第百七十話 長いつき合いだからな

 ネーナは顔を顰めた。


【菫の庭園】としては、裏切り者探しは、あくまでギルド支部の者達は強制されたのだという体裁を取ろうとしていたのだ。


 これからギルド支部のメンバーが中心になって、全ての区画を解放する事になる。嫌でも見知った者を疑う事になるのだから、支部の中でやらなくてもいい。ネーナ達はそう考えていた。


 支部の部外者であり、支部の者達では手が出せない程の実力を持ち、事が済めばドリアノンを離れるネーナ達が恨みを買った方が支部のダメージは少ない筈。その意図は支部長のラーションにも伝わっていた。


 意図を理解し、ネーナ達に感謝を伝えた上で、ラーションは配慮を拒んだ。そして冒険者として現役だった頃からの付き合いであるシンに、先んじて検査を受けるよう告げた。


 事実上の支部長命令。支部に所属するほぼ全ての職員と冒険者が見ている中での指名は、ラーションがシンに対して、確信にも似た強い疑いを持っているのだと理解させるに十分であった。


 こうなった以上、横槍を入れるべきではない。そう判断したネーナはオルトに目配せをし、状況の推移を見守る事にした。




「――俺を疑ってるのか? 笑えんな」


 シンが引きつった笑みを浮かべる。


「こんな時に、私が冗談を言った事があるか?」


 ラーションは無表情のまま応えた。


 シンは何度も口を開くが言葉を発する事が出来ず、やがて諦めたように頭を振った。


「……いつから疑っていたんだ」

「Bランクパーティー【森狼のあぎと】が消息を絶ち、メンバーのケルビンの首が支部に届いてからだ」


 ラーションの返事に、シンは嘆息して天を仰いだ。


「長いつき合いだからな。お前の様子がおかしいのは、すぐにわかった。……私は冗談が下手だと言われたが、お前は嘘が下手だったな」


 ラーションが先に検査を受ける為、テルミナの下へ向かう。


「必要なのはお前の意図が働いた自白じゃない。尋問に協力しろ、シン」

「……ああ」


 シンは項垂れ、黙り込んだ。 




 プリシラとラーションの検査はつつがなく終わり、シンの順番がやって来た。


 シンが大人しく魅了を受け入れる。目の焦点が合わなくなり、傍からは意識が朦朧としているように見える。


 術者のテルミナを架空の親友と認識し、聞かれるがままに話し始める。スラムの解放から何度も見ている光景だが、ネーナには驚異的としか言いようがなかった。


 術者は相手のプロフィールを殆ど知らない。それなのに、相手は違和感を覚えないのである。それこそが魅了の影響下で表れる特徴であり、精霊王の加護でドライアードの力が強まっているから可能な尋問なのだと、テルミナは説明した。


 そして、その時が訪れた。




「……【森狼の顎】の動向を『ラボ』に流したのは、俺だ」




 誰もが聞きたくなかった、信じたくなかった告白が、シンの口から零れ出る。支部の面々は、呆然とそれを聞いた。


「あんな事になるとは思ってなかった。だが家に『ラボ』の手の者が入り込み、今も妻を見張っている。それ以降も何度か、ギルド支部の動きを伝えた」


 淡々と尋問に応じるシンに対して、遠巻きに見ている冒険者や職員の一部が、酷く取り乱していた。後に検査で『自白』する者達なのだと、ネーナは察した。




「……プリシラさん、無理しなくてもいいんですよ」

「私は大丈夫です。皆さんこそ、お気をつけ下さいね」


 ネーナが気遣わしげに声をかけるが、プリシラは目を真っ赤にしたまま、両手を握りしめてやる気をアピールする。


 全員に検査を終えた時点で、職員と冒険者を合わせた支部内の『裏切り者』は五名。自害防止も兼ねた拘束をした上で、見張りをつけて別室に移されている。


 ホールには重苦しい空気が満ちていた。


「支部長、段取りはプリシラとテルミナ、ヴィネヴィアルが承知しています。現在は精霊王の結界により、スラムを除く全区画が封鎖されています。森守達と連携して一区画ずつ封鎖を解除し、解放して下さい」

「承知した。我々はこのギルド支部から商業区を確保し、軍と治安隊の掌握を目指す。その後は二手に分かれて、各区画を解放していく」

「ラボの制圧が完了したら空に火球を三度上げます。各区画の解放ごとに二度、非常事態に一度。それを合図にしましょう」


 オルトとラーションが打ち合わせを終える。精霊王の力でドリアノンの全区画を分断出来ると知って実現したギルド支部解放だったが、予定の時間は既にオーバーしている。


「テルミナ、後は頼む」

「そっちも気をつけて」


 検査要員に残るテルミナに声をかけ、オルトが走り出す。仲間達が後を追う中、ネーナはチラリとホールの中央を振り返った。


 唇を噛み締め、顔を上げたラーションと視線が合った。




 ◆◆◆◆◆




「重い決断から逃げない。支部長は責任者のあるべき姿を見せました」

「……はい」


 並走するスミスが言うと、ネーナは言葉少なに頷いた。


「似ていますね」

「はい」


 二人の前には、パーティーの先頭を走るオルトの背があった。


 ラーション支部長が取った行動の是非は、ネーナが軽々に論じれるようなものではない。一つだけ確かなのは、ラーションが断固たる覚悟を示し、それが支部の職員と冒険者に伝わったという事。


 ラーションの思いを汲んだ彼等は、一切の甘えや油断を排除してドリアノンの解放を達成するに違いない。『ラボ』の相手に注力したい【菫の庭園】にとって、想定していた以上の喜ぶべき状況ではあった。


「……あっ」


 ネーナが小さく声を上げる。スミスは微笑んだ。


 ささやかではあるが、【菫の庭園】への援護射撃だ。ネーナはそれに気づいた。当然、オルトも気づいている。


【菫の庭園】がラボを叩けば、都市の解放に向かう者達が格段に楽に、安全になる。冒険者とドリアノン軍、治安隊に市民有志まで揃って相手をするのは、後ろ盾の無い『純血の誓い』残党とラボの工作員だけだ。物の数ではない。


「私達は、私達の為すべき事に全力で臨みましょう」

「はい!」


 ネーナは元気に返事をする。オルトと共に先行している耳の良いエイミーが、驚いた様子で振り返った。




 商業区の端に辿り着いた【菫の庭園】一行は、密集した樹木の壁に行き当たった。


 森との境を伸びる壁が、左右とも夜の暗闇の中に消えている。精霊王の力を借りてドリアノンの全区画を封鎖している隔壁である。


 レナがコンコンと壁を叩く。


「小動物が通る隙間も無さそう」

「レナお姉さん、こっちだよ」


 頭の上に光球を載せたエイミーがスタスタと壁際を歩き、仲間達もそれに続く。


「ここみたい」


 エイミーが立ち止まった場所の樹木が左右に分かれ、奥に樹木のトンネルが現れた。


「ありがと」


 ハーフエルフの少女は労うように木をポンポンと叩き、樹木のゲートに入っていく。


 町に潜む敵を炙り出す為に精霊術師の人手が足りないとはいえ、オルト達がテルミナだけを残す決断をしたのは大きな理由があった。


 一つにはテルミナやヴィネヴィアルがおらずとも、森のショートカットに支障が無い事である。


 魔術師のスミスやネーナ、スカウトのレナが見つけられない『門』の目印も、精霊術師のエイミーは見つけられる。門の開閉は古の聖堂に残ったオペレーター役の森守が行う為、門に辿り着く事が出来ればいいのだ。


 もう一つ、最も重要な理由。それは――




『マルセロがいない?』




 聖堂の前で打ち合わせをした際。森守達から提供された情報に、オルトは自分の耳を疑った。


 森守達の監視で、『ラボ』をドリアノン軍が襲撃して返り討ちに遭った一戦では、確かにマルセロらしき剣士が目撃されていた。それはハイネッサ盗賊ギルドの工作員が上げた報告と一致している。


『軍事衝突が確認された数日後、同一人物と見られる剣士がドリアノンを離れています』

『冒険者ギルドもマルセロによると見られる都市内の被害は把握していません』


 森守のヴィネヴィアルに続き、ギルド職員のプリシラもその情報を肯定する。


 森守による監視とドリアノン軍が惨敗した討伐戦の情報から、『ラボ』があると思われる場所には当たりをつけてあった。


 廃棄区画。大きな事故、凄惨な事件、撤去が難しい老朽化した施設や設備等、利用を断念して放棄された区画である。地図からは削除され、通路は樹木で塞がれる為に人が立ち入る事は無い。


 その廃棄区画の一つを、何者かが占拠して要塞化していた。頑強な魔術防御に光学迷彩も施され、内部の様子を窺い知る事は出来ない。だが人の出入りの有無はわかる。精霊王の加護が満ちる妖精の森では、ごく一部を除いて転移不能なのだ。


『私も一応はSランクだから、万が一があってもすぐにやられたりしないわ』


 パーティー分割を悩むオルトを、テルミナは自ら説得した。スミスの後押しもあり、最後にはオルトも了承したのである。


 決してオルトは口に出さない。だがここで『剣聖』マルセロとの対戦が回避されるのは、【菫の庭園】にとっては朗報と言えた。




 ◆◆◆◆◆




「お兄さん、もう少しだよ」

「そうか」


 先頭を走るエイミーに、オルトが短く応じた。仲間達も改めて気を引き締める。


「――皆、聞いてくれ」


 危機感は共有されている。マルセロがいないものとして考えても、油断出来る状況ではない。


 一行がこれから襲撃をかけるのは、凶悪な広域犯罪組織『災厄の大蛇グローツラング』の最先端にして最悪な研究開発を担っていた『ラボ』である。


 何を隠し持っているのか、わかったものではない。森守達が正面から対峙するのを避けていたのも、精霊王の加護すら打ち破る兵器の存在を危惧していたからだ。


 恐らくラボは、何者かの襲撃を予期して待ち構えているだろう。区画が封鎖されているのに気づかない筈がない。【菫の庭園】に楽観出来る要素は無かった。


「ラボに捕らわれている者がいるのは間違いない。俺達は当然、救出を視野に入れて行動を開始する。だけど――」


 オルトは一旦言葉を切った。


「目的はあくまでラボの壊滅、そしてミリ・ヴァール以下幹部の捕縛、ないしは殺害だ。どれだけ被害を出そうと、必ず仕留めるぞ」


 怒るでもなく、猛るでもなく。オルトは一切の感情を表さずに、淡々と為すべき事を伝える。




 ――ああ、またです。




 ネーナの胸が、キュッと締め付けられる。このオルトの様子には、見覚えがあった。


【菫の庭園】の厳しい決断を、オルトはいつも一人で行う。それが自分の役割と心得ているかのように。


 自分が犠牲を許容したのだと、オルトはそう言うのだ。


 そんな時のオルトには、フェスタが寄り添っている。オルトを一人にはさせない、そんな強い思いを滲ませながら、フェスタは恋人としてそこにいる。


 ネーナは僅かな寂しさに蓋をして、二人を追うのだった。




 トンネルの終点が迫る。樹木の壁がゆっくりと左右に割れ、眩しい照明の光が差し込んで来る。


「この門を抜けたら、全てが終わるまで立ち止まれないぞ。準備はいいか、ネーナ?」

「望む所です」


 力強く頷くネーナに、オルトはニヤリと笑った。


「上等だ。じゃあ、手順を踏んで呼びかけるか」

「はい」

「いっくよ〜!」


 エイミーが拡声の精霊術を行使する。開き切った門から飛び出し、ネーナは深く息を吸い込んだ。




「――私達は冒険者ギルドシルファリオ支部所属のAランクパーティー、【菫の庭園】です! 抵抗する者は容赦しません! 速やかに投降して下さい!!」

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