第百七十一話 生体兵器投入

「速やかに投降して下さい!!」


 キュイイイイイン!

 ドーン!

 ズガガガガガッ!


 ネーナの勧告が終わるや否や夜空が赤く塗り潰され、轟音によって『ラボ』からの回答が示された。


不可侵の壁セイクリッド・ウォール!』


 障壁を展開したレナが、少しウンザリしたような顔で仲間達を振り返る。ネーナは驚きで、手で隠すのも忘れてあんぐりと口を開けていた。


「熱烈大歓迎って感じね」

「徹底抗戦でしょ、仕方ないけど」


 フェスタが投げやりにツッコむ。


 一際大きな建物の前に陣取った敵が、雨あられと遠距離攻撃を仕掛けてくる。魔術師風の者から弓士から、魔道具と思しき杖や筒を向けてくる者まで様々だ。大きな攻城兵器も存在を主張している。


「森守の全区画閉鎖が期せずして先手となって、戦力を集結出来なかったのかもしれません」


 スミスの目算で敵の数はおよそ三十。屋内で待ち構えている者がいたとしても、予想より少ない。或いは、隔壁を破壊しようとしていた所に【菫の庭園】が到着してしまったのかもしれなかった。


「反応は予想通り、火力も今の所は想定内ですか」


 試しに飛ばした火球は、建物へ届く前に弾けて消滅した。建物の前に布陣している敵からは魔法攻撃が飛んで来る。ふむ、とスミスが思案を始める。


「対魔術防御が機能していますね。ここからでは障壁か結界かもわかりません」


 現状わかっているのは、敵が布陣している場所とその後ろの建物の間に、火球を通さない何かがあるという事。情報が足りない。


「当然、物理対策もあるんだろうな。どうにかならないか?」


 オルトは剣を握り直し、切り込む準備をしている。


 今のオルト達は早指しのボードゲームプレイヤーのようなものだ。考慮時間など残されておらず、可能な限りノータイムで最善手を指していかねばならない。


 最大の目的が『ラボ』の壊滅と所長のミリ・ヴァールの捕縛、殺害である以上、手詰まりとなれば全員で力任せに破壊し尽くす事になる。捕らわれた者もろともに、だ。


 それでも【菫の庭園】の面々に焦りは無かった。むしろ腹が据わったと言っていい。


「見る限り、強力な結界を自力で展開出来る術者はいないようですが」

「同感です」


 ネーナの指摘は正しい。スミスが頬を緩める。


 現在、敵の集中砲火を単独で受け止めているのはレナだ。スミスやネーナの見立てでは、ラボの対魔術防御はレナの張っている障壁に匹敵する難度である。それを展開し、維持するのは並大抵の事ではない。


「じゃあ、魔道具って事?」


 当のレナは涼しい顔で障壁を張り続けている。敵の攻撃は激しさを増すが、障壁を破って【菫の庭園】を脅かす程のものは無い。


「そう考えるのが妥当でしょう」


 スミスが右手を掲げると、ラボの建物を落雷が襲う。落雷はやはり直撃する事なく、建物の脇を流れて地面に落ちた。一瞬ではあるが、ラボを球状に覆う障壁が浮かび上がる。


「球状の障壁……」

「結界じゃないの?」

「それは無いと思います」


 レナの疑問に、ネーナは否定的な見解を示した。


 ここが要塞や基地であるならば、レナの言う通りに効果範囲内の魔術を打ち消す結界も十分有り得る。内部に敵を引き込み、地の利を生かした白兵戦を仕掛ける選択もあるだろう。


 だが『ラボ』は、文字通りの研究施設だ。常時魔力を必要とする装置や魔道具もある筈。結界ではデメリットが大き過ぎる、そうネーナ達は考えていた。


「あの尖塔の内部に、ラボの防衛機構を担う魔道具が設置されている可能性が高いかと」


 スミスが指差す尖塔は、先端付近が建物の中心近く。先刻見えた球状の障壁の中心とも重なる。


「先に目の前の鬱陶しいのを叩くか」

「レナさん、代わります」

「宜しく!」


 障壁の展開をネーナに引き継ぎ、レナがオルトを追って飛び出して行く。ネーナは厳しい表情で尖塔を見つめていた。


 ラボの対魔術防御が魔道具によるものだとしても、尋常でない魔力を要する事に変わりは無い。その魔力は、どこから調達しているのか。プールしているにせよ、直接注ぐにせよ、誰かから搾り取っているとしか考えられない。


「嫌な予感しかしませんね」

「……はい」


 スミスもネーナと同じ懸念を持っていた。実験材料か、魔力タンクか、慰み者か。いずれにせよ、ドリアノン周辺で頻発していた行方不明事件がラボの仕業である事に、疑いの余地は無かった。


 二人の目の前では、オルトとレナがあっという間に敵を半分に減らしている。


 敵の手応えの無さが不気味で、それが仲間達の警戒心を煽る。


『ラボ』の戦力はドリアノン軍を壊滅させ、Bランクの冒険者パーティーを一蹴してメンバーを殺害する程度はある筈なのだ。シュムレイ公国の最大拠点程ではなくとも、重要施設の守りには全く物足りない。


 全て『剣聖』マルセロ頼りだったとは考えにくい。森守の区画閉鎖で主戦力が合流出来なかったとも思えない。もしそうなら、森のどこかで非常事態を告げる火球が打ち上げられるだろう。


 何より、オルト達が派手に暴れて屋内への突入も見えてきたのに、ラボの物理障壁が起動していない。


 ――建物の中に、何かを隠している。


 口に出さずとも、【菫の庭園】一行の認識は一致していた。




『ガ、ガガッ。ピー』




 廃棄区画全体にノイズが響いた。キーンと頭の痛くなるような甲高い音が続き、オルト達が警戒を露わにする。


『んっんん゛! あーあー、てすてす』


 ノイズが止むと人の声が流れ出す。おっとりした感じの、女性らしい話し方。その間にもレナが最後の一人を叩き伏せた。


『あら、終わってしまったの?』

「後二人ね」


 レナが応えながら、スッと右に移動する。何も無い空間をククリナイフで一閃すると、鮮血が飛び散った。


「うぐッ」


 くぐもった呻き声の後、血を流し倒れた者達が姿を現す。片方には三本の矢が突き刺さっていた。


「――色々あってね、こういう連中の相手は慣れてんのよ」

『認識阻害の魔道具を持たせた暗殺者を物ともしない。流石は聖女レナね』

「Bランクの冒険者パーティーを倒したのはこいつらなの?」

『御名答』


 相手は【菫の庭園】の情報を持っている。二人のやり取りを聞き、オルトは確信した。先にネーナがパーティー名を告げたものの、メンバーについては話していない。だが相手はと、確かに言ったのだ。




 目の前の光景を、ネーナは呆然と眺めていた。自分が全く気づかなかった暗殺者の接近に、レナとエイミーは素早く対処して見せたのである。


「戦場では隙を突いて忍び寄る敵に事欠きませんでしたからね。嫌でもわかりますよ」


 ネーナの驚きがわかっているかのように、スミスが解説する。嫌でもわかる、わからない者は死んでいくのだ。


 暗殺者の一人を仕留めたエイミーが、今度は夜空に矢を放つ。数瞬の後に何かが落下し、地面に激突して硬い音を立てた。


『ど、どういう眼をしてるの?』


 女の声は動揺していた。スミスが納得したように呟く。


「成程、あれでこちらの様子を窺っていたのですか」


 飛翔し、或いは浮遊して遠隔地の情景を術者に送信する魔道具。ネーナにも理屈はわかる。だがそんな魔道具が現代の技術で作製出来るなど聞いた事が無い。謎の多い古代文明期の品に違いない。


 闇市で仕入れたか、ダンジョンや遺跡で発掘したか、それとも犯罪組織らしく奪ったか。それを実用にこぎつける『ラボ』に、ネーナは恐怖を感じた。


「行きましょう」

「……はい」


 敵の気配が消えたのを見計らい、後衛のネーナ達もオルトとレナに近づいていった。




「……ここまでやって今更だが。『ラボ』の所長、ミリ・ヴァールで間違いないか?」

『ええ。貴方がオルト・ヘーネスね』


 オルトが肯く。


「俺達の目的はラボの壊滅とミリ・ヴァール、『剣聖』マルセロの拘束、ないしは殺害だ。大人しく投降してくれると楽なんだがな」

『嫌よ。折角シュムレイ公国から逃げ延びたのに、態々捕まる理由が無いもの』

「まあ、そうだろうな」


 ミリ・ヴァールと呼ばれた声は、オルトの投降要請をキッパリと拒んだ。元よりオルトも期待していた訳ではなく、返答に納得したような表情を見せる。


『それと、あのインポマルセロはここにはいないわ。どこに行ったのかも知らないし』

「インポ?」


 ミリ・ヴァールの言葉にオルトが首を傾げる。マルセロが不能という話は聞いた事が無い。多くの女性を抱き、時には犯し、未遂には終わったがネーナやエイミーにも手を出そうとしていた筈である。


『あの男、左腕が魔神化してその進行を止めるためにここに来たのよ。お望み通り進行は止まったけど、色々やったから薬品の副作用で勃たなくなってね』


 ミリ・ヴァールが愉快そうに言う。マルセロの様子を思い出して、面白がっているのだろう。


『何度も私を抱こうとしたけど、あっちが全く役に立たなくて。真っ青な顔でラボを出て行ったきりよ。暫くはラボの用心棒になるって約束だったのに』


 実際にマルセロが用心棒の仕事をしたのは、ドリアノン軍が襲撃してきた一度だけだという。それはオルト達が持っている情報とも一致していた。


『不能は時間が経てば回復すると思うけど、説明も聞かずにいなくなったし。どうする気かしらね?』


 気分良く話し続ける声が響く中、レナがオルトに目配せをする。


 ――どうする?――


 オルトはチラリとネーナ達の無事を確認し、素早く思考を巡らした。


 ペラペラ喋り過ぎるきらいはあるが、ミリ・ヴァールの話は疑っていない。マルセロは、ここにはいない。


 こちらからの投降要請が拒否されている以上、後は尖塔を破壊し、建物に突入するしかない。


『――ところで』


 突然、ミリ・ヴァールが話題を変えた。オルトも突入のGOサインを一旦保留する。


『こちらからも提案が――』

「断る」

『……何も聞かずに断るの?』


 不機嫌そうな雰囲気が、ミリ・ヴァールの口ぶりからヒシヒシと伝わってくる。それでもオルトは返事を変える気は全く無かった。


「大事なものも、欲しいものも既に持ってる。そっちが俺達を満足させるだけの見返りを用意出来るとは思えん」

『あら残念』


 残念さを感じさせない返事が響く中、ラボの正面の壁が左右に開く。


『Aランク冒険者のサンプルなんて、中々手に入らないもの。実験には付き合って貰うわ。は好きにして――好きに出来るものなら、ね』


 その言葉を最後に、廃棄区画に響く音声が途絶える。


 ラボの出入り口には、白衣を着た者に追い立てられる全裸の女性達がいた。


「何という事を……!」


 女性達の姿を見たネーナが、怒りに震える。


 女性は全部で九人。種族は様々、年齢は人族で言うなら十代後半から二十代前半。全員がどこかしらに怪我をしており、出血の酷い者や手足が欠損している者までいる。


 白衣を着た者は、自力で動けない女性を外に蹴り出すと建物の中に消えた。左右に開いた壁が、重い音を立てて閉じていく。


「死にたくない……助けて……」


 女性の一人が、足を引きずりながら【菫の庭園】一行に向かって歩いて来ていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 咄嗟に飛び出そうとしたネーナの手を、フェスタが掴む。振り払おうとするも、フェスタは強く握って離そうとしない。


「フェスタ離して! 手当てをしないと!」

「ネーナ! 障壁!!」

「っ!?」


 オルトの強い言葉に反応し、ネーナが咄嗟に障壁を展開する。障壁の向こう側、僅か数歩の距離の女性と目が合った。女性はネーナに手を伸ばし、泣いていた。


 次の瞬間、大きな爆発音と振動が一行を襲った。




 ドン!!




 ネーナの視界が、目の前の障壁が一面、真っ赤に染まった。ネーナが呆然と呟く。


「生体兵器……っ」

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