第百九十二話 何か、お取り込み中のようですよ?
「お兄さん、お兄さん」
エイミーがオルトの外套の袖を引く。
ネーナは明かりを灯した
光の刃を維持したまま、オルトが尋ねる。
「どうした?」
「ここにいる人で全部だと思う」
難しい顔で索敵しながら、エイミーは告げた。
「付近に強い魔力は感じられません」
やはり難しい顔をし、ネーナも同意する。
三人の前には、およそ三十人弱、奇妙な格好をした小隊規模の一団が悶絶して転がっていた。
全身を隈なく覆うボディスーツに、ロングブーツとグローブ。顔が見えないフルフェイスのヘルメットは、鼻から口にかかる部分が膨らんでいる。その上から防具らしき胸当てや手甲を装着しており、見た目は軽装であった。
「この装備に、瘴気を遮断する効果があるのでしょうか」
「多分な」
興味津々な様子のネーナに、オルトが短く答える。その解析は、ギルド本部の開発部の仕事だ。鹵獲した装備を送れば、寝る間も惜しんで調べ尽くすに違いなかった。
「しかし……油断し過ぎだろう」
オルトは倒れ伏す者達を見て、呆れ気味に言った。
カリタス東地区の入口から地下迷宮に降りたネーナ達三人は、索敵により所属不明の一団を発見した。
その一団がいたのは、カリタスの地下迷宮入口から北西に五キロ程の地点。カリタスで瘴気が噴出した場所の真下である。付近には大型の魔道具が設置されていた。
陽動か、二次攻撃か。いずれにせよ看過出来ないと判断して所属を尋ね、速やかな退去を求めたオルトに対し、一団は攻撃で返答した。その結果として、全員が地面に転がっている。
「お兄さんが声かけた時、すごく驚いてたよね」
「混乱というか、動揺してる感じだったな」
相手は本当にカリタスの現状も【菫の庭園】の到着も知らず、制圧作戦を進めようとしている。エイミーとオルトのやり取りを聞きながら、ネーナはそう思った。
この場所には、通常ならばカリタスの冒険者が到達する事は出来ない。来れるのは【
二つのパーティーは帝国に通じている上、カリタスの生存者は全て、市街にある三箇所のシェルターに退避している筈。救援が間に合う可能性を残していたSランク冒険者も帝国側で、地下迷宮での行動を邪魔する者などいる訳が無い。
その前提が崩れている事に、帝国側は気づいていない。【菫の庭園】が砂嵐を突破してカリタス市街に至り、事態を収拾したと知らずにいるのだ。
少々問題が起きた所で、カリタス住民はどの道皆殺し。予定通りの行動で押し切れる。そう踏んでいたのかもしれない。
ネーナは溜息をついた。その肩をオルトがポンと叩く。
「一度、迷宮入口に戻ろう。連中を移送するのに人手が要る」
「はい」
ネーナは頷き、倒れている者達を凍らせた。
◆◆◆◆◆
荒れ地の先、アルテナ帝国の方向に砂埃が立った。
「やっと来たかあ」
んーっ、と声を出して、レナが大きく伸びをする。望遠鏡を覗きながら、フェスタが応える。
「帝国軍だけ。
カリタスの周囲数キロメートルは、国境を接する国々と冒険者ギルドの間で無国籍の緩衝地帯と決められている。
帝国軍が侵入しても問題は無いが、カリタスに向かって来るとなれば話は別だ。
「一個連隊規模。およそ二千人かしらね」
望遠鏡を懐に仕舞うフェスタに、リベックが告げる。
「まずは私が対応するのが筋だろう。帝国軍が黙って帰らないようならば、その後は
「了解しました」
フェスタはテルミナと共に、リベックの護衛につく。
砂嵐の壁を背に、スミス達【菫の庭園】メンバーと支部長のリベック、そしてカリタスの冒険者達が、近づいて来る帝国軍を待ち構える。
何かに気づいたレナが、隣のスミスに声をかけた。
「スミス、あれって……」
「見間違いではないと思います」
二人の目は、帝国軍の上空で旋回する何かに釘付けになっていた。目のいい冒険者も気づき始める。
「鳥、か?」
「もっと大きいぜ」
「ちょっと待てよ、ありゃあ――」
その正体を知った冒険者は顔を引きつらせた。
「竜だ。黒い竜だ!」
「ビビってんじゃないよ!!」
パニック寸前の冒険者達を、レナが一喝する。
「大の男どもが、ガン首揃えて何なの? 金玉ついてんでしょうが!!」
黒竜は帝国軍から単騎先行し、威嚇するようにレナ達の頭上で、口元に炎を見せる。レナは舌打ちをした。
「テルミナ、声を届けたいの」
「あの竜ね?」
「大音量で宜しく!」
テルミナに頼み、レナは足下の石を拾うと、大きく息を吸い込んだ。
『ゴルァアアッ!!』
怒声と共に豪快なフォームで放たれた石が、一瞬で空に消えた。黒竜は大きくフラつきながらも、何とか立て直す。
『あたしやスミスの頭の上で威嚇とかさあ! 随分偉くなったもんだねえ、ジーナあッ!!』
黒竜の口元から炎が消え、クルリと向きを変えて逃げるように去って行く。帝国軍の上空に戻ると、ピタリと足並みを揃えた。
目を丸くするリベックに、フェスタは何でもない事のように告げた。
「お気になさらず。レナ達の知り合いみたいですから」
勇者パーティーのメンバーである『竜戦士』ジーナの名前は、フェスタも聞いた事があった。
事情はわからないが、帝国軍と共に現れてカリタスの冒険者を威嚇した。つまり、敵だ。それだけ知れば十分である。
レナがフンと鼻を鳴らす。
「あのバカ、昔からバカだったけど、バカさ加減に磨きがかかってない? シメなきゃ駄目ね」
「概ねノーコメントですが、お仕置きが必要だという部分には同意します」
苦笑するスミスの前で、帝国軍が停止した。
リベックが一歩前に出て、声を張り上げる。
「私は冒険者ギルド、カリタス支部長のモアテン・リベック! アルテナ帝国軍来訪の用向きを伺いたい!」
呼びかけに応じ、騎兵の間を割って、将官らしき男が現れる。
「私は帝国軍第七連隊長、イスマイル・ローレダー! 皇帝陛下の命により、カリタスの危機に馳せ参じた! 我が隊に協力の意思あり、受け入れを願いたい!」
全く悪びれる事のない、堂に入った口上。リベックは即座に返答する。
「貴隊の用向きは承知した! 既に事態は収束し、カリタス市街の復旧が始まっている! ギルド本部からの増援も向かっており、帝国からの申し出の無い救援を受け入れる余裕は無い! 帰還の上、皇帝陛下へ感謝をお伝え頂きたい!」
帝国軍が動揺する。出迎えを受け、助勢を断られる事など考えてもいなかったようであった。
連隊長が振り返ると、再び騎兵が割れた。野太い声が響く。
「折角ここまで来て、そりゃ無いだろ。支部長よお」
大剣を背負った男を先頭に進み出る、明らかに軍人とは違う風体の五人組。Sランクパーティーの【
頭上を旋回していた黒竜も傍らに着地し、その背から細身の人影が飛び降りた。
「ギルド本部からの緊急連絡に一度も応じなかった【華山五峰】が、どうして帝国軍と共にここにいるのか。納得の行く説明を聞かせて貰えるのかな、アルノルト・シュタルケ?」
険しい表情で詰問するリベックを、シュタルケと呼ばれた男は鼻で笑った。
「帝国で聞いたから、態々救援に来たんだろうが。緊急連絡なんて知らねえよ。ああ――」
空間の裂け目に、シュタルケが手を差し込む。グシャっと音がし、引き抜いた手には割れた宝珠が握られていた。
「壊れてるじゃねえか。気がつかなかったぜ」
「帝国で聞いた時点で連絡は出来る筈だが?」
追及の手を緩めないリベックに、シュタルケは顔を顰める。
「こっちも暇じゃねえ所、
『っ!?』
リベックや冒険者が顔色を変えるが、シュタルケは受け流す。
だが【華山五峰】と帝国軍は、それ以上進めずにいた。
「――支部長が『もう終わってるし、自力で復旧始めてる』って言ってんでしょうが。暇じゃないなら、さっさと帰りな」
レナがシュタルケの前に立ちはだかっていた。スミスはリベックに目配せをし、対応を引き取る。
「私はギルド本部からカリタスの救援を依頼された、Aランクパーティー【菫の庭園】のスミスと申します。市街の状況は支部長の発言にあった通りです。ローレダー連隊長、貴隊が皇帝陛下より受けた命令は、カリタスに負担をかけろというものでしたか?」
「あ、いや……」
急に話を振られてしどろもどろのローレダー。スミスはシュタルケに視線を向ける。
「事態が収束した以上、カリタスはSランク冒険者であろうとも自由に立ち入る事は出来ません。『犯罪者』とカリタス住民を表現したのは貴方自身ですよ、アルノルト・シュタルケ」
「……チッ」
「やめておきなさい」
シュタルケが舌打ちし、スミスは警告を発した。
その右手首は大剣の柄を掴む前に、一瞬で距離を詰めたレナに止められていた。手首がギリギリと悲鳴を上げ、シュタルケの顔が歪む。
「私達はギルド長より、本件の対応を一任されています」
抜き打ちで来た筈の【華山五峰】と帝国軍を待ち構えていた、その意味を察しろ。スミスの言外のメッセージを理解し、相手は動揺を見せる。
「押し通りたいようですが、もう少し待てばその必要も無くなりますよ。『下』はもう、終わっているでしょうね」
スミスは、地下から迫る帝国軍の全滅を示唆した。
リベックやフェスタの背後では地響きと共に、見上げる程の高さまで土壁がせり上がる。フェスタは振り返り、苦笑を漏らした。
「テルミナ、そろそろオルト達が来るわよ」
テルミナという名を聞いて、【華山五峰】のメンバーが驚愕する。
「テルミナって、【屠龍の炎刃】のテルミナか!? どうしてお前がここに!?」
同じSランクパーティー、珍しいエルフとあって、【華山五峰】のメンバーもテルミナの事は知っていた。【屠龍の炎刃】がカリタスの救援に来たのだとすれば、【華山五峰】は非常に苦しい状況に追い込まれる。
しかしテルミナは、彼等の懸念をあっさりと否定した。
「私は【菫の庭園】と一緒に行動しているから、【屠龍の炎刃】は来てないわよ」
相手がホッとするのを見て、テルミナは意地悪く笑う。
「ここにいる
バキッ!!
「ガアッ!?」
大きな音と悲鳴。同時にレナが引き下がる。
シュタインは右手首を押さえて
「くそッ! やってくれたな――ああッ!?」
【華山五峰】の魔術師が反撃に移ろうとし、スミスを見て硬直した。その目は大きく見開かれている。
スミスの周囲には、無数の火球が浮かんでいた。並の術師ならば、一つ制御するのが精一杯の火球である。
まともに食らえば灰も残らない。相手の魔術師は戦慄した。
「この数を無詠唱だって!?」
「炎の魔術は使う場所を選びますから、久し振りですよ」
スミスは言いながら、涼しい顔で火球を追加する。この荒れ地では、火事の心配は無いのだ。
魔術師の顔が引きつる。
ドン!!
炸裂音が響く。だがそれは火球ではなく、背後の土壁が崩れた音であった。
もうもうと上がる砂埃の中から、ストロベリーブロンドの髪の少女がヒョコッと顔を出す。
少女はハンカチで口を押さえながらキョロキョロと辺りを見回し、後ろを振り返った。
「お兄様。何か、お取り込み中のようですよ?」
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