第百八十八話 カリタス支部、崩壊
「アイリーン、レオン」
光の刃を仕舞い、オルトが呼びかける。二人は物見部屋の中央に歩く男の背中を、目で追っていた。
「良い面構えになったな。お前達二人は、自らの危険を顧みずに多くの者を救った。誰にでも出来る事じゃない」
オルトはそれだけを言って、床穴から階下に飛び降りた。
目を丸くする二人に、ネーナが防寒用の毛布を手渡す。
「敵を倒した後、塔内を凍らせて誰も立ち入れないようにします。危ないので、助けが来るまで物置に降りないようにして下さいね。――あっ、そうそう」
オルトを追いかけようとして、穴の縁で立ち止まる。ネーナは二人を振り返り、ニッコリと笑った。
「伝言ではありませんが。『過ちを正して、償うべき罪を償ったならば、二人とも幸せになって欲しい』……そう、ジェシカさんが言っていました」
それでは、とネーナも床下に消えた。
後に残された二人は、ネーナ達が飛び降りた穴を呆然と眺めていた。
オルトに押し付けられた剣をボンヤリと鞘から引き抜き、レオンは驚愕する。
「魔剣だ……」
その剣身は、レオンにもわかる程に魔力を帯びていた。
「これが無くても構わないってのか……出鱈目な奴だ」
「フフッ、そうね」
レオンの憎まれ口に、アイリーンはクスリと笑う。
「私達、良い面構えになったって」
「上から目線で気に入らねえな」
レオンは不服そうに、プイと横を向いた。
「でも……認めて貰えるって、嬉しいわね」
「……ああ」
二人はしんみりと、喜びに浸った。シルファリオを離れてから、ただ必死に足掻いてきた日々は、振り返れば今日に繋がる道になっていたのだった。
アイリーンが遠い目をする。
「ジェシカも、あんな事を言ってたなんてね……」
レオンは応えなかった。目を瞑り、かつての婚約者で幼馴染みだった女性の顔を思い起こす。
自分がどれだけ彼女を傷つけていたか知ったのは、シルファリオの町にも、ギルド支部にも自分の居場所が無くなってからだった。家に引きこもっていたレオンの下に、宿屋の看板娘のニコットがやって来たのだ。
弟の難病の事、何度も死を選ぼうとした事、仕事を掛け持ちし過労で倒れた事。何も知らなかったと漏らしたレオンを、一度でも知ろうとしたのかと、彼女の親友であるニコットは
レオンは、ジェシカの誕生日すら覚えていなかった。合わせる顔がないと、謝罪もせず逃げるように、いや文字通り、シルファリオを逃げ出した。
そんなレオン、そしてアイリーンに対して、ジェシカは更生と幸福を願ったのだという。
「……どう償えばいいのか、俺にはわからねえよ」
苦しげに言うレオンに、アイリーンは微笑みかける。
「私もわからなくて、ずっと考えてるの。今はひとまず、その事は置いておきましょ」
「……そうだな」
贖罪の道は只中だが、今は他にすべき事がある。そう二人は頷き合った。
カリタス域内の掃討と瘴気の処理が完了するまで、物見塔にいる二人が果たすべき役割は大きい。第一と第二、各シェルターの動きも注視しなければならない。
全て終わってから考えればいい、二人で。そう思っていいのだと背中を押され、立ち上がる。
「俺は西と南を見る」
「私は北地区と東地区ね」
それぞれ望遠鏡を手に、物見部屋の両端に取り付く。
『こちらは物見塔のアイリーンです。第三シェルター周辺は瘴気の排出、敵の掃討ともに完了しています』
再びカリタス域内に、透き通るような『天使の声』が響き渡った。
◆◆◆◆◆
「お二人とも無事で、良かったです」
階下の物置に飛び降りたネーナが、オルトに抱き止められた。ついでとばかりにギュッと抱き着き、小声で尋ねる。
「良かったんですか、お兄様?」
「ん?」
何について聞かれたのかわからず、オルトが首を傾げる。
「レオンさんにお渡しした剣、リア様から貸与されたものですよね?」
「……あっ」
忘れていた。オルトの顔にはそう書いてあった。流石に今更、返せとも言えない。
「……後で正直に話して謝って、弁償かな」
「うふふ、仕方ありませんね。リア様は許してくれますよ」
当代のシュムレイ公爵であるマリスアリアとの協力関係を他者にアピールする目的で、オルトは魔剣を借り受けていた。
後々マリスアリアが非難される事の無いように、公爵家の宝物庫の端に立てかけられていた剣を選んだのは、当のオルトである。返却不要と言われてはいたものの、今回のケースは迂闊であった。
「万が一の時、レオンさん達には、ご自分で身を守って貰わなければならないのですから、剣をお渡ししたのが間違いだとは思いません」
「まあ、そうだな」
オルトは溜息をつきながら刃の無い剣の柄を取り出すが、光の刃を出そうとしてネーナに止められた。
「待って下さい、お兄様。私に考えがあるんです」
ネーナは、先程のオルトのような悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「お兄様の光の刃に着想を得まして。『門』を出してみます」
「門? でも、あれは……」
「召喚はしませんよ」
ネーナは自らの召喚魔法の問題点を指摘されて以降、『門』を出していない。隠れてこっそりやるような性格ではなく、本当に今、閃いたに違いなかった。
自信有りげなネーナの様子に、オルトは黙って見守る事にする。
ネーナの双眸が色を変える。
――
光り輝く『門』が現出する。一見同じようだが、以前の詠唱とは文言が違う事に、オルトは気づいた。
――
『
『門』は見る間に形を変え、全長一メートル程のトロッコのような光体となった。
「……門、全く関係ないな」
「私が喚んだなら、それは門なんです」
オルトが呆れ気味に言うと、ネーナは得意げに胸を張る。どうやら、先刻のオルトの真似をしているらしかった。
「俺、そんなドヤ顔してたか?」
「はい!」
オルトは反論せず、光の戦闘車を眺める。
「これに乗るって事か?」
「はい。螺旋階段は下りなので、敵を轢きながら行けばいいのではないかと」
「恐ろしい事を考えるな……」
『門』が高密度の魔力の塊である事は、オルトにもわかる。ネーナが考えたのは、その門を別な用途に使えないかという事だった。形状を変え、敵に当てれば剣にも矢にもなり、自身を覆えば強力な盾にもなるという発想だ。
「これ一人乗りだよな?」
「抱っこして貰えば二人乗れます」
「……最初からそのつもりだったな?」
戦闘車の前面に当たった敵は四散する為、乗員は体重移動で進行方向を調整するだけだという。思惑を察したオルトが半眼で睨むと、ネーナは視線を逸らした。
「な、なんの事でしょう――はうっ!?」
瘴気の噴き出し口を塞がなければならないし、螺旋階段の途中まで片付けた『死の影』も再び上がって来ている。ここで時間を潰しても仕方ないのだ。
戦闘車が階段に差し掛かり、ガタガタと下り始める。オルトが飛び乗ると、車は一気に速度を上げた。
「ふわあああっ!!」
ネーナの絶叫を置き去りにして、戦闘車が『死の影』の群れに突っ込む。螺旋階段の幅はおよそ一メートル半、逃げ場は無い。
オルトは衝撃に備えて腰を落とすが、『死の影』が車を減速させる事は無かった。当たったそばから消し飛ぶ敵。上位の攻撃魔法に匹敵する破壊力だと、オルトには感じられた。
螺旋階段の七割を下った所で、オルトが言う。
「ネーナ、そろそろ止める準備を」
「……あっ」
考えてなかった。そんな表情でネーナが固まる。オルトがギョッとする。
「……本当に?」
「……はい」
恐る恐る尋ねるオルトに、ネーナは神妙な表情で頷いた。ネーナは、突然閃いた『時空の門』の活用法の事しか頭に無かったのである。
「この車の解除は出来るよな?」
「出来ます」
「なら、どうにかなるさ」
変な所まで似てくれなくてもいいんだがな。そう思いながらオルトは苦笑する。
螺旋階段の終着点、物見塔の入口が迫る。
「俺の言うタイミングで解除してくれ。舌、噛むなよ?」
「はいっ!」
ネーナが元気良く応え、オルトにギュッとしがみついた。
バキャッ!!
扉を突き破り、戦闘車がギルド支部に突っ込む。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!!
当たるを幸いに、壁も柱も吹き飛ばす。
ドカッ!!
急に視界が開けて、オルト達は外に飛び出した事を知る。
「ネーナ!」
「はいっ!」
ネーナが術を解除し、オルトはネーナを抱えた状態で宙に放り出された。
――
「ふああっ!?」
騒ぐネーナを抱きかかえたまま、オルトが身体を捻って回転する。
ダンッ!!
石畳の道が、着地でミシッと悲鳴を上げた。
ジンジンと痺れる足に顔を顰めつつ、オルトはフウッと息を吐いた。
「着地成功、だな」
「目が回ります……」
安堵する二人の背後で、突然、ズズンと地響きが起きた。
「は?」
「ええっ!?」
慌てて振り返った二人が砂埃に巻かれる。視界が晴れた時――ギルド支部だった建物は、大きな瓦礫の山と成り果てていた。
『……こちら、物見塔のアイリーン。……ギルド支部が、全壊しました』
アイリーンの呆然とした声が、カリタス市街に響く。
二人が顔を見合わせる。この後、フェスタ達が本部との通信用魔道具を確保しに来る筈なのだ。件の品は、恐らく瓦礫の下に埋もれている。
「……ま、まあ。物見塔は無事だからな」
「必要な犠牲でした……」
何本も柱を抜けば、建物は崩れる。ある意味当然の結果ではあった。やりすぎである。
ネーナがいそいそと物見塔の入口へ向かい、塔内を凍結させる。その間にオルトは、周辺の『死の影』を手早く片付けた。
二人は障壁を足場に、再び宙に上がる。
物見塔のある中央地区は未だ瘴気が濃く、救出ミッションを終えたオルト達が長居すべき環境ではなかった。南にはエイミーの大竜巻が見える。仲間達も一緒に、中央地区を目指している筈だ。
「後はフェスタ達に任せよう」
捕まったらお説教が待ってるしな、とオルトが肩を竦め、ネーナはコクコクと頷く。
「アイリーンさんがこっち見てます」
「シッ、気づかないふりしとけ」
二人は物見塔からじとっと見下ろすアイリーンの視線を感じながら、そそくさと走り去った。
◆◆◆◆◆
瘴気の噴出口に向かうオルト達が、第一シェルターの真上に差し掛かる。シェルター入口付近は濃い瘴気に包まれ、平屋の屋根程度の高さの建築物は見えない。
ネーナが呟く。この瘴気の量では、入口は開けない。
「動きは無いみたいです」
オルトもチラリと足下に目を向け、頷いた。
「瘴気が無くなってからだろうな」
物見塔からのアイリーンの放送は、第一シェルターと第二シェルター内にも聞こえている。カリタスに救援が到着し、事態が収束に向かっている現在、立てこもっている者達は心中穏やかではない筈だった。
どう転んでも支部長のリベックに対する傷害ないしは殺人未遂と、追い出された避難民が生き延びれないのを承知でシェルターを占拠した件は咎められる。両シェルターがどのような動きを見せるか、全く予断を許さなかった。
「お兄様、第一シェルターを占拠している【
「ああ」
直接の関わりは無いものの、二人はそのパーティー名を知っていた。彼等はかつて、他の冒険者を理不尽に恨み、殺害まで企てていたのである。
オルトもネーナも、このまま終わるとは思っていなかった。
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