『……事態の究明、詮索は後回しね。相手が帝国だとして、いつ来ると考えているの?』
「今日か明日、遅くても明後日までには来るでしょう」
スミスは即答した。ここまでやっておいて、『敵』がカリタスに来ない理由が無い。生き残った者達の始末も必要だからだ。
『カリタスの救援』を旗印として、相応の戦力を派遣するだろう。スミス達はそのように考えていた。
「ギルド長、我々が救援に向かった事は、帝国は知っているのですか?」
『いいえ。エルーシャ支部長もその辺りは濁して伝えているし、後は「あの酒場」の客だけよ』
スミスが尋ねると、ヒンギスは頭を振った。
『あの酒場』とは、ヒンギスがレナを始めとする並居る冒険者達を酔い潰した、リベルタの酒場である。あの場にいた客は【菫の庭園】がカリタスに向かった事を知っている。
効果の程は疑問ながら、口止めはしてあった。
シェルターに避難してから自害するまでの間、工作員が外部に連絡をした形跡は認められなかった。だとすれば、事前に組まれたタイムテーブルに沿って、最後の仕上げをする為に、カリタスに来る者がいる。
『敵』は予てより計画を練り上げていたに違いなく、絶対の自信を持っている事を窺わせた。実際、カリタス支部にとっては最悪の状況になりかけたのだ。
カリタス支部長の
ブルースターがリベックを斬った事、そして【天地無用】と【愚無頼漢】が多くの避難民を追い出し、二つのシェルターを占拠した事は、瘴気の噴出を合図とした予定通りの行動であった。
瘴気噴出から四日目となる今日までには、シェルターに入れなかった者は死に絶えている筈だった。
第一と第二を追い出された避難民は、濃い瘴気と『死の影』に巻かれて第三シェルターに辿り着けなかったかもしれない。到達出来ても、受け入れを拒否されていたかもしれない。
第三シェルターは何れにしても、避難民の一部を見捨てざるを得ない。先が見えないまま定員以上に収容すれば、シェルター内の雰囲気も環境も最悪だ。殺し合いが始まっていてもおかしくなかった。
後からやって来た帝国軍と【華山五峰】は、三箇所に分散した住民を始末してカリタスを占拠し、適当な理由をつけて責任を死んだ者に押しつけ、『善意の救援』を主張すればいいのだ。
リベックがポツリと呟く。
「最悪のシナリオを書き換えたのは、一人の職員の勇気か……」
リベックが斬られた時。アイリーンが我が身かわいさにブルースターの誘いに乗り、第一シェルターに入っても責められない状況だった。
だがアイリーンはキッパリと拒絶し、その勇気が一人の神官の心を揺さぶって、リベックの命を救った。
孤立必至の物見塔から状況報告する事を選び、その誘導で避難民達が第三シェルターに到達出来た。アイリーンの献身が第三シェルターの避難民追加受け入れを決め、秩序の維持にも繋がった。
救援到着までの時間を稼ぎ出した最大の功労者は、アイリーンだったと言っていい。
ギルド本部はSランク冒険者を確保出来ず、間に合わせの救援がカリタスに到着するには更に数日を要する。『敵』はそのように認識している筈だ。時間をかければギルドの救援と鉢合わせしてしまう。
空白の時間、である。何かを企んでいる者がいれば、この隙を逃す筈が無い。
ヒンギスは首を傾げ、疑問を呈する。
『そう都合よく考えてくれるかしら?』
それに答えたのは、ずっと聞き役に回っていたフェスタだった。
「大丈夫よ」
自らに視線が集まり、フェスタはニッコリ笑う。
「相手が帝国軍とSランクパーティーだとして、アイリーンのイレギュラーなんて想像も出来ないわよ」
アルテナ帝国はその膨張政策から、トリンシック公国を始めとするいくつもの国との領土問題を抱えている。それらは強引ではあるものの、紛争に関する国家間の取り決めには概ね従っていた。
今回はギルド相手とは言え、明らかに対応が違っていた。
その根底には、「カリタスは監獄のような場所で、重罪人しかいない。一般人でも兵士でもない」という認識が、今回の暴挙の根底にある。ともすれば相手は、処罰の手間を省いてやるとさえ思っているのではないか。そうフェスタは指摘した。
「こんな不愉快な計画を思いついて実行に移せる方々には、過ちを犯した者の更生など、想像も出来ませんよ」
リベルタからの道中、リベックやアイリーン、レオンの身をずっと案じていたネーナは、怒りを露わにした。これは贖罪でもなければ、犯した罪に対する処罰でもない。そう思った。
『……わかりました。帝国軍と【華山五峰】への対応は、リベック支部長と【菫の庭園】に一任します。こちらは相手の出方を見てから問い合わせと抗議を行います』
リベックとオルトが頷き、了解を示す。
『オルト・ヘーネス』
ヒンギスがオルトに呼びかけた。その表情は、怒りを湛えている。オルトは無言で見つめ、次の言葉を待つ。
『基本は相手の撤退を促して。但し――冒険者ギルドを舐めた連中には、必ず後悔をさせて。ガツンとやってくれて構わないわ』
出来るか? その問いを聞いたテルミナが不敵な笑みを浮かべ、レナは掌に拳を打ちつける。室内にバチッと強い音が響き、オルトはフッと笑った。
『それがギルド長の、ご指示ならば』
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