第百八十話 然るべき報いは、受けて貰うぞ

 ネーナは、どこか楽観していた。


 自分達は、やれる事をやった。事後処理が少々面倒ではあるが、一両日中にはギルド本部の調査団がやって来る。引き継ぎが終わればエイミーの故郷への旅に戻れるのだと、そう思っていた。


 ドリアノンのスラムや『ラボ』での体験から目を背けてしまいたい、そんな思いもあったかもしれない。それ程に、この地で過ごした数日は、ネーナの精神こころを消耗させていた。


 そんな彼女の一方で、かつて勇者パーティーの一員として当地を訪れたレナやスミスはピリピリしていた。当初は非公開で行われる予定だった証人喚問に、二人は傍聴を捩じ込んだのである。


 二人からは、文字通り命懸けで戦った勇者トウヤに対する、当時新設されたばかりのドリアノン議会の仕打ちを聞かされた。強い憤りとやるせなさを感じはしたものの、ネーナは自分達にも関わる話とまでは受け止めていなかった。


 だからネーナは、眼前の状況に戸惑いを隠せなかった。




「何ですか、これは……」




 ネーナは呟いた。


 議会の証言台に立つオルトが、席に戻る間もなく辛辣な質問に答え続けている。


 証人としてオルトと共に喚ばれているラーション支部長は、一度証言台に立っただけだ。明らかにオルトを狙い撃ちした露骨な質問攻勢に、顔を顰めていた。


『死傷者が多過ぎるのではないか。人命重視の観点から見過ごす事は出来ない』


 議員のに対して、「そうだそうだ」と議席から野次が飛ぶ。ネーナは自分の耳を疑った。議場の全てがオルトに牙を剥いているように思えた。


 質問台からオルトに浴びせられた言葉は、とても質問と呼べるようなものではない。質問時間を使った批判、非難。ネーナにはそうとしか思えなかった。


「具体的な数字とその根拠も挙げて貰わないと返答のしようが無いが、その上で申し上げるならば。議席に座り議員バッジを着けておられる諸先生方がこれまで見過ごしてきた、そしてこれから見過ごす筈だった人命の数には、遠く及ばないと考えている」

『っ!?』


 オルトの反撃に議員が絶句し、すごすごと議席に引き下がる。ネーナは隣に座るエイミーと微笑み合った。


 だが、スミスは厳しい表情を変えずに言った。


「これで終わるとは思えませんね」


 少し間を置き、別な議員が質問台に立つ。質問予定者と思しき議員達が何か話し合っているのが、傍聴席から見えていた。


『犯罪組織の拠点強襲と都市制圧を決めたのは誰か』

「私、オルト・ヘーネスの決断で相違無い」


 オルトが淀みなく答えると、別の質問者に変わる。


『作戦決行に当たり、十分な下調べをしたか』

「我々がドリアノンに到着した時点で事態は切迫しており、事前に得ていた情報と、都市到着の当日に得た情報を活用した」


 また次の質問者へと交代する。ネーナはその意図が読めず、固唾をのんで議場を見守る。


『死傷者が出るのを想定していたか』

『組織の関係者以外を傷つけたか』


 矢継ぎ早の質問が漸く途切れ、オルトが席に戻る。その表情に変化は無いが、手元のグラスには全く手をつけていなかった。


 議員達は、質問開始当初はオルトを感情的に責め立てていた。だが相手が全く動じず、失言も引き出せないと見るや攻め手を変えた。傍聴席の仲間達も、その事を感じ取っていた。


『議長!』


 議員の一人が挙手をし、議長に発言の許可を求めた。


 その発言は、ネーナは勿論、他の仲間達にも思いも寄らないものであった。


『オルト・ヘーネス氏は「自らの指示で」「拙速に」「被害想定を無視して作戦を強行し」、あまつさえ「一般人を負傷させた」と証言をしました!』


 悪意に満ちた改編が加えられた、『答弁』が出来上がっていた。この為に議員達は、あえてオルトにこま切れの答弁をさせたのである。


 ネーナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 オルトの言を切り貼りし、合間を補完した、オルトの意図とはかけ離れた『オルト・ヘーネスの答弁』に野次や怒号が飛び交う。


 オルトがすかさず挙手をし、異議を申し立てる。それを見た議長は頭を振った。


『まだ質問は終わっていない』


 証人であるオルトは、議長が認めない限り発言出来ず、偽証も許されない。質疑開始前、そのように宣誓をしているのだ。


『けしからん!』

『市民の生命を何だと思っている!』

『議長! オルト・ヘーネスと【菫の庭園】に対する非難決議の採択を!』

『彼等を拘束しろ!』


 議席から聞くに堪えない野次が飛び、ネーナは思わず席を立った。ほぼ同時にエイミーも立ち上がり、周囲の兵士達が色めき立つ。


「二人とも、落ち着いて」


 フェスタに宥められ、二人は渋々着席する。


 議会のオルトへの仕打ちに怒っているのはフェスタも同じ。そのフェスタが抑えろと言えば、二人も従うしかないのだ。


「どうして、こんな――」

「こんな馬鹿げた事、ですよ。誰が見てもね。彼等の『成功体験』が、再び道を誤らせているのかもしれません」


 誰に言うともないネーナの呟きに、スミスが応えた。


 成功体験。確かにこの状況は、スミスやレナに聞いた、トウヤの話と全く同じだ。証言台のオルトを見ながらネーナは思った。


『ラボ』に囚われていた女性達を斬る時、オルトは僅かに逡巡した。見間違える筈は無い。それでも斬らなければ救えないと瞬時に判断して、オルトは心を鬼にしたのだ。


『ラボ』制圧とドリアノン解放に至るまで、被害を出さずに解決出来る段階はとっくに過ぎていた。【菫の庭園】がドリアノンに到着した時点で、既に大きな被害が出ていたのだ。議員達はそれを無視し、或いは責任を転嫁しようとしている。


 ――冗談ではありません。


 オルトの苦悩と決断を侮辱されたと、ネーナの内に議員達への激しい怒りが湧き上がってきた。


 そんなネーナに、再びフェスタが声をかける。


「大丈夫よ。もう少し様子を見ましょう」


 スミスは議場から視線を外さず、フェスタに同意を示す。


「トウヤの時とは違います。あの時はトウヤだけが喚び出され、保身を図る老獪な大人達に翻弄されてしまいました。今はこうして私達がいますし――」

「――あんた達の『お兄様オルト』が、このまま終わらせる訳無いでしょ」


 レナがネーナとエイミーにウィンクをした。


本人オルトは不本意だろうけど、ミスが許されない状況は慣れっこだもの」

「……はい」


 フェスタに言われて、その通りだとネーナは頷く。そもそも騎士時代のトーンオルトは、貴族の派閥のしがらみでずっと苦労していたのである。


 それに誰も口には出さないが、この程度の警備など蹴散らすのは容易い。焦る必要は全く無かった。


『っ!?』


 不意にテルミナとエイミーが、ピクリと動いた。二人が一瞬、視線をヴィネヴィアルに向けたのを仲間達は気づいている。


 そのヴィネヴィアルは、瞑想するように目を瞑っていた。恐らく精霊術を使ったのだと、ネーナは察した。


 その間にも新たな質問者がオルトを責め立てる。


『オルト・ヘーネス。君達は、ドリアノン軍の調査を妨害したな?』

「『ラボ』に拘束され、実験や拷問で負傷、衰弱している者の救助を妨害した兵士とその指揮官は叩き出した」

『なッ!?』


 質問者が一瞬動揺を見せる。質疑の流れが変わった事を、ネーナ達は敏感に感じ取った。


『君達は権限も無く、証拠の品や資料を押収して持ち帰ったのではないか!?』


 オルトはすぐに答えず、一呼吸入れた。


「それは、これの事かな」


 懐から書類を取り出し、証言台に置く。


「俺達が所持しているのは、『ラボ』からどの議員や軍関係者、都市の要職にある者達に、奴隷や金品が贈られたか記された帳面。それと、『ラボ』や傘下の組織の非人道的な実験や犯罪行為に加担ないし協力した者の名簿、非人道的な実験に関する資料だ」

『そ、それはドリアノンの捜査当局に提出すべき物だ!!』


 ざわめく議場の中、悲鳴のような質問者の声が響き渡る。が、オルトは無表情にそれを一蹴した。


「ドリアノンの要職にある者の名が記された証拠物を、その相手に渡す訳が無いだろう。これは冒険者ギルド本部を通じて、都市国家連合評議会、都市国家連合警察機構、グランドアーカイブの禁書庫等に託される」

『なッ!?』


 議員達が絶句し、議場が静まり返る。オルトの言った通りになれば、ドリアノン一都市では手が出せなくなってしまうのだ。


「四年前、『勇者』トウヤ殿を貶めた事も含めて。然るべき報いは受けて貰うぞ。いつまでも逃げおおせると思うなよ」


 騒然とする議場を尻目に、証言台を離れたオルトが傍聴席に歩み寄る。


「お兄様!」

「お兄さん!」


 ネーナとエイミーがオルトの手を掴み、柵の向こうへと引き込んだ。スミスはオルトを労い、頭を下げる。


「お疲れ様でした」

「ここにいても仕方無いし、撤収でいいかな?」

「そうしましょう」


 レナは不敵に指を鳴らしながら、周囲の兵士達を一瞥する。


「あんた達はどうすんの? 遊びたいなら相手するけど」


 兵士達は一様に、力無く頭を振った。隊長と思しき兵士が、降参といった風に両手を上げる。


「今の答弁を聞いて、身体を張る気にはなれない。それに武器を取り上げたくらいで、あんた達をどうにか出来る訳が無い」


 兵士は狼狽える議員達を見て、フンと鼻を鳴らす。ラーションも合流し、ネーナ達は議場を後にした。


 議事堂の外には、馬車を囲んだ抗議隊の何倍もの群衆が詰めかけていた。群衆はネーナ達ではなく、議事堂の中の議員達に対して罵声を浴びせている。


「答弁の途中から、やり取りをドリアノンの全域に放送していました」


 驚くネーナ達に、ヴィネヴィアルが澄まし顔で言う。


 群衆は続々と議事堂に詰めかけている。身動きが取れなくなる前にと、【菫の庭園】一行は足早に退散するのだった。




 ◆◆◆◆◆




 翌日。ネーナ達はプリシラの案内で町の共同墓地へと来ていた。


 オルト、スミス、レナの三名はギルド本部の調査団を率いて来たフリードマンと会談しており、時間が開いたメンバーで『災厄の大蛇グローツラング』による犠牲者や、ドリアノン奪還戦の戦没者を見舞う事にしたのである。


「あそこが慰霊碑ですけど……先客のようですね」


 プリシラが指し示す大きな墓碑の前で、黙祷を捧げる軍服の一団がいた。その中の一人がネーナ達に気づき、顔を上げる。


 ネーナもその顔に見覚えがあった。ドリアノン軍のジェナス中隊長である。


「君達は……【菫の庭園】だったか。君達の口添えで、我々の処分が軽減されたと聞いた。感謝する」


 姿勢を正したジェナスに合わせて、背後に控える者達が敬礼をする。ジェナスは明日で謹慎が解ける為、部下と共に慰霊に訪れていた。


「オルト・ヘーネス殿はおられないか?」

「兄は、冒険者ギルド支部で引き継ぎや申し送りをしています」

「貴女は妹御であったか」


 ジェナスが納得したように頷く。


「議会の証人喚問の様子も聞いていた。ドリアノンは様々な問題を抱えており、当分は混乱から抜け出せないだろう。だが、必ず立て直してみせる。……『勇者』トウヤ殿の汚名も必ず晴らす。そう『賢者』殿と『聖女』殿にもお伝え願いたい」

「ご存知でしたか」


 ネーナの返事に、ジェナスはフッと笑った。


「私も部下達も、彼等のお陰で奪還戦を生き延びる事が出来た。あの雄姿は、決して忘れはしない」


 ジェナスと部下達は再び敬礼すると、墓地を去って行った。


 ――この墓地へは、決意を伝えに来たのかもしれません。


 共同墓地の隣には、軍関係者の墓地も併設されている。軍人の一団を見送りながら、ネーナは彼等の強い覚悟を感じ取っていた。

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