第百九十話 あいつ等の方が、ずっと強い

 隻腕となったブルースターが、怒りに任せて喚き散らす。

 

「お前達は何者なんだ! お前達さえいなければ、僕等は自由の身になれたのに!!」

 

 その言葉で、ネーナの疑念は確信に変わった。

 

 ネーナは不快感を隠さず言い返す。

 

「なれる筈が無いでしょう、自由になど。私達が何も知らずにここへ来たとでも思っているのですか?」

 

 Bランクパーティー【天地無用ビー・ケアフル】。以前はリチャード達【四葉の幸福クアドリフォリオ】と同じ支部に所属していた。

 

 実力は十分であったが、兎に角素行が悪く、冒険者ランク昇格で【四葉の幸福】に大きく遅れを取り、乱暴目的でサファイアら女性メンバーに絡んで拒絶された。

 

 それらを逆恨みしたブルースター達は、リチャード達に煮え湯を飲まされた複数の貴族と手を組んで、暗殺者アサッシン『CLOSER』を差し向けた。

 

 結果、陥れられた【四葉の幸福】は所属支部で何度もトラブルを起こして居場所を失い、流れ着いたシルファリオでリチャードが瀕死の重傷を負ったのである。ネーナ達【菫の庭園】との関わりが無ければ、他のメンバーも無事では済まなかったに違いない。

 

 動かぬ証拠を掴んだリチャードの告発に加え、数々の余罪が明らかになって【天地無用】はカリタスに送られたのである。終身刑以上の、実質死刑。解放される訳が無いのだ。

 

「ご心配なく。貴方達を捨て駒に使った者達には、相応の報いを受けて頂きますので」

「僕等が捨て駒だと!?」 

 

 ブルースターが動揺を見せる。ネーナは哀れむような目で彼を見た。

 

「カリタス支部長や監察官、ギルド職員、冒険者の多くを死なせる事。貴方達の利用価値などそれだけですよ。『救援』が来た時点で、残った者は皆殺し。後は全ての責任を、死んだ貴方達に押しつけるだけです」

 

 ブルースター、そして【天地無用】に声がかかったのは、重犯罪者で先が無く、利をチラつかせれば容易く裏切るからだ。そんな危険な者を生かしておく理由が無い。

 

 動揺したのはブルースターだけではなかった。第一シェルターを占拠した職員や冒険者の反応は、寝耳に水というものであった。ブルースターも含めここにいる者達は、誰も真実を告げられていないのである。

 

「皆さんがやって来た事ではありませんか。相手に然程リスクの無い、破格の好条件を提示する時。皆さんは何を考えていますか?」

 

 職員や冒険者が絶句する。彼等は全て、重い処罰としてカリタスへ送られている。その処罰を招く程の悪事を働いたが故に。

 

 誰かに思ってもいないお世辞を言い、高く評価している風を装い高待遇を約束する。その場限り、実現する気が無いからそんな事が出来るのだ。面倒なら、事が済んでから始末してしまえばいい。

 

「そんな筈はない……違うんだ、僕等は……ううっ」

 

 呻くブルースターに、彼を持て囃した者達からも冷たい視線が浴びせられる。

 

 他ならぬ自分達がそうして来たから、わかってしまう。自分達は、ブルースターに裏切られ、切り捨てられる所だったのだと。そのブルースターさえも、黒幕にとっては捨て駒に過ぎなかった。

 

「ハッキリ申し上げますが、皆さんは重い犯罪に手を染めていても、小悪党の域を出ません。本当の悪党は貴方達を使い潰し、捕まりもせず、責められもせず、何食わぬ顔をして暮らしているんです」

 

 ネーナの指摘に、何人かがガックリと膝をつき、項垂れた。頑なに現実を認めようとしない者の大半も、内心では理解していた。

 

 最早逆転の目は無い。この地に規格外の存在菫の庭園が到達するという、イレギュラーが起きた以上は。

 

 

 

「お前は、【四葉の幸福クアドリフォリオ】というパーティーを覚えているか」

 

 オルトの言葉に、ブルースターがビクッと反応する。顔を上げた彼の目には、憎しみと怒りの炎が燃え盛っていた。

 

 オルトは呆れ気味に告げる。

 

「俺達がいなければカリタスから逃げ出せた。【四葉の幸福】がいなければAランクに昇格出来た。リチャードがいなければ、いい女をモノに出来た。責任転嫁してばかりだが、今のお前達の境遇は、自業自得でしかないからな。それと、もう一つ――」

 

 片腕を失ったブルースター、両手を切り落とされて呆然とするリヨフ、頭から縦に両断されて死んでいるアケッチ、漏らしたまま腰を抜かすユダールを順に見やる。

 

「お前達が五体満足だったとしても、【四葉の幸福】には決して届かない。あいつら四葉の幸福が俺一人に、易々とやられるものか」

「っ!!」

 

 お前達とは違う。そう告げられたブルースターの目が、絶望に染まる。

 

 心の奥底では認めてしまっていた彼我の実力差を、第三者であるオルトにハッキリと指摘されたのである。プライドの高いブルースターには耐えられない事であった。

 

 ネーナはそれを見て、彼等が暗殺者『CLOSER』の力を頼んだ理由がわかった気がした。

 

 

 

「――うわ、エグいわあ」

 

 

 

 聞き慣れた声の主が、両断されたアケッチの死体を見て顔を顰めていた。ネーナが呼びかける。

 

「レナさん。お一人ですか?」

「そ。第二シェルターは治療も終わってるから、伝言も兼ねてあたしだけ来たの」

 

 金髪のポニーテールを揺らしながら、レナが歩いて来る。ブルースターとリヨフの出血が止まり、人質になっていた母娘の傷が癒やされる。

 

 ネーナは会釈してレナを迎えた。チラリと人質になっていた母娘に目を向ける。二人は怪我こそ治ったものの服は引き裂かれ、身体は汚れていた。どんな扱いをされていたか、想像に難くない。

 

 シェルター内部の状況も推して知るべしだが、敵味方が混在していてネーナが一人で入る事も出来ず、カリタス自体がまだ予断を許さない事からオルトが一人で外に残る訳にもいかなかったのだ。

 

「助かります。まだシェルター内部は手つかずなんです」

「じゃあ行こうか。テルミナ、後は宜しく」

 

 ネーナとレナが連れ立ってシェルターに向かう。テルミナは手をヒラヒラと振って、了解の意を伝えた。

 

「オルト、支部長は直でこっちに向かってる。支部の瓦礫に埋もれてた通信用の宝珠は回収済みで、スミスが持ってる。第二シェルターを監察官に任せたら、みんなこっちに来るから」

「ああ」

 

 オルトが振り返る事なく応える。ビリビリと空気が震え、レナは肩を竦めた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「ネーナはさ、オークの苗床とか見た事あるんだっけ」

 

 シェルターの階段を下りながら、レナが尋ねる。唐突な問いに、ネーナは後を追いかけながらムウッと唸った。

 

「それらしきものは何度か。ドリアノンの『ラボ』でも見ましたし」

「そう言えば、あったね」

 

 レナがうんうんと頷く。

 

「覚悟はしておいて。第二の方は、三日間輪姦まわされて壊れた人もいたから」

「……はい」

 

 レナは第二シェルターの中に入って『応急処置』をして来た為に、第一シェルター内の有様も予想がついていた。そうと察し、ネーナも気を引き締める。

 

「オルトはあんたやエイミーには見せたくないんだろうけど、今回はそういう訳にも行かないからね」

「はい」

 

 第二シェルターでは、どうやってカリタスに持ち込んだのか、媚薬や睡眠薬を使って乱交が行われていた。無理矢理シェルターに連れ込まれた女性も参加させられていたという。

 

「たった三日でそれよ――」

「おんなあああっ!!」

 

 階段を下りきって扉を開けると、全裸の男が血走った目で、レナに襲いかかる。

 

「レナさんっ!?」

「ったく、汚いモン見せんなっての」

 

 レナは予期していたのか、ネーナの警告より早く、スッと後ろに引いた。

 

「ぐはぁッ!」

 

 男にクルリと背を向け、鳩尾みぞおちに廻し蹴りを叩き込む。悶絶し、体をくの字に折り曲げた男の首筋に、手刀を落として意識を刈り取った。

 

 シェルター内部からは嬌声と雄叫びと共に、男女の体液の、濃い臭いが漏れ出して来た。中には全裸で倒れている者も、今まさに夢中で行為に及んでいる者もいた。

 

「まあ、案の定か……」

 

 レナは溢しながら先行し、敵対する者を判別して叩き伏せる。ネーナは表情を変えずに歩き、治療が必要な者の優先度を判定してトリアージタグを貼り付けた。

 

【天地無用】メンバーもそれに与した者達も、シェルターで二ヶ月半を過ごす気だったとは思えなかった。それは食料や水の減り具合を見ても明らかだった。

 

 

 

「救援? もっと早く来てくれたら、こんな目には……」

 

 手当てで意識を取り戻したものの、ネーナに向けて恨み節を述べる女性もいた。ネーナは唇を噛み締め言い訳をしなかったが、レナが二人の間に割り込んだ。

 

「甘ったれないでくれる? あんたさ、そもそもどうしてカリタスにいるの? どうして第三シェルターに行かなかったの? 全部、あんたの選択の結果でしょうが」

 

 他人のせいにするな。レナは仁王立ちで、そう言い放った。

 

「助かりたくないのに助けられたって話なら、ゴメンって謝る。でも、早いの遅いのの話なんて知った事じゃないよ。あたしらも危険を冒して、可能な限り急いでここに来たんだ」

 

 レナに不満げな視線を送る者もいる。だがそういった者も、レナが見詰め返すと無言で視線を逸した。

 

「感謝しろとは言わない。酷い目に遭って気が立ってるのもわかる。だからって、あたしらが暴言を受け止めなきゃならない理由は何一つ無いし、仲間を傷つけるヤツは遠慮無くブチのめすから」

 

 ネーナが小さく頭を下げて感謝を示すと、レナはオルトがするように、ネーナの頭をポンポンと軽く叩いた。その後で遠い目をする。ネーナには、レナのその目が強く印象に残った。

 

 二人は治療と拘束を済ませ、通信用の魔道具を回収するとシェルターを出て、地上に向かった。

 

 階段を上がる途中で、第三シェルターで見かけた冒険者やギルド職員とすれ違う。中の状況を告げると、彼等はネーナ達に一礼して走り去った。

 

 

 

「――さっきのさ」

 

 レナがポツリと呟く。

 

「精神的に参ってる人に、キツい事を言うと思ったかもしれないけど。トウヤが生きてた時、もっとああやって守ってやるんだったって、凄く後悔してるの」

「レナさん……」

 

 ネーナは確かに、救われた気持ちになった。だがそれを言えば、レナの後悔はさらに重くなってしまう。そう感じて何も言えなかった。

 

 きっとネーナが見れば、レナもスミスも、エイミーも、魔族との戦いに明け暮れる日々の中で、トウヤに対して出来る事は全てしていたのだろう。それでもこのような後悔は残る。消える事が無いのだ。

 

「国やら団体のお偉方も、その辺の市民や村人も。一番傷ついてるトウヤを責めて、なじったよ。早く魔王を倒せ、勇者だろう、お前が来るのが遅いせいで犠牲が出た、ってさ」

 

 ネーナには、前を歩くレナの表情は見えなかった。だが、その肩は震えていた。

 

「あたしが今、こう思うのはさ。守って貰える安心や幸せを知ったからなんだろうね。だから――」

 

 レナが振り返る。その顔は、決意に満ちていた。

 

「この場所を、【菫の庭園】を失いたくない。何を敵に回しても仲間を守ろうって、あたしはそう思うの」

「はい」

 

 レナの言葉に共感し、ネーナは静かに頷いた。

 

 

 

 上り階段の先が明るくなる。地上の光が差し込んでいるのだ。ネーナとレナは、顔を見合わせて笑った。

 

 二人を見下ろす人影があった。

 

 逆光で顔は見えない。でも二人には、相手が誰なのかわかる。無事に戻って来た二人を見て、安堵している事も。

 

「お疲れさん」

 

 労いの声をかけるオルトに、二人は大きく手を振って応えた。

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